もしも、いちどだけ猫になれるなら~神様が何度も転生させてくれるけど、私はあの人の側にいられるだけで幸せなんです。……幸せなんですってば!~

汐の音

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第二章 動き出す歯車

47 救出劇(前)

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 梢の葉や下生したばえに露が光る早朝。城門から一群の騎馬が出立した。その数、精鋭の騎士に三王子と北公子息を含めて四十四名。加えて――

「……! 昨日の男、最後の『あれ』は嘘ではない?」

 長くうねる下り坂を過ぎ、堀に架けられた橋を渡り終えてしばらく。灰毛の馬を駆るアストラッドが、隣で黒馬に相乗りするシュスラとユウェンに問いかけた。

 昨夜、一座の離反者であるルダートは、最終的には命乞いしながらすべてを白状した。

 いわく、自分たちが亡国エキドナの末裔であること。
 ゼローナ王家の能力ギフト目当てでロザリンドをかどわかしたこと。
 そのため、おさの血筋であるベティが城に潜入して手引きしたこと。

 それらの供述は専門書記官によって完全に書き留められ、今後の方針や王女と南公息女の救出作戦の要となった。
 犯人たちが落ち合う予定の空き家も聞き出せたため、公には誘拐事件は伏せられたまま今に至る。

 王城では、二人の無事を祈って眠れぬ夜を過ごした面々が胃を細くして待っている。彼女たちのためにも『偽情報をつかまされました』では済まされない。
 蹄の振動と地響きで喋りにくいことこの上なかったが、アストラッドはどうしても確認したかった。



 あぁ、と、出会ったときと同じように角と翼を隠したユウェンが頷く。それから、声が聞こえやすくなるよう、若干こちらに身を乗り出した。シュスラはさりげなくその体を支えている。

「真実だ。真の姿を顕した魔王おれに偽りを告げられる魔族やつなどいない」

「はぁ」

 いまいち論拠を掴めずにいると、苦笑したシュスラが口を挟んだ。

「失礼、アストラッド殿。我らはどんなに血が薄れても、“始まりの闇”に連なる君主に、表だって楯ついたりはしません」

「……始まりの闇?」

「えぇ。貴殿あなた方人間が生命と光を産み出した神を唯一と崇めるように、我々にも信仰対象はある。大まかに言うと、その象徴が魔王なんですよ。――血によって、厳重に支配されてると言ってもいいかな」

「人聞きの悪い」

 ふん、と不機嫌にそっぽを向いたユウェンが言い捨てる。

 ――過去、争いを好む魔王がいないことはなかった。そんな魔王が君臨する時代の魔族は好戦的だったという。

 血による支配。
 何でも、魔王の血筋はすべての種族の源流にあたるらしく、理屈ではない統率力カリスマを発揮するとか。

「では……なぜ、ここ千年以上は争いを好まぬ魔王が? 魔力量も、戦闘向きな種族も豊富だ。戦えば勝てそうなものを」

「詳しいことは省きますが。魔王の身は、世に満ちる負のエネルギーを吸収して己の力に換える性質を持ちます。過ぎれば“器”を壊してしまうんです。肥大化した力を御しきれず、強力ではあってもすぐに年老いて死んでしまいますから。それでは元も子もない。今上陛下は、それを学ばれたんでしょう」

「今上……。では」

 おそるおそる、アストラッドは手綱を握りながらユウェンを流し見た。馬上にあっても弁舌滑らかなシュスラの説明を総合すると。
 ――彼はおそらく、見た目通りの年齢ではない。

「ユウェン。君、何歳?」

「千二十八」

「…………なるほど。失礼しました」

「平気。気にしていない」


 つまり。
 現在、こうも平和でゼローナが栄えていられるのは、目の前の魔王が少年姿のままでいてくれるお陰のような気がして、アストラッドは自然と恭しく態度を改めた。

 彼は、たしかに人の理の外を生きている。
 長く、国交を持つことのなかった辺境のあるじ
 魔王ユーグラシルだ。



   *   *   *



 バタン!

(!?)
 突如、扉が開けられた。ロザリンドの追及からようやく逃れたヨルナは、はっ、と頬に緊張を走らせる。

「お二人とも急いでこちらへ。すぐに出発します」

 ベティだ。明らかに切羽詰せっぱつまっている。
 廊下には、今朝は姿を見せなかった竜人ドラゴニュートの女性がいた。
 ぴん、と、何かを察したロザリンドが水色の瞳を細める。

「――追手おって? 感づかれたんでしょ。貴女、目立つなりだものね。うちの軍や兄たちは無能じゃないわよ」

「! 余計な……、お世話です」

 瞬間、きりりとまなじりを上げたベティが悔しそうに歯噛みする。伴の女性――シトリンは、宥めるようにその背を撫でた。

「ベティ様。今はそのような」

「……そうね。ごめんなさい。とにか、く……!!?」




 ヴン……と。空気が重く唸った。

「!! ベティ様、あぶな……」
「きゃああ!」

 屋根がたわみ、冗談のように崩れるかに見えた、刹那。

(これ。この感覚、わかる。“転移”だ……!)
 馴染みのある、肌をぴりぴりと刺激する特別な魔力。それが空き家の上部に向かっている。
 となれば。

「ロザリンド様、こちらへ!」
「わかってるわよ、言われなくても!」

 パラパラと木屑が落ちるなか、ヨルナは迷わずロザリンドの手をとった。すかさずの応酬。思わず頬が緩む。

「だめ、逃がしちゃ……!!」

 竜人の女性に庇われ、守られながらベティが目ざとく気づいた。とっさに手を伸ばすが自分たちを迂回して走る彼女たちには届かない。

 間一髪、ヨルナたちは、ひらいた扉から古い板張りの廊下へまろび出る。
 軋みがつよくなる。
 あわや崩落かと思いきや――――


 フッ


「………………え?」

 小さな空き家の屋根だけが消えた。


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