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第四章 亡霊、魔王討伐を決意する。

第三十五話 もう一人いた。 #2

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 数分後。

「髪が短いから、分かりませんでしたよ」

「も、申し訳ありません」

 ソファーに差し向いに座ったライトナが溜息を吐くと、ドナは慌てて詫びる。

 無論、彼女に非がある訳では無いが、相手は教会のトップ。詫びる他に出てくる言葉も無い。

 だが、たとえ髪が長くとも、分からなかっただろうとドナは思う。

 実際、ドナがライトナと言葉を交わしたのはソフィーに従って、ハノーダー砦へ出立する時。その一度限りだ。

 緊張の面持ちのドナとは対照的に、ニコはライトナの膝を枕に、ソファーの上で丸まっている。

 その緊張感の無さを羨ましげに眺めた後、ドナは口を開いた。

「幾つか……ご報告がございます」

 そこからドナは、レイとミーシャがハノーダー砦を訪れてから、今日までの出来事を、ライトナに語った。

 頷きながら聞いていたライトナは時折、眉を上げたり、下げたりしかめたりと、やたら自己主張の強い眉を中心にころころと表情を変える。

 取り分け、ソフィーにレイを篭絡ろうらくするよう命じられた事を告げた時には、

「聖職者に男性を誘惑させるなど、あの方は一体、何を考えているのでしょう…………」

 と、地の底まで落ちて行きそうなほど、深い溜め息を洩らした。

「まあ、篭絡ろうらくの方は、ほぼ失敗に終わっておりますが。私も、その……そういうことにはうとい方でございますし、胸を押し付けるのが精一杯で。勇者様は、特別気になさられるような素振りもありませんでしたから」

「……それはおかしいですね。コータ様は女性と目があっただけで挙動不審になるような方でしたよ。やはり勇者様は身体も清いのだと、関心したものです」

 つまりライトナに言わせれば、勇者は皆、ということらしい。

「その生霊は本当にコータ様なのですか?」

「私はコータ様とは面識がある訳ではありませんので、はっきりした事は申せませんが、ニコ殿は……」

「にゃ、アレはコータにゃ! 絶対そうにゃ!」

 ニコは、がばっ! と跳ね起きると、二人の話に割り込んでくる。

「だって、昇竜斬しょーりゅーざんを使ったのにゃ!」

「それだけ?」

「充分にゃ!」

 途端に、ライトナは厳しい顔つきになった。

「その生霊は、自分が勇者だと主張しているのですよね?」

「……はい」

 よく考えてみれば、レイ自身の口から勇者だと聞いたことはなかったが、それを言って、態々わざわざ話を混ぜ返す必要も無いような気がした。
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