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第四章 亡霊、魔王討伐を決意する。
第四十一話 ダークエルフはやっぱり口が悪い #2
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その頃、アリアとドナは大きく弧を描く様に、魔王軍の背後を移動していた。
レイボーン達が戻って来たのを目にした二人は、話し合って、背後から魔王軍の指揮官を襲うことを決めたのだ。
既にドナを拘束していた糸は解かれて、彼女はアリアの肩に手を掛けながら、その下半身、蜘蛛の背中に立っている。
「勇者様はなぜ、本体をお呼びにならないのでしょう?」
「さあね。何か事情があるんだろうけど……。それよりあの竜巻、ちらっと見えたけど、中にいるの、あのエルフの小娘よね?」
「ええ、おそらく……まさか、耳長殿があんな魔法を使えるとは、思ってもみませんでしたけれど」
そう言いながら、ドナは眉根を寄せる。
彼女が悪霊に乗っ取られた時、ミーシャはただ怯えているだけだった。
あれほどの魔法が使えるのに、使わなかったという事実が、どうにも腑に落ちない。
「とにかく私たちで、指揮を執ってる奴を叩きのめして、あのエルフより役に立つんだってところをアイツに見せつけてやるの、いいわね」
「魔物と共闘するのは業腹ですが、仕方がありません。しかし魔王が直々に指揮を執っているなどということは?」
ドナの不安げな物言いに、アリアはひらひらと手を振った。
「ないない。有り得ないわよ。それに……魔王なら見れば分かるわ。一度だけだけど、面識があるの」
◇ ◇ ◇
砂煙を巻き上げて、空気が渦を巻く。
巨大な竜巻。ミーシャはその内側から、逃げ惑う魔物達を見下ろした。
「ジニ、『禍渦』の魔法は、どれぐらい維持できそう?」
――風の精霊王にそれを聞くのかい? 君が望むだけ維持してみせるさ。
脳裏に響くジニの声に、ミーシャの口元が微かに緩む。
「これならいけるかも……」
町の方に竜巻を近づける訳にはいかないので、城壁に取り付いた魔物はどうにも出来ないが、そっちはレイボーンが何とかしてくれる。
「城門が開いちゃった時には焦ったけど……まあ、あっちはアイツに任せとけば大丈夫よね」
炎を放ちながら、城門から歩み出てくるレイボーンの姿を視界の端に捉えて、彼女は独り苦笑した。
だが、その途端、
――ミーシャ、来るよ!
ジニの切羽詰まった声が脳裏に響く。
「なにが?」ミーシャがそう問いかけようとした途端、竜巻を切り裂いて、巨大な氷柱が突っ込んでくるのが見えた。
その氷柱は『禍渦』の魔法を相殺しながら突っ込んでくる。
明らかに高位の精霊魔法の産物。
だが、暗黒魔法ならばともかく、魔物の中に精霊魔法を使う者が居ようとは、想像もしていなかった。
ミーシャは慌てて『禍渦』の魔法を解除する。
竜巻が掻き消え、その代わりに『風楯!』と、自身と氷柱との間に、幾重もの空気の壁を作り出した。
分厚い空気の壁に阻まれて、その氷柱は、ミーシャの手前数メートルのところで、ピシピシと音を立てて砕け散る。
「はぁ……危なかった」
ミーシャは思わず顎を伝う冷や汗を拭った。
だが、次の瞬間、砕け散った氷柱の中から黒い影が飛び出して、彼女に襲い掛かる。
黒い短剣が午後の陽光を反射して、鈍い光を放った。
「ッ……! ジニ!」
ミーシャが慌てて声をあげると、突風が彼女自身の身体を後ろへと押し流し、襲い掛かってくる影から一気に距離を取る。
「エルフ……許さない!」
その黒い影は、白く煙った空気を纏わりつかせて、宙空に留まっている。
「……ダークエルフ?」
それは、豊満な身体にぴったりとした革鎧を纏ったエルフ。
しかし、その肌の色は、透き通るような白い肌のミーシャとは対照的な褐色。
肩までの青みを帯びた銀髪が、陽光を纏わりつかせて煌めいていた。
「待って! あなた達がどうして魔王の味方なんて」
「うるさい。エルフは許さない。そう言った! 『氷針』!」
宙空に現れた幾本もの氷柱が、ミーシャに向かって飛んでくる。
「ジニ! お願い!」
途端に、氷柱は軌道を逸れて、ミーシャの左右を通り過ぎた。
「アンタねぇ! 話を聞きなさいってば! 肌の色が違うだけなのに、同族で争う必要なんてない。隠れ里に帰りたいんなら、私がお爺ちゃんたちを説得するし、人間の都に住みたいんなら、この国の王様を説得してあげるから」
「四の五のうるさい!」
「戦いたくないんだってば!」
「じゃあ、戦わずに殺されればいい」
「ちゃんと話あえば、分かりあえるわよ! 同族なんだもの!」
「うるさい、男女!」
何を言われているのか瞬時には理解できなかったのだろう。
一瞬の空白の後、ミーシャが声を荒げる。
「お、男女ァ? どっから見ても女の子じゃない!」
ダークエルフは揶揄するように肩を竦めた。
「冗談は胸だけにしてほしい。そんな体形じゃ、赤ん坊が出来たら、まず背中と胸の見分け方を教える必要がある」
「せ、背中!?」
「なに? 背中が気にくわないなら、腹の方がいい? でもたぶん下腹の方が出っ張ってる」
「お腹なんて出てないわよ!」
ジニの「おちつきなよ」という声が耳元で聞こえて、ミーシャは深く呼吸する。
「わ、私は、ほら、まだ成長期だから将来性に期待して……」
「まな板は成長しない」
その瞬間、ミーシャのこめかみの辺りで、何かがブチギレる音がした。
「上等だ! こんにゃろう! ぶっ殺してやる!」
――こりゃダメだ。
ジニの溜め息は最早、ミーシャの耳には届かなかった。
レイボーン達が戻って来たのを目にした二人は、話し合って、背後から魔王軍の指揮官を襲うことを決めたのだ。
既にドナを拘束していた糸は解かれて、彼女はアリアの肩に手を掛けながら、その下半身、蜘蛛の背中に立っている。
「勇者様はなぜ、本体をお呼びにならないのでしょう?」
「さあね。何か事情があるんだろうけど……。それよりあの竜巻、ちらっと見えたけど、中にいるの、あのエルフの小娘よね?」
「ええ、おそらく……まさか、耳長殿があんな魔法を使えるとは、思ってもみませんでしたけれど」
そう言いながら、ドナは眉根を寄せる。
彼女が悪霊に乗っ取られた時、ミーシャはただ怯えているだけだった。
あれほどの魔法が使えるのに、使わなかったという事実が、どうにも腑に落ちない。
「とにかく私たちで、指揮を執ってる奴を叩きのめして、あのエルフより役に立つんだってところをアイツに見せつけてやるの、いいわね」
「魔物と共闘するのは業腹ですが、仕方がありません。しかし魔王が直々に指揮を執っているなどということは?」
ドナの不安げな物言いに、アリアはひらひらと手を振った。
「ないない。有り得ないわよ。それに……魔王なら見れば分かるわ。一度だけだけど、面識があるの」
◇ ◇ ◇
砂煙を巻き上げて、空気が渦を巻く。
巨大な竜巻。ミーシャはその内側から、逃げ惑う魔物達を見下ろした。
「ジニ、『禍渦』の魔法は、どれぐらい維持できそう?」
――風の精霊王にそれを聞くのかい? 君が望むだけ維持してみせるさ。
脳裏に響くジニの声に、ミーシャの口元が微かに緩む。
「これならいけるかも……」
町の方に竜巻を近づける訳にはいかないので、城壁に取り付いた魔物はどうにも出来ないが、そっちはレイボーンが何とかしてくれる。
「城門が開いちゃった時には焦ったけど……まあ、あっちはアイツに任せとけば大丈夫よね」
炎を放ちながら、城門から歩み出てくるレイボーンの姿を視界の端に捉えて、彼女は独り苦笑した。
だが、その途端、
――ミーシャ、来るよ!
ジニの切羽詰まった声が脳裏に響く。
「なにが?」ミーシャがそう問いかけようとした途端、竜巻を切り裂いて、巨大な氷柱が突っ込んでくるのが見えた。
その氷柱は『禍渦』の魔法を相殺しながら突っ込んでくる。
明らかに高位の精霊魔法の産物。
だが、暗黒魔法ならばともかく、魔物の中に精霊魔法を使う者が居ようとは、想像もしていなかった。
ミーシャは慌てて『禍渦』の魔法を解除する。
竜巻が掻き消え、その代わりに『風楯!』と、自身と氷柱との間に、幾重もの空気の壁を作り出した。
分厚い空気の壁に阻まれて、その氷柱は、ミーシャの手前数メートルのところで、ピシピシと音を立てて砕け散る。
「はぁ……危なかった」
ミーシャは思わず顎を伝う冷や汗を拭った。
だが、次の瞬間、砕け散った氷柱の中から黒い影が飛び出して、彼女に襲い掛かる。
黒い短剣が午後の陽光を反射して、鈍い光を放った。
「ッ……! ジニ!」
ミーシャが慌てて声をあげると、突風が彼女自身の身体を後ろへと押し流し、襲い掛かってくる影から一気に距離を取る。
「エルフ……許さない!」
その黒い影は、白く煙った空気を纏わりつかせて、宙空に留まっている。
「……ダークエルフ?」
それは、豊満な身体にぴったりとした革鎧を纏ったエルフ。
しかし、その肌の色は、透き通るような白い肌のミーシャとは対照的な褐色。
肩までの青みを帯びた銀髪が、陽光を纏わりつかせて煌めいていた。
「待って! あなた達がどうして魔王の味方なんて」
「うるさい。エルフは許さない。そう言った! 『氷針』!」
宙空に現れた幾本もの氷柱が、ミーシャに向かって飛んでくる。
「ジニ! お願い!」
途端に、氷柱は軌道を逸れて、ミーシャの左右を通り過ぎた。
「アンタねぇ! 話を聞きなさいってば! 肌の色が違うだけなのに、同族で争う必要なんてない。隠れ里に帰りたいんなら、私がお爺ちゃんたちを説得するし、人間の都に住みたいんなら、この国の王様を説得してあげるから」
「四の五のうるさい!」
「戦いたくないんだってば!」
「じゃあ、戦わずに殺されればいい」
「ちゃんと話あえば、分かりあえるわよ! 同族なんだもの!」
「うるさい、男女!」
何を言われているのか瞬時には理解できなかったのだろう。
一瞬の空白の後、ミーシャが声を荒げる。
「お、男女ァ? どっから見ても女の子じゃない!」
ダークエルフは揶揄するように肩を竦めた。
「冗談は胸だけにしてほしい。そんな体形じゃ、赤ん坊が出来たら、まず背中と胸の見分け方を教える必要がある」
「せ、背中!?」
「なに? 背中が気にくわないなら、腹の方がいい? でもたぶん下腹の方が出っ張ってる」
「お腹なんて出てないわよ!」
ジニの「おちつきなよ」という声が耳元で聞こえて、ミーシャは深く呼吸する。
「わ、私は、ほら、まだ成長期だから将来性に期待して……」
「まな板は成長しない」
その瞬間、ミーシャのこめかみの辺りで、何かがブチギレる音がした。
「上等だ! こんにゃろう! ぶっ殺してやる!」
――こりゃダメだ。
ジニの溜め息は最早、ミーシャの耳には届かなかった。
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