亡霊剣士の肉体強奪リベンジ!~倒した敵の身体を乗っ取って、最強へと到る物語。

円城寺正市

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最終章 亡霊剣士の肉体強奪リベンジ

第五十九話 遠慮はいらないし、しない。

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「にやぁああああああああ!!!」

 ニコは、青銅の扉に額を押し付けて泣き崩れる。

 その姿を見下ろして、アリアは「行くわよ」、冷たくそう言い放った。

「でも!」

「うるさいッ!!」

 怒鳴りつけられたニコは、ビクリと身体を強張こわばらせ、アリアはその胸倉を掴んで、彼女の鼻先へと顔を突きつける。

「分かってよ! 分かりなさいよ! 間に合わなかったら、分の悪い賭けにだって乗れやしないの。もし神官が生き残ったって、アタシ達が失敗したんじゃ、目も当てられないのよッ!」

 怯えるように顔を引き攣らせるニコを見据えながら、アリアは声を荒げ、頬を歪めて唇を噛みしめる。

 そんなアリアを制止するように彼女の肩へと手を伸ばし、バルタザールはニコをじっと見つめた。

「ニコ……神官殿のことを思うのなら、俺達は立ち止まるべきじゃない」

「にゃぁ…………」

 アリアが突き離すように胸倉を離すと、ニコは、ぐじっと鼻をすすり上げて立ち上がる。

「……行くのよ」

 アリアはあらためてそう言うと、静かにニコの肩を抱いた。

 扉の奥には、上の階層へと続く階段があった。

 三人に言葉は無い。まるで沼地にでも足を踏み入れたかのように、重苦しい空気をかき分けながら、ただ階段を上へと登っていく。

 一段、また一段と、重い体を引きる様にして階段を登りきると、そこには先ほどとはうって変わって、肌を刺すような冷気がわだかまっていた。

 吐いた息は立ちどころに白く染まり、宙へと溶けていく。

 暑さよりも寒さに弱いのか、アリアは自分の身体を抱いて、いかにも寒そうに身震いした。

「遂に戻ってきちまったな」

 バルタザールがぐるりと周囲を見回しながら、どこか感慨深げな声を洩らす。

 そこは円形の広大な空間。

 神殿さながらに豪奢なステンドグラスに飾られた高い天井。ドーリア式の白亜の円柱が、外壁沿いに半ば減り込む様に立ち並び、高い天井を支えている。

 だが、この空間には床と呼べるものが無かった。

 三人の目の前、階段の正面には下の階層と同じように、石橋が伸びている。
 
 その周囲は底の見えない深い奈落。そして石橋の伸びる先、奈落の中央に、鎖で吊り下げられた円形の舞台があった。

 円形舞台の方へと歩みを勧めながら、バルタザールはニコに語り掛ける。

「俺はここでデミテリスとりあったんだ。まぁ、やられちまったけどな」

「そのデミソースって、どんなのにゃ?」

「……デミテリスな。山羊の頭をした悪魔で……」

「あんな感じにゃ?」

 ニコが指さす先、円形舞台の向こう側へと続く石橋の上を歩み寄ってくる魔物のシルエットが、白く煙るもやの中に浮かび上がった。

 それは筋骨隆々の人間の上半身に、山羊に酷似した頭部の魔物の姿。

「ははっ、やっぱりいやがったか! 間違いない! 奴だ!」

 バルタザールは歯を剥き出しにして笑うと、二本の剣を抜き払う。

 だが、その背後で、アリアが呆れ声を出した。

「なーにが間違いないよ……ったく。よく見てみなさいよ。あれデミテリスじゃないから」

「は!? え!? いやいやいや、あれデミテリスだろ!」

「だからよーく見てみなさいって。ね、デミテリスより全然若いでしょ。わかった?」

「……わからん」

 実際、魔物の年齢の違いなど、人間の目ではそうそう分かる筈もない。

「あれ、たぶんヌークアモーズを襲った奴よ。先に戻ってきてたのね。でも、あれならやりようによっては勝ち目はあるわ」

「普通なら、勝ち目が無い様な物言いだな」

「ある訳ないじゃない」

 冷たくそう言い放つと、アリアは憮然とするバルタザールを押し退けて前へと歩み出た。

 円形舞台の上へと歩み出てきた山羊頭の悪魔。それを見据えて、アリアはまるでご近所さんに挨拶するかのような声音で問いかけた。

「はーい。こんばんわ。アンタ、デミテリスの一族かなにかかしら?」

「貴様……なぜ我が父の名を知っている」

 感情の伺えない山羊の目。

 それを怪訝そうに歪めて、悪魔はアリアを見据えた。

「古い知り合いなのよね。そっか、あいつ息子なんていたんだぁ」

「古い知り合い……ならば去れ。貴様らごとき弱者がいて良い場所ではない」

 途端に、ビキッと音を立てて、アリアのこめかみに青筋が走った。

「うっさい若造。年長者への敬意ってものが見えないわよ。デミテリスはあんなに紳士だったのに、餓鬼の方はちっともしつけがなってないみたいね」

 そう吐き捨てると、アリアの身体が膨れ上がり、蜘蛛女アルケニーへと変貌する。

蜘蛛女アルケニーか……なぜ侵入者と一緒にいる」

「さてね。単純に魔王の敵だからじゃないの?」

「理解できん。魔王様に楯突こうというのか?」

「なに言ってんのよ。お坊ちゃん。魔王だって自分より強い魔物をぶっ殺してのし上がってきたんでしょうが、遠慮はいらないし、しないから」

 山羊頭の悪魔はアリアをじっと見つめると、小さく頷いた。

「よかろう。わが名はガープ。魔王様の側近デミテリスが一子、貴様の求めるとおり、敬意を表して全力で相手をしてやろう」

「魔王の元側近アルヴァレラの娘……アリアよ」

 背後でバルタザールとニコが息を呑む音が聞こえた。それを耳にして、アリアは苦笑する。

「ママってば、自由だったからねぇ。魔王があんまりにも面白みがないってんで、出奔しちゃったのよねー」

 その瞬間、それまでの無感情な様子をかなぐり捨てるかのように、ガープは声を上げてわらった。

「ははははは! おもしろい! 側近の子同士というわけか! よかろう、格の違いを思い知らせてやろう!」

 ガープが足を踏み出すと、アリアは未だに戸惑うような顔をしたままの二人を振り返って、声を上げた。

「アタシがアイツの動きを止める! 猫娘! 時間が無いわ。アンタは先に行きなさい!」

「にゃ……、大丈夫……なのにゃ?」

「誰に向かって言ってんのよ。アンタに心配されるほど、落ちぶれちゃいないわよ」

 不安げな顔をするニコに、アリアはニッと笑い掛ける。そしてバルタザールの方へと顔を向けて、声を上げた。

「行くわよ!」

おう!」

 二人が石橋の上を駆けて、勢いよく円形舞台の中央へと飛び出すと、ガープはそれを見据えて、大きく口を開く。口腔から白煙の様に立ち昇る凍り付いた空気。それを目にして、バルタザールは頬を引き攣らせた。

「いきなりそれかよ!?」

 それはバルタザールの両足を奪った凍てつく吐息コールドブレス。勢いよく噴き出された極寒の息吹が、地を這う様にアリアとバルタザールへと迫ってくる。

「あっぶないわね!」

 アリアは八本の脚を折ると、真上へと跳躍する。そして、背中から大量の糸を噴出して、宙空に網を張ってそこに留まった。

 だが、バルタザールは凍てつく吐息コールドブレスをまともに喰らった。

 瞬時に両足が凍り付き、ピキピキと音を立てながら、徐々に氷が這い上がってくる。

 だが、バルタザールはニヤリと笑うと、ガープに向かって吼えた。

「アホが! 親子そろって同じ手を使いやがって! 何の対策もしてねぇわけねぇだろうが!」

 途端にバルタザールの足元から、白煙が立ち昇る。見ればバルタザールの金属の脚が炎を纏っているのが見えた。

「なんだと!?」

「ドワーフの精霊鍛冶を舐めんなよ! この脚にゃ炎の精霊が宿ってんのさ! 今度はこっちの番だ!」

 思わず目を見開くガープを見据えて、バルタザールが腰をかがめると、甲高い金属音が響いて、彼の足の裏から車輪が突き出した。

「死にやがれ!」

 腰だめの姿勢のまま一気に加速、バルタザールは両手の剣を広げて、ガープへと襲い掛かる。これには流石のガープも慌てた。

「ぬおぉ!」

 ガープは両手の爪を伸ばすと、凄まじい勢いで斬りかかってくるバルタザールの剣をそれで受け止める。

 二本の剣と十本の爪の鍔迫つばぜり合い。ガープとバルタザールが呻く様な声を上げながら互いに力を込める。

 だが、次の瞬間、

「アタシのこと、忘れられちゃ困んのよね」

 宙空に張った網の上で、アリアが指先から糸を放ち、それがガープの顔へと張り付いた。

「ぐおおお!」

 ガープが苛立つ様な咆哮をあげると同時に、アリアがニコの方へと顔を向ける。

「今よ! 猫娘!」

 ニコは一瞬戸惑うような顔をした後、意を決して駆けだした。

 そして彼女はバルタザールの脇を擦り抜けると、頭からガープの股下をくぐって背後へと滑り抜ける。

 そして、アリアに向かって声を上げた。

「コータにせーけん渡したら、戻ってくるにゃ! 絶対、絶対戻ってくるんだにゃ!」

「ばーか、それまでにこっちがこの山羊ぶったおして、追いつくわよ。余計な心配しなくていいから、早く行きなさいよ!」

「聖剣だと!?」

 ガープが焦る様に身をよじらせて、走り去るニコの方へと顔を向けようとした途端、その腹部をバルタザールの鋼の脚が蹴り上げた。

「おいおいよそ見すんなよ。テメェの相手は俺だぞ」


 ◇ ◇ ◇


 同じ頃、玉座の間のあるフロア。その壁面の一角から突然、にゅっと腕が突き出した。

 それは黒い手甲ガントレットに覆われた男の腕。

 そして、まるで浮かび上がってくるかのように、黒い甲冑を纏った騎士が、壁の向こう側から姿を現す。

 正面には豪奢な扉。彼は静かに顔を上げると、コツ、コツと金属混じりの足音を壁面に反響させながら、扉の方へと歩み寄る。

 そして、扉の前で立ち止まると、彼はゆっくりとノブへと手を伸ばした。
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