【臆病者は《愛》と逃げる】

清白(すずしろ)

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1 信じてもらえないかも知れませんがどうやら二度目の《今世》なんです

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(……あー…やっちゃったなぁ…)

 拝借した学園所有の馬を疾走させながら、俺はつい数時間前までの盛大なやらかしを猛烈に反省してた。
 ちなみに後悔はない。
 拝借した馬も返せる予定は全くない。

 今頃、あの人はきっと怒っているだろう。

 こんな身勝手な真似をした俺のことを。

 …、……四年も傍に居て、婚約者のフリをしながら騙し続けていた最低なオメガに激怒していることだろう。

(でも自分でもどうにもならなかったんだ。…歯止め、利かなかった……)

 あれで…、あの夜で、最後になると思うと………。
 くすねて飲んだアルコールの力も手伝ってか、俺の中ののようなものが…外れてしまった。

 その結果があの愚行…と言うか破廉恥行為と言うか、………ヤリ逃げ…。

(でもでもっ、痛手を負ったのはどっちかって言うとアナル処女喪失した俺の方って言うか…だし…)

 今だってこれでも信じられないくらい下半身がヤバい。…非ぬところも。

 それでも馬を止めて休むなんてことはしない。
 夜が明けたばかりの森を馬で突き進んでた。

 目まぐるしく過ぎ去って行く緑の景色は、以前の俺だったら耐えられなかっただろう。
 以前の、……《一度目の俺》だったなら。

 信じてもらえないかもしれないが、俺は今、二度目の《俺》の人生を歩んでいたりする…のだ。

 誰にも話した事はない。
 話したところで、こんな夢みたいな本当の話、信じてもらえないとわかっているから。
 でも、この《今世》は俺、ルーファス・リンドリーにとっては二度目の《今世》だった。間違いなく。

 …一度目の俺の人生は、昨日の夜で終わっていた。
 あの学園の卒業パーティーの夜に。

 愛したアルファの、愛したオメガから、愛した男が『死んで欲しいと言っている』と…告げられて。

 俺は言われるがままに差し出された毒を飲んで、そして死んでやったのだ。

 後悔はない。
 恨む気持ちもない。

 ………それだけ一度目の人生はひどいものだった。
 《俺》自身が。

 自分がオメガであることを鼻に掛け、一度目の時は半ば……かなり強引に、彼の婚約者の座を手に入れた。

 この世には男女の性の他に第二の性としてα(アルファ)、β(ベータ)、Ω(オメガ)と言うA/B/O性が存在している。
 大半の者は一般人であるベータ性に当てはまる。
 最も特別なのはアルファ性だ。
 世界全体の一握りほどしか居ないと言われ、知性・身体能力共に非常に優れており、社会のヒエラルキーの上位に位置するような者達ばかりだった。
 王族もその殆どがアルファだと言われてる。
 ちなみにアルファ間の中にも序列があるらしく、それは本能的にフェロモンの強さで察知するのだとか。
 そのアルファよりも少ないのがオメガ性なのらしい。
 オメガの男女は両性共に子を成しやすい体質で、良くも悪くも特別視される存在だった。
 オメガにはヒートサイクルと呼ばれる発情の生理現象があり、相手がいないとヒートを起こした時に強い誘惑フェロモンで周囲のアルファを惑わしてしまうため、穢らわしいと蔑まされることもあれば、その庇護欲をそそる儚げでか弱く、なよなよしい見た目から丁重に護るべき存在とも国や人によっては言われている。
 だけどオメガにアルファの《番》が出来ればヒートサイクルは問題なくなる。
 オメガはアルファやベータとは違い生涯でたった一人としか番えないが、一度アルファにうなじを噛まれてしまえば、その相手以外には発情しなくなる。
 それまでは無闇に誘惑しないためにヒートサイクルのたびに抑制剤を飲んでやり過ごすのだ。

 オメガの中でも、特に男のオメガは少なく貴重な存在だった。
 …俺はその貴重なオメガであることが、第二の性別判定で判明した時から自慢だった。

 自分がまさか、オメガはオメガでも《欠陥オメガ》だとは思いもせず。

 貴重な存在であるはずの男オメガなのに、成長しても容姿はほぼ人並み。良く言って上の下、大多数の評価は中の上程度にしかならなかった。
 それに加えて始まったヒートは、どのアルファにも気が付かれないほど弱いものだった。

 …いや、俺には辛くて堪らなかったんだけど、傍から見たら風邪を引いて寝込んでいるのと大差ない程度にしか映らなかったのだ。

 周囲が疑えば疑うほど俺は意固地になっていった。
 ヒステリックに『自分は特別な存在なのだ』と喚き散らした。
 …あの人に相応しくないと陰口を叩かれるのが我慢ならなくて、わざと周囲に見せ付けるよう何処へ行くのにもベッタリくっついてた。
 特別だから許されると…自分本位の高慢なわがままで困らせ続けた。
 自分のそんな愚かな行いで、ますますあの人の心が俺から離れてゆくのにも気付かずに。

 最初から、あの人は俺のことなんて思っていなかったのに…。
 

 最初は紳士的に優しかったあの人も、次第に見せ掛けの優しさすらくれなくなった。
 疎まれて…、避けられて…、そして最後は《死》を望まれるほど一度目の俺は嫌われてしまったのだ。

(だから《今度》は間違えないように頑張ったんだ)

 馬に鞭を入れ、更に速度を上げる。
 …少しでも早く、少しでもより遠くへと、逃げるために。

(だから、死なずに済んだ。《今世》は………まだ)

 どうして死に戻ったのかは、わからない。
 もしかしたら自分は変な夢を見て、巻き戻しのような人生を体験してる気になってるだけなのかも知れない。
 それにしてはあまりにも生々しい《一度目》で、二度と体験したくない苦しい最期の迎え方だったけれど…。

 自分でも何がなんだかわからないけど、でも、俺はあんな振る舞いをした自分を心の底から反省し、同じ結末だけは迎えてなるものかとある意味予知夢のような最低な一度目の人生を戒めに、大人しく生きていこうと…思…、思っ…て……………。

(思ってたのに、どうして最後の最後で俺って奴は…ッ………!)

 バカ!俺のバカ!と今更自分を詰ったところで遅すぎる。

 火事場の馬鹿力みたいな強烈な誘惑フェロモンで愛しい男を惑わせた挙げ句、……ヤリ逃げとか…。

(どうか…、ど~~~うか!、…アルフレート様が俺を殺したいほど憎んでいませんようにっ! 暗殺者とか殺し屋とか雇って、俺のことまた『死ね!』とか思いませんようにっっっ!!)

 祈りは必死だった。

 だって…、誰だって嫌だろう。
 魂が震えるほど愛しくて仕方のない《運命の番》に、《死》を願われるのは。

(…俺には《今世》でも一目でわかったんだけどな……。あの人が、俺の《運命》だって…)

 …、………あの人は、《今世》でも、……気が付いてくれないままだったけれど。

 ツキンと痛んだ胸の奥深くの痛みにはいつものように目を背け、俺は王城王都の裾野に広がる広大な森を一度も馬を止めることなく突っ切った。

 …今度の俺は、全てを捨てて自由になると決めていた。
 身分も、家族も、そして《運命》すらも、手放して。

(じゃないとまた…みっともなく執着してしまいそうだ、……アルフレート様…貴方に…)

 俺の、たった一人のアルファに。

(……………まあ、…でも、ヤリ逃げって形は良くなかったかも知れないけど、お陰で俺は人生過ごしやすくなったよな…?)

 だって噛まれた。
 《うなじ》を。
 もうこれで、欠陥オメガと言えどヒートサイクルの心配だけは、なくなったのだから。

 …心にはどうしようもない深くて暗い穴が、ぽっかりと空いてしまったかのようだけど。

(さよなら。アルフレート様。…どうか貴方の愛する人とお幸せに………)

 そうして、俺は一人、あの人の愛だけを道連れにあの人の元から去った。
 面と向かって伝えられない言葉を、餞に。

 …なんて。
 ただ単に、卑怯者で臆病者なだけだ。

 俺はずっと。

 …貴方に《死》を望まれたあの時から。



【2025.09.26】
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