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予期せぬ遭遇
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認めた姿に千種の体が自然と後退りの姿勢をとっていた。
怯えを隠すかのように抱いていたのは自らの尾。
白くふわふわの豊かな毛並みのそれをまるで楯のようにして、両手で抱き締めていた。
「驚かせたならすまない。俺は黒虎の天荒と言う」
“知ってる”。
その即答は胸中で。
声に出してなど言えようはずもない。
「誕生したばかりの上位の聖獣だ」
「ぁ…」
「君は?君も…上位の聖獣、だろうか」
硬直するばかりの千種に話し掛ける天荒の低音は、未だ嘗て聞いたことがないほど柔らかで優しいものであった。
…まるでこちらをこれ以上怯えさせぬよう、気遣ってくれているみたいに。
千種が面布を付けているからだろう。
纏う気で同等とは感じているが、確認するような口振りだった。
それには小さくぎこちない頷きを返した。
背が高く、がっしりとした体付き。
黒地に金縞の耳と尻尾同様に、頭の後ろで一括りにされた長い黒髪には数房の金色が混ざっていた。
身に纏う衣は雄々しい肉体を強調するかのように体の線に添ったもので、千種の物とは違いあまりひらひらとはしていない。
袖も裾も短く、腕と足には衣と同じ色柄の布が巻かれている。
それは漆黒の布地に金粉を纏った水飛沫を散らしたかのような模様だった。
そして彼の額には…千種と同じ模様、同じ色の聖紋がくっきりと刻まれている。
…記憶の中の『彼』と、寸分違わぬ『彼』であった。
緊張を強いられる金色の双眸に真っ直ぐ見つめられ、面布を付けているにも関わらず千種は俯いてた。
「名は、なんと?」
躊躇いがちに、張り付くからからの喉からどうにか声を振り絞って答えた。
「………千種」
天荒が一歩こちらへと近付くたびに千種の足が小さく二歩、後ろに下がる。
「もしかして、君も生まれて間もない聖獣では?」
「え…っ?」
「実は…見掛けたのだ。俺が聖樹の元へ聖紋を授かりに行った時に、走り去って行く白い後ろ姿を」
「…っ」
「あれは…千種だったのでは?」
その瞬間、千種の心臓がドキリと高鳴る。
己の名をまともに呼ばれたのなど、これが初めてではなかろうか。
たったそれだけのこと、なのに。
高鳴る鼓動に、あんな思いをしたのに、まだ、馬鹿みたいに喜んでいる自分を知る。
そしてそんなばかな己を千種が必死に宥める。
本当に未練がましいと自分で自分を諌める。
もう二度と、愚かな勘違いをしたら駄目なのだと、改めて自分自身に強く言い聞かせた。
上手く動かない口をどうにか動かし、尋ねられたことに千種がまた答える。
「…君が……見た、の、が…、ぼくかどうかは…わからない、けど……。そう、だよ…。ぼくも…生まれたばかり…」
「そうか。ならばあれはやはり千種だったのだな」
「…かもね」
恐らく、間違いなく自分であっただろう。
時間を置かず近しく生まれたのは自分と天荒のみ、…であったはずだ。
尻尾を抱えたまま後退っていた体がドンと地面から生えていた木にぶつかった。
衝撃と共に強か打ち付けた背中が痛い。
しかし、千種にはそんなこと最早どうでも良かった。
逃げ場が無くなってしまったことの方が大問題である。
(ど、どうしよう…っ)
何を考えて天荒は自分に近寄って来るのか…。
真意がわからず内心ひどく狼狽える千種の体は、どんどんどんどん小さく硬く縮こまっていく。
そしてとうとう大柄な天荒が千種の目の前まで来てしまった。
全聖獣生の中で、これほど彼と物理的に距離を縮めたことなど…千種にはあっただろうか。
もう声も出せない。
薄っぺらな体の中で心臓だけが痛いほどに喧しく大騒ぎし続けている。
「頼むから…、そう怯えないでくれないか?」
「‥っ、……」
天荒の苦笑に細い体が小さく揺れる。
「姿を見掛けたから、少し話をしてみたくて声を掛けただけなんだ」
(…天荒が…?疎ましい千種に…?)
「俺達はここがどんな所なのかを聖紋を授かると同時、自然と識るが、実際自分の目で少し見て回ってみたくなって散策していたら、偶然君に出会ったものだったから…」
それで声を掛けたのだと、天荒の声は最後まで苦い笑いを含んでいた。
意外だったのは千種だ。
自分のことはさて置き、上位の聖獣がこんな森の外れまで自らの意思で足を運ぶことなど、ほぼ皆無に等しいことだった。
一度目の時もそうだった。
天荒のみならず、森の中心部に身を置く上位の聖獣達の殆どは、自分達の領域とも呼べるそこから必要がなければ出ようとはしなかった。
足を伸ばしても精々中位の聖獣等の領域くらいまでであったように思う。
それが今回は…どうだ。
ちょっとした興味本位とは言え自分の意思でここまで足を運んだと言うではないか。
しかも、あの、天荒が。
上位の聖獣達の中心に常に置かれ、彼等から取り巻かれていたような…上位中の上位とも言えるあの誇り高き黒虎の、天荒が、だ。
どうして驚かずにいられようか。
「千種も俺と同じ上位の聖獣だろう? だったらそう怯えずとも…」
「……ぼくは…上位と言っても、……最下層程度の力しか…ない、から…」
「それでも上位であることには変わらないだろう」
「………そう、…なんだけど…ね…」
尻尾を抱く腕にますます力がこもる。
…言えるわけがなかった。
それでも、自分は“認められなかった”のだと。
そんな聖獣生を、夢とも過去とも知れぬ中で、確かに一度、歩んだのだと。
千種の緊張が解れるどころかもっと増したのを見て取り、天荒もそこで困ったように口を閉ざした。
シン…と二体の間に重い沈黙が降る。
微かな梢の葉擦れの音だけが辺りにささめいていた。
ふと、息を漏らした自分にすら千種が肩を揺らしたのを見て、天荒がやや面白くない気持ちになりながらもこれ以上の会話は諦め、踵を返した。…その時だった。
「あ!ちくたたまいたー!」
「こんなところにいたー!」
戻りの遅い千種を気にしたちび聖獣達が、木々の向こうから勢い良くこちらへと駆けて来たのは。
【2025.09.18】
認めた姿に千種の体が自然と後退りの姿勢をとっていた。
怯えを隠すかのように抱いていたのは自らの尾。
白くふわふわの豊かな毛並みのそれをまるで楯のようにして、両手で抱き締めていた。
「驚かせたならすまない。俺は黒虎の天荒と言う」
“知ってる”。
その即答は胸中で。
声に出してなど言えようはずもない。
「誕生したばかりの上位の聖獣だ」
「ぁ…」
「君は?君も…上位の聖獣、だろうか」
硬直するばかりの千種に話し掛ける天荒の低音は、未だ嘗て聞いたことがないほど柔らかで優しいものであった。
…まるでこちらをこれ以上怯えさせぬよう、気遣ってくれているみたいに。
千種が面布を付けているからだろう。
纏う気で同等とは感じているが、確認するような口振りだった。
それには小さくぎこちない頷きを返した。
背が高く、がっしりとした体付き。
黒地に金縞の耳と尻尾同様に、頭の後ろで一括りにされた長い黒髪には数房の金色が混ざっていた。
身に纏う衣は雄々しい肉体を強調するかのように体の線に添ったもので、千種の物とは違いあまりひらひらとはしていない。
袖も裾も短く、腕と足には衣と同じ色柄の布が巻かれている。
それは漆黒の布地に金粉を纏った水飛沫を散らしたかのような模様だった。
そして彼の額には…千種と同じ模様、同じ色の聖紋がくっきりと刻まれている。
…記憶の中の『彼』と、寸分違わぬ『彼』であった。
緊張を強いられる金色の双眸に真っ直ぐ見つめられ、面布を付けているにも関わらず千種は俯いてた。
「名は、なんと?」
躊躇いがちに、張り付くからからの喉からどうにか声を振り絞って答えた。
「………千種」
天荒が一歩こちらへと近付くたびに千種の足が小さく二歩、後ろに下がる。
「もしかして、君も生まれて間もない聖獣では?」
「え…っ?」
「実は…見掛けたのだ。俺が聖樹の元へ聖紋を授かりに行った時に、走り去って行く白い後ろ姿を」
「…っ」
「あれは…千種だったのでは?」
その瞬間、千種の心臓がドキリと高鳴る。
己の名をまともに呼ばれたのなど、これが初めてではなかろうか。
たったそれだけのこと、なのに。
高鳴る鼓動に、あんな思いをしたのに、まだ、馬鹿みたいに喜んでいる自分を知る。
そしてそんなばかな己を千種が必死に宥める。
本当に未練がましいと自分で自分を諌める。
もう二度と、愚かな勘違いをしたら駄目なのだと、改めて自分自身に強く言い聞かせた。
上手く動かない口をどうにか動かし、尋ねられたことに千種がまた答える。
「…君が……見た、の、が…、ぼくかどうかは…わからない、けど……。そう、だよ…。ぼくも…生まれたばかり…」
「そうか。ならばあれはやはり千種だったのだな」
「…かもね」
恐らく、間違いなく自分であっただろう。
時間を置かず近しく生まれたのは自分と天荒のみ、…であったはずだ。
尻尾を抱えたまま後退っていた体がドンと地面から生えていた木にぶつかった。
衝撃と共に強か打ち付けた背中が痛い。
しかし、千種にはそんなこと最早どうでも良かった。
逃げ場が無くなってしまったことの方が大問題である。
(ど、どうしよう…っ)
何を考えて天荒は自分に近寄って来るのか…。
真意がわからず内心ひどく狼狽える千種の体は、どんどんどんどん小さく硬く縮こまっていく。
そしてとうとう大柄な天荒が千種の目の前まで来てしまった。
全聖獣生の中で、これほど彼と物理的に距離を縮めたことなど…千種にはあっただろうか。
もう声も出せない。
薄っぺらな体の中で心臓だけが痛いほどに喧しく大騒ぎし続けている。
「頼むから…、そう怯えないでくれないか?」
「‥っ、……」
天荒の苦笑に細い体が小さく揺れる。
「姿を見掛けたから、少し話をしてみたくて声を掛けただけなんだ」
(…天荒が…?疎ましい千種に…?)
「俺達はここがどんな所なのかを聖紋を授かると同時、自然と識るが、実際自分の目で少し見て回ってみたくなって散策していたら、偶然君に出会ったものだったから…」
それで声を掛けたのだと、天荒の声は最後まで苦い笑いを含んでいた。
意外だったのは千種だ。
自分のことはさて置き、上位の聖獣がこんな森の外れまで自らの意思で足を運ぶことなど、ほぼ皆無に等しいことだった。
一度目の時もそうだった。
天荒のみならず、森の中心部に身を置く上位の聖獣達の殆どは、自分達の領域とも呼べるそこから必要がなければ出ようとはしなかった。
足を伸ばしても精々中位の聖獣等の領域くらいまでであったように思う。
それが今回は…どうだ。
ちょっとした興味本位とは言え自分の意思でここまで足を運んだと言うではないか。
しかも、あの、天荒が。
上位の聖獣達の中心に常に置かれ、彼等から取り巻かれていたような…上位中の上位とも言えるあの誇り高き黒虎の、天荒が、だ。
どうして驚かずにいられようか。
「千種も俺と同じ上位の聖獣だろう? だったらそう怯えずとも…」
「……ぼくは…上位と言っても、……最下層程度の力しか…ない、から…」
「それでも上位であることには変わらないだろう」
「………そう、…なんだけど…ね…」
尻尾を抱く腕にますます力がこもる。
…言えるわけがなかった。
それでも、自分は“認められなかった”のだと。
そんな聖獣生を、夢とも過去とも知れぬ中で、確かに一度、歩んだのだと。
千種の緊張が解れるどころかもっと増したのを見て取り、天荒もそこで困ったように口を閉ざした。
シン…と二体の間に重い沈黙が降る。
微かな梢の葉擦れの音だけが辺りにささめいていた。
ふと、息を漏らした自分にすら千種が肩を揺らしたのを見て、天荒がやや面白くない気持ちになりながらもこれ以上の会話は諦め、踵を返した。…その時だった。
「あ!ちくたたまいたー!」
「こんなところにいたー!」
戻りの遅い千種を気にしたちび聖獣達が、木々の向こうから勢い良くこちらへと駆けて来たのは。
【2025.09.18】
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