いのちうるはて、あかいすなはま。

緑茶

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第2話 くわせもののリアル

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 しばらくして、先輩から話を聞いた男性が、談話室から出てくるのが見えた。青いフリース姿だ。
 彼は、にこやかな笑みを浮かべながら、先輩に何度も頭を下げていた。

「えらいすんません、時間とらせてもうて」
「いえ。また何かありましたら、ご相談ください」

 山崎が後ろから談話室に入っていって、お茶を片付けている。男性は、手をふりながら、小さく言葉を継ぎ足しながら、去っていく。

「いやほんまに、話聞いてもろて正解ですわ、誤解しとった、せやな、もらえるもんはもらっとかな、生活が……」

 そうして、男性が自動ドアの向こうに消えていくのを確認すると、先輩はオフィス側に戻った。

「ふう」

 少しだけネクタイをゆるめながら席につき、ミネラルウォーターを飲んでいる。

「お疲れさまです。どうでしたか」
「別に。額面のこと、確認してなかったらしい。それでマイナンバーと紐付けしたやつ、画面で見せたら、納得して帰ってった。期限切れになるまで、もう来ないぜ、多分」
「……」

 一瞬、そのまま、席に、戻ろうとした。

「納得いってなさそうだな」

 そう言われた。

「いえ、別に」

 我ながらごまかすのが下手だ。先輩は苦笑して、座ったまま背中を叩いてくる。

「割り切れって。じゃなきゃお前、あいつに抜かされるぞ」

 顎をしゃくって、山崎を見る。
 湯呑をおぼんにのせて、せっせと給湯室に向かっている。実によく動く、後輩だ。

「……まぁいいや。お前、来週の金曜は。定時デーだろ、たしか」
「えっと」

 すぐに答えられなかった。

「来週っつったろ。『今日』の話は聞いてるって」
「ああ、すいません。来週は全然行けます」
「それでいい、んだよ。全く、綺麗事じゃ回らないんだって――」

 電話がなる。先輩は受け取って、にこやかな表情を作って対応を始める。
 横目で、「戻れ」のジェスチャー。従うことにした。

 受付を同僚と交代して、自分のデスクに。ノートパソコンを開いて、メールのチェックを始める。
 その最中、画面の端には、ニュースアプリの通知が常に届いている。
 ――出生率、過去最低を記録、とか。新しい代替食を某メーカーが発表、とか。『スモッグ警報』とか、なんとか、色々。

 うんざりして視線を外すと、受付前の席に、赤いジャケットがかかったままであることに気付いた。



 終業時間のチャイムが鳴った。
 僕は、そわそわした心持ちを抱えながら、ノートパソコンの画面を折りたたむ。
 周りを見回すと、他の誰も立ち上がったり、片付けをする様子がない。
 落ち着かないでいると、先輩と目があった。

「いいよ」

 そう言ってくれた。
 遠慮がちに立ち上がって、上着を着込んだときには、先輩は上司に僕のことを話しに行ってくれていた。
 他の窓口で粘っている最後のお客を横目に、僕は身をかがめるようにしてオフィスを離れた。

 通路を通って、職員用駐車場に向かおうとした時、後ろから山崎が追いかけてきた。

「先輩」
「……どうしたの」
「きょうのお昼に言ってた『火曜日の恒例』って、誰のことですか」
「ああ、イシヤマさんね。半分、若いスーツの人に世間話しに来るようなものだよ。たまに前触れ無くキレたりするけど……」

 それだけ言うと、なんだか山崎はもじもじしていた。妙だった。

「それが、どうかしたの」
「いや、来週あたし有給取ってるんで。知らないとアレかなぁ、って。うん、そんな感じです、たぶん」
「なんだそりゃ」

 よく分からなかったので、苦笑だけこぼして、去ろうとする。

「あの、先輩」
「なに」
「いや、なんでもないですけど。その。先輩も、休んでくださいね」
「休んでるよ、ちゃんと。だから帰るんだ」

 それだけ言うと、背中を向けて手をふって、さよならをした。
 山崎は別に、追いかけてはこなかった。

 そうするかもしれないと少しでも思った理由は、山崎が僕のことをどう思っているのかに関わってきそうだったから、それ以上考えないことにしている。


 それは、ひどく罪深いことのように感じられるからだ。
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