レガロ~私が見えている好感度は、私が相手に抱いている好感度です~

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序章

八話

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「はぁ?!高島の誘いを受けただって?!」

 応接間の中で慎が吃驚きっきょうするのを、遥と優斗は紅茶を飲みながら聞いていた。
 絵に書いた様な、教科書にでも載りそうな驚き方をした慎は、これでもかと言うくらい目を見開いていた。

「兄さん、仕方のない事だったの。状況が状況だったし」
「…まあ、優斗が言うんならそうなんだろう…」

 慎が深いため息をつく。
 遥はその様子に、わざとらしく慎の顔を覗き込み笑みを浮かべた。

「その物言いじゃ、まるで私のことを信用していないみたいじゃないですか?」

 ニヤニヤと、それはもう、ニヤニヤと。
 遥が慎をおちょくっているのは理解出来るが、残念ながら、慎には身体に起こる生理現象まではコントロール出来ないらしい。
 慎の顔がみるみるうちに赤くなっていく。

「きみなぁ!そういうところだぞ!」
「そういうところって、どういうところです?」
「っ~!!」

 慎には、遥を言い負かす事が出来ない。
 もっとも言い負かそうとすらしていないのだが、そうであったとしても、口で敵う相手ではない様だった。

「すみません、反応が良いのでつい」

 遥は最後に笑みを浮かべてから、プレートに乗ったバウムクーヘンを口に放り込んだ。

「それで、対策だけれど──」
「私が一緒に行くわ」

 慎が気を取り直して口にすると、すかさず優斗がそう言う。
 慎は妹の申し出にも、目を丸くした。

「同じクラスだもの、何も不思議がられる様な事じゃないでしょう」

 優斗の言うとおりだ。
 クラスで話を聞いていたから自分も名乗り出たとでも言えば理由としては完璧だ。
 不審がられることもない。
 もともと遥と優斗の仲が良いのも理由付けの一つになる。

「しかしな…流石に…」

 だが、妹が自ら危険に飛び込む様な事を、兄としては許容出来ないのだろう。
 慎は難しい顔をしながら、他に案はないかと考えている様だった。

「この建物で働く人の中に、うちの学校の卒業生で、斎藤と接点のある人はいないんですか?」
「ああ、恐らく探すのは難しいだろうな…ここに出入りしているのは、本当に限られた人だけなんだ」

 遥の提案も意味をなさないという事だ。

「仕方ない。優斗と行動を共にしてもらうのが現実的かもしれないな…」
「ごめんなさい兄さん、私がついていながら」

 申し訳なさそう─というよりかは悔しそうだ─に眉を寄せる優斗へ、慎は首を横に振る。

「いや。よく考えてみれば、学校なんていう、贈り物と関わりが薄い人も大勢いる場所で決着なんかつくはずがないんだ。俺の考慮不足だよ、完全に」

 美男美女の兄妹が、揃いも揃って申し訳なさそうに、悔しそうにするさまは、確かに絵としては美しい一面がある。
 しかし、遥がそれを眼前にして素直に愛でられるかと言われると、全くそうではない。

「次で決着をつけよう。その心づもりでいることにします。だからそんな悲しい絵面を私の眼前でしないでくれませんか。私が困る」

 遥の表情は、やはり王子様の様な輝かしい笑顔ではなく、騎士の様な、凛としたものだった。



   ***



 下準備は色々あった。
 表立った行動としては、斎藤に渡すための色紙をクラスメイト全員に書いてもらう事だけなのだが、これが、なかなか時間が要った。
 一人あたり一行だったとしても、何を書くか迷っていた生徒はまだいいが、斎藤にあまり好意的でないクラスメイトに関しては、メッセージ一行でさえ書くことを渋った。
 高島の贈り物レガロの力もあるだろうが、学校生活の態度や服装について、斎藤は口うるさい方だ。
 注意されたクラスメイトも、大勢いる。
 それが祟ったと言えるかもしれない。
 が、そこは何とか遥の持ち味である王子様スマイルで乗り切った。
 高島に気付かれないように行った下準備としては、想定されるルートや出来事について、慎、優斗、遥を中心に、機構に所属する取り締まり部門の人たちと入念な話し合いがされた。

 そうして迎えた約束の日。
 遥と優斗は待ち合わせ場所である駅前に居た。
 遥は白のパーカーにシャツと、グリーンのボトム。
 優斗は上品なブラウスに黒のスキニーと、二人とも動きやすい服装だった。
 暫く待っていると、大通りから一台の車がやってきて遥たちのそばに停車した。
 ややコンパクトな乗用車だ。
 運転席から高島が降りてくると、遥と優斗に片手をあげ、爽やかなスポーツマンらしい笑顔で遥と優斗に声をかけた。

「やあ」
「こんにちは」

 遥も負けじと王子様スマイルで返すと、優斗は一瞬そっぽを向いて、「うわっ…」と声を漏らし身震いした。
 爽やかVS王子様という絵面は、見る人によっては眼福だが、その反面ではサムいの一言につきると思う人も居るという事だ。
 が、すぐに元に戻って軽く会釈をした。

「寺田も一緒か?」
「遥から、斎藤先生のお見舞いと伺ったので」
「そうか。寺田も早風と同じで、先生思いだな」

 高島の爽やかさがなりを潜める事はなく、優斗に向けても笑顔を向けた。

「乗ってくれ。斎藤先生の家に行こう」

 高島の一言で、二人は後部座席の扉を開けて、中へと入っていく。

「あの、乗り物酔いの薬を忘れたので窓を開けてもいいですか?」

 遥が眉尻を下げて困った様に笑うと、バックミラー越しに見ていた高島が頷いた。
 贈り物を持っている人間がわざわざ使うとは思えないが、催眠ガスなどに対する策の一つだ。
 もちろん、遥も優斗も表情には出さない。
 許可を貰えたところで、二人はそれぞれ車の窓を全開にした。

 車に揺られて、おおよそ三十分程度。
 窓から見える景色は住宅街へと変わっていた。
 あるマンションの前で高島が車を停めると、「着いたよ」と爽やかに言う。
 高島が車から降りると、それに倣って、遥と優斗も車を降りた。
 高層とまではいかないが、十階程度までありそうなマンションだ。

「ここが斎藤先生のご自宅ですか?」

 遥が高島に問いかけると、白い歯を見せて笑いながら頷く。
 優斗は普段と変わらない表情だったが、遥はやはり、一体何に対抗しているのかと聞きたくなる様な、王子様スマイルを繰り出した。
 高島についていきマンションのエントランスに入る。
 自動ドアのそばにあるオートロックのところで、高島は迷うことなく数字のボタンを押して、最後に呼び出しと書かれたボタンを押した。

―ピーンポーン

 エントランスに電子音が広がる。
 暫くしても応答はない。
 もう一度、高島が応答ボタンを押す。
 電子音が鳴るが、やはり暫くしても応答はなかった。

「留守かな?」

 不思議そうに高島が言う。

「いや、眠っているのかな?体調不良だって言ってたしな。ご家族も、出かけているのかもしれないな…」

 そして、自分自身で前言を撤回すると、後ろにいる遥と優斗へ振り向いた。

「ポストに色紙を入れておこうか」
「そうですね」

 オートロックの小型モニターに映し出されている部屋番号は505だった。
 遥はそれを確認し、集合ポストへと向かう。
 今時珍しいが、確かに、集合ポストの505号室のところには、『斎藤』と表札があった。
 遥が色紙をポストへ入れると、ちょうど、自動ドアの向こう側から女の人が出てきた。

「あら?高島先生じゃないですか」
「あれ、斎藤先生の奥様!偶然だな!ちょうど今、生徒たちと先生のお見舞いに来たんですよ」

 高島に『斎藤の奥様』と呼ばれた女性は、自分の頬に手をあて、高島と笑顔で談笑でも始めそうな雰囲気を醸し出した。
 夫人は上品な仕草の中年で、柔らかい雰囲気をしていた。
 高島が笑顔で対応している中、優斗はポケットからスマホを取り出していじる。

「あら、そうだったの?ちょうど家を出たタイミングだったから、インターホンに気付かなかったのね。せっかくだから上がってちょうだいな」

 夫人がゆったりとしたペースで高島に言うと、次には遥たちに視線を向け、穏やかな笑顔になった。

「後ろのお二人が、主人のところの生徒さん?初めまして、斎藤の妻です」
「はじめまして、斎藤先生のクラスの早風といいます」

 高島に負けず劣らずの笑顔を、遥はここでも発揮する。
 優斗はスマホをしまってから、女性に頭を下げた。

「初めまして、寺田といいます」

 笑顔はないが、所作は綺麗でさまになる。
 遥は、さすがは窓際の美少女だと感心した。

「ちょっと、コンビニまで行こうかと思ったんだけど、後でいいわね。さ、行きましょう」

 斎藤夫人に招かれて、遥たちは自動ドアの向こう側へと足を踏み入れた。
 夫人がエレベーターの上ボタンを押して、扉が開かれる。
 夫人が先に入り、次に高島が入っていき、遥もまた、やや手狭なエレベーターの中へと入る。

「あっ」

 最後に入った優斗が、自動ドアのレールに足を引っかけて前につんのめった。

「優斗!」

 咄嗟に遥が優斗を受け止めて、転ばずには済んだ。
 高島が、心配そうに視線を向ける。
 優斗もそれに気付き、「大丈夫です」と、一言だけ返した。

 エレベーターで五階まで行き、夫人の案内で、遥たちは505号室の扉の前に向かう。
 夫人がドアノブに手をかけて、笑顔で三人を招き入れた。

「さ、あがってちょうだい」
「お邪魔します」
「お邪魔しまーす」
「失礼します」

 高島から順に挨拶をして、玄関へと踏み込んだ。
 マンションの一室なだけあって、玄関もやや狭い。
 だからなのか、靴が一足も出ていない。
 高島があがり、次いで遥があがった。
 遥が後ろに振り向いた瞬間。

「――は…?」

 遥は目を見開き、声が漏れた。
 先ほどまで柔らかい笑みを浮かべていたはずの夫人が、その手で優斗の口を、塞いでいる。
 普段は表情の変化に乏しい優斗の目も、見開かれていた。
 微かに瞳が揺れ、恐怖しているのが見て取れる。
 それを合図にするかの様に、遥は後ろから、強く腕を掴まれた。

「いって」

 反射的に遥が振り返る。
 眼前には、科学室で見た時と同じ眼をした高島の顔があった。

「悪いな、

 何の悪びれもない「悪い」だ。
 謝罪ではなく、ただの社交辞令。
 寧ろそれ以下とも言えるかもしれない言葉をかける高島の口元には歪んだ笑みが浮かんでいた。
 言われた遥は、更に目を丸くする――かと思いきや、寧ろ、満面の笑みを浮かべた。
 輝かしい、男性アイドルの様な笑みを。
 高島の表情が、一瞬、獣が意表を突かれた様なものに変わる。
 遥はその隙を逃すことなく、高島の足の小指を思い切り踏みつけた。
 好感度バーを見て落ち着きを取り戻すなんて行為をするまでもない。

「いっ!」

 高島が反射的に飛び上がると同時に、遥の腕が解放される。
 そのまま後ろに振り返り動こうとして、遥は、今度こそ目を見開いた。

 びたーんっと勢いのいい音がマンションの一室に響く。
 廊下に倒れたのは、優斗の口を手で押さえていたはずの斎藤夫人――擬きだった。
 優斗は軽く手を叩くと、受け身も取れず背を打ち付けた夫人擬きを、蔑んだ目で見降ろす。
 そして優斗の手が遥の腕を掴むと、靴をはくのもそこそこに、勢いよくマンションの外へと飛び出した。

 階段を使って下階へと駆け下りていく。
 後ろから、とうとう本性を全身で現した高島が追ってくる。
 スポーツマンらしい引き締まった肉体だが、その表情はスポーツマンらしからぬ、獲物を逃がさんとする顔だ。
 笑みはなく、まるでB級ホラー映画のお化け役の様な、すっかり表情が抜け落ちた顔だ。
 実は今まで動いていた表情筋は全部、電気信号か何かで無理やり動かされていただけなんじゃないかと思うほどに。

 すべて、計画通りだった。
 何処に連れて行かれるかわからない以上、連絡役は優斗になる。
 夫人を初めて見た時に、優斗はスマホのGPS機能をオンにして、外で待機している慎たちに居場所を伝えていた。
 また、優斗がエレベーターで足を引っかけたのも、下準備の段階で決めていた『何かしらの危険が迫っている』『警戒せよ』という合図を遥へ伝えるために、わざとやった事だった。

 そして遥にとって今の状況は、不味くもあるが、同時にありがたいものでもあった。
 なにせ、簡単に尻尾を出してくれたのだから。
 優斗の持つ贈り物の力を、高島は察する事が出来なかったんだろう。
 自分の贈り物の効果がないということは分かっても、相手がどんな贈り物を持っているのかは推察出来なかった。
 その情報がないだけで、こうも敗因を決する事になるとは高島も思っていなかったはずだ。
 もう一つの要因としては、窓際の美少女こと優斗に柔道の心得があった事だ。
 遥でさえも知らなかった事である、高島が知っている方が可笑しいとも思うが。
 まさに優斗は、能ある鷹は爪を隠すタイプだ。
 不味いのは、部屋が五階とかなり高い位置にある事だった。
 が、なんとか階段を降り切り一階まで行くと、そこには慎と、取り締まり部門のスタッフたちが待っていた。
 二人が慎に駆け寄ると、後ろから高島が追いかけてくる。
 慎は、高島に負けない程の無表情で二人と入れ替わりに、高島へと向かった。

「いーけないんだぁ…大人をそんな風に弄んで。良くないぜ、遥ぁ」

 地を這うような高島の声にも表情はない。
 台本を棒読みで読んでいるとも違うが、怒りがあるのかすらもわからない。
 だが、そんな高島に慎は無言で近づき続ける。
 そして慎が高島の腕を掴んだ瞬間、高島はぴたりと動きを止めた。
 まるで高島だけが、時間に取り残されたように止まってしまった。

「うん…?」

 その様子に、遥が眉を寄せる。
 一体何をしているのか。
 高島は、心臓まで動きを止めたかのようにしているが、何が起こっているのか全くわからない。

「兄さんの、贈り物の力よ」

 見かねた優斗が言うが、優斗の表情は曇っている様に見えた。
 スーツを着たスタッフたちが何人か階段を駆け上って行く。
 恐らく、すっかり伸びてしまった偽の斎藤夫人のところへ向かったんだろう。
 もう何人かは、高島を取り囲み、慎の次の行動を待っている様だった。

 それから五分ほど経った。
 二人が動く気配は一向になく、時間が過ぎていくほどに、優斗の表情にある陰りが濃くなっていく様に見えた。

「優斗」
「…兄さんは怒っているのよ。とても」

 優斗の声は沈んでいた。
 遥が慎の怒りを見るのは初めてだった。
 いつもは呆れるなり、心配するなりと、遥が多少失礼な態度をとっても、本気で怒ることはなかった。
 だから、慎の怒りのトリガーが何なのかを今まで考えた事もなかった。
 優斗は『贈り物の力』と言った。
 慎が高島の精神世界に入っているということは理解が出来るが、そこで何をしているのかを、よくは知らない。

「まずい?これは」

 遥が優斗に問いかける。
 優斗は、何も言わずに頷いた。
 その反応に、遥は慎の背中に視線を向ける。

「普段怒らない様な人が、怒るなんていう無理な事、するもんじゃないよ」

 遥の表情は、騎士というよりは王子様で、けれど、笑みを浮かべているわけではない。
 RPGに出てくる様な、自ら剣をとり旅をする王子の顔にも似ていた。

「遥?そんなことをしたら、あなただってどうなるかわからないのよ?」
「けれど、このままってわけにもいかないよ」

 不安気な表情で遥に視線を向ける優斗を安心させるように、遥は微笑みかける。
 遥は慎のところまで行くと、自分よりも大きな手を、両手で包み込んだ。
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