もしも、いちどだけ猫になれるなら~神様が何度も転生させてくれるけど、私はあの人の側にいられるだけで幸せなんです。……幸せなんですってば!~

汐の音

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第二章 動き出す歯車

46 恐怖の尋問

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 ヨルナとロザリンドが連れ去られた日の夕暮れどき。
 王城から派遣された兵たちは、クラヒナ広場を中心に綿密な人海戦術で聞き込みを行った。
 “刻見ときみ”による映像再現術により、急遽きゅうきょ集められた絵師たちが誘拐犯の似顔絵を量産できたことは大きい。

 かくして、日没前には竜人ドラゴニュートの血を引くものの額に短めの角しかないルダートが発見される。
 いにしえの魔具を扱う古物商で、一座から盗み出した数点の魔道具を売りさばいているところだった。放っておけば、あと小一時間ほどで街を発てるほどの旅支度を抱えて。

 いっぽう、純血の竜人と大差ない容姿のシトリンは裏通りの安宿に身を寄せていたが、兵士たちが部屋に踏み込むと同時に窓から飛び去ってしまった。

 “北西へ逃げた”

 ……との目撃談が、数多く寄せられたが。







「――で? 喋る気になったか? ルダート」

「くそっ。なんで、こんなところに座長が……ぐぁあっ!」

 ドゴン! と派手な音を立てて、中肉中背の男の体躯が吹っ飛んだ。
 私刑……ではないはず。(※たぶん)
 ずいぶんと容赦のない一撃だった。

 まごうかたなきゼローナの王城の一画。
 普段あまり使われることのない、寒々とした罪人用取り調べ室に彼らはいる。

 彼ら――サジェス、トール、アストラッド。それに魔族側からはシュスラとユウェンが。


「……拘束しましょうか。専門の器具もありますが」

 護衛を兼ねて見張りに立つ兵士が律儀に尋ねれば、シュスラは「結構です。お手間は取らせませんので」と慇懃に答える。

 小窓から地面すれすれに月明かりの差す半地下室は牢のような造りで、削り出した石がむき出しの床に、鉄格子の影をくっきりと落としている。

 裾の長い黒衣をひるがえし、今まさにルダートを蹴り飛ばしたシュスラは腰に手を当て、悠然と微笑んだ。

「さすがのツラの皮で。元気そうじゃないか。よくもまぁ、たばかってくれたな」

「……目的と、悲願のためだ。まるで、オレたちのために結成されたような曲芸団だったからな。ありがたく、乗らせてもらっ――」

「『オレたち』のところ、もっと詳しく」

「!! ってぇ!? ちょ、座長! あんた顔のわりにすげぇ乱暴だな???」


「「「(…………)」」」

 あちゃー……と、見ている周囲が痛そうに顔を歪める。腹を蹴られて転がっていたのを、ようやく起き上がったところで、今度は右肩から蹴り倒されていた。そのまま体重をじりっとかけられている。

「い、いててててぇ……っ」

「お前らの出自だの、悲願だのはあとでゆっくり聞いてやる。お嬢さんたちをどこへやった。どこで落ち合うつもりだった? さっさと吐け」

「わ、わかった! 言う、言うから。森ん中だよ! そこで落ち合って、あとは東のエスト領から海に出るつもり――」
「嘘だよ、シュスラ」

「あぁ」

「!!」

 ルダートは脂汗を流しながら、目をみはった。サジェスの指示を受けてやって来た兵二名に両腕を押さえつけられたせいもあるが、月明かりを受けて近づいたユウェンの気配と声が、冴えざえとした月よりも冷たかったために。

 ルダートは、苦し紛れに喚いた。

「何で!! 嘘だって言えんだよ、このくそガキ! 座長の遠縁だかなんだか知らねぇが、道中からいけ好かなかったんだよ。見下しやがって」

「黙れ下郎げろう。言葉を慎め。……まだわからんか? 血が薄くなるのも弊害ですね、ユウェン。

「な……?」

 ほかの団員にはバレてたと思いますがね、とぼやくシュスラをよそに、ぶるり、と、ユウェンが身震いをした。すると。


「?! ユウェン! それは……」

「……ふぅ。窮屈だった」

 思わず、アストラッドが驚いて名を呼ぶ。
 元々の少年のかたちは変わらず、髪と瞳の色も変わらず、だが異形の翼と二本のねじくれた銀の角が生えていた。竜人とは違う、つやつやと輝く闇色の羽が。先端はくるぶしまで伸びていた。

 ――――ばさっ、と、押し込められていた翼がしなやかに波打ち、背にはためく。ふわっ……と、数本の羽毛が散った。

 打ち倒され、今もシュスラに体重をかけられているルダートは、ほうけたように呟いた。

「ユーグ……ラシル、陛下…………? ううう、うそだ」

「嘘じゃない」

 奇しくも、囚われの姫君がたと似たやり取りをする魔族の一対だった。



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