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開戦! ベルトリア共和国 ②
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意味が分からなかった。
滑るものが何もなかったのに自分の足が滑った、その事実は青年に混乱をもたらすのには十分なインパクトを持っている。
そもそも彼は精神的に安定していないのは明らかで情緒が不安定なのだ。
会話の中で何がきっかけで激昂するか、冷めるか……その統一感の無さが未知への恐怖感という形になっている。
しかし、そこは人生経験が長い夜音、洞爺、エキドナにとっては初見でなければ対応できる範囲だ。
だからこそ初手はキズナと夜音に任せる。そうして自分たちが用意した狩場へ誘うのだ。
「姉貴! 銃と刀!」
底を抜いて目標である青年を落とした穴からキズナが降りてくる。
「ばか!! 今ダメ!?」
「へ?」
今まさに追撃の爆弾を青年の周りに放り込んだばかりのエキドナが叫ぶ。
そもそもキズナは上で罠にはめた後、夜音の分身と一緒に一度階段で下がってからこの場所に来るはずだったのだが……。
――カッ!!
目を焼くような強烈な閃光と爆音が瓦礫の山とキズナを包み込む。
「キズナっ!!」
強烈な爆風と熱波がだだっ広い会議室を揺らす。洞爺の経験から簡単には死なないと判断してかなり多めに準備した爆薬は人一人を吹き飛ばすのには十分すぎるのだ。
もちろんそんなものをまともに受けては生身の人間であるキズナは即死間違いなしである。
濛々と立ち込める粉塵と焼けた木材の匂いを手で追い払いながらエキドナは即座に探査を実行した。
しかし、爆発の影響でうまくいかないのかキズナはおろか青年の安否もすぐにはつかめない。
「うわうわうわうわ、どうしよう……妹を爆殺してしまった」
「落ち着くのじゃエキドナ。夜音殿が間に合った……と思うが」
この狩場で待機していたのはエキドナ、洞爺、牡丹、夜音の本体だった。
本来であれば爆発で少しでもダメージを与えて間髪入れず洞爺と牡丹が挟み撃ちする予定だったが真っ先にやらかしてしまったキズナのせいでいきなり計画が狂う。
「ぶじー! キズナン助けたけどあたしの髪がちょっとこげたぁ!!」
「ごめん! 姉貴!」
視界が悪い狩場の向こうから夜音とキズナの無事を知らせる声に、エキドナが安堵しつつも『あとで説教、それも拳骨付きで!!』と心に付箋紙を張った。
どうやら無事にこの戦いを乗り切ってもキズナは無事で済まなそうだ。
「じゃあ私が殴ってくるわね」
エキドナの脇をすり抜けて爆心地の中心へ突っ込んでいく牡丹、いつもと違いタンクトップとカーゴパンツで動きやすさを重視した服でやる気満々に進む。
いまだ頬を熱が刺すのを気にしないでたどり着いたが……意外な光景が待っていた。
「……意外と脆いのね」
軽く握っていつでも拳を振れるようにしていた手を緩めて、両腕を組む。
そこには右腕が吹き飛び、ところどころ炭化している青年が居た……と言うか在った。
牡丹が良く確認するまでもなく顔の半分は焼けて呼吸をしていないのは明白。よほど運が悪かったのか左足はぐるりと一回転して不自然な方向へ折れ曲がっていたりする。
「まあ、こんなこともあるかしら……」
事前に夜音が『上手く行けば相手の運は相当悪くできる』そう言ってはいたが……あっけなさ過ぎた。
「牡丹! どう……って、うわ。これもう駄目じゃん」
そこにエキドナが追いついてきて広がる惨状を見た瞬間、微妙な表情を浮かべる。
首がちょんぱされても元気に嗤っていたのではなかろうか? それとも爆薬の威力が思ったより高かったのかとエキドナの脳内で検証が始められた。
「これで起き上がってきたらこいつの呼び名、ゾンビちょんぱにしない?」
「語呂は良いねぇ……真司とレン、フィンに集合かけようか……捕まえるだけで良かったけどこれじゃ情報を聞き出すのは無理そうだ」
「そうね、魔法の障壁ってそんなに固くなかったのかしら?」
「いや? 僕がフィンとやり合った時はとてもじゃないけど壊せないほどだったし……無防備で受けなきゃこんなにぼろ屑みたいにならないよ」
弾薬は節約できたしまあいいか、拍子抜けしつつもエキドナは右手に握った銃の安全装置をオンにする。念のためにエキドナが青年だったものを調べるが、呼吸はおろか心臓も止まっていた。
「結局こいつ何だったのかしら?」
「さあ……今となっては真相は闇の中だね。煙も晴れてきたし戻ろうか」
爆風で会議室の窓ガラスは例外なく砕け散っていたので風が煙を外に追い出してくれている。
そもそもこれだけ大きな音を出しているのだから、うかうかしているとせっかく遠ざけた自警団や衛兵が集まってくるのは時間の問題。
短期決戦でゾンビちょんぱだけを仕留められたのだから一応成功と言えなくもなかった。
そう思うことにして牡丹とエキドナは踵を返す。
「洞爺! 状況終了! やりすぎたっぽい……撤収の準備を!」
そうとなれば長居は無用。
後は弥生とライゼン首相、それから正規の護衛であるクワイエットに後始末を任せるだけだ。
――ズズ
「たいなぁ……」
声が、聞こえるはずのない声をエキドナの聴覚は拾う。
――――がらん
「一個……無駄にシチャッタじゃぁないカ」
くぐもってろれつが回らない様な……かすれた発音だが。
「……決定、ゾンビちょんぱ」
「……採用、全員再度戦闘準備!! 目標ゾンビちょんぱ!! 陣形組なおせぇぇ!?」
ほぼほぼ視界が確保できて来た狩場がにわかに騒然となる。
キズナが叫び、エキドナがそれに応えて彼女の装備を投げ渡し。
「嫌な予感ばかり当たるわい」
顔をしかめた洞爺が刀を抜き。
「……やば、なんか障りが無い事になってる」
先ほど運が悪くなるようにと仕掛けた夜音の顔が引きつる。
「今度はハチの巣にして細かく刻んでやる」
失敗を挽回するべく意気込むキズナ。
「エキドナ、あれ感染すると思う?」
どこかのゾンビ映画のごとく感染しないかを心配する牡丹。
「その可能性も考慮するなら君と洞爺とうちの妹は戦力外だねぇ……」
一度は外した銃の安全装置を戻し、油断なく構えるエキドナがぼやく。
「ちょっト……カンに障るよ。お前ラ」
瞼がなくなった左目をぎょろりと巡らせてゆっくりと身を起こそうとする自称英雄の青年……第二ラウンドが始まる。
滑るものが何もなかったのに自分の足が滑った、その事実は青年に混乱をもたらすのには十分なインパクトを持っている。
そもそも彼は精神的に安定していないのは明らかで情緒が不安定なのだ。
会話の中で何がきっかけで激昂するか、冷めるか……その統一感の無さが未知への恐怖感という形になっている。
しかし、そこは人生経験が長い夜音、洞爺、エキドナにとっては初見でなければ対応できる範囲だ。
だからこそ初手はキズナと夜音に任せる。そうして自分たちが用意した狩場へ誘うのだ。
「姉貴! 銃と刀!」
底を抜いて目標である青年を落とした穴からキズナが降りてくる。
「ばか!! 今ダメ!?」
「へ?」
今まさに追撃の爆弾を青年の周りに放り込んだばかりのエキドナが叫ぶ。
そもそもキズナは上で罠にはめた後、夜音の分身と一緒に一度階段で下がってからこの場所に来るはずだったのだが……。
――カッ!!
目を焼くような強烈な閃光と爆音が瓦礫の山とキズナを包み込む。
「キズナっ!!」
強烈な爆風と熱波がだだっ広い会議室を揺らす。洞爺の経験から簡単には死なないと判断してかなり多めに準備した爆薬は人一人を吹き飛ばすのには十分すぎるのだ。
もちろんそんなものをまともに受けては生身の人間であるキズナは即死間違いなしである。
濛々と立ち込める粉塵と焼けた木材の匂いを手で追い払いながらエキドナは即座に探査を実行した。
しかし、爆発の影響でうまくいかないのかキズナはおろか青年の安否もすぐにはつかめない。
「うわうわうわうわ、どうしよう……妹を爆殺してしまった」
「落ち着くのじゃエキドナ。夜音殿が間に合った……と思うが」
この狩場で待機していたのはエキドナ、洞爺、牡丹、夜音の本体だった。
本来であれば爆発で少しでもダメージを与えて間髪入れず洞爺と牡丹が挟み撃ちする予定だったが真っ先にやらかしてしまったキズナのせいでいきなり計画が狂う。
「ぶじー! キズナン助けたけどあたしの髪がちょっとこげたぁ!!」
「ごめん! 姉貴!」
視界が悪い狩場の向こうから夜音とキズナの無事を知らせる声に、エキドナが安堵しつつも『あとで説教、それも拳骨付きで!!』と心に付箋紙を張った。
どうやら無事にこの戦いを乗り切ってもキズナは無事で済まなそうだ。
「じゃあ私が殴ってくるわね」
エキドナの脇をすり抜けて爆心地の中心へ突っ込んでいく牡丹、いつもと違いタンクトップとカーゴパンツで動きやすさを重視した服でやる気満々に進む。
いまだ頬を熱が刺すのを気にしないでたどり着いたが……意外な光景が待っていた。
「……意外と脆いのね」
軽く握っていつでも拳を振れるようにしていた手を緩めて、両腕を組む。
そこには右腕が吹き飛び、ところどころ炭化している青年が居た……と言うか在った。
牡丹が良く確認するまでもなく顔の半分は焼けて呼吸をしていないのは明白。よほど運が悪かったのか左足はぐるりと一回転して不自然な方向へ折れ曲がっていたりする。
「まあ、こんなこともあるかしら……」
事前に夜音が『上手く行けば相手の運は相当悪くできる』そう言ってはいたが……あっけなさ過ぎた。
「牡丹! どう……って、うわ。これもう駄目じゃん」
そこにエキドナが追いついてきて広がる惨状を見た瞬間、微妙な表情を浮かべる。
首がちょんぱされても元気に嗤っていたのではなかろうか? それとも爆薬の威力が思ったより高かったのかとエキドナの脳内で検証が始められた。
「これで起き上がってきたらこいつの呼び名、ゾンビちょんぱにしない?」
「語呂は良いねぇ……真司とレン、フィンに集合かけようか……捕まえるだけで良かったけどこれじゃ情報を聞き出すのは無理そうだ」
「そうね、魔法の障壁ってそんなに固くなかったのかしら?」
「いや? 僕がフィンとやり合った時はとてもじゃないけど壊せないほどだったし……無防備で受けなきゃこんなにぼろ屑みたいにならないよ」
弾薬は節約できたしまあいいか、拍子抜けしつつもエキドナは右手に握った銃の安全装置をオンにする。念のためにエキドナが青年だったものを調べるが、呼吸はおろか心臓も止まっていた。
「結局こいつ何だったのかしら?」
「さあ……今となっては真相は闇の中だね。煙も晴れてきたし戻ろうか」
爆風で会議室の窓ガラスは例外なく砕け散っていたので風が煙を外に追い出してくれている。
そもそもこれだけ大きな音を出しているのだから、うかうかしているとせっかく遠ざけた自警団や衛兵が集まってくるのは時間の問題。
短期決戦でゾンビちょんぱだけを仕留められたのだから一応成功と言えなくもなかった。
そう思うことにして牡丹とエキドナは踵を返す。
「洞爺! 状況終了! やりすぎたっぽい……撤収の準備を!」
そうとなれば長居は無用。
後は弥生とライゼン首相、それから正規の護衛であるクワイエットに後始末を任せるだけだ。
――ズズ
「たいなぁ……」
声が、聞こえるはずのない声をエキドナの聴覚は拾う。
――――がらん
「一個……無駄にシチャッタじゃぁないカ」
くぐもってろれつが回らない様な……かすれた発音だが。
「……決定、ゾンビちょんぱ」
「……採用、全員再度戦闘準備!! 目標ゾンビちょんぱ!! 陣形組なおせぇぇ!?」
ほぼほぼ視界が確保できて来た狩場がにわかに騒然となる。
キズナが叫び、エキドナがそれに応えて彼女の装備を投げ渡し。
「嫌な予感ばかり当たるわい」
顔をしかめた洞爺が刀を抜き。
「……やば、なんか障りが無い事になってる」
先ほど運が悪くなるようにと仕掛けた夜音の顔が引きつる。
「今度はハチの巣にして細かく刻んでやる」
失敗を挽回するべく意気込むキズナ。
「エキドナ、あれ感染すると思う?」
どこかのゾンビ映画のごとく感染しないかを心配する牡丹。
「その可能性も考慮するなら君と洞爺とうちの妹は戦力外だねぇ……」
一度は外した銃の安全装置を戻し、油断なく構えるエキドナがぼやく。
「ちょっト……カンに障るよ。お前ラ」
瞼がなくなった左目をぎょろりと巡らせてゆっくりと身を起こそうとする自称英雄の青年……第二ラウンドが始まる。
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