もしも、いちどだけ猫になれるなら~神様が何度も転生させてくれるけど、私はあの人の側にいられるだけで幸せなんです。……幸せなんですってば!~

汐の音

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第二章 動き出す歯車

45 もしも、いちどだけ(後)

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 ――猫になるか。ならないか。

 いま、今生こんじょう初の分岐路に立った気がして呼吸を止めたのは、これが直接アストラッドのためであるとは言えないからだ。
 ヨルナは完璧に固まったフリーズした
 隣では身を寄せて同じく隙間を覗いていたロザリンドがため息をついている。

「だめね。あれじゃあ小さすぎて通れないわ。大人しくここから連れて行かれましょ」

「えっ?! そんな、諦めてしまわれるんですか?? こんなにあっさり」

 弾かれるようにパッと振り仰ぐと、いつもの意地悪な表情でふふん、と笑われてしまう。

「『諦め』? 違うわ。まだ機会じゃないって言ってんの。わたしはあいつらにとって大事な花嫁らしいから害されることはないにせよ、警戒心を解くまでは時間がかかるわ。逃げるときは、もっと油断させないと。――でもヨルナ、あんたは、あんまり逆らってると痛い目に合わされるかもしれない。ガタガタ言わない方が良いんじゃないかしら」

「ローズ様……」

 不覚。じん、としてしまった。
 まさか彼女が自分を案じてくれる日が来るなんて……と、半ば感じ入って目を潤ませていると、悪戯っぽく指で顎を持ち上げられ、至近距離で囁かれる。

「だ・か・ら、最初は大人しくなさい。わたしはユーグラシルに会うまで絶対に諦めたりしないわ。辺境に行くこと自体は希望通りだもの」

「!! 結局、それですか!」

 涙が引っ込んだ。さりげなく身をよじって顎をとらえる指を払い、距離をとる。ロザリンドは悪びれず、けらけらと笑った。
 
「当たり前よ。でなきゃ、こんなわけのわからない世界に放り出された甲斐がないわ。あんただって転生組だし、この気持ちわかるでしょ。案内人ガイドは、あんたが『何も望まなかった』って言ってたけど嘘じゃない? どうして五回も生まれ変わってんの? すっごく珍しいケースみたいよ」

「うっ」

 同じ転生組と言われると弱い。地球でのことを話せる気楽さも手伝い、つい、説明しても良さそうな気がした。
(そう言えば……)
 今まで、誰からも聞かれなかった。
 本当は、ずっと誰かに話したかったのかも。

 ヨルナは、ぽつりぽつりとかいつまんで事情を話し始めた。
 本当に“望み”はなかったこと。
 神様が気まぐれに与えてくれた能力ギフトで猫になったこと。それから繰り返し、最初の転生で好きになった『あのひと』が報われぬ恋で傷つくたび、猫になって寄り添ってきたことを。



   *   *   *



「うそ……」

 ロザリンドは呆然と呟き、呻いた。
 およそ十分も経ったろうか。結果、信じられないものを見るようにじろじろと眺められ、ヨルナは少しだけ憤慨する。

「失礼な。嘘じゃありません。私は正真正銘、何も望みませんでした。あのひとと出会えるよう繰り返し生まれさせてくださっているのは、多分神様のご厚意なんです」

「そうじゃなくて。……えっ、まじで? 自覚ないの?」

「と、仰いますと?」

 戸惑い、不思議そうに問うと「ないわぁ」とドン引かれた。

「あんたの言う『神様』って、わたしから見た『案内人ガイド』のことよね。あいつのキモい困り方もわかるわ……とんだ問題物件じゃないの。ヨルナ、あんた、もう二度と猫になっちゃだめよ」

「え、でも」

 たしかに同じことは神様からも言われた。
 が、ここまで面と向かって禁止されるほど迷惑な力とは思えない。
 実際、猫になりさえすれば通れるんだけどな……と、ちらりと壁を見ると、両肩をつかまれ、はげしく揺さぶられた。

「うわわわっ!?」
 
「もー! やめなさいよね、この鈍感!! これだから正ヒロインはッ!!!!!」

「ろ、ローズ様、それはないです。私は……!」



   *   *   *



 囚われの姫君がたが元気に叫びあっているのを、ベティは空き家の裏庭で聞いていた。
 待っているのは、仲間のシトリンとルダード。

 昨日、竜舎の前で寝入った彼女たちに追加で強い睡眠作用のある薬を嗅がせ、ひとまずシトリンが寝泊まりしていた小テントに運んだ。
 午前公演のあと、天幕内をしらみ潰しに調べていたらしい王子たちの捜索はそれでやり過ごしている。

 そうして一座が休憩に入った隙を狙い、盗んだ小型竜に乗って広場を離れた。認識阻害布を竜の腹に巻いて一気に上空まで垂直飛翔したので、地上からはまず感知されていないはず。

 拉致から一夜明けても、まだこちらに探索の手が及んでいないのは自分も被害者と思われている証に他ならない。

 おおむね計画どおりのはずなのだが。

(遅い……。とっくに合流してもいいくらいなのに)
 焦燥に、ちりちりと胸をかれた。
 まだ、いくつかの品をると話していた。その段階で見つかってしまったのか。はたまた抜けるタイミングを逃したのか――?


「だめね。気弱になってる。さ、あとは竜に餌やりを…………あっ」

 
 ベティは、飼料をたっぷり詰め込んだ篭をその場に置いた。上空で黒い点のように見えた鳥影が徐々にひとの形をとり、馴染んだ竜人ドラゴニュートの女性だと気づく。

 両手を振ると、ぶわっと重い風圧とともに目の前に大柄なシトリンが降り立った。
 彼女一人。翼のないルダードはいない。
(……?)
 つかの間、ベティは良くない予感に眉をひそめた。

「シトリン、どうしたの。ルダードは?」

 何かが起こったのだと本能でわかる。
 ごく端的に切り込んだベティに、疲れた顔色のシトリンは切羽詰まった声音で答えた。

「ベティ様……! 申し訳ありません、やられました。一刻も早く、ここを発たねばなりません」


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