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冬の庭
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反射的にくるりと振り返ると、そこに立って居たのは猛従兄さんだった。
……私が逃げると従兄さんはいつも追いかけてくる。まるで散歩中にうっかりリードを離してしまった飼い主が、自分の事を放って走っていく飼い犬を追いかけるように。そう、今だって。
「椿」
「こっちに来ないで!」
まだ恥ずかしさが治まっていない私は、急いで距離を取ってから叫んだ。
「馬鹿言うな。こんなに寒い中、上着も着ないで外に出るような奴があるか。風邪を引くぞ」
厳しい顔つきで話す従兄さんの左腕には私のコートが提げられていた。
それを見た瞬間ぶるっと身体が震え――
「くしゅんっ!」
盛大にくしゃみをしてしまった。手で鼻を覆う暇もなかった。間抜けなところを見られてしまい、ますます恥ずかしい。
「ほら見ろ」
呆れたような声を出しながら、従兄さんは長い脚を使ってさっさと距離を詰め始めてしまう。あっという間に私の目の前まで来てしまった。早い。なんかずるい。脚の長さが反則。
「来ないでって言ったのに……」
何だか悔しくて思わず頬が膨らんでしまう。
「あのままお前の言う事を聞いて風邪でも引かれたら、摩季叔母さんに申し訳が立たん」
真面目な顔をしてそう言うと、背後に回って私のコートを両肩に掛けてくれた。相変わらず優しいっていうか過保護っていうか。
身体を気遣ってくれたのは素直に嬉しい……けれど、私の中のわがままがムズムズとうずく。一度うずき出したそれは抑えきれずに口からポンと飛び出してしまった。
「……それだけ?」
「何がだ?」
「外まで追いかけてきてくれた理由。私が風邪を引いたら、今日出かける許可を出してくれたお母さんに申し訳ないからってだけ?」
自分で訊いておきながらいたたまれなくなって、私は慌ててコートに袖を通し始めた。
こんな質問、「そうだ」って答えるに決まってるじゃない。だって従兄さんは思ってる事はちゃんと口に出すタイプだもん。私ってば一体何を訊いちゃってるんだろう。面倒くさいって思われそう。もう思われたかな。
ああ、早く従兄さんから離れたい。
慌てているせいで身体がうまく動かず、コートに腕を通す作業がスムーズに進まない。私がその事に焦っている中、従兄さんが沈黙を破った。
「……そんな訳があるか。俺が椿を追いかけたのはお前が何も言わずに外に出たからだ。それに叔母さんの事がなくとも、俺がお前の身体を心配しているのは言わなくても分かるだろう。だって椿は俺の彼女で、将来は妻になる大事な人なんだから」
予想外の言葉を聞いた途端、冬の寒さを無視して頬がかっと熱くなっていた。動揺して腕の動きも止まってしまう。
「そ、そんなの言われなきゃ分からないし、それに何度も言ってるけどまだ結婚するかどうかなんて……」
「俺は椿と結婚したい。椿がいいんだ」
声が近い。そう思って顔を上げると、従兄さんの顔がすぐ真横にあった。背後からにゅっと顔を出してきたんだ。
驚いて肩をすくめた隙に従兄さんの顔が近づいてきた。このままじゃキスされちゃう。そう思った瞬間に頬に唇をくっつけられた。
冷たくて柔らかい感触に頬の神経がざわめく。
「次は口にしたい。駄目か?」
耳元で囁かれたせいで、身体中にぎゅんと血液が巡った。季節も気温もおかしくなったんじゃないかっていうくらい火照ってしまう。吐息のせいで耳もムズムズしてる。
反射的に首がすくみ、顔はうつむいていた。
「だ、だめ。だって……外だと誰かに見られちゃうかもしれないし」
「大丈夫だ。うちの塀は高さがあるから誰にも見られない」
「い、家っ! 家の中のみんなが……」
「大丈夫だ。誰も見やしない」
何の根拠もないのに断言された。思わず反論しようとして従兄さんの方に顔を向けた瞬間――
「んっ」
唇が重なった。そのまま顎を掬うように持ち上げられて、さらに強く唇が押し付けられる。
……私が逃げると従兄さんはいつも追いかけてくる。まるで散歩中にうっかりリードを離してしまった飼い主が、自分の事を放って走っていく飼い犬を追いかけるように。そう、今だって。
「椿」
「こっちに来ないで!」
まだ恥ずかしさが治まっていない私は、急いで距離を取ってから叫んだ。
「馬鹿言うな。こんなに寒い中、上着も着ないで外に出るような奴があるか。風邪を引くぞ」
厳しい顔つきで話す従兄さんの左腕には私のコートが提げられていた。
それを見た瞬間ぶるっと身体が震え――
「くしゅんっ!」
盛大にくしゃみをしてしまった。手で鼻を覆う暇もなかった。間抜けなところを見られてしまい、ますます恥ずかしい。
「ほら見ろ」
呆れたような声を出しながら、従兄さんは長い脚を使ってさっさと距離を詰め始めてしまう。あっという間に私の目の前まで来てしまった。早い。なんかずるい。脚の長さが反則。
「来ないでって言ったのに……」
何だか悔しくて思わず頬が膨らんでしまう。
「あのままお前の言う事を聞いて風邪でも引かれたら、摩季叔母さんに申し訳が立たん」
真面目な顔をしてそう言うと、背後に回って私のコートを両肩に掛けてくれた。相変わらず優しいっていうか過保護っていうか。
身体を気遣ってくれたのは素直に嬉しい……けれど、私の中のわがままがムズムズとうずく。一度うずき出したそれは抑えきれずに口からポンと飛び出してしまった。
「……それだけ?」
「何がだ?」
「外まで追いかけてきてくれた理由。私が風邪を引いたら、今日出かける許可を出してくれたお母さんに申し訳ないからってだけ?」
自分で訊いておきながらいたたまれなくなって、私は慌ててコートに袖を通し始めた。
こんな質問、「そうだ」って答えるに決まってるじゃない。だって従兄さんは思ってる事はちゃんと口に出すタイプだもん。私ってば一体何を訊いちゃってるんだろう。面倒くさいって思われそう。もう思われたかな。
ああ、早く従兄さんから離れたい。
慌てているせいで身体がうまく動かず、コートに腕を通す作業がスムーズに進まない。私がその事に焦っている中、従兄さんが沈黙を破った。
「……そんな訳があるか。俺が椿を追いかけたのはお前が何も言わずに外に出たからだ。それに叔母さんの事がなくとも、俺がお前の身体を心配しているのは言わなくても分かるだろう。だって椿は俺の彼女で、将来は妻になる大事な人なんだから」
予想外の言葉を聞いた途端、冬の寒さを無視して頬がかっと熱くなっていた。動揺して腕の動きも止まってしまう。
「そ、そんなの言われなきゃ分からないし、それに何度も言ってるけどまだ結婚するかどうかなんて……」
「俺は椿と結婚したい。椿がいいんだ」
声が近い。そう思って顔を上げると、従兄さんの顔がすぐ真横にあった。背後からにゅっと顔を出してきたんだ。
驚いて肩をすくめた隙に従兄さんの顔が近づいてきた。このままじゃキスされちゃう。そう思った瞬間に頬に唇をくっつけられた。
冷たくて柔らかい感触に頬の神経がざわめく。
「次は口にしたい。駄目か?」
耳元で囁かれたせいで、身体中にぎゅんと血液が巡った。季節も気温もおかしくなったんじゃないかっていうくらい火照ってしまう。吐息のせいで耳もムズムズしてる。
反射的に首がすくみ、顔はうつむいていた。
「だ、だめ。だって……外だと誰かに見られちゃうかもしれないし」
「大丈夫だ。うちの塀は高さがあるから誰にも見られない」
「い、家っ! 家の中のみんなが……」
「大丈夫だ。誰も見やしない」
何の根拠もないのに断言された。思わず反論しようとして従兄さんの方に顔を向けた瞬間――
「んっ」
唇が重なった。そのまま顎を掬うように持ち上げられて、さらに強く唇が押し付けられる。
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