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スーツの下の化けの皮
第41話
しおりを挟むいつまでも二択で迷う幸田の携帯電話に、姫季からメールが届いた。仕事帰りだった幸田は、電車に揺られながら内容を確認した。
〘こんにちは。もうこんばんは、かな。あれから調子はどうなの? 2週間も放置って、あり得ないンだけど……〙
端的な文章でありながら、姫季の心情がはっきり記されている。幸田は少し考えてから、返信した。
〔こんばんは。連絡が遅くなり、すまないね。怪我は治ったよ。そのうちに報せるつもりだった〕
〘じゃあ、いつする?〙
即座に問われたが、幸田は帰宅するまで返す言葉が決まらず悩んだ。姫季いわく、するの前にかかる形容詞は、性行為である。とはいえ、未体験ゾーンに怖気づいているわけではないため、前向きな意思を伝えることにした。
〔ちょうど、その件について考えていたところだ。俺と、旅行しないか。海でも温泉でも、希望があれば教えてくれ。二泊三日はしたいね。ふたりきりで、ゆっくり過ごそう〕
〘ゆっくり? ……それもいいけど、セックスはどうするの?〙
〔あまり、はっきり聞いてくれるなよ。……安心してくれ。俺も、きみとはしたいと思っている〕
そのつもりがある意思を示した直後、〘好き〙と、ひとこと返された幸田は、ドクンッと、心臓が強く脈を打った。姫季から、明確な好意を伝えられたのは、これが初めてのような気がした。この日、大学で石津と(不本意ながら)接触している姫季は、自分自身を戒める思いでの告白だった……のかもしれない。こちらからも好意を伝えようとした幸田は、いちど入力した文字を消した。気持ちの整理をつけるためにも、きちんと相手の顔を見て、うちあけたほうがいい。そう思った。
〔近いうち、きみのマンションへ行くよ。その時に、旅行の計画を立てよう〕
〘うん、わかった。夜なら、いつでもいいよ〙
〔了解〕
姫季の複雑な心境を察する術がない幸田は、いつもより長めのメールを終えたあと、1階の風呂場へ向かった。いっぽう、マンションの自室で携帯電話の画面を見つめる姫季は、心が弱っていた。せっかく幸田と親密な関係へ発展する機会を得たが、素直によろこべず、むしろ躰がふるえた。
「幸田さん、おれはあなたが好き……、好きなんだ……」
姫季は、何度も“好き”という言葉をつぶやいた。救われたい、ただその一心で。
✰つづく
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