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第一章 亡霊、大地に立つ

第四話 そういう場合は、だいたい詐欺です。#1

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 残照が、突き出した岩の影を地に描く夕暮れどき

 渡り鳥のシルエットがVの字を描く赤い空を見上げ、

「今日はここまでね。暗くなる前に野宿の準備しちゃおっか」

 と、ミーシャはどさりと、大きな背嚢リュックを地面に下ろした。

『レイの身体は、まだ何処どこかで生きている』

 そう告げて、彼の胸中を散々に波立たせたのは、二時間前のこと。

 以降、ここに至るまで、二人の間に会話は無い。

 だが、ミーシャには、レイの胸中に渦まく戸惑いは筒抜け。

 へー、そう思うんだ。とか、

 いやいや、それはないだろう。とか、

 バカじゃないの。

 と、言葉には出さずに、感心したり、呆れたりしていた。

 ミーシャが野営地に選んだのは、山道を登る途中に見つけた棚状になった平地。

 レイはぐるりと周囲を見回して、眉をしかめた。

 野宿であるからには、屋根がある場所など望むべくもないし、岩山を登っているのだから、下がすこぶる寝にくそうなゴツゴツとした岩である事も仕方がない。

 レイにも、それに文句をつけるつもりはない。

 斜面でない分マシだとさえ思う。

 だが、

 ――こんな所で、本当に大丈夫なのか?

 あえてそう口にしたのは、そこが身を隠す物が何もない、余りにもひらけた場所だったからだ。

 たとえ記憶は無くとも、こんなひらけた場所が、野宿に適さないことぐらいは、誰にだって分かる。

 レイのその問いかけは、決しておかしなものではない。

 ところが、ミーシャはひらひらと手を振ると、小馬鹿にするように鼻で笑った。

「なぁに? 心配性のゴブリンとか面白過ぎるんだけど」

 ――まだ、魔物の生息圏を抜けた訳では無いのだろう?

「心配しなくても大丈夫。誰かが近づいてきたら風精霊シルフたちが教えてくれるから」

 ――風精霊シルフ

「うん、仲良しなのよ、私達。ここまで一度も怪物に出会わなかったでしょ? ずっと風精霊シルフたちが道案内してくれてたからよ。本当はあの森にウヨウヨいたんだから、ゴブリン」

 ――そうなのか? しかし……だとすれば、おかしくないか? 私と出会った時、キミはゴブリンに追いかけられていたぞ。

「あ、あの時は、ちょっと特殊な事情があったのよ!」

 都合の悪い事実を突きつけられて、ミーシャはあたふたと早口でまくし立てる。

風精霊シルフたちに道を聞いてたら、急に土精霊ノームたちが割り込んで来たんだもん。絶対こっちへ行くべきだって……。そんなこと今まで無かったから、なんかあるんだろうなと思って行ってみたら、ゴブリン達にばったり出くわしちゃって……慌てて洞窟に逃げ込んだら行き止まりで……」

 ――そして、私と出会った。

「そういうこと」

 そう言って、ミーシャは上目遣いに微笑む。

 だが、そんなミーシャの態度とは裏腹に、レイは急に真剣な表情になって、彼女の鼻先に指を突きつけた。
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