【臆病者は《愛》と逃げる】

清白(すずしろ)

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3 そうだ、冒険者になろう(どうせ周りからは邪魔者扱いしかされないし)

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 人生をなるたけ平穏無事に過ごし、今度は少しでも長生きしたいから、俺は考えた。

 執着して愛した男に迷惑を掛けず、ベータと判定されたらされたで一生俺を家のための金ヅルにしようとする家族からも逃れ、自分の生きたいように生きるにはどうすれば良いか…。

 その答えがこれ、『そうだ、冒険者になろう!』だった。

 この世界には超古代の遺物とも神の創造物とも、はたまた魔物生産空間とも呼ばれているダンジョンなるものがあった。
 いつ誰がどうやって創ったか、どんな条件で発生するか、何故ダンジョンでしか入手出来ない素材やアイテムがあり、人々の生活や命を脅かす魔物を制限なく生み出すのか、それら一切が未だ解き明かされていない摩訶不思議な地下迷宮が。それも複数。
 発見されていないものも含めればもっとあるらしい。

 ダンジョンがあることで生まれたと言われる職業が《冒険者》だ。
 《今世》で俺が目指すと決めたのがまさにこれである。

 冒険者になるにはまず冒険者ギルドに登録し、少しずつランクを上げていかなければいけない。
 最初は誰しも最低ランクのFランクから。
 そこから様々な条件をクリアしていけばランクが上げられる仕組みらしい。
 ちなみに貴族だからと冒険者になれないことはない。
 平民だろうと貴族だろうとそれこそ忖度・キレイごと抜きでだと言う。
 もっとも貴族の身分で冒険者になろうって奴もそうそういないみたいだけど。
 …俺みたいな余程の事情を抱えていない限り。

 だったらどうして俺が冒険者を目指そうと思ったのか。
 答えは簡単。
 ズバリ、自分で自分の身を守れるようになるためだ。

 一攫千金を夢見て冒険者になる者は多い。
 強くなってランクが上がれば得る物も莫大だ。地位、名誉、名声、それに富。
 もちろん生きていくためにはお金は必要不可欠だから、俺だって欲しくないわけがない。
 いずれ一人で生きていくとなれば殊更。
 だけど他は正直要らない。
 地位も名誉も名声も、ひっそり生きていきたい俺からすれば邪魔でしかなかった。

 ベータだったと偽りの判別結果を告げてから数日、どうしたら毒を飲んで死ぬ未来を回避出来るか考えた末に出した自分なりの結論に、俺の行動は早かった。

(家族が俺に無関心で良かったって、あの時ほど思ったことなかったよなー)

 食事すらもそこで摂れとばかりにいつも物置きみたいな狭い自分の部屋に押し込められてたから、こっそり窓から抜け出すのなんてわけもなかった。
 服装も平民とそう変わらなかったから助かった。

 平民の中には生活が苦しく、俺と同じような年齢のこどもでも冒険者ギルドに登録して、低ランク者向けの簡単で安全な依頼を受けて報酬を得ている子がいるのだと《一度目》の人生で小耳に挟んだことがあったので、冒険者ギルドの扉をくぐるのに躊躇いも不安もなかった。

 …まあ、流石は冒険者ギルドの受付けだけあって、こどもとは言え身分を偽ってみせたところですぐに見抜かれてしまったけど。
 貴族のこどもだと知られたらあのろくでもない家族共に通報されるんじゃないかと平民のフリをしてみたけど、常にダンジョンダイブしまくってるような猛者を相手にしてる受付けのお姉さん達には、俺の浅知恵なんて無駄な悪足掻きでしかなかったと言うのを思い知らされた。

 でもごめんなさいして正直に、『家族全員から邪険に扱われてて将来も搾取されるだけの未来しかなさそうだから、生涯一人で生きていけるように冒険者になって強くなりたいんです』って、俺の抱える事情を話したら、あっさり受け入れられ登録してもらえた。
 家族にも言わないと約束までしてくれて。やや憐れみの眼差しのお姉さん曰く、「ここには色々な事情を抱えて、登録しに来る子が沢山いるから」だそうだ。
 それどころか俺がちゃんと一人でも生きていける程度には強くなれるようにと、冒険者ギルドでやっていると言う初心者向けの武術トレーニングコースのことまで教えてもらえた。

(あのコースを教えてもらったお陰で、俺もこうして立派に一人で逃亡出来るまでになれたんだよなぁ)

 思い返しながら自分の成長にしみじみする。

 流石にタダってわけじゃなかったから、その費用を稼ぐために頑張って低ランクの依頼を受けまくって、結果、冒険者ギルドの人達にも早い段階で顔を覚えられた。
 顔馴染みになるともっとあれこれ世話を焼かれ、親切にしてもらえた。

 この逃亡だって、皆の協力が少なからずあったりする。
 …でなければ、自由に何処へでも行けると言っても殆ど王都から出たこともないような俺が、地図一枚でいきなり何処に行けると言うのか。
 暫くは身を潜めるように暮らすつもりだ。
 冒険者ギルドの皆から教えてもらった場所で。
 贅沢さえしなければ当面の生活には困らない程度の蓄えも出来てる。

「…よし、先を急ぎますか!」

 小休憩を終え、川沿いの岩場に下ろしていた腰を上げる。
 好きに休ませていた馬の手綱を掴むと、「またよろしくな」と頭を撫でてあぶみに足を掛けて跨った。

 栗毛の綺麗な馬が小さく一声いななくと、またゆっくりと足場の不安定な岩場を進み出した。
 もう暫くは川沿いを行く予定だ。
 日暮れまでには一先ず今日の目的地に着くように目指して、そこで野宿するつもりだった。

(しっかし………ただのいち冒険者にすぎない俺に、餞別でマジックバッグなんてこんな高価で貴重な物ポンとくれるとか…、ギルマスってばどれだけ良い人なんだよ。本当に…)

 馬を走らせながら腰に着けた長方形の革製のカバンに指先で触れる。
 ありがたくも、申し訳なくも、思いながら。《今世》の俺は良い人達に恵まれたのだと、しみじみと感謝させられた。
 思い浮かべた顔に胸の奥がじんわりと暖かくなる。
 素直に幸せだな~と思えた。

(…アルフレート様もとっくに帰国の途に就いてる頃だよな)

 脳裏にふと過った容貌…。
 あの人も今度こそ、もう誰にも邪魔されず隣国、ディンガー王国で幸せになって欲しいと…そう心から願った。

 チクリと心が痛んだのには、気が付かなかったフリをして。



【2025.10.03】
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