月曜の朝って最高じゃないですか?

リュート

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1週目 始まりの朝

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「はあ……」

教室に入るなり、思わずため息をこぼしてしまった。
かといってそれに何か言うやつがいるでもない。というか俺以外に人がいない。
当然だ、なんてったって今日は誰もが嫌がる月曜日なのだから。こんな朝早くに何の用もなく、教室にいるやつなんてそうそういないだろう。

「こんな朝からなにしてんだろ俺……」

誰に聞かせるわけでもなく愚痴る。
俺の通う「万出高校まんでこうこう」には『月曜の朝はクラス委員長二人が、早く学校に来て教室を掃除する』という訳の分からない伝統的な校則がある。
当然そんな役目をやりたがる人間などおらず、じゃんけんで決めるはめになったのだが……。

「なんで俺はあの時パーを出してしまったんだ……」

そう、俺は負けたのである。
委員長は男女から1名ずつ選ばれる。俺の在籍する1年A組は男女ともに15人ずつのため、選ばれる確率は15分の1だ。
今日の占いは1位だったし、朝飲んできたお茶には茶柱だって立っていた。
なのになぜ!おのれ茶柱ァ!!
……そんな問答も今日だけでもう10回目だ。考えても考えても文句しか出てこない。
これ以上ため息をついて幸せに逃げられても困るし、ここは頭ではなく体を動かそう。

教室後ろのロッカーから箒とちりとりを取り出す。雑巾も入っていたが、朝から雑巾がけをしてやる義理などこの教室にはない。

白川しらかわさん遅えな……」

始業時刻の50分前に来るようにと言われていたので俺は1時間前に来ていたのだが、もう一人の委員長である白川さんの姿が見えない。まさかしょっぱなから遅刻だろうか。
思わずまたため息をつきそうになったころ、小さな音を立てながら控えめに扉が開かれた。

その時の衝撃を、俺はきっと忘れない。

引き込まれるような黒い長髪は、寝癖でぼさぼさになっていて台無しになっており。
目を奪われるほどの美しい顔は、口元からよだれが垂れているせいでこれまた台無しになっており。
男なら反応せずにはいられない豊満な胸元は、しわくちゃのワイシャツのおかげで見るも無残になり果てている。
そして極めつけは。

「…………すう……」
「立ったまま寝てやがる!!」

なんと白川さんは、教室の入り口に立ったまま器用にも眠りこけていた。あまりの衝撃に大声でツッコんでしまったのが幸いしたのか、俺の声に反応して白川さんが目を開く。

彼女の視界に俺の姿が捉えられる。2、3回ほどまた寝てしまいそうになるのを耐えながら、彼女はその艶やかな唇を動かして声を出した。

「……おじいちゃん?」
「クラスメイトだけど!?」

――これが、俺と白川さんとのファーストコンタクトである。

*****

「白川さん、ちりとり貸し……起きて白川さん!」
「大丈夫……あと5分だけだから……」
「なにも大丈夫じゃないよ!?起きて!」

あれからようやく掃除に取り組み始めたが、白川さんはずっとこの調子だ。目を離すと眠っている。なんなら目を離さなくても眠っている。
どんだけ朝弱いんだ。

とはいえ、かくいう俺もぶっちゃけだいぶ眠い。日曜が終わってしまう悲しみに耐えられずに遅くまでゲームをしていたツケがここで来ている。

これはいかんと首を大きく振って眠気を飛ばす。
きっと黙々と作業しているのが悪い。そう結論付けた俺は再度眠気に襲われる前に口を開いた。

「……これから毎週掃除しなきゃだし、自己紹介とかしとく?」

俺の提案に、彼女は眠そうな目をこすりながらも小さく首を縦に振った。
俺は声の調子を整えるように軽く咳ばらいをして、『それじゃあ』と自己紹介を始める。

「俺は紅野曜あかのひかる。曜日の曜って書いて『ひかる』て読むんだ。名前が気に入ってるから『曜《ひかる》』って呼んでもらえると嬉しい。好きなものはゲーム。特にみんなでわいわい遊べる4人同時プレイとかのが好きかな。黒髪短髪なのに軽い性格のせいでよくチャラいって勘違いされるけど、そんなことはなくて年齢と彼女いない歴が同じです。……自己紹介って、改めてすると何言えばいいのか分からないね。これ以上やるともっと変なこと言っちゃいそうだから次よろしく」

白川しらかわ……るな。月って書いて『るな』。名前が好きじゃないから名字で呼んでほしい。好きなことは寝ること。特に寒い日に毛布にくるまりながらぼーっとするのが好き。奇抜に見えるこの髪型も実は寝癖。……これで大丈夫?」
「うん、びっくりするくらい予想通りだったから大丈夫」

むしろその髪型を『自分でセットしている』など言われたらひっくり返るレベルだ。
ただ、それ以外にちょっと気になったところがある。

「……名前、好きじゃないの?」
「読みづらい。変だから笑われる」
「あー……ちょっと分かる。俺も一発で読んでもらえたことないし、何回訂正しても俺を『よう』って呼ぶ奴いるし」
「それはない……けど」
「そうですか……」

一人で盛り上がってしまったみたいで恥ずかしい。思わず顔を手で覆いながら彼女に背を向けていると、次は白川さんから話しかけてくれた。

「名前、好きなの?苦労してるのに」
「んー、まあ苦労してるけどさ。かっこいいじゃん?」
「それだけ?」
「それだけ」

それきり白川さんは黙ってしまう。なにか話しかけようと思ったが、さっきまでのように寝そうになっているわけでもないのでやめておいた。

箒が床をこする音と、時計の針の音だけが聞こえる。
時計を見ればもういい時間だ。そろそろ誰かしらが来る頃だろう。
横を見れば白川さんも同じことを考えていたのか、集めたごみをちりとりに入れ始めていた。
初めての月曜の朝はそろそろ終わるようだ。これが毎朝続くのかと思うとちょっとだけ気が滅入る。

るな《るな》って呼んでみたかったなぁ……」

何もなく初めての朝が終わってしまうのが嫌だったのか、気づけば思わずそんな言葉が口から漏れていた。気付いた時にはもう遅く、箒をロッカーにしまっていた白川さんが暗い目つきでこちらを見ている。

「なんで……?」
「あ、えっと……」

思わず口ごもってしまう。だが、意識せずとはいえ言い出しっぺは俺だ。黙りこくっているわけにもいくまい。

「その、どうでもいい理由なんだけど、笑わない?」
「……たぶん」

そんな回答をしながらも、白川さんには笑う気配など見えない。
それはそれで言うのが怖いが、言ってしまったものは仕方がない。覚悟を決めて理由を話そう。

「ほら、俺の名前って曜日の曜じゃん?それで白川さん名前は月だから、合わせると『月曜』だなって……そんな二人がこうやって月曜の朝に掃除してるのって、運命を感じるっていうか……その、掃除自体は憂鬱だけど、名前のおかげで実は少しだけ楽しみだったといいますか……」

言っているうちにどんどん語調が弱くなっていく。
ああ!改めて口に出すとほんとどうでもいい!というかほぼ初対面の女の子に「運命を感じる」とか俺は何を言ってるんだ!

恥ずかしさに耳が真っ赤になるのを感じながら、恐る恐る白川さんを見る。
白川さんは、下を見ながらプルプルと肩を震わせていた。
もともと名前を呼ばれたくないと言っていたのだ。それをこんなくだらない理由で呼ぼうとしてたとか、怒らせてしまっても仕方ない。
恐怖やら羞恥心やらいろんなもののせいで心臓をバクバクさせながら、白川さんの次の言葉を待つ。

「ふ、ふふっ」

何を言われるのかとびくびくしていた俺に聞こえてきたのは、そんな笑い声だった。
一瞬、何か別の音を聞き間違えたのかと思ってしまったが、どれだけ耳を澄ましても笑い声にしか聞こえない。
……どうやら、怒っているのではなく俺のことを笑っているようだ。

「本当に……どうでもいい……」
「ひどくない!?」
「ご、ごめん。でもだって……ふふっ。どうでもよすぎて……笑える……」
「う、うぅ……だから笑わないか聞いたのにぃ」

ふてくされながら箒にもたれかっている俺を見ないようにしてるのか、彼女はずっと下を向いて笑っている。そのせいで彼女がどんな顔をしているのか見ることができなくて少し残念だ。
彼女の笑っている姿をしばらく見ていると、遠くから足音と話し声が聞こえてくる。朝練が終わった生徒か、少し早めに登校してきた生徒なのかは分からないが、このクラスに俺たち以外の生徒が入ってくるのもそろそろだろう。
いまだに笑っている白川さんを見ながら、俺も箒をしまい席へと戻ろうとする。

「いいよ」
「え?」

その途中で、白川さんが俺に向かって呟くように声を出した。思わず聞き返してしまった俺に、彼女は優しい声でこう続ける。

「私の名前、朝の掃除の時間だけなら呼んでいいよ」
「ほ、ほんとに!?えっとじゃあ……」

嬉しさで弾む気持ちを深呼吸で落ち着かせる。さらに深呼吸を2回ほどしてから、意を決して名前を呼んだ。

「る、るな……ちゃん」

……呼び捨てが照れくさくて、思わずちゃん付けして呼んでしまった。
ちゃん付けは予想外だったのか、るなちゃんは眠そうにしていた瞳を少しだけ見開いている。その表情を見るとまたさらに自分が恥ずかしくなってしまう。

「本当に……面白いね」

言い返せる言葉もなく、ただただその言葉を受け入れる他ない。恥ずかしさのせいで体が熱くなっていくのを感じながら、俺は天を仰いだ。……天といっても天井だけど。

「それじゃあ」

再度声を掛けられ、俺は月ちゃんへ視線をした。
そこにいた月《るな》ちゃんは、今までのただただ眠そうな表情ではなく、とても優しい笑顔で俺を見ており。
俺はその笑顔に何も言えなくなってしまっていた。

「これからよろしくね、ひかるくん」

――その時の感覚を、どんな言葉で表せばいいか分からない。

俺の体は呼吸を忘れ、思考を忘れ……もしかしたら心臓さえ動くのを忘れていたかもしれない。
本当にそう思わせるほど、俺は彼女の笑顔に――いや、彼女自身に心を奪われてしまったのだ。

るなちゃんはそれだけを言うと、停止した俺のことなど気にせずに自分の席へと歩いて行った。勢いよく座ったかと思えばそのまま突っ伏し寝始めてしまった。きっと先生が来るまで彼女はもう起きないだろう。

やがて教室の扉が開き、少しずつ教室に人が増えていく。
人の数だけ喧噪の波は大きくなっていくが、そんなものはもう俺にとって些末なことだった。

今はもうすべてがどうでもいい。
俺の思考は、次に彼女と二人きりで話せる機会――つまり、来週の月曜のことしか考えてくれない。
月曜の朝になれば彼女と会える、彼女と話せる、そしてもしかしたら彼女の笑顔をもう一度見れるかもれない。
考えるだけで胸に言いようのない感情があふれてくる。
ああ、月曜の朝が待ち遠しくて仕方がない!

月曜の朝なんて大嫌いだ。
月曜の朝なんて憂鬱以外のなにものでもない。

俺はほんの数分前までそう考えていた。
けれど今の俺は逆にこう尋ねよう。

――月曜の朝って最高じゃないですか?
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