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第一章 亡霊、大地に立つ

第七話 赤鶏冠(レッドクレスト) #4

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 赤鶏冠レッドクレストが慌てて、壊走するゴブリンの群れへと、怒りにまみれた叫び声を上げた。

 だが、もう手遅れ。

 一度決壊してしまえば、立て直すことなど不可能だ。

 逃げ去っていくゴブリン達の背を呪いに満ちた目でにらみながら、赤鶏冠レッドクレストは、ミーシャの髪を引っつかんで、無理やりに顔を上げさせる。

「痛い! は、離しなさいよ! あんたなんかレイの敵じゃないんだから! 降参するなら今の内よ!」

 痛みに顔を歪めながら、ミーシャがそうまくし立てると、赤鶏冠レッドクレストは、ニヤリと笑って、彼女の腰のさやから無理やり短剣ダガーを引き抜く。

「あっ!」と声を上げるミーシャ。

 赤鶏冠レッドクレストは彼女の鼻先にやいばを突きつけると、モゴモゴと口元をもどかしげに動かす。

 そして、

「ウ……ウゴ、クナ」

 その牙の間からこぼれ落ちたのは、たどたどしく、金属をこするような甲高い響きではあったが、確かに人間の言葉。

 ――ほう、なるほど。やりようによっては、ゴブリンでも人間の言葉を喋れるのか。

「どこに感心してんのよ、ばかあああ!」

 レイのあまりにも呑気なもの言いに、ミーシャが思わず声を上げる。

「ダ、マレ、コロスゾ」

 赤鶏冠レッドクレストは、苛立たしげにミーシャの顔を覗き込んで凄むと、彼女の身体を引き摺りながら、ゆっくりと後退あとずさっていく。

 だが、レイに慌てる様子はない。

 それも当然。

歩法ウォーク』を使えば、ミーシャに刃先が食い込むより先に、赤鶏冠レッドクレストの首を、すっ飛ばすことが出来るのだから。

 ところが、

 ――じゃあ、そろそろるか。

 レイが踏み込むべく、わずかに腰を落としたその時、予想だにしないことが起った。

 逃走を図る赤鶏冠レッドクレストのすぐ斜め後ろ。

 側面の岩肌が、まるで焼き上がっる瞬間のパウンドケーキの様に膨れ上がったのだ。

 そして次の瞬間、それがいきなり轟音と共に弾けた。

 飛来する石礫いしつぶて

 レイは、それを後方へと跳ねて避ける。

 雨粒に叩き落とされて、すぐに薄まっていく土煙。

 その向こう側にミーシャの姿を見つけた。

 地面に倒れたままの彼女は、目尻も避けそうなほどに目を見開いて、ひきつけでも起こしたかのように、小刻みに身体を震わせている。

 ――なんだ!?

 晴れていく土煙の中に、中空からだらりとぶら下がる二本の足が見えた。

 まるで首吊り死体のように赤鶏冠レッドクレストが、中空から垂れ下がっている。

 だが、見えるのは下半身のみ。

 直径一メートル以上もある、はらわたのような赤黒い筒状の物が壁面から突き出して、どくどくと脈打っている。

 それが赤鶏冠レッドクレストの上半身を呑み込んでいた。

「デ……デスワーム……そんな、嘘でしょ……」

 今にも卒倒しそうな顔をしたミーシャが、声を震わせる。

 雨音に混じって、ズルズルと赤鶏冠レッドクレストが飲み込まれていく音が響いた。
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