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第四章 亡霊、魔王討伐を決意する。

第三十三話 風の精霊王 #2

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 翌日、昼近くになって、ミーシャはレイボーンを連れて部屋を出た。

 ドナとニコは大司教を訪ねて大聖堂へと出かけ、アリアは脂っこい物を食べ過ぎたせいで胃がもたれて辛いと、ベッドから起きて来なかった。

 玄関ホールへと降りると、そこは何か物々しい雰囲気に包まれている。

 通りがかりのメイドをつかまえて話を聞いてみれば、昨日案内してくれた宮宰と他数人が、姿を消したのだという。

 どうやら魔物の侵攻を恐れて、金目の物をもって遁走したらしい。

「宮宰が真っ先に逃げる様じゃ、この国もいよいよ末期ね」

「そうだな」

 大通りを歩きながら、肩を竦めるミーシャにレイボーンが頷く。

 彼は、メイドに用意してもらったローブを頭からすっぽりと被り、芝居で幽霊役の役者がつける『ファントム』と呼ばれる仮面をかぶっている。

 道行く人々には物珍しそうに見られるが、少なくとも怖がられるようなことはない。

 おそらく、旅芸人か何かだと思われているのだろう。

 大通りを抜け、町を取り囲む城壁の外へ出ると、二人は海を臨む小高い丘の方へと足を向ける。

「王族の墓にしては、ずいぶん辺鄙へんぴな所にあるのだな」

「王族の墓は……王宮の敷地内にあるわ」

 レイの問いかけに、ミーシャは苦々しげに吐き捨てる。

 それはつまり、彼女の姉が王族として葬られなかったことを意味していた。

「……すまない」

 レイがこうべを垂れたその時、二人の背後から若い女性の呼び声が聞こえてきた。

「おばさまぁー! お待ちください!」

「オーランジェ!?」

 背後から駆けてくるのは、すみれ色のローブを羽織ったハーフエルフの少女。

 彼女はミーシャの傍へと駆け寄ると、乱れた呼吸を整えながら口を開いた。

「はぁ、はぁ……ご案内しますわ。ワタクシも久しぶりにお母さまにお会いしたいですし」」

「護衛もつけないで……大丈夫なの?」

いて参りました!」

 そう言って、オーランジェは悪戯いたずらっぽく笑う。

 どうやらおっとりとした見た目に反して、かなり快活な性格らしい。

「もう……仕方ない子なんだから」

「えへへ」

 呆れ顔のミーシャの腕に、オーランジェは自らの腕を絡ませる。

 寄り添って歩いていく二人の背中を眺めながら、レイボーンは昨晩のミーシャとのやり取りを思い出していた。


 ◇ ◇ ◇


「明日、オーランジェを……。私の姪をさらうわ」

 ミーシャはじっとレイボーンを見詰めると、更に言葉をつむいだ。

「この国はもうすぐ亡びる。人間がどうなろうと知ったこっちゃないけど、オーランジェは死なせたくない。お姉ちゃんは助けられなかったけど、あの子だけは……」

さらってどうする?」

「エルフの隠れ里に連れて行くわ。あそこなら精霊たちの力で隠蔽されているから、逃げ込んでしまえば、まず安全だもの」

「それで、彼女は何と言っているのだ?」

「冗談だと思ったみたいね。自分だけ逃げる訳にはいかないし、神は越えられない試練をお与えにならないの一点張りよ。まあ仕方ないわよね。この国で生まれたんだもの。あのインチキ宗教にどっぷりだし、あのは精霊の声だって聞こえない」

 レイボーンは、不思議そうに首を傾げる。

「逃げなくとも、魔王を倒せば良いだけではないのか?」

 その一言をミーシャは鼻先で笑った。

「だけって……無理よ。古竜エンシェントドラゴンがいくら強くったって、アンタがいくら強くったって意味が無い。そういう話じゃないの」

「では、どういう話だというのだ」

「魔王の最大の特徴は、『不傷不死』。聖剣以外の武器じゃ、かすり傷一つ負わせる事さえできないのよ。そんな相手に戦って勝てる訳ないじゃない」

「もしかしたら、私が勇者かもしれないのだろう?」

「聖剣がどこにあるってのよ? それこそ聖剣のない勇者なんて何の意味もないわ」

「だが……キミは彼女に恨まれる」

 レイボーンがそう告げると、ミーシャは彼を睨みつける。

 そして、

「いいわよ、恨まれても。この国の連中がよってたかって、お姉ちゃんを死に追いやった。だから他の連中は死ねばいいのよ。でもオーランジェにはお姉ちゃんの血が流れてるんだもん。今度こそ、お姉ちゃんを助けるの。そのためにここまで来たんだもん」
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