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愛 玩 人 体〔149〕
しおりを挟む特別治療室の寝台で眠る三船は、肋骨を折った痛みのせいで満足に食事ができず、少し痩せていた。頭部の包帯が事故の大きさを物語っている。さいわい、臓器の損傷はなく、額を何針か縫った程度の手術で済まされていた。いっぽうユンクは、細い腕や足の骨があちこち折れてしまい、三船より重症だった。外側からコルセットを装具する三船の対処療法と異なり、手術により内側から折れた骨を金属で固定する必要があった。とはいえ、どちらも命に別状はなく、回復には安静を保つことが重要だった。
「……ショウゴ……」
鎮痛剤の注射を打ち、寝息を立てる三船の顔をのぞき込むエイジは、いつか本人から譲られた胸もとに熊の刺繍があるシャツを着て見舞いに訪れた。傍らのバージルは、ダークスーツ姿である。いつもなら、その麗しさに気を取られてしまうエイジだが、今回ばかりは三船から目が離せなかった。
「……ショウゴ、生きてるよな。……このまま起きないなんてこと、ないよな?」
不安を感じて声が慄えるエイジだが、バージルの言動は落ちついており、三船の状態を視診で判断する。
「呼吸は安定しているし、顔色も悪くない。大丈夫そうだ」
「本当に?」
「心配なら、目を覚ますまでそばにいてあげなさい。わたしはユンクを見てこよう」
「……うん、そうする」
「病室から出なくても、水道やトイレはそこにあるからね。わたしが戻るまで勝手に出歩かないこと。いいね」
「わかった。……行ってらっしゃい」
本来ならば、愛玩人体をひとり残して管理者が出ていくなど、あり得ない行為だった。しかし、エイジが弱っている三船を人質にして、病棟から逃走する可能性のほうが極めて低い。あり得ないと断言できるバージルは、別病棟に移されたユンクの元へ向かった。エイジは備え付けの丸い椅子に座ると、三船の存在に支えられてきた過去をふりかえった。
(……初めて会ったのは、バージルのマンションだったっけ。大きな熊みたいな男で、無精髭があって馬鹿力で……、でも、本当は嘘がつけない性格で、ラベリングのことを話してくれて、デカイ図体のくせに神経質で……、ああ、そうだ。オレを抱きながら、謝ってたよな……)
もとはといえば、三船は群惑Xの住人ではなかったが、そうとは知らないエイジにとっては、将来の夢の協力者になって欲しいと思える男だった。
「なぁ、ショウゴ、聞こえてる? オレさ、自分の過去を思いだせなくても、もういいや。ラベリングの件は、気にしなくていいぞ。オレ、未来のことしか考えないようにする。だから、一緒に行こうぜ。……みんなで医局から出よう」
三船は深い眠りについていたが、エイジの声は頭の中へ響いていた。また、ユンクの精神破綻を目の当たりにしたバージルは、専門医に治療を任せ、三船のいる病棟へ引き返した。ユンクは事故の後遺症により、外部の空気に怯えていた。
+ continue +
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