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第二章 亡霊、勇者のフリをする。

第十三話 首のかわりに #3

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 対峙たいじして見れば、やはりゴブリン共とは違う。

 研ぎ澄まされているとでも表現すれば良いのか。

 ドナの殺気は非常に洗練されていた。

「イヤアアアアアアァァ!」

 戦端は唐突に開かれた。

 淑やかな見た目にそぐわぬ甲高い叫びを上げて、ドナが踏み込む。

 出足は速い。

 両手で高く掲げた大槌スレッジハンマーが、鋭い勢いで振り下ろされた。

 だが、レイにしてみれば、苦も無く見切れる程度のもの。

 ――こんなものか。

 これならば、最初に戦ったボスゴブリンと大差はない。

 一歩左に飛び退くと、レイのいた場所。その石畳を大槌スレッジハンマーが叩く。

 だが、そこで大槌スレッジハンマーは、予想外の軌道を見せた。

 地面を叩くと同時に、ドナは力任せに手首をスナップさせて、大槌スレッジハンマーのヘッドを跳ねさせる。

 そして、跳ねたヘッドはそのまま、横殴りにレイの方へと迫ってきた。

 ――なに!?

 これにはレイも面食らった。

 慌てて高く跳躍すると、足の下を風斬り音が駆け抜ける。

 だが、それで終わりでは無かった。

 レイが跳躍している間に、ドナは遠心力に任せて身体ごと回転させ大槌スレッジハンマーが、再び同じ軌道を描いて襲い掛かってくる。

 攻撃の終わりが、そのまま次の攻撃へと繋がる、継ぎ目のない攻め手。

 ――むっ!

 レイは宙を舞いながら、剣を下へと放り投げた。

 石畳の隙間に突き刺さる剣。

 レイがそのつかの上に着地すると、途端に、横なぎに振るわれた大槌スレッジハンマーが、床に刺さった剣を真っ二つに叩き折る。

 剣がはじけ飛ぶその瞬間、レイはドナの方へと跳躍した。

 ドナは一瞬、顔を引きらせると、大槌スレッジハンマーを手放して、素早く身体をひるがえし、それを躱す。

 レイがそのまま地面を転がって距離を取ると、ドナは再び大槌スレッジハンマーを拾い上げて、感心するような顔をした。

「驚きました。確かに、只のゴブリンでは無いみたいですね」

 ところが、レイは剣を構え直すでもなく、気まずそうにポリポリと指先で頬を掻くと、

 ――ミーシャ。

 相棒の名を呼んだ。

「どうしたのよ。アンタ! 押されてんじゃないの!」

 ――彼女に伝えてやってくれないか。キミの負けだと。

「は?」

 ミーシャが思わず小首を傾げた途端、周囲の兵士達が一斉にざわめき始めた。

 見れば、兵士達の視線は、レイの剣の先に集中している。

「アンタ、それ……」

 ――首を刈る訳にはいかないからな。かわりだ。

 そう言ってレイの掲げた剣先には、黒いロープのようなもの――切り取られた長い髪が、垂れ下がっていた。
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