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弥生のお仕事ベルトリア共和国編 ④
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牢獄というのは罪人を閉じ込めるためだ。そこでは犯した罪の反省を促したり、自覚をさせたりといろいろな目的を持っている。
本来であれば捕えられている罪人は割とおとなしくしているか終始騒ぐかのどちらであった。
「こちらです」
しかし、キズナは違っている。
まず弥生がキズナの捕らわれている牢獄に来た時点で全身板金鎧の兵士二人が大きな盾で弥生を守り始めたのだ。
「あ、あのー。捕まってるの私と同い年くらいの女の子ですよね?」
「あれは怪物です」
その一言を言ったっきり、兵士さん鉄仮面をかぶって完全に戦争に行く雰囲気になる。
がしゃん! と面当てを降ろしていかにも『やってやるぜ』と背中が語っているのを弥生は理解できない物を見る目で凝視するしかなかった。
だってわかんないんだもん。
「ええと、捕まってるんですよね?」
「はい、何とか逃げられていないです」
何とか?
「武器とか持ってないんですよね?」
「多分」
多分?
「どうして私は守られてるんでしょうか?」
「死なれては困るからです」
死ぬ?
だめだこりゃ、まずは会ってみないとわかんない。
弥生の胸中は不安しかなかった……そもそも捕まってるはずなのに危害を加えられる可能性なんてある訳がないのに、とは楽観的なのだろうか?
「あの、すみませんが私一人で会わせてもらえませんか?」
「許可できません」
「どうしても?」
「どうしてもです。例え上目遣いで小首をかしげるしぐさがちょっとかわいいかなとか思っても、残念ながらいろいろ残念なので」
「なんで残念を二回重ねたんですか!?」
そんなやり取りをしていると牢獄の最奥、キズナがいる場所から胡乱げな声が響いてきた。
――うるさいなぁ。ケツの穴また増やされたいの?
閉鎖された空間の性質上その声は反響して間延びしたかのように聞こえる。
「ぐぬっ……まずい、起きている」
「……いつもはまだ寝てるんですか?」
「いや、睡眠薬を朝食に混ぜていたんだが……」
どうやらキズナというのは相当に暴れたらしい。
もう扱いが猛獣よりひどい気がする。弥生はエキドナから『最初が肝心、僕の名前をすぐに出してね』と言われていた。
「なるほど、エキドナさんが最初に名前を出せって言った理由がわかったよ……」
元々エキドナ達家族はクーデターを起こしたテロリストの汚名を着せられて長い間逃亡生活をしていたのだ。警戒心が低いわけがなくむしろエキドナがあけっぴろげすぎててそんな発想に至らない。
むしろ今のキズナのセリフからして出会い頭に隠し持っている武器で人質を取って逃亡するぐらいの気概がありそうだ。
「いいですか? あれは言葉を話す猛獣か何かだと思ってください。決して私の盾より前に立ってはいけませんよ?」
「うーん」
――そこの女、何しに来たか知んないけど。今姉貴の名前言ったか?
「この距離でも聞こえるのか。地獄耳っていうレベルじゃない……姉貴? こんなのがまだいるのか?」
若干プルプルと震え始まる兵士さん、よほど酷い目に合わされたらしく弥生から見る限り来ない方が良いんじゃあ……と助け船を出したくなってきた。
「ええと、エキドナさんからあなたの事聞いてきたの! 私は弥生、ウェイランドっていう国で統括ギルドの秘書官してまーす!」
――お前ひとりで来な。そこの鉄の塊は来なくていい。取って食いやしないぜ、保証する。
「しかし、何かあったら」
「大丈夫です。私が勝手に一人で行ったと言ってください……それなら怒られないでしょう?」
――そうそう。いいね、話が分かりやすい奴は好きだよ。
「ね?」
「……わかりました。少しだけですよ」
◇◆――――◇◆――――◇◆――――◇◆――――◇◆
そこは案外快適だった。石造りで奥まっているためかひんやりとした空気が足元を通り過ぎる。つくづく牢屋に縁がある弥生はある事に気づいた。
「かび臭くない……」
ちょうどL字の様になっている牢獄エリアでは明かり用に壁掛けのランプが配置されており、足元をよく見れば定期的に箒で掃いているのか埃もたたない。
どうやら偉い人もここに来るんだろうなぁ。と弥生は推測する。距離にして20メートルほどの廊下を歩いて向かうとちょうど右方向に道は曲がっていた。この奥にキズナはいるらしい。
ちょっとワクワクしつつも、緊張で口の中が乾く弥生。
「そこですとっぷー、弥生って言ったわね?」
「え? うん」
もうすぐという所で足を止めると、奥からはっきりとしたキズナの声が飛んできた。
「姉貴の得意技は?」
「首をやたら外したりバラバラ死体! とか言ってからかう」
「銃の口径は?」
「50口径、ちょっとだけ規格外」
「自分の事なんて言ってた?」
「おねーさんは~って言う。後氷雨さんと焔さんの事を良く懐かしんでる」
「おっけー、おいでおいで」
どうやらエキドナの関係者か仲間だと分かってくれたらしい、と胸をなでおろして再び踏み出した時だった。
――ごりっ!
弥生の眉間に突き付けられる固い何か。
それが何か彼女は見えないけどわかった。それと同時に……
「どうして牢屋から出てるんですか?」
簡単なトリックだった。キズナは路地にスタンバイし自分がいた牢屋に向かってしゃべる。もともと音が反響している牢獄ではそれがどこから響いてくるかなど正確には把握しづらい。牢屋から自由に出れれば、という問題点さえクリアすれば弥生にもできる。
その一点が覆しがたい問題なのだが……キズナは実際に弥生に銃を突き付けてた。それもとても小さく中折れ式の銃……俗にいうデリンジャーと呼ばれる二連装の携帯銃。
「電子ロックもかかってない、単純な機械式の鍵なんてパパなら二分で開けるわ……さあ。ゆっくり、入り口付近で見張ってるあの鉄の塊に気づかれないようにこっちに来なさい。問答は無し、移動以外の動作を見せたらあの世行き。おーけー?」
「ぼ、暴力反対とおねーさんはがくがく震えながらも主張するねぃ」
必死で叫びたくなるのをこらえて弥生はエキドナの物まねを披露する。
それが功を奏したのかキズナの声音がちょっと柔らかくなった。
「意外と似てる……ごめん、撃たないからこのままこっちへ来て」
キズナはかちゃりと銃を降ろし、引き金横の安全装置を押し込む。よほど怖かったのか目尻に涙を浮かべつつも弥生はこくこくと頷いてキズナに手を引かれるままに廊下の角を曲がった。
ふにゃふにゃにゆがんだ視界に映ったキズナの顔は蠟燭の明かりに揺れながらもはっきりとわかる。困惑した表情の釣り目と金髪、セミロングの先っちょが刎ねて少しワイルドな感じがしていた。
「……姉貴の知り合いでこれくらいで怖がるやつ居なかったから、やりすぎたわ。怖かったっしょ?」
「ちょっとだけ漏れた……かも」
なにが、とはお互いに言わない。
「も、もうやらないから。脅さないから……姉貴は?」
「エキドナさんも牢屋で反省中だよ?」
「…………ちょっとぶん殴ってくる。どこが『僕はスマートに事を進めるのを信条にしてるんだぜぃ』だ。余計ややこしくしてんじゃねぇよ馬鹿姉……」
「まってまって、私が出してあげる。そのために来たの」
「はぁ? あんた何考えてんの? あたし捕まってるの、いい? 犯罪者なの。善良なお嬢ちゃんの出番はねぇの、おーけー?」
「だってこれからもっと暴れて人身売買組織つぶすんでしょ?」
「あんた頭のネジ大丈夫? 良いからすっこんでなさいよ。姉貴と合流できれば何とでもなるから」
「これ、いるんじゃない?」
弥生は肩掛けポーチの中に入れていたあるものをキズナに見せる。
「お? おおお?」
じゃら……とぎっしり詰まっていたのは、弾丸だった。
本来であれば捕えられている罪人は割とおとなしくしているか終始騒ぐかのどちらであった。
「こちらです」
しかし、キズナは違っている。
まず弥生がキズナの捕らわれている牢獄に来た時点で全身板金鎧の兵士二人が大きな盾で弥生を守り始めたのだ。
「あ、あのー。捕まってるの私と同い年くらいの女の子ですよね?」
「あれは怪物です」
その一言を言ったっきり、兵士さん鉄仮面をかぶって完全に戦争に行く雰囲気になる。
がしゃん! と面当てを降ろしていかにも『やってやるぜ』と背中が語っているのを弥生は理解できない物を見る目で凝視するしかなかった。
だってわかんないんだもん。
「ええと、捕まってるんですよね?」
「はい、何とか逃げられていないです」
何とか?
「武器とか持ってないんですよね?」
「多分」
多分?
「どうして私は守られてるんでしょうか?」
「死なれては困るからです」
死ぬ?
だめだこりゃ、まずは会ってみないとわかんない。
弥生の胸中は不安しかなかった……そもそも捕まってるはずなのに危害を加えられる可能性なんてある訳がないのに、とは楽観的なのだろうか?
「あの、すみませんが私一人で会わせてもらえませんか?」
「許可できません」
「どうしても?」
「どうしてもです。例え上目遣いで小首をかしげるしぐさがちょっとかわいいかなとか思っても、残念ながらいろいろ残念なので」
「なんで残念を二回重ねたんですか!?」
そんなやり取りをしていると牢獄の最奥、キズナがいる場所から胡乱げな声が響いてきた。
――うるさいなぁ。ケツの穴また増やされたいの?
閉鎖された空間の性質上その声は反響して間延びしたかのように聞こえる。
「ぐぬっ……まずい、起きている」
「……いつもはまだ寝てるんですか?」
「いや、睡眠薬を朝食に混ぜていたんだが……」
どうやらキズナというのは相当に暴れたらしい。
もう扱いが猛獣よりひどい気がする。弥生はエキドナから『最初が肝心、僕の名前をすぐに出してね』と言われていた。
「なるほど、エキドナさんが最初に名前を出せって言った理由がわかったよ……」
元々エキドナ達家族はクーデターを起こしたテロリストの汚名を着せられて長い間逃亡生活をしていたのだ。警戒心が低いわけがなくむしろエキドナがあけっぴろげすぎててそんな発想に至らない。
むしろ今のキズナのセリフからして出会い頭に隠し持っている武器で人質を取って逃亡するぐらいの気概がありそうだ。
「いいですか? あれは言葉を話す猛獣か何かだと思ってください。決して私の盾より前に立ってはいけませんよ?」
「うーん」
――そこの女、何しに来たか知んないけど。今姉貴の名前言ったか?
「この距離でも聞こえるのか。地獄耳っていうレベルじゃない……姉貴? こんなのがまだいるのか?」
若干プルプルと震え始まる兵士さん、よほど酷い目に合わされたらしく弥生から見る限り来ない方が良いんじゃあ……と助け船を出したくなってきた。
「ええと、エキドナさんからあなたの事聞いてきたの! 私は弥生、ウェイランドっていう国で統括ギルドの秘書官してまーす!」
――お前ひとりで来な。そこの鉄の塊は来なくていい。取って食いやしないぜ、保証する。
「しかし、何かあったら」
「大丈夫です。私が勝手に一人で行ったと言ってください……それなら怒られないでしょう?」
――そうそう。いいね、話が分かりやすい奴は好きだよ。
「ね?」
「……わかりました。少しだけですよ」
◇◆――――◇◆――――◇◆――――◇◆――――◇◆
そこは案外快適だった。石造りで奥まっているためかひんやりとした空気が足元を通り過ぎる。つくづく牢屋に縁がある弥生はある事に気づいた。
「かび臭くない……」
ちょうどL字の様になっている牢獄エリアでは明かり用に壁掛けのランプが配置されており、足元をよく見れば定期的に箒で掃いているのか埃もたたない。
どうやら偉い人もここに来るんだろうなぁ。と弥生は推測する。距離にして20メートルほどの廊下を歩いて向かうとちょうど右方向に道は曲がっていた。この奥にキズナはいるらしい。
ちょっとワクワクしつつも、緊張で口の中が乾く弥生。
「そこですとっぷー、弥生って言ったわね?」
「え? うん」
もうすぐという所で足を止めると、奥からはっきりとしたキズナの声が飛んできた。
「姉貴の得意技は?」
「首をやたら外したりバラバラ死体! とか言ってからかう」
「銃の口径は?」
「50口径、ちょっとだけ規格外」
「自分の事なんて言ってた?」
「おねーさんは~って言う。後氷雨さんと焔さんの事を良く懐かしんでる」
「おっけー、おいでおいで」
どうやらエキドナの関係者か仲間だと分かってくれたらしい、と胸をなでおろして再び踏み出した時だった。
――ごりっ!
弥生の眉間に突き付けられる固い何か。
それが何か彼女は見えないけどわかった。それと同時に……
「どうして牢屋から出てるんですか?」
簡単なトリックだった。キズナは路地にスタンバイし自分がいた牢屋に向かってしゃべる。もともと音が反響している牢獄ではそれがどこから響いてくるかなど正確には把握しづらい。牢屋から自由に出れれば、という問題点さえクリアすれば弥生にもできる。
その一点が覆しがたい問題なのだが……キズナは実際に弥生に銃を突き付けてた。それもとても小さく中折れ式の銃……俗にいうデリンジャーと呼ばれる二連装の携帯銃。
「電子ロックもかかってない、単純な機械式の鍵なんてパパなら二分で開けるわ……さあ。ゆっくり、入り口付近で見張ってるあの鉄の塊に気づかれないようにこっちに来なさい。問答は無し、移動以外の動作を見せたらあの世行き。おーけー?」
「ぼ、暴力反対とおねーさんはがくがく震えながらも主張するねぃ」
必死で叫びたくなるのをこらえて弥生はエキドナの物まねを披露する。
それが功を奏したのかキズナの声音がちょっと柔らかくなった。
「意外と似てる……ごめん、撃たないからこのままこっちへ来て」
キズナはかちゃりと銃を降ろし、引き金横の安全装置を押し込む。よほど怖かったのか目尻に涙を浮かべつつも弥生はこくこくと頷いてキズナに手を引かれるままに廊下の角を曲がった。
ふにゃふにゃにゆがんだ視界に映ったキズナの顔は蠟燭の明かりに揺れながらもはっきりとわかる。困惑した表情の釣り目と金髪、セミロングの先っちょが刎ねて少しワイルドな感じがしていた。
「……姉貴の知り合いでこれくらいで怖がるやつ居なかったから、やりすぎたわ。怖かったっしょ?」
「ちょっとだけ漏れた……かも」
なにが、とはお互いに言わない。
「も、もうやらないから。脅さないから……姉貴は?」
「エキドナさんも牢屋で反省中だよ?」
「…………ちょっとぶん殴ってくる。どこが『僕はスマートに事を進めるのを信条にしてるんだぜぃ』だ。余計ややこしくしてんじゃねぇよ馬鹿姉……」
「まってまって、私が出してあげる。そのために来たの」
「はぁ? あんた何考えてんの? あたし捕まってるの、いい? 犯罪者なの。善良なお嬢ちゃんの出番はねぇの、おーけー?」
「だってこれからもっと暴れて人身売買組織つぶすんでしょ?」
「あんた頭のネジ大丈夫? 良いからすっこんでなさいよ。姉貴と合流できれば何とでもなるから」
「これ、いるんじゃない?」
弥生は肩掛けポーチの中に入れていたあるものをキズナに見せる。
「お? おおお?」
じゃら……とぎっしり詰まっていたのは、弾丸だった。
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