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姉は考える、姉も考える

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「ふむ……」

 エキドナが左手の人差し指をひたいに当てて考え込む。
 
「やっぱり難しいですか?」

 木のトレーにれたての紅茶を乗せて来た弥生が苦笑いを浮かべてエキドナの対面に座る。そのままお互いの前にほかほかと湯気を漂わせるカップを置いた。
 相談の内容としては単純で『文香と真司を学校に通わせたい』という事。

「そうだねぇ、この村にも学校というか学び舎として一応は村長の自宅が解放されているけど……四則演算、読み書きが出来たら上出来な部類なんだよ。何せ教科書が無いし教員免許を取った教師が居る訳でも無いしね」

 真司と文香は習う事が出来たとしても……それぞれ中学校二年生と小学校二年生、場合によっては教える側に回るレベルとなってしまっている。社会性を学ぶにしても文香はともかく、真司が小さい集落の閉鎖性に苦手意識を持っているので中々に敷居しきいが高い。
 
 こうしてエキドナの拠点きょてんとなっている家屋も弥生たちが一室占拠させてもらっているが、いつまでもそのままという訳にはいかないと弥生は考えている。
 反対にエキドナの方はその内……家族を探しにこの村を離れるつもりなので、そのままこの家屋かおくゆずってもいいかなぁ……とまで思ってたりした。

「お仕事と言っても畑を耕したり薬草とか採取さいしゅしたりだけですもんねぇ。どうしたものか……」

 弥生は少しぬるくなったティーカップを両手で包み、うなだれる。
 エキドナは天を仰ぎ鼻腔びこうをくすぐるふわりと花の香りを楽しむ。
 
「日本人は勤勉だねぇ、この村でのんびりスローライフを楽しむのも一興いっきょうとおねーさんは進言するよ。この辺は街道の中継になってる村だから西のウェイランドも東のミルテアリアも警備の騎士を出しているし、冒険者と呼ばれる何でも屋も結構立ち寄るから……ぶっちゃけ相当治安はいいよ。弟君が懸念けねんしている閉鎖的な雰囲気も少ないしね」

 実際エキドナの言う通り、結構な頻度ひんどで人が訪れるノルテリアの村は普段見ない顔の人でも大して気にしない。門番も治安が良すぎるがゆえに仕事と言えば門を開ける事と村の子供がこっそりと外へ抜け出さないように見張るくらいだ。

「確かに……」

 弥生も苦笑しながらエキドナに同意する。
 かく言う弥生自身も……この数日村で過ごして実感したのは前に住んでいた頃より居心地は良い。エキドナの提案通りにこの村に住むのも有りだとは思っていた。
 しかし、どうしても一昨日に見た夢が弥生の中で引っかかっている。

 今は席を外している真司も文香もそれぞれ違う夢ではあるが『探す』の一点においては共通しているのが不気味と言えば不気味だった。

「ここで過ごすのも悪くないと思うんです。でも……なんかこう落ち着かなくて」
「昨日言っていた夢の話かな?」
「……はい」
「僕自身は弥生……君の判断にできる限り協力はするつもりだよ?」

 エキドナの声音は穏やかでこうしたらいい、ああしたらいいと言う押しつけがましいものではない。可能性と現実を提供して相手の判断を促すような流れを作る。

「……どっちかの国に行ってみたい、です」

 だからこそ弥生の口からは自然とその言葉が紡がれた。

「ふぅん……ならちょうどいいねぇ、実は近い内にウェイランドに行くつもりだったから……一緒に行かないかい? 一人旅は寂しいからすごく助かるんだよねぃ……ああ、もちろん今日明日ではないから安心していいよ。少し旅についての実地研修もしたいしねぇ」

 最初からそのつもりだったエキドナがあっという間に話をまとめてしまう。
 あまりにも自分たちに都合のいい流れに、弥生があうあうと視線を泳がせつつもまずはお礼をエキドナに伝える。

「ありがとうございます。でも……良いんですか? 私たちきっと足手まといに「ストップ」」

 エキドナがしゅたっ! と手を挙げて弥生の言葉を遮った。
 その顔に浮かぶのはふにゃりとした……まるで日向ぼっこをするような猫を連想させる笑み。

「困ってる子供を見捨てるのも、何かを目的をもって進もうとしている子供をはいそーですかと放置するのもおねーさん……いや、うちの家族の流儀に反するからねぇ。見通しがついて落ち着くまではおねーさんのお節介に付き合ってくれると嬉しいねぇ」

「エキドナさん……」

「とはいっても打算もあるのさ。僕の妹にも友人がいると良いなぁ……って、悪い子じゃないから仲良くしてくれないかな? ちょっと勝ち気で野性味溢れる感じに育てられちゃってるけど」

「はいっ!!」

「で、だ……ないとは思うけど弥生ちゃん、真司君も文香ちゃんもだけどさ。君ら格闘技とか重火器の取り扱いとか得意?」

 ぴしりと弥生の表情が曇る。
 それだけですべてを察したエキドナが良いの良いのと手を振った。

「じゃあ、戦闘は見学だねぇ。この数か月で僕も間引きしたから大した魔物も出ないし……気楽にいこうか」
「魔物……」

 とうとうやってきたファンタジーの定番に、弥生は頭の上に重りを乗せられたかのように首を垂れる。弥生も真司も文香も実は血を見るのは抵抗が薄い……まだ両親が生きていた頃に祖父が鹿や猪を解体するところを見せてくれたり、体験させてくれていたからだ。
 
 では弥生が何をもって暗澹あんたんたる顔をしているのかというと……

「エキドナさん、絶望しないでくださいね」
「へ?」
「その時が来れば分かります」
「う、うん……」

 弥生の目から光が消えた視線に射抜かれつつ、エキドナの口元が引きつりながら相槌だけ返す。
 この時のエキドナの認識は、後日魔物討伐の日に覆され……弥生の言葉通り絶望するのだった。
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