【臆病者は《愛》と逃げる】

清白(すずしろ)

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2 一度目の俺の失敗

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 一度目の俺の失敗は、オメガだからと威張りまくったこと。
 それと、王立学園に隣国から異文化交流の名目でやって来た留学生、アルフレート・ラルス・ブラウンシュヴァイク公子に執着してしまったこと、だ。

 まさか欠陥オメガだとは思わなかったから、こどもの頃から散々オメガに生まれた自分を誇張して生きてきた俺はそれはもう陰口を叩かれまくった。
 …死ぬ前の卒業間近の頃なんて堂々と悪口言われてたっけな………。

 だから、死に戻ったのかなんなのかよくわからない今度の人生では、俺は目立たず大人しく生きるとすぐに決めていた。

 毒を飲んで死んだはずの俺が、再び《俺》として目を覚ましたのは五歳の時。
 その日はちょうど、第二の性別の判定に出掛ける日だった。

 最初は何がどうなっているのか全くわからなかった。
 大混乱だった。
 それはそうだろう、混乱しかないだろう、こんな状況誰だって。
 まず何故生きているのかが不思議で、どうして齢十八だった自分がこどもに戻っているのかも謎すぎて、鏡の中の自分を凝視したまま長いこと硬直した。
 凄くリアルな長い夢を見て…まだ寝惚けてるだけなのだろうかと、脳内?マークだらけにしてた俺が、もしかしたらこれは死に戻りなのかも知れないと思ったのは、ひとまず朝食を摂るために向かったリビングで父から受けた仕打ちが切っ掛けだった。



『ワシが居る時はその薄汚い顔を見せるなと言ってあっただろう!』



 罵声と共に投げ付けられた食器。
 それが壁に当たって砕け散った。─⁠─⁠その出来事を、
 知っていたからこそ咄嗟に体を避けさせ、のを回避出来たのだ。

 …父は俺を嫌っていた。
 その前の年に馬車の事故に遭い亡くなった、くすんだ銀色にも見えるグレーの髪とややタレ気味の青眼を持つ、母そっくりの俺を。

 両親は貴族間ではよくある政略結婚で、婿養子となった父の立ち場はあまり強くはなかったらしい。
 俺が生まれる前に亡くなっていた祖父母と、そして母に頭が上がらず、随分肩身の狭い思いをしてきたようだった。
 だから、父は母が亡くなった時、人前では悲しむ素振りを見せていたけど、実際は忌まわしい女が死んで清々したと祝杯を上げていたほどだ。
 …それは母を喪って哀しむ俺の前だろうと、構わず。

 その日を境に父の俺への態度は一変した。
 実の子であるにも関わらず嫌われて疎まれて、理不尽に怒鳴りつけられることが増えていった。
 食べ盛りなのに食事の量も減らされた。服だってそれまでの物とは一変し、粗末とまではいかないものの、でも見るからに質素な安物へと変えられた。
 うちは貴族とは言え子爵程度の家柄で、数人の使用人がいるだけの家だった。その彼等と俺との服装にそれほど違いはなくなってた。
 それは、明らかに俺に掛ける金を惜しんでの行いだった…。

 変わったのは父の俺への態度だけではなかった。
 半年もしないうちに、父は再婚した。
 母には内緒で作っていた愛人を後妻として迎え入れたのだ。
 しかも俺と同い年のこどもまで作っていた。
 腹違いで同い年の兄弟がいると知った時、どれほど驚いたことか。

 そんな義理の母と兄弟からも俺は当然のように疎まれ、そして蔑まれた。

 …死に戻ったからそう思うのかも知れないけど、もしかしたら《家族》の中に居場所がなかったから…俺はあんなにもあの人に執着してしまったのかも知れない。
 こどもながらに…ずっと寂しさを感じていた。
 大好きな母を亡くし、愛されてると思ってた父からは邪険にされ、そして新しく家族になった者達には敵意にも似た嫌悪を向けられて。

 きっと、この頃からもうどうしようもない孤独感を抱え込んでいたのだろう、俺は。

(だからってアルフレート様に迷惑掛けまくって良いってことにはならなかったんだけど…)

 今ならそれくらい俺にだってわかる。
 …一度死んでから、って言うのも遅すぎかも知れないけど。

 王都の裾野に広がる森を抜けてからも川沿いを馬を休ませることなく走り続け、漸く休憩を入れたのは随分と日が高くなってからだった。
 鬱蒼と茂る林の中での小休憩。
 ここまで頑張ってくれた馬には好きに水を飲ませたり草を食ませたりしている。
 あの子にはもうちょっとだけ俺の逃亡を助けてもらう予定だ。

(あの日も第二の性の判別に一人で神殿に行けって馬車に押し込められて、悲しい気持ちいっぱいで向かったんだよなぁ………《一度目》は)

 死に戻りなんてそんなバカなこと、とまだちょっと疑いながらも、今度は寧ろ自分から馬車に乗り込んでさっさと向かった。
 そして俺は神殿で一度目同様オメガの判定を受けた。
 前回はそうとわかった時点で、自分が貴重な男のオメガだと大喜びしたんだ。…まさかのオメガだとも知らず。
 なので俺は、家に戻ってから堂々と嘘をついた。
 判定は《ベータ》だったと。

 ……もうこれが死に戻りなのかなんなのかとか、どうでも良かった。
 とにかくもう二度とあんな残念な人生は送りたくないと、強く、そう思った。

 ‥─⁠《一度目》、は、
 オメガだと告げた俺を、父は将来高位貴族の性的玩具として高値で売り飛ばせると、喜んだ…。
 義理の母と兄弟はこんな邪魔者でも使い道があって良かったと下卑た笑いを浮かべた…。

 《運命の番》だったのに…愛したアルファには欠片すらも愛情を向けられなかった。
 それどころか死すら望まれた。

 また喜び勇んで、自分はオメガなのだと声高々に吹聴したところで、己の末路は高慢ちきな《欠陥オメガ》のまままた同じになるかも知れない………。

 だったら死に戻りだろうが巻き戻りだろうが、この《今世》では、徹底的に、絶対に、オメガであることを隠してやると俺は決めたのだ。

(結果的には一応最後まで隠し切れたから、大成功…って感じではあるんだけど…)

 ただ少し、自分が予想していた学園生活人生と違っていたのは一体どうゆうことだったのか。

「本当なら俺…、今度はアルフレート様とは絶対に関わったりしないつもりだったのになぁ…」

 束の間の休憩の最中さなか、深い深い溜息が口から勝手に漏れていた。



【2025.09.28】
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