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第五章 亡霊は魔王の城に突入する。
第五十二話 ストライク ダウン ザ ギガント!
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着地と同時に、蜘蛛女の八本の脚が、ガリガリと地面を削って、石礫が飛び散る。
古竜が墜落した際に巻き起こった突風で吹き飛ばされたアリア達三人は、数キロ程も風に流された末に、なんとか着地に成功した。
そこは、ゴツゴツとした岩に囲まれた渓谷。見上げれば、それほど離れていない距離に魔王の城が見える。
アリアはキョロキョロと周囲を見回して、魔物の気配が無い事を確認すると、背中で絡まり合っている二人を、乱暴に地面へと投げ出した。
「あ痛っ!」
「ふぎゃ!」
顔面から地面に落ちたニコは、赤くなった鼻を擦りながら、抗議の声を上げる。
「にゃぁぁぁん……ありあん、もっと優しく下ろして欲しいにゃ」
「誰がありあんよ。変な渾名つけないで!」
だが、そんなアリアの抗議の声を全く無視して、ニコは身をくねらせて糸から抜け出すと、楽しげに笑い声を上げた。
「にゃはは、生きてるにゃ。奇跡だにゃ!」
同じく糸を抜けだしたドナは、座り込んだまま指を組んで祈りを捧げる。
「主よ、感謝します」
「アンタんとこの神様より、まずアタシに感謝しなさいよ。誰のおかげで助かったと思ってんのよ」
アリアが不満げに唇を尖らせると、ドナが彼女の顔をじっと見つめた。
「な、なによ」
「確かにあなたのお陰ですね。ありがとうございます」
一瞬、呆気に取られるような顔をした後、アリアが気まずそうに頭を掻く。
「そう素直に返されると、なんか……調子狂うわね」
そんなアリアの困り顔を眺めて、ドナはくすりと笑った。
「そういえば、耳長殿は?」
「あの娘は心配ないわよ。ほっといてもアイツが守るもの」
「……そうですね」
二人のそのやりとりには、なんとも微妙なニュアンスが纏わりついていた。
ドナは一つ咳払いすると、話題を変えた。
「それはそうと、一体、何なんです? あの巨大なゴーレムは」
「そうにゃ! 何にゃ!」
三人は、対峙する二体の巨大な魔物を振り返る。
これだけ遠くからでもはっきりとわかる威容。あまりの大きさに遠近感がおかしくなったような気さえする。
古竜はともかく、ゴーレムの方は今の今まで話にも聞いたことが無い。あれだけの魔物が噂に上った事がないというのが、まず不自然なのだ。
「アレはたぶん……ギガント……だと思う」
「ギガント?」
「究極の魔導兵器。超弩級の石巨人よ。とんでもない量の魔力が必要になるから、理論上は可能ってだけで、実現できない。そのはずなんだけど……」
実際、魔族の間で『ギガント』と言えば、目標は高いが実力が伴っていないものを揶揄する悪口にもなっている。
「助けにいくにゃ!」
「ばーか、アンタに何が出来るってのよ」
アリアが呆れたと言わんばかりに肩を竦めた。
「そうですね。勇者様を信じて、私たちに出来る事をすべきでしょう」
「にゃ? 出来ること?」
「ええ、魔王の城には、聖剣と勇者様の本来の身体があるはずです。その在処だけでも、突き止められれば……」
「とりあえず、私たちだけで魔王の城に潜入するってことね。いいわ、幸いこの辺りなら土地勘がある。魔王の城に続く地下道の入り口が近くにあるはずよ。昔と変わって無ければだけど」
「地下道ですか?」
「まあ、勝手口みたいなものよ。魔物もいるだろうけど、アタシはたぶん問題なく通れる。アンタには捕虜のフリをしてもらうわよ」
「やむを得ません……ね」
そしてアリアは、ニコに向かって口を開く。
「そうね。アンタは耳と尻尾出して、ローブ羽織ってれば、たぶん魔物に見えると思うわ」
「にゃっ!? なんで耳と尻尾のことを知ってるにゃ!?」
狼狽するニコの様子に、思わずドナとアリアが顔を見合わせた。
「あの……寝てる時、いつも出てましたけど?」
「まさか、アンタ、隠してるつもりだったの?」
「にゃ!? マヂで!?」
ドナとアリアがこくこくと頷くと、ニコは打ちひしがれる様に蹲った。
「なんで隠す必要あんのよ?」
「だって……みんな気持ちわるがるんだにゃ……」
確かに、この国には獣人はほとんどいない。ドナもニコ以外には見た事はない。
彼女の過去については何も知らないが、悪霊憑きとして畏怖の目に晒されてきたドナには、何があったのかは大体想像がつく。
「大丈夫ですよ。気持ち悪いというのなら、そこの蜘蛛女の方が断トツに気持ち悪いんですから」
「うっさい」
素っ気なく吐き捨てると、アリアはニコの頭に手を伸ばした。
「猫耳と尻尾なんて可愛い以外になにがあんのよ。あのアホエルフなんて、あんたの耳と尻尾、ずっと触りたそーにしてたわよ?」
「……いぢめない?」
「アンタが自分で言ってたんじゃない。仲間は仲よくするもんだって」
その一言にドナが目を丸くした。
「なによ! 言いたいことあるなら言いなさいよ!」
憮然とするアリアに、ドナが優しく微笑みかける。
「そうですね、私たちは仲間です」
途端に、アリアは居心地悪そうに背を向けると、
「モ、モタモタしてないで行くわよ!」
と、一人でサッサと歩き出した。
◇ ◇ ◇
身体中から石礫を撒き散らしながら、一歩一歩と迫りくる巨大ゴーレム。
古竜は、岩塊のような拳を振り上げるそれを見据えて咆哮を上げた。
グギャアアアアアアアアアアアアアア!!
ビリビリと空気が振動し、大地が鳴動する。だが、巨大ゴーレムに怯む様子はない。
それは大地に亀裂を刻み付けながら、その歩みの速度を上げて迫ってくる。そして巨大な拳が振り落とされようというその時、古竜はクルリと背を向けた。
腕や脚以上に太い尾が風切り音を立ててしなると、爆発にも似た打撃音が響き渡って、巨大ゴーレムを打ち据える。
飛び散る石の欠片。ぐらりと傾く巨体。
だが倒れはしない。それどころか、まるで何のダメージも無いかの様に態勢を立て直すと、巨大ゴーレムは再び拳を振り上げた。
至近距離。既に、どつきあいの間合いである。
隕石の落下にも似た巨大ゴーレムの一撃が古竜の頭を捉え、轟音と共に竜の巨体が沈み込む。
グゥオオォォォ。
低い唸り声とともに倒れ込みかける古竜の顎を、巨大ゴーレムが蹴り上げた。
竜の体が仰け反りながら宙に浮き、背後にある何もかもを滅茶滅茶に押し潰しながら倒れ込んでいく。
世界の終わりを思わせる壮絶な光景。
轟音とともに盛大に立ち昇る土煙。山は崩れ、大地は抉れ、地面に蜘蛛の巣状に亀裂が走った。
やがて、舞い散る土煙の中で、古竜は折れた角を大地に残して、ゆっくりと身体を起こした。
――これはマズいな。
痛みを感じないゴーレムとの肉弾戦は、どう考えても不利。
長引けば長引くほど、状況は悪化の一途を辿る。
古竜は頭を振るって、ミーシャの姿が見える範囲にないことを確認すると、巨大ゴーレムを見据えて再び咆哮を上げる。
グギャアアアアアアアアアアアアアア!!
次の瞬間、古竜の顎の奥で、蒼い炎が揺らめいた。
鉄をも溶かす超々高熱。古竜が噴き出した炎の吐息が巨大ゴーレムを呑み込む。無論、鈍重な土の塊にそれを躱す術など無い。
迫りくる灼熱の業火に、ゴーレムは顔の前で両腕を交差させて、それを受け止めた。
周囲の大地がぐつぐつと煮える。凄まじい熱に風景そのものが揺らぎ、赤い夕陽の中に激しい黒煙が立ち上る。
その黒煙の向こうに、一歩二歩と巨大ゴーレムの後ずさる音が響いた。だが、倒れる音は聞こえてこない。
灼熱の吐息が途切れ、黒煙が次第に風に散っていく。
霧散していく黒煙の向こうに垣間見えた巨大ゴーレムの姿。体の正面は黒く焦げ付き、あちこちで溶けた石が真っ赤に熾っている。
――やったか?
だが、次の瞬間、焦げ付いた表面がボロボロと剥がれ落ちて、巨大ゴーレムの体が再生し始めた。
――魔力の供給を断ち切らなければ倒せない。そういうことか。
古竜は、威嚇する様に両腕を掲げるゴーレムを観察する。
ブレスを放ったその時、このゴーレムが守ったのは頭。つまり弱点はそこにある。
目を凝らすとゴーレムの、その額にエメラルド色の球体が填っているのが見えた。
直径にして一メートル程。体格との比率でいえば、極めて小さい。
――あれか!
そう判断した途端、古竜は翼をはためかせて、ゴーレムへと飛び掛かる。
ゴーレムの額を噛み砕かんと首を振るって、牙を剥いたその瞬間、古竜は、爬虫類特有の三白眼を大きく見開いた。
エメラルド色の球体。その濁った球体の奥に、まるで胎児のように身体を丸めた裸の少女の姿が見えたのだ。
その少女には見覚えがあった。
ハノーダー砦にいた大司教ソフィー。なぜ、そんなところに? 答えは一つしかない。彼女こそ、この巨大ゴーレムの動力源なのだろう。
一瞬の躊躇。だが、それが命取りになった。
ゴーレムは飛びかかってくる古竜を受け止めると、両手で一気にその胴体を締め上げた。
グゥオオオオオオ!!!
古竜の苦しげな叫びが木霊する。
苦し紛れ。古竜は長い首を振り上げて、ゴーレムの肩口に喰らいつく。だが、胴体を締め上げる、その力が弱まることはない。
ギャアアアアアアア!!!
ミシミシと音を立てて骨が軋み、古竜は絶叫を上げて仰け反る。
ボキッ! と、音を立てて牙がへし折れ、それはゴーレムの肩に刺さったまま取り残された。
やがて古竜の首が弱々しく垂れ落ち、身体が小刻みに震え始めた。
既に勝負はついた。誰の目にもそう見えたことだろう。
だが、次の瞬間。
巨大ゴーレムの肩口に刺さった牙が歪に蠢いて、骸骨へとその姿を変える。
竜牙兵――レイボーンである。
レイは完全に此方に魂を移して、本体は既に抜け殻。
――調子に乗るなよ。木偶の坊。
古竜の背骨がへし折れる鈍い音が響き渡る中、レイボーンは、肩口から巨大ゴーレムの体を一気に駆け登った。
ゴーレムの鼻を駆け上がり、瞼を蹴って、レイボーンが宙に舞う。
額の正面へと浮かび上がった彼は、そこで剣を一閃。
エメラルドグリーンの球体が割れて、孵化する魚卵のように、中の液体が溢れ出した。
ゴーレムの肩口に着地したレイボーンの目の前で、球体の中にいた少女が宙空に投げ出される。
――くっ! 届くか!
レイボーンは必死に手を伸ばそうとする。
だが、その瞬間――気づいた。
既に手首から先が無い。身体が塵になって崩れ始めている。
魔力供給が途絶えようとしているのは、彼も同じなのだ。
やはり古竜の本体無しでは、この身体も維持できないということらしい。
――くそっ!!
頭から落下していく少女の姿を、為すすべもなく目で追うレイボーン。だが、その視界に突然、おかしなものが入り込んできた。
突然、宙空に黒い裂け目が広がり、それが、落下していく少女を呑み込んだのだ。
――なんだ。あれは!?
だが、レイボーンが疑問に思ったのも一瞬。すぐに、それを考える余裕もなくなった。
レイボーンの足首から下が粉状になって崩れ始め、途端に彼はゴーレムの巨体から転がり落ちたのだ。
「ミーシャ………」
瞑る瞼も無い伽藍洞の眼窩。その視界一杯に広がる真っ赤な空。薄れゆく意識の中を、エルフの少女の姿が過る。
ふくれっつらで不満げな顔。
――そんな顔しないでくれ。これでも一生懸命やったんだ。
粉々に崩れ落ちていきながら、レイボーンは、
「このまま、あいつの笑顔が見られなくなるのは……イヤだな」
そう呟いた。
古竜が墜落した際に巻き起こった突風で吹き飛ばされたアリア達三人は、数キロ程も風に流された末に、なんとか着地に成功した。
そこは、ゴツゴツとした岩に囲まれた渓谷。見上げれば、それほど離れていない距離に魔王の城が見える。
アリアはキョロキョロと周囲を見回して、魔物の気配が無い事を確認すると、背中で絡まり合っている二人を、乱暴に地面へと投げ出した。
「あ痛っ!」
「ふぎゃ!」
顔面から地面に落ちたニコは、赤くなった鼻を擦りながら、抗議の声を上げる。
「にゃぁぁぁん……ありあん、もっと優しく下ろして欲しいにゃ」
「誰がありあんよ。変な渾名つけないで!」
だが、そんなアリアの抗議の声を全く無視して、ニコは身をくねらせて糸から抜け出すと、楽しげに笑い声を上げた。
「にゃはは、生きてるにゃ。奇跡だにゃ!」
同じく糸を抜けだしたドナは、座り込んだまま指を組んで祈りを捧げる。
「主よ、感謝します」
「アンタんとこの神様より、まずアタシに感謝しなさいよ。誰のおかげで助かったと思ってんのよ」
アリアが不満げに唇を尖らせると、ドナが彼女の顔をじっと見つめた。
「な、なによ」
「確かにあなたのお陰ですね。ありがとうございます」
一瞬、呆気に取られるような顔をした後、アリアが気まずそうに頭を掻く。
「そう素直に返されると、なんか……調子狂うわね」
そんなアリアの困り顔を眺めて、ドナはくすりと笑った。
「そういえば、耳長殿は?」
「あの娘は心配ないわよ。ほっといてもアイツが守るもの」
「……そうですね」
二人のそのやりとりには、なんとも微妙なニュアンスが纏わりついていた。
ドナは一つ咳払いすると、話題を変えた。
「それはそうと、一体、何なんです? あの巨大なゴーレムは」
「そうにゃ! 何にゃ!」
三人は、対峙する二体の巨大な魔物を振り返る。
これだけ遠くからでもはっきりとわかる威容。あまりの大きさに遠近感がおかしくなったような気さえする。
古竜はともかく、ゴーレムの方は今の今まで話にも聞いたことが無い。あれだけの魔物が噂に上った事がないというのが、まず不自然なのだ。
「アレはたぶん……ギガント……だと思う」
「ギガント?」
「究極の魔導兵器。超弩級の石巨人よ。とんでもない量の魔力が必要になるから、理論上は可能ってだけで、実現できない。そのはずなんだけど……」
実際、魔族の間で『ギガント』と言えば、目標は高いが実力が伴っていないものを揶揄する悪口にもなっている。
「助けにいくにゃ!」
「ばーか、アンタに何が出来るってのよ」
アリアが呆れたと言わんばかりに肩を竦めた。
「そうですね。勇者様を信じて、私たちに出来る事をすべきでしょう」
「にゃ? 出来ること?」
「ええ、魔王の城には、聖剣と勇者様の本来の身体があるはずです。その在処だけでも、突き止められれば……」
「とりあえず、私たちだけで魔王の城に潜入するってことね。いいわ、幸いこの辺りなら土地勘がある。魔王の城に続く地下道の入り口が近くにあるはずよ。昔と変わって無ければだけど」
「地下道ですか?」
「まあ、勝手口みたいなものよ。魔物もいるだろうけど、アタシはたぶん問題なく通れる。アンタには捕虜のフリをしてもらうわよ」
「やむを得ません……ね」
そしてアリアは、ニコに向かって口を開く。
「そうね。アンタは耳と尻尾出して、ローブ羽織ってれば、たぶん魔物に見えると思うわ」
「にゃっ!? なんで耳と尻尾のことを知ってるにゃ!?」
狼狽するニコの様子に、思わずドナとアリアが顔を見合わせた。
「あの……寝てる時、いつも出てましたけど?」
「まさか、アンタ、隠してるつもりだったの?」
「にゃ!? マヂで!?」
ドナとアリアがこくこくと頷くと、ニコは打ちひしがれる様に蹲った。
「なんで隠す必要あんのよ?」
「だって……みんな気持ちわるがるんだにゃ……」
確かに、この国には獣人はほとんどいない。ドナもニコ以外には見た事はない。
彼女の過去については何も知らないが、悪霊憑きとして畏怖の目に晒されてきたドナには、何があったのかは大体想像がつく。
「大丈夫ですよ。気持ち悪いというのなら、そこの蜘蛛女の方が断トツに気持ち悪いんですから」
「うっさい」
素っ気なく吐き捨てると、アリアはニコの頭に手を伸ばした。
「猫耳と尻尾なんて可愛い以外になにがあんのよ。あのアホエルフなんて、あんたの耳と尻尾、ずっと触りたそーにしてたわよ?」
「……いぢめない?」
「アンタが自分で言ってたんじゃない。仲間は仲よくするもんだって」
その一言にドナが目を丸くした。
「なによ! 言いたいことあるなら言いなさいよ!」
憮然とするアリアに、ドナが優しく微笑みかける。
「そうですね、私たちは仲間です」
途端に、アリアは居心地悪そうに背を向けると、
「モ、モタモタしてないで行くわよ!」
と、一人でサッサと歩き出した。
◇ ◇ ◇
身体中から石礫を撒き散らしながら、一歩一歩と迫りくる巨大ゴーレム。
古竜は、岩塊のような拳を振り上げるそれを見据えて咆哮を上げた。
グギャアアアアアアアアアアアアアア!!
ビリビリと空気が振動し、大地が鳴動する。だが、巨大ゴーレムに怯む様子はない。
それは大地に亀裂を刻み付けながら、その歩みの速度を上げて迫ってくる。そして巨大な拳が振り落とされようというその時、古竜はクルリと背を向けた。
腕や脚以上に太い尾が風切り音を立ててしなると、爆発にも似た打撃音が響き渡って、巨大ゴーレムを打ち据える。
飛び散る石の欠片。ぐらりと傾く巨体。
だが倒れはしない。それどころか、まるで何のダメージも無いかの様に態勢を立て直すと、巨大ゴーレムは再び拳を振り上げた。
至近距離。既に、どつきあいの間合いである。
隕石の落下にも似た巨大ゴーレムの一撃が古竜の頭を捉え、轟音と共に竜の巨体が沈み込む。
グゥオオォォォ。
低い唸り声とともに倒れ込みかける古竜の顎を、巨大ゴーレムが蹴り上げた。
竜の体が仰け反りながら宙に浮き、背後にある何もかもを滅茶滅茶に押し潰しながら倒れ込んでいく。
世界の終わりを思わせる壮絶な光景。
轟音とともに盛大に立ち昇る土煙。山は崩れ、大地は抉れ、地面に蜘蛛の巣状に亀裂が走った。
やがて、舞い散る土煙の中で、古竜は折れた角を大地に残して、ゆっくりと身体を起こした。
――これはマズいな。
痛みを感じないゴーレムとの肉弾戦は、どう考えても不利。
長引けば長引くほど、状況は悪化の一途を辿る。
古竜は頭を振るって、ミーシャの姿が見える範囲にないことを確認すると、巨大ゴーレムを見据えて再び咆哮を上げる。
グギャアアアアアアアアアアアアアア!!
次の瞬間、古竜の顎の奥で、蒼い炎が揺らめいた。
鉄をも溶かす超々高熱。古竜が噴き出した炎の吐息が巨大ゴーレムを呑み込む。無論、鈍重な土の塊にそれを躱す術など無い。
迫りくる灼熱の業火に、ゴーレムは顔の前で両腕を交差させて、それを受け止めた。
周囲の大地がぐつぐつと煮える。凄まじい熱に風景そのものが揺らぎ、赤い夕陽の中に激しい黒煙が立ち上る。
その黒煙の向こうに、一歩二歩と巨大ゴーレムの後ずさる音が響いた。だが、倒れる音は聞こえてこない。
灼熱の吐息が途切れ、黒煙が次第に風に散っていく。
霧散していく黒煙の向こうに垣間見えた巨大ゴーレムの姿。体の正面は黒く焦げ付き、あちこちで溶けた石が真っ赤に熾っている。
――やったか?
だが、次の瞬間、焦げ付いた表面がボロボロと剥がれ落ちて、巨大ゴーレムの体が再生し始めた。
――魔力の供給を断ち切らなければ倒せない。そういうことか。
古竜は、威嚇する様に両腕を掲げるゴーレムを観察する。
ブレスを放ったその時、このゴーレムが守ったのは頭。つまり弱点はそこにある。
目を凝らすとゴーレムの、その額にエメラルド色の球体が填っているのが見えた。
直径にして一メートル程。体格との比率でいえば、極めて小さい。
――あれか!
そう判断した途端、古竜は翼をはためかせて、ゴーレムへと飛び掛かる。
ゴーレムの額を噛み砕かんと首を振るって、牙を剥いたその瞬間、古竜は、爬虫類特有の三白眼を大きく見開いた。
エメラルド色の球体。その濁った球体の奥に、まるで胎児のように身体を丸めた裸の少女の姿が見えたのだ。
その少女には見覚えがあった。
ハノーダー砦にいた大司教ソフィー。なぜ、そんなところに? 答えは一つしかない。彼女こそ、この巨大ゴーレムの動力源なのだろう。
一瞬の躊躇。だが、それが命取りになった。
ゴーレムは飛びかかってくる古竜を受け止めると、両手で一気にその胴体を締め上げた。
グゥオオオオオオ!!!
古竜の苦しげな叫びが木霊する。
苦し紛れ。古竜は長い首を振り上げて、ゴーレムの肩口に喰らいつく。だが、胴体を締め上げる、その力が弱まることはない。
ギャアアアアアアア!!!
ミシミシと音を立てて骨が軋み、古竜は絶叫を上げて仰け反る。
ボキッ! と、音を立てて牙がへし折れ、それはゴーレムの肩に刺さったまま取り残された。
やがて古竜の首が弱々しく垂れ落ち、身体が小刻みに震え始めた。
既に勝負はついた。誰の目にもそう見えたことだろう。
だが、次の瞬間。
巨大ゴーレムの肩口に刺さった牙が歪に蠢いて、骸骨へとその姿を変える。
竜牙兵――レイボーンである。
レイは完全に此方に魂を移して、本体は既に抜け殻。
――調子に乗るなよ。木偶の坊。
古竜の背骨がへし折れる鈍い音が響き渡る中、レイボーンは、肩口から巨大ゴーレムの体を一気に駆け登った。
ゴーレムの鼻を駆け上がり、瞼を蹴って、レイボーンが宙に舞う。
額の正面へと浮かび上がった彼は、そこで剣を一閃。
エメラルドグリーンの球体が割れて、孵化する魚卵のように、中の液体が溢れ出した。
ゴーレムの肩口に着地したレイボーンの目の前で、球体の中にいた少女が宙空に投げ出される。
――くっ! 届くか!
レイボーンは必死に手を伸ばそうとする。
だが、その瞬間――気づいた。
既に手首から先が無い。身体が塵になって崩れ始めている。
魔力供給が途絶えようとしているのは、彼も同じなのだ。
やはり古竜の本体無しでは、この身体も維持できないということらしい。
――くそっ!!
頭から落下していく少女の姿を、為すすべもなく目で追うレイボーン。だが、その視界に突然、おかしなものが入り込んできた。
突然、宙空に黒い裂け目が広がり、それが、落下していく少女を呑み込んだのだ。
――なんだ。あれは!?
だが、レイボーンが疑問に思ったのも一瞬。すぐに、それを考える余裕もなくなった。
レイボーンの足首から下が粉状になって崩れ始め、途端に彼はゴーレムの巨体から転がり落ちたのだ。
「ミーシャ………」
瞑る瞼も無い伽藍洞の眼窩。その視界一杯に広がる真っ赤な空。薄れゆく意識の中を、エルフの少女の姿が過る。
ふくれっつらで不満げな顔。
――そんな顔しないでくれ。これでも一生懸命やったんだ。
粉々に崩れ落ちていきながら、レイボーンは、
「このまま、あいつの笑顔が見られなくなるのは……イヤだな」
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