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最終章 亡霊剣士の肉体強奪リベンジ

最終話 物語は更に回る。

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 だくだくと広がっていく血だまりから視線を上げて、ミーシャが魔王の顔を見上げる。そして、戸惑うように口を開いた。

「レイ……なのよね?」

「そうだ」

「なのよねぇ…………」

 途端に、彼女は溜め息混じりに肩を落とした。

 レイにしてみれば、ミーシャのその反応は、想像していたのとはかなり違う。

「……普通、こう、なんというか、女性を救い出したら、感極まって抱きついてきたりするものではないのか?」

 彼が幼い頃に聞かされたおとぎ話でも、大体そんな感じだった。

 だが、ミーシャは、

「今の今まで、自分にエロい事しようとしてたのと同じ顔した奴に、無邪気にしがみつけるほど図太くないわよ」

 あまりにも、ごもっともなご意見である。

 更には、ねる様に口を尖らせる。

「それに、どーせ、アタシは娘なんでしょ! なに? アンタ、娘に抱きつかれて嬉しいの?」

「それは……」

 レイは一瞬口籠った後、宙空へと視線を泳がせた。

「……すごくいいな」

 彼の脳裏には、ミーシャ(四歳)が発生していた。

「……お願いだから死んでよ。ねぇ、今すぐ」

 ミーシャは、ジトッとした目をレイへと向けて、再び大きく肩を落とす。

「まあ、死ねっていうのは冗談だけど、アンタ、もう一回首狩兎ボーパルバニーと入れ替わったりしない? 腹立つのよ、その顔」

「……気持ちは分かるが、そこは我慢してくれ。それに、もし指輪の力を使って首狩兎ボーパルバニーと入れ替わったら、この顔の男が、ぴょんぴょん跳ねて追いかけてくることになるぞ」

「うわぁ…………」

 思わず、気色悪げに眉をひそめた後、ミーシャは静かに目を伏せる。

「でも、まさか、こんなにすぐ傍に魔王がいるなんてね……」

「……すまない」

「謝られても困るわよ……。まあ、これはこれで、いろいろ納得が言った。死なない身体とおんなじ戦い方してたんじゃ、そりゃー毎度毎度、ボロボロになるわよ」

「いや、戦い方の問題ではないと思うがな……」

 レイは、ここまでの道のりで戦ってきた相手を思い浮かべる。デスワームに古竜エンシェントドラゴンにギガント。普通に考えれば、前世で親でも殺したんじゃないかと思うレベルの運の悪さである。

「それはそうと、アンタ。大丈夫なの? 自分の配下の魔物も大分殺しちゃったみたいだけど?」

「うむ、そこは問題ない。魔王である私に刃向ったのだ。当然の報いというべきだろう」

「そういうところは、ちゃんと魔王なんだ……」

 ミーシャが思わず引きった笑いを浮かべると、力なく肩を落としたニコが、とぼとぼと近寄ってきた。そのあまりにも落ち込んだ表情を目にして、ミーシャは、はっと息を呑む。

 レイはイノセ・コータでは無かった。

 何のことはない。ミーシャにしても、ここまでのふざけたやり取りは、自分達の関係が変わることを恐れていただけでしかない。

 だが、流石にこの少女を前にして、いつまでも目を逸らし続ける訳にはいかないのだ。

「コータじゃ無かったにゃ……。ねぇ、コータはどこにゃ……? コータに会いたいにゃ……」

「すまない」

 レイが痛ましげに顔を歪めると、ミーシャは、今にも泣き出しそうなニコを抱き寄せる。

「ねぇ、ニコちゃん。ジニが……えっと、私の友達の風の精霊王が言ってるの。勇者は無事よ。元の世界に帰って幸せに暮らしてるんだって……」

「もう、会えないのにゃ?」

 そう口にした途端、ニコの目尻にじわりと涙が玉を為し、その様子に、レイが少し慌てるような素振りを見せた。

「そ、それは……分からん。だが……会えるように、努力はしてみよう」

「ホントにゃ!?」

「魔王に、二言はない!」

 そう言って胸を反らすレイに、ミーシャが慌てて耳打ちをする。

「ちょ、ちょっと。アンタ、そんな安請け合いしちゃって大丈夫なの? これで無理だったなんて言ったら、大泣きよ?」

「…………大丈夫だ」

「なんか、変な間があったわね」

 ミーシャがジトっとした目を向けると、レイは口笛を吹くふりをしながら明後日の方向へと顔を背ける。魔王である。

「そ、そういえばニコ。ドナとアリアはどうしたのだ?」

「あ! 誤魔化した!」

 ――ミーシャ、うるさい。

 レイのそんな胸の内を他所よそに、ニコは足下に火でもつけられたみたいに、ぴょんと飛び上がった。

「にゃ!? 忘れてたにゃ!? みんなまだ戦ってるにゃ! 大ピンチだったにゃ!」

 途端に、レイは険しい表情になると、部屋の隅で呆然としている女達に向かって声を上げる。

「おい! サキュバスども! 城内にいる人間達は、この魔王の客である! 手を出す事はまかりならん。急ぎ、そう通達せよ! もし負傷しているようであれば、すぐに治療するのだ! 良いな!」

「は、はい!」

「にゃ! ニコが案内するにゃ!」

 ニコが部屋の外へと飛び出すと、半裸の女達が我先にと、それこそ必死の形相で部屋を飛び出していった。

 ニコとサキュバス達が出て行くと、玉座の間は急に静けさを増しす。

「はぁ……」

 ミーシャは一つ溜め息を吐いた後、唐突にレイの顔を覗き込んで、またもや、ジトッとした目を向けた。

 今日の彼女は、ジトッとし過ぎである。湿度の高いエルフである。

「ところで!」

「な、なんだ、急に」

「アレ、どうすんのよ?」

 ミーシャが、くいと顎をしゃくって差し示した先。そこにはなまめかしく、しなを造りながら、頬を上気させてレイを見つめるダークエルフの姿があった。

「……殺した方が良いか?」

「だから……なんで、そういうとこだけ魔王なのよ、アンタ」

 ミーシャは頭痛をこらえるように、こめかみに指を這わせた。

「私は、ダークエルフとエルフが和解できればいいと思ってんの。あの娘、『支配ドミネーション』の魔法にかかったままなんでしょ? 話をしたいから、とりあえず、それ解いて」

「襲ってくるかもしれんぞ?」

「大丈夫、そんときはアンタを楯にするから」

「もはや、どっちが魔王だか分からんな……」

 なんとも複雑な表情のまま、レイはダークエルフに向き直ると、「『支配ドミネーション』を解除する」。そう告げた。

 途端にダークエルフは惚けたような顔をした後、我に返って、キッとミーシャを睨みつける。

 彼女は素早く立ち上がると、乱れたままの衣装を気にも留めずに駆け寄ってきた。

「ミーシャ!」

 レイは慌てて彼女を背中へと庇う。

 だが、ダークエルフは、そのままレイにしがみつき、そして、

「揉む?」

 と、可愛らしく小首を傾げた。

「へ?」

 ふにょんと胸元に押し当てられる褐色の双丘。ダークエルフは潤んだ瞳でレイを見上げた。硬直するレイ。途端に、ミーシャが彼の背後から飛び出して、ダークエルフを乱暴に押し退けた。

「ちょ!? ちょっと! アンタ、なにすんのよ!」

「邪魔するな、まな板。魔王を篭絡して、エルフの隠れ里を滅ぼしてもらう」

「何バカなこと言ってんのよ! アンタ、こいつに酷い目にあわされたんでしょ?」

「……私ではないんだが」

「アンタは黙ってて!」

 するとダークエルフは、頬を染めて身をよじった。

「たしかに、くーはもうお嫁にいけない。だから……」

「なら! こいつのこと好きなだけ殴らせてあげるから、それで手を打ちなさい」

「魔王に責任を取ってもらう」

「はあぁあああああ!?」

 わーい、魔王とばっちり。鬼のような形相でギロリと睨みつけてくるミーシャに、レイはたじたじと後ずさる。

「わ、私は何も悪くない」

 確かにレイは何も悪くない。

 だが、女の子というのは九十九パーセントの理不尽と、わずか一パーセントの、何か素敵なモノで出来ているものなのだ。

 ところがそんなタイミングで、

 別段、魔王を救おうとした訳でもないのだろうが、けたたましい音をたてて扉を押し開け、サキュバスの一人が玉座の間へと飛び込んできた。

「魔王様、大変です。お命じになられました人間が、女神官が……!」

「ドナがどうした!」

「まさか……!」

 思わずミーシャは、息を呑んで口元を押さえる。




「ミノタウロスに噛みついたまま、離れようとしません!」





「うん、……まさかだわ」

 ミーシャは、なぜか真顔になった。


 ◇ ◇ ◇


 魔王自ら、泣き叫ぶミノタウロスからドナを引っぺがして魔法で眠らせ、ついでにダークエルフも眠らせ、彼女達をサキュバス達に任せ終わったのは既に深夜。

 アリアの姿は見えなかったが、彼女は得体のしれない義足の男と、ガープの三人で呑みに出かけたらしい。

 レイが、用意させた部屋へとミーシャを案内すると、彼女は「ちょっと気になってることがあんの。入っていきなさいよ」と彼を引き留めた。

「で、結局、アンタの身体を乗っ取ってたアイツは何者なの?」

 向かい合わせに腰を下ろした途端、ミーシャがテーブルに肘をついてそう言った。

「私も詳しくは知らない。知っているのは、勇者パーティの一人だったということと、レイモンドという名であること。……それと奴の発言から推測するに、オーランジェに恋慕していたようだな」

「……オーランジェ」

 確かにミーシャが捕らえられた時にも、そんな事を言っていたような気がする。

「勇者が魔王を倒してヌーク・アモーズへ戻れば、オーランジェとの婚姻が約束されていた。そうだな」

「う、うん、そう聞いてる」

「ここからは全くの推測だが、オーランジェに恋慕していたレイモンドは、勇者が魔王を倒した後、その身体を乗っ取ろうと画策していたんだと思う。ところが、勇者……イノセ・コータと魔王は和解してしまった。さぞ内心苛立ったことだろうな。そこで標的を私に切り替えた。コータを排除してしまえば、もはや私を倒せる者など居ないのだからな」

「そんな言い方されると、何とかして、アンタを倒さないとダメなんじゃないかって、気がしてくるわね」

「ははは、違いない」

 レイがどこか自嘲するように笑うと、ミーシャが急に低い声を出した。

「……それより、もっと気になることがあるんだけど?」

「なんだ?」

「なんで、勇者と魔王が和解するなんてことが起きたの?」

 そのあり得ない事が起こったがために、ここまであらゆる事が無茶苦茶に絡まってもつれた。

 ミーシャはそう考えていた。

「それは……」

 レイは思わず口籠る。

「なに? 言えない事なの? まあ……言いたくないなら……」

「いや……そうだな。キミには隠す必要もあるまい。人間でも魔物でもないのだからな」

「なによ、それ」

 レイのその微妙な物言いに、ミーシャは僅かに口を尖らせた。

「最後の引き金になったのは、脳裏に聞こえた女の子の声だった。途端に私にはコータの置かれている状況が手に取る様に分かった。コータも同じだったようだがな」

 途端に、ミーシャの耳の傍で、ジニが「ウニバスだね」。そう囁いた。

「置かれてる状況って?」

「コータの状況を一言でいえば、人間を守るために、魔王を倒しに来た」

「そりゃそうでしょ。勇者だもの」

「そしてコータの方はというと、おそらくこう理解したのだと思う。

「……え?」

 理解が追いついていないのだろう。どこか困ったように眉を顰めるミーシャの目の前で、レイは自らの角へと指を這わせると、それをいきなり

 数秒。

 なんとも言えない無言の時間が流れ、

 そして、

「えぇええええええええええええええええええええっ!?」

 ミーシャは眼球がこぼれ落ちそうな程に、目を見開いた。

 マンボウみたいな顔だな。レイがそう思ったのは内緒だ。

「は、外れんの!? それ!?」

 ミーシャの慌てっぷりとは対照的に、レイは落ち着き払った様子で応じる。

「只のはったりだからな。ミーシャ、私は人間だ。まあごく普通……とはちょっと言い難いが、それでも人間の両親から生まれた人間だよ」

 二の句を告げられないというのは、まさにこういう事を言うのだろう。あわあわと口を動かすミーシャに苦笑すると、レイは話を続けた。

「二百年を経た辺りでめんどくさくなって数えていないのだが、ずっと昔、恐らく君が産まれるよりずっと以前の話だ。一匹の狂暴な魔物が、魔界から這い出て来て魔王を名乗った。そして魔物達を率いて人間を襲い始めたのだ」

 レイがちらりと目を向けると、ミーシャと目が合った。彼女は真剣な表情で彼を見つめていた。

「だが幸いにも、私には生まれ持った能力があった。相手の特殊な能力を『複製コピー』する力だ。やがて私は、精霊王の一人と出会い、その能力を複製させてもらい、不傷不死の力を手に入れた。そして……魔王を倒した」

「それってさ……勇者なんじゃないの?」

「さあ、どうだろう? 私の頃には勇者なんて呼び名は無かったからな。もしそうなら、あの聖剣も使えたかもしれないな」

 レイは冗談めかして肩を竦める。

「だが、既に手遅れだった。地には魔物が溢れ、最早全てを駆逐することは不可能な状態になっていた。だからと言って手をこまねいていては、次の魔王が現れ、王国は再び危機にさらされる」

 ミーシャが思わずごくりと喉を鳴らした。

「その時、仲間の一人。蜘蛛女アルケニーのアルヴァレラが言ったのだ。『じゃあさ、レイ。あんた魔王になっちゃえばいいじゃん』。そして私は魔王になった。魔物を統治し、完璧にとはいかないが、人間を襲うことを禁じて今に至る。と、まあそういう訳だ」

 ミーシャは、呆然とした表情でレイを見ている。無理も無い。そうそう信じられる話でもない。

 仕方のないことだ。

 レイは、そんなミーシャをじっと見つめて、

「疲れているだろう。もう、休むと良い」

 そう声を掛けると、静かに席を立った。そして、

「いろいろあったが……そうだな。キミとの旅は悪くなかった。エルフの隠れ里に帰っても、元気でいてくれれば嬉しい」

 そう声を掛けた途端、突然、ミーシャが立ち上がって、レイの胸倉を掴んだ。

 無論ミーシャの力では、レイの身体は小動こゆるぎもしない。だが、レイの鼻先に突きつけられた彼女の顔には、怒りの形相が浮かんでいた。

「ふざけんじゃないわよ!」

「何を怒っているのか分からん」

「アタシに帰れっていうの!」

「それはそうだろう。キミがここに留まる理由は何もない。ここにあるのは、人間と魔物の問題だけだ」

「エルフは、私は蚊帳の外ってわけ? で、あんたはずーーっとここで、魔物の面倒みてるって、そういうこと?」

「そうだな」

 顔色一つ変えずに答えるレイに、ミーシャはギリギリと奥歯を鳴らした。

「……アンタが、魔王が、人間だって知ってるのは?」

「今は……キミだけだな。デミテリスは私を逃がして死んでしまったし、まあ、アルヴァレラが生きているなら知っている筈だが、奔放な奴でな。人を焚きつけて魔王にしたくせに、争いごとがなくなると、つまんないって出て行ってしまった。それも、もうずいぶん前の話だが」

「ずっと、それを隠して生きていくつもり?」

「そうだな。まあ、キミが知っていてくれるというのは、慰めにはなる」

 レイがそう言った途端、

「アンタはいいかもしれないけど! こっちはたまったもんじゃないわよ!!」

 言葉尻に喰いつく様に、ミーシャが吼えた。

 そして、ボロボロと泣き始めたのだ。

 レイは、一瞬目を見開いた後、静かに目を伏せて、深い溜め息とともに言葉を絞りだした。

「……すまない」

 余りにも重苦しい沈黙が居座って、二人は身動きも出来ずに立ちつくす。

 やがて、涙にまぶたを赤く腫らしたミーシャが、すがる様な、そんな声を洩らした。

「ねぇ……家族にならないかって、いってくれたのは、嘘?」

「嘘ではない。私はあの時、ジェラール王を羨ましいと思った。恥ずかしい話だが……たぶん嫉妬したのだと思う。だが、魔王の娘になど誰が……」

「そうね。魔王の娘なんてお断り」

 ミーシャのその言葉に、レイは寂しげな笑みを浮かべる。

 その瞬間のことである。

 ミーシャは身をひるがえすと、レイの襟首を掴んで、彼の唇に自らの唇を押し当てる。思わず目を見開くレイ。お世辞にも上手なものでも、色っぽいものでもなかった。それは、くちづけというには、あまりにも勢い任せで乱暴すぎる行動であった。

 彼女は、身を起こすと、驚いた表情のまま固まるレイを見据えて微笑んだ。

「仕方ないじゃない。アンタのことが、好きになっちゃったのよ。一人になんてさせてあげない。私をこんなに好きにさせたんだもん。ちゃんと責任とってよね。魔王様」

 レイが言葉を返せずにいると、次の瞬間、

「ちょ!? 押さないでってば!」

「にゃぁああ!?」

 扉が一瞬膨らんだかと思うと、けたたましく開いて、女達が部屋の中へと倒れ込んできた。

 それは、アリア、ドナ、ニコ。そしてなぜかダークエルフ。

「ちょ、ちょっと!? まさかアンタ達、聞いてたの!?」

 思わず慌てるミーシャを見上げて、ニコが「にゃはは……」と笑った。

 そして、ダークエルフの下敷きになっているアリアが、ニマニマと笑いながら口を開く。

「そんなつもりは無かったんだけどさぁー。どっかのエルフがやらしいことしようとしてるような気がしたのよね。こう、ビビッと」

 ハタと気づくと、ミーシャはレイの襟首から手を離して、ぴょんと飛び退いた。

「違うのよ! くっ!? 魔王め!『支配ドミネーション』の魔法で、私に無理やりエッチなことを……」

「え!?」

 思わず目を見開くレイを、ミーシャが睨みつける。その目は明らかに『話を合わせろ』。そう恫喝していた。

「ふ、ふははは、おろかなエルフめー! エッチなことをするぞー」

 それはもう、酷い演技である。あまりの三文芝居に、ブスッとしたままのダークエルフを除く三人は、目を見合わせて噴き出した。

「ちょ!? アンタ達、信じてないでしょ。ほんとよ、ほんとに、この魔王が!」

「はい、はい」

 ドナが駄々っ子をなだめる様にそういうと、ミーシャはグッと顔を引き攣らせる。

 すると、アリアがレイに向かって口を開いた。

「さて、寂しがり屋の魔王様。ここに、ちょうどいい感じに四人いるんだけどさ。四天王として雇ってみない?」

「は?」

 間抜けな顔をするレイを見上げて、ニコが楽しげに声を上げる。

「ニコはコータの次に、にせもののコータも大好きにゃ!」

「魔王に仕えるのはどうかと思いましたが、それが先代の勇者様だというのであれば、何一つ問題もありませんし……」

 ドナがうんうん頷く隣で、ダークエルフは尚もブスッとした顔をしていた。

「…………なんでくーまで。くーは四天王より、お嫁さんがいい」

 だが、こういう手合いはアリアが一番得意な相手である。なにせ、女の子を騙して、散々娼館に放り込んできた悪女なのだ。

「バカね。今勝負掛けても、あのまな板エルフの方が有利なことぐらい分かるでしょ? 大丈夫、夫婦の間にはね。倦怠期ってのがあるのよ。飽きる頃を狙って……あとはわかるでしょ?」

 ダークエルフは、世紀の大発見でもしたかのような顔をした。

「……おまえ凄い、師匠と呼んでもいい?」

 そんな二人に、こめかみに青筋を浮かべたミーシャが顔を突きつける。

「き・こ・え・て・る・わ・よ!」

 長い旅は終わった。

 だが、旅が終わっても、騒がしい日々は終わりそうにない。

 ぎゃあぎゃあと騒がしい少女達の姿に、魔王は……いや、アシュレイという名の人間の青年は、まぶしそうに目を細めた。


 ――了
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