もしも、いちどだけ猫になれるなら~神様が何度も転生させてくれるけど、私はあの人の側にいられるだけで幸せなんです。……幸せなんですってば!~

汐の音

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第三章 運命の人

56 三公女のピクニック

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「ヨルナ。一緒に行かないか」

「はい……?」



   *   *   *



 昼時。美味しいものと楽しいことが大好きなミュゼルに誘われ、ぽかぽかと暖かい日差しの下、王城敷地内にある小高い丘に向かって三名で歩いていた。

 同行者は、それぞれの侍女と護衛の兵士。
 総勢九名。何だかんだと侍女がたも仲良くなっているので、妙齢の乙女と少女ら(※見た目)が微笑み、歓談を交わすうららかなピクニックの情景。

 目的地にたどり着くと、眼下には小川。その向こうにへいをへだてて人工のほりが流れ、そこから先は緩やかな傾斜を描いて色とりどりの屋根に石畳の街並みが広がっている。
 ところどころに街灯を兼ねた飾り柱が建ち、金と青紫に染められた細長い旗が翻って雅やかだった。

 丘の頂上では目印になりそうな大樹の下で、侍女たちがきゃっきゃと昼食の準備をしている。その瞬間の出来事だ。


 握られた両手が目の前にある。
 さらに、自分を見つめる怜悧な黒い瞳も。
(きれいだな……)
 ヨルナは、ほぅっと息をついた。
 ルピナスは今日も女騎士めいた女装を通している。それが何度見ても板についているので、つい、ふわりと笑んでしまう。

「ご一緒に。どちらへ?」

「私の家。北都アクアジェイルに」

 ――アクアジェイル。
 『アクア』と呼ばれる青い輝石の有名な産地で、石畳も屋根もふんだんにそれを含む地層の石を切り出して作られた街は、まるで水辺にたゆたう幻の都のごとく、と、吟遊詩人が歌っているのを聞いたことがある。

 しばらく丹念にそれを夢想したヨルナは、うっとりと答えた。

「すごく、すごくうつくしい街なのでしょうね……『神秘の青』のアクアジェイル。私が生まれた南都カレスは、たぶんゼローナ四都のなかではいちばん田舎です。特産物があらゆる農産品や畜産品ですから。辺り一面の小麦畑は景観として素晴らしいですが、都市としてはあまり洗練されていません」

「んん? そ、そう……? いや、そんなことはない。気候温暖、魔獣の被害も少なく、長閑で良いところだと聞く。そうではなくて」

 ルピナスが困ったように焦りの色を見せ始めた。目を泳がせ、ほんのりと頬を染めつつ、明後日あさっての方向を眺めている。

「どうも……昨夜の宴で、国王陛下に男と見抜かれたらしい。近日中に丁重に送るから支度をしろと、サジェス殿下に言われてしまって」

「!! えぇっ」

 耳元に顔を寄せられ、こそこそと話された内容にヨルナは目を丸くした。
 至近距離なのをすっかり忘れ、ぱっとルピナスのほうを向く。

「それは、ジェイド家としてまずいのでは。大丈夫なのですか?」

「うっ」

「……『う』?」

 ルピナスは何とも言えない表情で呻き、まぶしそうにうつむいてしまった。
 その、思いもよらない繊細な仕草に。

 ――日々の、鍛練の賜物だろうか。銀糸で縁取られた菫色の詰襟から覗く首筋も、藍色の後れ毛がかかる頬も、とてもきめ細やかな象牙色をしている。
 魔族の薄闇の肌とも違う色の濃さが、なめらかに日焼けをしているせいだと気がつき、ふと口をつぐんだ。
 そこで、とんとん、と肩を叩かれる。

(?)
 振り向くとミュゼルが不思議そうな面持ちで首を傾げていた。「何の話?」

「ええと」

 ヨルナは、つかのま目を瞬いて我に返った。

「ルピ……、アイリスが、陛下に素性がばれてしまって。早急に北都に帰らねばならないのですって。それで、一緒に来ないかとお声をかけてくださいました。北都見物に」

「あら!」

 蜂蜜色の双眸が生き生きと好奇心に輝く。
 ミュゼルは諸手もろてを後ろに組み、にまにまとルピナスの顔を覗き込んだ。

「ふ~~ん? ずいぶんと積極的じゃなくて? 

「うるさいなぁミュゼルは。きみこそ、ずいぶんと令嬢らしくなくなったよね」

「まぁ、なんてこと仰るの! 心外ですわ」

 ころっと態度を変え、気分を害した深窓の令嬢をみごとに演じきるミュゼルに、くすくすとヨルナが笑う。
 それを見たミュゼルは、おもむろに「そうだわ」と手を打ち、瞳をきらめかせた。

「アイリス様、良いことを思いつきました。わたくしも一緒に行って差し上げますわ。ね? ヨルナ様。せっかく三人で仲良くなれたのですもの。それに」

 今度は東公息女が声を抑え、ヨルナの耳元でぼそぼそと囁く。

「――とっても、気になりませんこと? 
「なるほど」

 ほぼ条件反射。
 ほぼほぼ乗せられてしまった感がつよいが、ヨルナは力強く頷いてしまった。

 たしかに、ルピナスの双子の姉姫の存在は気になっていたので。




「姫様~、ご昼食の準備が整いましたよー!」


 大樹の木陰で敷物を固定し、バスケットから取り出したパンに各種ハム、フルーツにピクルス。なんと、野外専用の給湯器で沸かした湯でハーブティーも淹れてくれたサリィが呼んでいる。

 優秀な侍女で大切な友人に、ヨルナはにっこりと微笑んだ。

「ありがとう! 今行くわ」



   *   *   *



「お礼を言ってくださってもいいのよ? ルピナス」

「……複雑だ……」

 遅れて歩く新しい友人を振り返り、先に行って待っているヨルナの耳に二人の会話は届かない。
 ルピナスの声が地声――れっきとした少年の声に戻っているのも。


 淹れたてのお茶の香り。お日様に温められた若草の匂いのなか、美味しそうなランチセットが待っている。

 絵に描いたような平和な光景に、一つ、二つと交錯する想いを秘め、三公家の子女は和やかに木陰へと向かった。



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