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第三章 亡霊、竜になる
第二十七話 やってみなくては分からない。 #2
しおりを挟む――振り落とされるなよっ!
レイは突然、頭を振り上げると一気に急上昇し始める。その途端、古竜が大きく翼をはためかせた。
風が逆巻いて、ついさっきまでアリア達がいた辺りを巻き込んで、幾つもの竜巻が巻き起こる。
暴風。地上を嬲る激しい風。眼下のカノカの街で、幾つもの建物が倒壊していくのが見えた。
古竜を見下ろして、レイは呆れたような声を出す。
――迷惑な奴だな。
「アンタ! あれ見て、迷惑で済ませちゃうの!?」
――すませる。
アリアのツッコみを面倒臭げに切り捨てると、レイは放物線を描いて古竜の方へと急降下。錐揉みしながら速度を上げて、竜の頭上へと突っ込んでいく。
アリアは盛大に顔を引き攣らせて、目を見開いている。
もはや悲鳴も出てこない。
――あれだけの巨体だ。取り付いてしまえば、何とでも出来る。
レイのその言葉は、アリアの意識を素通りした。
だが、次の瞬間、
『盟約に従いて、その命を貰い受ける』
竜の口から発せられたのは人間の言葉。その視線は真っ直ぐにレイの事を見ていた。
途端に、濃厚な硫黄の臭いが鼻を突く。
竜が大きく開いた口の中、牙の向こう側で怪しい光が渦を巻いた。
次の瞬間、竜の口から放たれた青白い炎の帯が、夜空を焼き払いながら、二人の方へと迫ってくる。
――くっ!?
「きゃあああああああっ!?」
迫りくる超高温の炎の帯。それを激しく旋回しながら躱すと、レイは飛竜そのものの低い叫び声を上げた。
「グゥォオオオオオオオオオオッ!」
途端に古竜の眼前に、飛竜の形をした黒い靄が殺到する。
しかし、竜が一睨みしただけで、靄はあっさりと掻き消えた。子供だましも良いところ。
だが、それで良いのだ。レイは、古竜の視界が塞がったその一瞬の間に急降下。下から抉るように、古竜の背後へと回り込む。
――よし。
出し抜いてやった。レイが思わず胸の内で頷いた途端、その眼前に迫ってくるものがある。それは古竜の巨大な尾。
――なにっ!?
気づいた時にはもう遅い。
それは出会いがしらの事故のようなもの。止まろうにも止まれない。
アリアを庇う様に、迫りくる竜の尾に腹を晒すと、激しい衝撃がレイの身体を突き抜ける。
途端に、逆向きのベクトルの力がレイを弾き飛ばし、放たれた矢のような勢いで、地上に向けて吹っ飛ばされた。
「きゃあああああああああああああっ!?」
恐ろしい風圧に晒されながら、アリアは眼を見開く。この勢いで地面に叩きつけられたら、まず間違いなく命は無い。
「こんのぉおおおおやろおおおおおお!」
カノカの街中の方へと吹っ飛ばされながら、彼女は背中に開いた六つの穴から、一気に糸を放出する。
出し惜しみをしている場合ではない。
放出された糸は二人の姿を覆いつくし、白い球体を形作った。
衝撃。激しい倒壊音。
その白い球体はまるで隕石の様に、ぶつかる建物を砕きながら地に落ちると、砕けた石畳を水しぶきのように舞い上がらせ、最後に鐘楼にぶつかって、それを倒壊させた。
立ち昇る土煙。ぱらぱらと舞い落ちる砂礫。
残響が消え去ってしまうと、そこに静寂が居座った。
やがて、その静寂の中に、ピリピリと何かを切り裂く音が響く。
白い球体を内側から切り裂いて、アリアが顔を覗かせた。
「生きてる……わ」
――助かった。礼を言わねばならないな。
アリアは球体から這い出すと、後から這い出てくるレイを見据えて声を荒げた。
「アンタの所為で酷い目にあったわよ! もう!」
――すまん。
「まあ……済んだことはいいわ。とにかく! 鼠でもなんでもいいから、小さなものに乗り換えなさい! 一緒に連れて逃げてあげるから!」
だが、レイは返事をしない。
それどころか、アリアの方を見てもいない。
その視線は、ある一点に釘付けになっていた。
――良い物を見つけた。
彼の視線の先にあったのは、自称竜殺しの男が投げ出した巨大な剣。
「な、何言ってんの? アンタ?」
戸惑うアリアを他所に、レイは首を伸ばして柄を咥えると、もどかし気に首を振って剣を鞘から引き抜く。
刀身はおそらく百八十センチはあるだろう。武骨な鉄の塊とでもいうような代物だ。
だが、
――全くの新品だな。
何かを斬ったような形跡は欠片も無く、刃こぼれもしていない。
いや、それどころか、刃もついていない。
いわゆる模造刀だ。
「はったりね」
アリアが呆れたとでもいう様に肩を竦めると、レイは剣を口に咥えたまま頷く。
――だが……充分だ。
素材は鋼。ただ刃がついていないというだけだ。
「ちょ! ちょっとアンタ! まさか、まだやる気なの?」
アリアが大きく目を見開いて慌てると、レイはこくりと頷く。
――当然。逃げる理由がない。
「理由!? そんなの十分すぎるほどあるじゃない。あんなの敵いっこないわよ!」
――剣があれば局面は変わる。やってみなくてはわからない。
「つきあってらんないわよ!」
レイは、いきり立つアリアをじっと見つめると、
――安心してくれ、ここからは私一人でやる。
そう言った。
「え?」
アリアの戸惑いの声を、羽音が掻き消した。
レイは剣を口に咥えたまま翼を広げると、一気に宙へと駆け上がっていく。
呆然とその背を眺めていたアリアは、我に返ると元のドレス姿の人間へと姿を変えた。
そして、
「死んじゃえ! ばぁぁかぁああああ!」
アリアは中空へと消えていく飛竜の背中へと罵声を浴びせると、苛立ち混じりに転がっていた木桶を蹴っ飛ばした。
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