向こう岸の楽園

み馬下諒

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第27回[高飛車]

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 礼慈郎は裸身で飛英と抱きあいながら、鷹羽のことばを思いだした。飛英の正体を二重人格ではないかと疑い、いつか手に負えなくなると懸念していた。

「……なるほど。こういうことか、」

 今まさに、礼慈郎は飛英の扱いを持てあましていた。性的な事柄を自ら進んで行うようすは、普段の飛英とは思えないほど大胆で、挑発的である。

『どうしたのさ、軍人さん、もっと強く、あたしを抱きしめておくれよぅ。』

 一人称や声の調子も変化しているため、礼慈郎は冷静に対処する必要があった。このまま、相手の思いどおり快楽に溺れるわけにはいかない。少しでも飛英の本性を暴く手がかりを探りながら、慎重に肌を合わせた。そんな礼慈郎に、飛英は物足ものたりなさを主張してきたが、口唇くちびるをかさねるたび、満足げに笑みを浮かべた。細い首筋に舌を這わせ、骨ばった上半身を手のひらで愛撫すると、性器に指を絡めてりあげた。

『……んっ、……あははっ、軍人さんも、やっぱりそこがいいのかい?』

「どういう意味だ。」

『あたしの躰のいいところは、そこ、、じゃないのさ。』

 飛英の云うとおり、刺激をあたえても反応を示さない。礼慈郎の男根は硬くなっていたが、手のなかに包んだ飛英の性器は、やわらかいままだった。眉間にしわをよせる軍人を見た飛英は、『どこがいいのか、教えてあげようか?』と、優位にたって上体を起こした。

『ふうん、軍人さんのは、すっかり太くなって、まるで大砲みたいだ。ずいぶん立派な兵器だこと。……あたしの口で、抜いてあげようかぇ。』

 云うなり、飛英は礼慈郎の男根へ両手を添え、顔を近づけた。

「よせ。」

 正気を失った誘い受けの思うつぼにはさせない。礼慈郎は飛英の肩を摑んで引き戻すと、朱華色はねずいろの乳頭へ吸いつき、しばらくあえがせた。胸の突起が性感帯のうちである点はまちがいないが、それでも飛英の下半身は生理現象を示さなかった。いつまでも肌を合わせていると、礼慈郎のほうで限界に達し、浴衣を着こんで厠へ向かった。未明の旅館は静まり返っており、なるべく音をたてずに興奮状態を処理して部屋まで戻ると、飛英は熟睡していた。その寝顔は子どものように穏やかで、礼慈郎は妙な気分にさせられた。痩せた躰に布団を掛けてやり、礼慈郎も眠りにつく。ふたりきりで過ごす最初の夜は、しらじらと明けていった。

 織原家の人間には、先祖代々による淫呪いんじゅの血が流れている。心身ともに健康な男を誘惑し、性的な事柄におよぶ人格は、まさに淫呪の血によって引き起こされていた。衝動的に男の肉体と快楽を求めてしまう欲望は、飛英の意識とはべつに、もうひとりの人間を形成している。

 チュンチュンと、鳥の囀りが聞こえる。繁殖期にだす特殊な美しい啼き声は、飛英を眠りの世界から呼びました。

「……礼慈郎さん、」

「起きたか。」

「お、おはようございます。……きのうは、どちらに、」

 布団から起きあがろうとした飛英は、裸身であることに気づき、ふたたび肩までもぐりこんだ。先に起床した礼慈郎は、シャツとズボンに着がえをすませ、座椅子にもたれて茶をのんでいる。飛英は胸もとに違和感があり、全身がだるく感じた。身動きせずにじっとしていると、礼慈郎が声をかけてきた。

「おれに、云うことはあるか。」

「え?」

「云いたいことがあれば、こっちへ来い。話くらい聞いてやる。」

 飛英は「何もありません」とこたえたが、浴衣を脱いだ覚えがないため、平静ではいられない状況だった。礼慈郎の目が離れた隙に身なりをととのえた。


✓つづく
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