3 / 76
第一章 今生の出会い
2 いざ、招かれた王城へ
しおりを挟む
カリスト公爵領は王都から馬車で三泊四日の距離に公都を構える。
そもそもの王家直轄領が小さく、国土が広すぎるせいもあるだろう。ゼローナでは、王家の傍流にあたる三つの公爵家がそれぞれ重要な土地に封じられていた。
すなわち北の国境地帯に面した武門の要、北公家。東の海にひらけた港と、数多ある商船や商人組合の総元締めを兼ねる東公家。南方の肥沃な大地を丸ごと治める南公家。
ヨルナが生まれたのは南公家。領地面積そのものがゼローナの半分弱を占める。気候もおだやかで過ごしやすい。
本来なら、まだ社交界デビューを迎えていないヨルナは半人前。公の場に出ることはない。公都カレスの屋敷でさまざまな令嬢教育を施され、課題をこなす時期でもあるのだが。
* * *
『お茶会……王城で? わざわざ、私に?』
まだ前世もろもろの記憶が戻る一ヶ月前のことだった。急に、王都から招待状が届いたのだ。
わざわざ、末娘の部屋まで訪れた公爵ゼオンは『そう』と、実に重々しく頷いた。
ゼオンは六十二歳。五十を過ぎてようやく授かった愛娘と並ぶと、祖父と孫に見えなくもない。
が、表情には生気が満ちており、備える空気は若々しい。うなじで束ねた白髪混じりの銀髪には艶があり、すっきりとした眉に通った鼻梁。刻まれた皺や優しげな風貌は雅やかですらある。
紺碧の瞳に静かな威厳の光を湛えた老領主。領民からも慕われているゼオンは右手に携えた手紙を、そぅっと無言で差し出した。
――目礼。
ヨルナもまた無言。両手で恭しく受けとり、かさり、とひらく。
この季節にふさわしく、春めいた若草色に染められた薄様の便箋には、落ち着いた黒のインクでこう記してあった。
“――……つきましては、第三王子アストラッド殿下の十五歳の生誕の祝いのため、国中の十二歳から十八歳の未婚の令嬢に茶会、或いは夜会にご参加いただきたく……”
『カリスト領からは、唯一婚約者のいない私を王都へ遣わすように、ですか』
『そうだ』
こくり、と再び首肯するゼオンの眉間が深い。あまり気が乗らないらしい。
ヨルナにはまだわからないが、王家と我が公爵家の間には何か、退っ引きならない溝でもあるのだろうか……と、本気で心配した。(※実際には良好な関係を築いており、なんの憂慮もない)
目を伏せて、ほんの少し思案する。
もちろん断ることなど出来るはずもない。国王に忠誠を誓う貴族子女ならば当然の務めでもある。
十二なら先月になったばかり。確かに条件には適合する。
ただ、ずいぶんとあからさまなご婚約者探しなのだな――と。
その時は、気にも止めなかった。
──────
カタカタン、コトン、と馬車が小刻みに揺れる。
萌え出でたばかりの若葉が陽光を弾いてまぶしい。等間隔に植えられた新緑の街路樹に目を細めつつ、ヨルナはぽつり、と呟いた。
「まさか……今度は、王子様なのかしら」
「? 何か仰いまして?」
「いいえ、何も」
向かい側に座った侍女サリィに聞き咎められ、ぶんぶん、と慌てて首を横に振る。
危ない危ない。普通、ひとは前世の記憶など持たないのだ。ましてやこの世界の主神と仰がれる存在と何度も話したことがあるなど、世間に知れてしまったら。
……神殿に納められて、一生聖女扱いされてしまうかもしれない。
(それは、やだな。柄じゃないよ。私はただ“あのかた”が、今生もお幸せにお過ごしならそれでいいのに)
「?」
ふんす、と鼻息荒く可愛らしい眉をひそめ、再び車窓の外に目を向ける少女に、サリィは訝しげに小首を傾げた。
ポックポック、繋がれた二頭の馬が長閑に石畳を鳴らして坂を登る。
そろそろ王城の門をくぐるはず。
ぐるり、と大きく弧を描く坂道から整然と並ぶ街並みを見下ろし、何やら決意を新たにしたらしい銀の髪の姫君は、幼い容貌を一変。きりっとさせた。
そもそもの王家直轄領が小さく、国土が広すぎるせいもあるだろう。ゼローナでは、王家の傍流にあたる三つの公爵家がそれぞれ重要な土地に封じられていた。
すなわち北の国境地帯に面した武門の要、北公家。東の海にひらけた港と、数多ある商船や商人組合の総元締めを兼ねる東公家。南方の肥沃な大地を丸ごと治める南公家。
ヨルナが生まれたのは南公家。領地面積そのものがゼローナの半分弱を占める。気候もおだやかで過ごしやすい。
本来なら、まだ社交界デビューを迎えていないヨルナは半人前。公の場に出ることはない。公都カレスの屋敷でさまざまな令嬢教育を施され、課題をこなす時期でもあるのだが。
* * *
『お茶会……王城で? わざわざ、私に?』
まだ前世もろもろの記憶が戻る一ヶ月前のことだった。急に、王都から招待状が届いたのだ。
わざわざ、末娘の部屋まで訪れた公爵ゼオンは『そう』と、実に重々しく頷いた。
ゼオンは六十二歳。五十を過ぎてようやく授かった愛娘と並ぶと、祖父と孫に見えなくもない。
が、表情には生気が満ちており、備える空気は若々しい。うなじで束ねた白髪混じりの銀髪には艶があり、すっきりとした眉に通った鼻梁。刻まれた皺や優しげな風貌は雅やかですらある。
紺碧の瞳に静かな威厳の光を湛えた老領主。領民からも慕われているゼオンは右手に携えた手紙を、そぅっと無言で差し出した。
――目礼。
ヨルナもまた無言。両手で恭しく受けとり、かさり、とひらく。
この季節にふさわしく、春めいた若草色に染められた薄様の便箋には、落ち着いた黒のインクでこう記してあった。
“――……つきましては、第三王子アストラッド殿下の十五歳の生誕の祝いのため、国中の十二歳から十八歳の未婚の令嬢に茶会、或いは夜会にご参加いただきたく……”
『カリスト領からは、唯一婚約者のいない私を王都へ遣わすように、ですか』
『そうだ』
こくり、と再び首肯するゼオンの眉間が深い。あまり気が乗らないらしい。
ヨルナにはまだわからないが、王家と我が公爵家の間には何か、退っ引きならない溝でもあるのだろうか……と、本気で心配した。(※実際には良好な関係を築いており、なんの憂慮もない)
目を伏せて、ほんの少し思案する。
もちろん断ることなど出来るはずもない。国王に忠誠を誓う貴族子女ならば当然の務めでもある。
十二なら先月になったばかり。確かに条件には適合する。
ただ、ずいぶんとあからさまなご婚約者探しなのだな――と。
その時は、気にも止めなかった。
──────
カタカタン、コトン、と馬車が小刻みに揺れる。
萌え出でたばかりの若葉が陽光を弾いてまぶしい。等間隔に植えられた新緑の街路樹に目を細めつつ、ヨルナはぽつり、と呟いた。
「まさか……今度は、王子様なのかしら」
「? 何か仰いまして?」
「いいえ、何も」
向かい側に座った侍女サリィに聞き咎められ、ぶんぶん、と慌てて首を横に振る。
危ない危ない。普通、ひとは前世の記憶など持たないのだ。ましてやこの世界の主神と仰がれる存在と何度も話したことがあるなど、世間に知れてしまったら。
……神殿に納められて、一生聖女扱いされてしまうかもしれない。
(それは、やだな。柄じゃないよ。私はただ“あのかた”が、今生もお幸せにお過ごしならそれでいいのに)
「?」
ふんす、と鼻息荒く可愛らしい眉をひそめ、再び車窓の外に目を向ける少女に、サリィは訝しげに小首を傾げた。
ポックポック、繋がれた二頭の馬が長閑に石畳を鳴らして坂を登る。
そろそろ王城の門をくぐるはず。
ぐるり、と大きく弧を描く坂道から整然と並ぶ街並みを見下ろし、何やら決意を新たにしたらしい銀の髪の姫君は、幼い容貌を一変。きりっとさせた。
0
あなたにおすすめの小説
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~
チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!?
魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで!
心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく--
美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!
剣ぺろ伝説〜悪役貴族に転生してしまったが別にどうでもいい〜
みっちゃん
ファンタジー
俺こと「天城剣介」は22歳の日に交通事故で死んでしまった。
…しかし目を覚ますと、俺は知らない女性に抱っこされていた!
「元気に育ってねぇクロウ」
(…クロウ…ってまさか!?)
そうここは自分がやっていた恋愛RPGゲーム
「ラグナロク•オリジン」と言う学園と世界を舞台にした超大型シナリオゲームだ
そんな世界に転生して真っ先に気がついたのは"クロウ"と言う名前、そう彼こそ主人公の攻略対象の女性を付け狙う、ゲーム史上最も嫌われている悪役貴族、それが
「クロウ•チューリア」だ
ありとあらゆる人々のヘイトを貯める行動をして最後には全てに裏切られてザマァをされ、辺境に捨てられて惨めな日々を送る羽目になる、そう言う運命なのだが、彼は思う
運命を変えて仕舞えば物語は大きく変わる
"バタフライ効果"と言う事を思い出し彼は誓う
「ザマァされた後にのんびりスローライフを送ろう!」と!
その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ
剣ぺろと言う「バグ技」は
"剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ
この物語は
剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語
(自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!)
しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない
ひ弱な竜人 ~周りより弱い身体に転生して、たまに面倒くさい事にも出会うけど家族・仲間・植物に囲まれて二度目の人生を楽しんでます~
白黒 キリン
ファンタジー
前世で重度の病人だった少年が、普人と変わらないくらい貧弱な身体に生まれた竜人族の少年ヤーウェルトとして転生する。ひたすらにマイペースに前世で諦めていたささやかな幸せを噛み締め、面倒くさい奴に絡まれたら鋼の精神力と図太い神経と植物の力を借りて圧倒し、面倒事に巻き込まれたら頼れる家族や仲間と植物の力を借りて撃破して、時に周囲を振り回しながら生きていく。
タイトルロゴは美風慶伍 様作で副題無し版です。
小説家になろうでも公開しています。
https://ncode.syosetu.com/n5715cb/
カクヨムでも公開してします。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887026500
●現状あれこれ
・2021/02/21 完結
・2020/12/16 累計1000000ポイント達成
・2020/12/15 300話達成
・2020/10/05 お気に入り700達成
・2020/09/02 累計ポイント900000達成
・2020/04/26 累計ポイント800000達成
・2019/11/16 累計ポイント700000達成
・2019/10/12 200話達成
・2019/08/25 お気に入り登録者数600達成
・2019/06/08 累計ポイント600000達成
・2019/04/20 累計ポイント550000達成
・2019/02/14 累計ポイント500000達成
・2019/02/04 ブックマーク500達成
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
ゴミスキルと追放された【万物鑑定】の俺、実は最強でした。Sランクパーティが崩壊する頃、俺は伝説の仲間と辺境で幸せに暮らしています
黒崎隼人
ファンタジー
Sランク勇者パーティのお荷物扱いされ、「ゴミスキル」と罵られて追放された鑑定士のアッシュ。
失意の彼が覚醒させたのは、森羅万象を見通し未来さえも予知する超チートスキル【万物鑑定】だった!
この力を使い、アッシュはエルフの少女や凄腕の鍛冶師、そして伝説の魔獣フェンリル(もふもふ)といった最強の仲間たちを集め、辺境の町を大発展させていく。
一方、彼を追放した勇者たちは、アッシュのサポートを失い、ダンジョンで全滅の危機に瀕していた――。
「今さら戻ってこい? お断りだ。俺はこっちで幸せにやってるから」
底辺から駆け上がる痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる