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第五章 王宮にて
第八話
しおりを挟む「どうしたい? アシェル。全て、あなたの望みのままに。ここに残るなら陛下のお世継ぎとして――私が味方になって、この命あるかぎりあなたを守るわ」
サリファ王妃が窓から落ちてしまったことは、単なる事故として片付けられた。
サリファ王妃はたまたま運よく近くの木の上に落ちたせいで、無事だったということになった――王宮の庭に突如として現れ、王妃を助けた大きな生きものは〝いなかった〟のだ。
王宮内はサリファ王妃により見事な統制が取れていて、サリファ王妃が口にしたことが全てだった。
サリファ王妃への問いかけに、アシェルは躊躇うことなく、真っ直ぐと答えた。
「ごめんなさい、サリファ様。……僕はやはり存在しなかったことにしていただけませんか。僕の望みはただ一つ。愛するひとのそばに、死ぬまでずっといることなのです……」
――母が望んでもできなかったこと。
隣で息を潜めるように、じっとアシェルの答えを待っている黒髪の大切なひとを見ながら、アシェルは微笑んだ。
ぎゅっとその手を握る。
「……それに僕の家はここではありません」
ケイレブの街を思い浮かべる。
アシェルがしょんぼりした顔で歩いていたら、すぐに心配して声をかけてくれる街のひとたち。
ガイロス校長、それに学校のかわいい生徒たち。
屋敷にいるネロやハンクスやガロンは、きっと自分たちの帰りを、今か今かと待ちわびていることだろう……。
白亜の王宮を見上げる。
……とても美しいけれど。
どこか冷たく感じる。
――うん、ここじゃない。僕の居場所は。
あの、ケイレブの街の丘だ。
「わかったわ、アシェル」
サリファ王妃が頷いた。
「……わたくしは今度こそ、間違えないわ」
アシェルを引き寄せて、そっと腕の中へ抱きしめる。
「それに、きっとアシェルにとってはそのほうがいいのでしょうね。……ここにいても幸せになれるとは限らないもの」
「……ハルトムート王家の継承者問題はどうなる? 確か、ロベルト国王は他に側妃を娶らなかったはず。サリファ殿下にも子は……出来てないようだが」
「今までは、陛下に何かあったら、陛下の弟かその息子が継ぐことになっていたわ。わたくしはそちらとも懇意にさせていただいているし、良い方たちだから、何も問題はないと思っていたのだけれども。……でも、そうね。もしアシェルの存在が何かの拍子にバレてしまったら、大変なことになるわね」
絶対にそうならないようにするつもりだけれど、と言いながらも、サリファ王妃は少し考え込む素振りをした。
「いいわ……わたくし、頑張ってみるわ。もし万が一、アシェルの存在がバレても、アシェルが王家の世継ぎ問題に巻き込まれなくてすむように。正妃であるわたくしに、子が生まれるのが一番なのだから。……もう陛下との間に男女の愛はないけれど。二十年近くかけて、陛下とは友愛のようなものを築いてきたの。大切なひとを亡くしてしまった気持ちを慰め合うことは、きっと出来る――」
「ええっ」
ザワリとした後ろの侍女たちを無視して、サリファ王妃がひとりごちる。
「……そうよ、まだ月のものはあるし。わたくしの母は、同じくらいの年齢でわたくしを身籠っているのだから、可能性が全くないわけではないわ……」
「……サリファ殿下」
サリファ王妃の発言に驚いてるラオドールに、サリファ王妃はにこりと微笑んだ。
「アシェルをよろしくね。もしうまく子を授かったら、堂々とケイレブの街までアシェルに会いに行くから」
ケイレブの街への支援の手配はすぐにするし、周りの街道の整備も急ぎで進めるわ、と続けるサリファ王妃の瞳には、今までにない力がみなぎっている。
「やりたいこと、やるべきことが沢山出来たわね。……さあ、これから忙しくなるわ!」
少し前まで生きる気力を失っていた人間とは思えない、背筋をピンと張ったサリファ王妃の生き生きとした姿に、侍女たちがエプロンの裾でこっそりと涙を拭っているのが見えた。
頼もしいハルトムート王国の王妃に、アシェルは黙って深く、頭を下げた――。
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