レガロ~私が見えている好感度は、私が相手に抱いている好感度です~

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序章

七話

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 何も進展がないまま、三日が過ぎた。
 斎藤は相変わらず調で休んでいる様で、高島が臨時担任を続けている状態だった。

 その日、遥たちのクラスは歴史の課題を出された。
 来週までに、ヨーロッパの偉人についてまとめたノートを提出しなさいというもので、クラスメイトは昼休みを利用して図書室に足を運ぶ。
 遥と優斗も例にもれなく、その時間、図書室に居た。
 本の貸し出し状況を見越してか、ヨーロッパの偉人であれば時代や国は問わないとの条件を担当の教師が提示し、貸し出される歴史に関した本もまばらだった。

 優斗はマリーアントワネットについて調べると言っていた。
 遥は円卓の騎士について調べる事にした。
 円卓の騎士が歴史上の人物かと言われると、少し違うような気もしたが、随分と遥らしい、勇ましい選択とも言えた。
 遥は目的の本を見つけると、それを棚から引き抜き、空いている席を探した。
 出入り口とは反対の席まで行くと、窓際の四人席に、一人で座る見知った顔を見つけた。

「あれ…先輩じゃないですか」

 分厚い資料とノートを広げている、慎の姿があった。
 真剣な表情で資料を睨んでいて、遥の声は届いていない様だった。
 遥はもう一度声をかけようか迷ったが、そのまま、静かに斜め向かいに座った。
 美男子が真剣な表情で資料と向き合っているのは絵になる。
 窓辺から入る太陽の光りが慎を照らして、慎の美麗な顔立ちを際立たせている様だった。
 こうなれば、当然、遥にとっては眼福の極みである。
 先ほど声をかけた事に気付かれなくて良かったかもしれないとさえ思うほどだ。
 課題の作成をしなければならないとわかっていながら、遥は、穏やかな笑みを浮かべて慎を眺めていた。

 遥の視線に慎が気付いたのは、それから十分程度経ってからだった。
 はっとして視線をあげ、そして、目を見開いた。

「…」
「やあ、先輩こんにちは。とても目に優しい光景でした」

 遥はきらきらとエフェクトが散っていそうな程の笑顔を慎に向けた。
 慎は目を見開いたまま固まった。
 頬だけが、段々と赤くなっていく。

「い、いるなら居ると言ってくれないか!」

 慎が弾かれた様に、席から立ち上がると同時に叫ぶ。
 図書室という静けさを求められる場所に居る事を一瞬忘れた様で、慎は周りから刺さるような視線を向けられることになった。
 その中には、二つ向こうの席に座る優斗の視線も混じっていた。

「う、…す、すまない…」

 慎が視線を向ける生徒たちに頭を下げてから、もう一度着席する。
 その一部始終を遥は微笑まし気に眺めていた。

「きみな…」
「声をかけたのに気付かない程集中していたのは、先輩ですよ」
「…マジか…」
「はい」

 慎の頬はまだ、微かに赤い。
 相当恥ずかしい様だ。
 遥は、そんな慎に笑顔を絶やすことはない。
 そして充分に満喫したのか、遥は、慎の手元にある資料に視線を向けた。

「その分厚い資料、何ですか?」

 慎もまた、つられる様に手元の資料に視線を向ける。
 残っていた赤みはすっかり消え、次には真剣な表情になった。

「発見・報告されている贈り物レガロの一覧だ」
「へぇ…そんなのがあるんですね」
「ああ、世界中に居るからな、贈り物を持って生まれた人間は」

 ほら、と慎が遥に資料を向けると、手元の『円卓の騎士』の本を差し置いて、遥は資料に視線を向ける。
 実に様々な能力がある様で、その解説も書かれていた。
 その中に、遥が持つ贈り物の記載もある。
 自身が相手に抱く感情を好感レベルで目視可しているものだとか、相手の贈り物の力の影響を受けない者、限定的な条件があるもの。
 相手に影響を与えることがないもので、能力保持者に精神的な苦痛をもたらすものなんかもある。
 優斗の贈り物は、恐らくそこに該当している。
 相手の感情や意思が、自分の意思とは関係なく聞こえてくる、あるいは文字や色で空間に浮かび認識してしまうといった内容だ。
 本人に確認をしたことはない。
 ただ、遥が口に出していない事を優斗が理解している理由は、おそらく、そういう事だろう。
 勿論、より細かな条件までは分からないが。

「先輩は?」
「俺は…これだよ」

 これ、と慎が指さしたのは、相手に影響を与える部類の記述がされている項目だ。

――相手の精神内部に入り込む

「入り込む…どんなものなんですか?」
「それを俺に聞くのか…。まあいい。手を出してくれ」

 慎の申し出に、遥は一瞬目を見開いた。
 てっきり内緒にしておくつもりだと思っていたのだが、そうではないらしい。
 その事に驚きながらも、遥は言われた通りに手をだす。
 遥の目の前で、呆れた様な、困ったような表情になりながらも、慎は差し出された手に自身の手を重ねた。
 瞬間、遥は内側に勢いよく引っ張られる感覚に陥った。
 襟足を強く掴まれている様な、手足に鎖があって、それを一気に引っ張られている様な、全身を覆う感覚だ。
 あまりの強さに目を思い切り閉じる。
 その感覚が止み、目を開けた。
 開けただった。

 有名な男性アイドルがコンサートで着ている様な衣装や、あるいは有名なアニメーション映画の王子様が着ている様な服を着せられたマネキンが幾つも連なる光景が目の前にあった。
 周囲は淡く目に優しいオレンジと黄色がどこまでも続いている。

「君は精神世界までもきらっきらだな!まぶしっ!」

 慎の声が後ろから聞こえ、振り返る。
 制服を着た慎が、腕で目元に影を作りながらあちこちに視線を向けていた。

「ここが私の精神世界?」
「そうだ。きみの精神世界。俺は人の精神世界に入りこんで、内側から働きかけることが出来るんだ。もちろん、今はきみに、そんな事をしないしする必要もないけれど」

 内側から働きかけるとはどういうことなのか。
 遥は考えたが、想像はつかない。
 ただ、慎がそこまでデモンストレーションを行わないという事は、実際にやってしまえば何かしらの問題が起こるからだろうと考えた。
 資料の中の、相手の精神に影響を与えるという項目に記載されていたという事は、危険を伴うという事なんだろう。

「それじゃあ、戻るぞ」

 慎に言われた瞬間、遥は再び、何かに引っ張られるような感覚に襲われた。
 それはさっきとは違い、一瞬の出来事だった。
 もう一度目をきつく瞑る。
 そして感覚が戻っていくと同時、今度は空気が変わったのを感じた。
 ゆっくりと目を開くと、窓を背に、椅子に座っている慎が見える。
 周りの生徒が立ち上がって椅子を戻す音や、本を閉じる音なんかが耳に入った。
 ここは図書室だ。

「これが、俺の力だ」

 苦笑いを浮かべる慎に、遥は「なるほど」と頷いた。
 慎が遥の手から自分の手をどけて、資料を閉じる。
 ふと、遥は慎の頭のそばにある好感度バーに視線を向けた。
 緑色で、殆ど埋まっている。
 まだ黒い部分はあるが、遥の中ではかなりの高好感度だ。
 慎の贈り物の力を弾かなかったのは、そういう事らしい。
 遥はそれに気付いたが、慎は気が付いていない様だった。
 からかい半分で伝えれば慎の恥ずかしがる顔が見れるかもしれないと思ったが、やめておくことにした。
 窓際の美男子という、遥にとっての幸福的時間を提供してくれたのだ。
 それに免じて、という事にしておこうと遥は思う。

「兄さん、遥」

 優斗が、遥たちのいる席まで来る。
 遥と慎が同時に顔をあげた。
 優斗は随分険しい表情をしていた。
 こんなところで何やってるの、だとか、よそでやりなさい、だとか、或いは、こんな場所で力を使わないで、だとかを言いそうな雰囲気ではない。
 どちらかというと、そう、深刻な表情だ。
 出入り口の扉に背を向けて、遥と慎を見下ろしている。
 優斗は制服のポケットからスマホを取り出すと、何かを打ち込み、そして画面を二人に見せた。

――高島が見てた。限界間近の状態よ。

 打たれた文字に、遥と慎は真逆の反応をする。
 遥は、まるでチャンス到来と言わんばかりに口角をあげ、慎は、不味い状況になったと言わんばかりに焦りを滲ませた。
 遥の反応に、優斗は叱りの様なものを含んだ目で彼女を睨んだ。
 この状況がどれだけ危険なのかを、本当にわかっているのかと言いたげだった。
 そんな優斗に、遥はウィンクを返した。



   ***



 ホームルームを終えた放課後、優斗と共に帰るために支度をしていた。
 図書室で借りた本は持ち帰って、土日に課題を済ませることにしようと、いつもよりやや重たい鞄を肩にかける。

「お~い、早風~」

 廊下から高島が教室内を覗き込んだ。
 ホームルームを終えて一度教室から出たはずなのだが、どういうわけか戻ってきたらしい。

「はい?」

 遥が振り向き、その場で高島に返事をする。
 優斗は人知れず高島を睨んでいた。
 睨んでいたというよりは、まるで精査するかのような厳しい目を向けていた。
 高島は遥に視線を向けていて、優斗の目には気付いていない様だった。

「ちょっと」

 高島が廊下から手招きをする。
 遥は振り返ると、優斗に「ちょっと行ってくる」とだけ伝えた。
 勿論、アイコンタクトも忘れずに。
 流石に生徒が多く往来する時間の廊下で、何か変な気を起こすなんて事もないだろう。
 部活に行く生徒、帰宅をする生徒、あるいは委員会活動に出向く生徒や、日直で先生にクラス日誌を届けに行く生徒、と、廊下を歩いている生徒は実際に多い。
 遥は高島の所まで行くと、教室と廊下の間にある扉のサッシは踏み越えずに、高島に顔を向けた。
 その表情は恐れるでも、色めくでもない。

――こいつのキラキラスポーツマンフェイス(表バージョン)に負けてたまるかよ

 と言わんばかりの王子様スマイルだった。

「何ですか?高島先生」
「この前、斎藤先生のお見舞いについて話しをしてただろう?それで考えたんだが、流石にクラス全員でぞろぞろと行くのはご迷惑だろうから、クラスの代表者と俺で行ったらどうかと思ったんだ。短時間ならきっと斎藤先生のご家族の方が対応してくださるかもしれないと思ってな。それで、発案者の早風を代表にしようと思うんだ。どうだ?」

 思いもよらない申し出に、遥は目を細めた。
 何を考えているのかは優斗に聞かないと不明だが、優斗で言うところのな事に間違いはないだろう。
 自己判断でこれを受けていいのか。
 だが、ある意味ではチャンスだ。
 高島の目の前で優斗に意思確認をしてしまえば、余計面倒な事になるのは予想がつく。
 次は更に巧妙な手口で仕掛けてくるかもしれない。
 これは、遥が自分で決めなければならない事だった。
 遥が迷ったのは、ほんの一瞬だった。

「わかりました。それまでに、クラスで準備をしておきます」

 爽やかな王子様スマイルをかまし、高島にそう答える。
 一瞬、わずかながらに高島の目がになったのを、遥は見逃さなかった。
 高島はすぐにいつもの、爽やかスポーツマンの印象を与える様な表情に戻る。
 白い歯を見せ、誰もが好むだろう当たり障りのない笑顔だ。

「斎藤先生は慕われているな。俺も、そんな教師になれるように精進しないとな!」
「あはは、そうですね。ですが高島先生なら女子生徒に人気じゃないですか。これ以上人気になったら、うちの学校の受験倍率が上がって、教頭先生が嬉し泣きしますよ」
「そうなったら良いんだけどな!それじゃあ、気を付けて帰るんだぞ。寺田も、気を付けて帰れよ」

 最後には、優斗に対しても気遣いの言葉をかけ、高島は廊下を歩きだした。
 遥は決して、王子様の様な輝かんばかりの笑顔を最後まで崩すことはなかった。
 それから優斗に振り向き、自分の席の近くでただ黙って見守っていた優斗のそばに寄る。
 優斗は、それはもう険しい表情をしていた。

「ごめん。正直どうしていいかわからなかった」

 先ほどの王子様スマイルとは打って変わって、遥の表情は、真剣そのものだった。

「わかってる。あの時の遥は、決して状況を軽くは見てなかった。悩んでた。一人で決めなければならない状況だった。私に意見を求めなかったのは、正しいわ」
「優斗、これから先輩を巻き込んで、作戦会議をしよう」

 いつのも遥とは違い、どこか、勝負に出ようとしている顔だった。
 王子様というよりは、王に仕える騎士――遥が借りた本にある、円卓の騎士の様だった。
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