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第五章 亡霊は魔王の城に突入する。

第五十三話 エルフ狩り

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「もー! あいつら、どこいっちゃったのよ……」

 宙空からアリア達の姿を探しながら、ミーシャは魔王の城の方へと飛んでいた。

 背後からは、二体の巨大な魔物がぶつかり合う轟音が、引っ切り無しに響き続けている。

 だが、彼女は口元を引き結び、かたくなに背後を振り向こうとはしない。

 気にはなる。ならない筈が無い。

 レイの事が心配じゃないと言えば、嘘になる。

 でも……何も出来ない。

 人智を越えたあの化け物同士の戦いに、エルフが一人割り込んだところで、出来ることなど何も無い。

 ただ、信じる事しかできないのだ。

 だが、そんな彼女の想いを嘲笑あざわらうかのように、一際大きな音が響き渡って、彼女はとうとう我慢出来ずに振り返った。

 彼女の蒼い瞳に映ったのは、黄塵万丈こうじんばんじょう赤光しゃっこうさえぎり、土石流さながらに土煙が地を覆いつくしていく壮絶な光景。

 濛々もうもうわだかま黄埃こうあいの向こう側に、崩れおちていく巨大ゴーレムの影と、力なく地に墜ちる古竜エンシェントドラゴンの姿が垣間かいま見えた。

「レイ!!」

 口をついて飛び出したその声は、瞬時に地鳴りにも似た轟音にかき消される。

 そして、慌てて元来た方へと戻ろうとする彼女の視界に、突然、人影が一つ割り込んできた。

「……出た」

 彼女の口からは、思わずうんざりした様な声が漏れる。

 宙空に浮かぶ影。立ち昇る土煙を背に、こちらを睨みつけていたのは、先日、ヌーク・アモーズで戦ったダークエルフの女。

 彼女は、肩までの銀髪を斜陽の赤に染めて、白く煙った空気を全身にまとわりつかせながら、宙空にとどまっていた。

「竜は死んだ。もう邪魔は入らない」

「……ばーか。あいつはね。滅茶苦茶しぶといんだから。殺したって死ぬわけないの」

 ダークエルフの勝ち誇った様な物言いを、ミーシャは鼻で笑う。

『死んだ』

 その言葉があまりにも滑稽こっけいに思えて、一気に不安が消え去った。

 そうだ。何を慌てていたんだろう。

 今までだって、ずっとそうだった。

『死んだ』

 何回、そう思わされたことか。

 それでも、あのどうしようもなく大雑把で、脳筋で、天然な生霊レイスは、平然と戻ってくる。必ずだ。

 ミーシャは微笑みを浮かべながら、小さな溜め息を吐いた。

 ――心配するだけ損ってことよね。

 そして彼女は、ダークエルフに余裕たっぷりの視線を投げかけて、クイクイと手招きする。

「忙しいんだから、ちゃっちゃと掛かってきなさいよ」

 そんなミーシャの態度に、ダークエルフは意外そうに目を見開いた。

「もう、話し合おうとか言わないの?」

「言っても無駄なんでしょ?」

 すると、ダークエルフは楽しげに口元を歪めて、

「ものわかりのいい奴は、嫌いじゃない。いいよ、望み通りに狩ってあげる」

 そう口にするなり、弧を描く様にミーシャの方へと飛び掛かってきた。

 その手に握られているのは氷で出来た大剣。接近戦になれば、ミーシャの不利は目に見えている。

疾風斬スラストッ!」

 先手必勝とばかりに、ミーシャが手刀で宙を斬ると、それが見えない斬撃となって、ダークエルフに襲い掛かる。

 だが、それはダークエルフも織り込み済み。錐揉みしながらあっさりそれをかわして、大剣を振りかぶりながら突っ込んでくる。

 ミーシャが後ろへ飛び退くことを想定しているのだろう。踏み込みは深い。

 ところが、ミーシャは意外な行動を取った。

 彼女は腰から短剣ダガーを引き抜くと、

加速アクセラ!」

 足元に風を集めて、一気にダークエルフの方へと突っ込んだのだ。

 その無謀とも思える行動に、ダークエルフは戸惑った。

「んなあぁ!!」

 顔を引き攣らせながら、遅れ気味に剣を振り下ろすもそれは虚しく空を斬る。

 次の瞬間、彼女は痛みに顔を歪ませながら脇腹を手で押さえ、その指の間から血が滴り落ちた。

 ミーシャがすれ違いざまに、彼女の脇腹を斬りつけたのだ。

 だが、その程度では、ミーシャの攻撃の手は止まらない。

疾風斬スラストッ!」

 再び、彼女が手刀を振り下ろすと、風の刃が次々にダークエルフへと襲い掛かる。

「くっ! 氷雨アイスレイン!」

 ダークエルフが声を上げると同時に、宙空に現れた氷柱つららが、風の刃を撃ち落とす。

 だが間に合わない。撃ち落とし損ねた風の刃が、ダークエルフの肩口を掠めて血が飛び散り、彼女は思わず剣を取り落とした。

「エルフの癖にぃ!!」

 思わず唇を噛むダークエルフ。それを高い位置から見下ろして、ミーシャはまるで犬でも追い払うかのように、シッシッと手を払った。

「弱い者いじめは好きじゃないの。見逃してあげるからどっか行っちゃいなさいよ」

 その途端、どちらかと言えば表情の乏しい方であったダークエルフの顔が怒りに歪んだ。

「なっ!? くーをバカにするな! エルフの連中はいつもそう、くーたちをバカにする!」

 途端にダークエルフがミーシャへと襲い掛かった。

 下から突き上げるかのような急加速。駄々っ子のような考え無しの特攻である。

「ちょ、ちょっとぉ! ま、待ちなさいよ!」

 あまりにも無防備に突っ込んでくるダークエルフに、ミーシャの反応が遅れた。

 ダークエルフは、力任せに彼女の手をつかんで、爪を立てる。

「い、痛いじゃない! 放しなさいよ!」

「放さない! 死ね! ブス!」

 殴り掛かってくるダークエルフの腕を掴むと、ミーシャはカウンター気味に頭突きをお見舞いする。

「誰がブスよ! あんたのがブスじゃないのよ!」

「違う! お前の方がずっとブス。死ね! 白豚!」

「こんのぉ! 黒豚! ハムにしてやる!」

 生死を掛けた戦いが、瞬時に幼稚で醜いキャットファイトへと様相を変えた。

 二人は互いの腕に爪を立て合い、罵りあいながら、もつれ合って宙を舞う。

 口に出すのもはばかられる様な悪口雑言を投げ合い、揉みあう内に、二人は、随分遠くまで流されていた。

 気が付けば魔王の城は至近距離。ミーシャの視界に石造りの外壁が飛び込んでくる。

 慌てて、ミーシャは声を上げた。

「ちょっと、ま、待って、待ちなさいってば! ぶつかる! ぶつかる!」

「お前が先に手を離せ! そしたら、くーも離す」

「嘘つき! 絶対離さない気でしょ!」

 だが、最早一刻の猶予も無い。この速度のまま壁に激突してしまえば、流石に無事では済まない。

 ミーシャは必死に身体をじって進路を変えると、ダークエルフ諸共もろとも、壁面の一角に開いた大窓へと飛び込む。

 幸いにもそれは、ガラスのはまっていない木戸開きの大窓。

 二人は石畳の床を絡まる様に転がった。

 衝撃にダークエルフの力が緩んだその一瞬の隙をついて、ミーシャは彼女の腹を蹴り上げて距離を取ると、息をく間もなく石畳の通路を奥へと飛ぶ。

 ――ミーシャ! ダメだよ! 風の届かない屋内じゃ、ボクの力が弱まる。 

 ミーシャの脳裏に、ジニの慌てる声が響く。

「どうせ、魔王の城には潜入するつもりだったんだもの。ちょうどいいわよ」

 大型の魔物も行き来するのだろう。幅も広く天井も高い石造りの回廊。そこを高速で飛行しながら、ミーシャは背後を振り返る。

 ダークエルフは既に起き上がって、後を追ってきていた。

 だが、こうにも脇道一つ無く、飛べども飛べども先が見えてこない。

「なんでこんなに広いのよ!」

 ――城の外観と、中身の空間は違うってことだね。

 振り向けば、ダークエルフは随分近くにまで迫ってきていた。

「ちっ、疾風斬スラスト!」

 広いとは言っても屋内。態勢のひとつも崩せば即座に壁に激突する。それを狙ってのおざなりな攻撃だったのだが、ダークエルフには通用しない。あっさりと躱された。

 治癒魔法を使えるのか、見れば脇の傷もふさがりつつある。

 狭い空間であればあるほど、時間と共に、追う方が有利になっていくのは自明の理。

「死ね! 凍てつく矢フリージングアロー!」

 背後から氷柱つららが飛んできた。

 ミーシャは、身体を傾けて、なんとかそれを躱す。

 だが、限られた空間を高速飛行しながらでは、これぐらいが精一杯。長くはたない。

 やがて、視界の向こう側に、曲がり角が見えてきた。

 右へ折れ曲がる通路。壁を蹴ってなんとか曲がる。だが、しばらくするとまた右へと曲がる曲がり角。背後にちらりと目を向ければ、ダークエルフは益々速度を上げて、追ってきている。

 しばらくすると、また右へと曲がる曲がり角。

 何かがおかしい。

 右、右、右。

 同じ方向へと曲がっていくということは、元の位置へ戻っている?

 いや、そうじゃない。

 振り返れば、追いすがるダークエルフの口元に、微かに笑みが浮かんでいるのが見えた。

「この通路って、建物の中央へ向かってるんじゃないの?」

 ――みたいだね。問題はそこに何があるかってことさ。

 脳裏で響くジニの声に、焦りの色がにじんでいる。

 渦巻き状の一本道。

 気が付けば、ミーシャはその中央に向けて、追い込まれていた。

「……追い込まれてるんだとしたら、十中八九、罠よね?」

 ――そうだろうね。

 再び、現れた右への曲がり角。

 ジニの声を聞きながらそこを曲がると、通路の先。そこに、一際豪奢な扉が見えた。
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