婚約者の地位? 天才な妹に勝てない私は婚約破棄して自由に生きます

名無しの夜

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136 街路樹

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「え? ガルドさんが?」

 今日はメルルさんと一緒に『クリスタル』でお買い物。一階にある美容関係の商品を眺めていると、メルルさんが急に休みを取れた理由を教えてくれた。

「そうなの。先日ウチの病院にやってきて、リトルデビル事件で再生魔法が必要となった患者さん全員を治療したのよ。それもその日のうちに」
「全員!? 魔法使いじゃない人もいるんだよね? 再生後の適合調整は大丈夫なの?」

 再生魔法での治療は、ただ体を作ればいいといった単純なものではなくて、再生された肉体が拒絶反応を起こさないようにしたり、元のように動かせるようにしたりと、むしろ再生後の方が大変な場合もある。再生後も治癒使いの時間を束縛するので、当然安くない賃金が発生する。なので魔力で肉体をコントロールできる魔法使いは自分の力で肉体に馴染むよう調整する場合が多いけど、それは一般人には不可能だ。

「適合調整はウチがやることになってるけど、協会からも人材を出して頂けるの。だから何の問題もないのよ」
「そうなんだ。何て言うか、やっぱりガルドさんは凄いんだね」

 最強の聖人。出会い方のせいであんまりそんな感じはしないけど、この国の王よりも発言力のある人なんだよね。

「ドロシーさん、そんな人に求婚されたのよね。はぁ。レオも大変だわ」
「な、なんでそこでレオ君が出てくるの? それよりもほら、この色なんてどうかな?」

 私は棚に並んでいる口紅の中から一つを手に取った。

「いいと思うわ。ただ、私としてはドロシーさんにはもっと明るい色の方が合いそうな気がするのよね。例えば……これなんてどうかしら?」
「あ、じゃあそれで」
「え? あの、別にドロシーさんが好きなのを選んでいいのよ?」
「ううん。絶対こっち」

 正直、口紅一つとっても数が多すぎて、どれも同じに見えてきた。なので友達が勧めてくる物があるなら、それを選ばない理由はない。

「そんな簡単に決められるとちょっと不安かも。センカちゃんがいたら、意見が聞けるんだけど」
「センカさんはお化粧とかうまいの?」

 そう言えば着物姿のセンカさん、とっても綺麗だったな。

「センカちゃんは私たちの中で一番おしゃれよ。流行ものは大抵彼女に教えてもらってるの」
「そうなんだ。私も今度教えて貰おうかな」
「いいんじゃないかしら。センカちゃん、その手の話題好きだし、きっと喜ぶわ」

 メルルさんの選んでくれた口紅を購入して店を出る。前回『クリスタル』に来た時は、あれだけギラギラと燃え盛っていた太陽も、この頃はすっかりとその日差しを弱め、肌寒い風が肌を撫でるようになってきた。

「そういえばレオ君。どんな様子だった?」
「レオ?」
「うん。その、怒ってなかったかな?」

 今回のクエストにはついてこないでいいと告げた時、口では分かったと言ってくれたけど、その顔は納得からは程遠く見えた。

「クエストの件ね。確かに不満そうな様子だったけど放っておけばいいのよ」
「いいのかな?」

 メルルさんはレオ君のことになると、時々辛辣だ。

「口では言い訳を色々言ってるけど、弟は武力に魅せられ始めてるわ。人を救うのは治癒使いじゃなくて戦士なんじゃないかって考えてる。でも私はそうは思わない。だからクエストからレオを外してくれて、むしろ嬉しいくらいよ」

 そう言われると次からレオくんをクエストに誘い難いんだけど、でも私もメルルさんの言う通り、レオ君には優しいレオ君のままでいて欲しいな。……どうしよう、思いきってクエストには付き合わなくて良いって言うべきなのかな?

「あら? あそこにいるのってグラドール家の方じゃないかしら」
「え? あっ、本当だ」

『クリスタル』からナオさんの喫茶店へと続く通りに、金髪を縦ロールにした美女がいた。

「何をされてるのかしら?」
「……さぁ。一人のようだし、ちょっと声掛けても良いかな?」
「勿論よ。私もご挨拶しておきたいし」

 イリーナさんの肩には何故かリスが乗っていて、彼が私達を見つけると直ぐにイリーナさんが振り返った。

「あら、ドロシーさん。奇遇ですわね。それと……」
「初めまして、メルル•ルネラードと申します。いつも弟がお世話になっております」
「ああ。貴方が。お世話だなんてとんでもないですわ。レオさんの素質は素晴らしい。もしも冒険者の道を選べば、きっと大陸中にその名が轟くような、りっぱな殿方になりますわ」
「ありがとうございます。ですが弟は元々治癒使いの道を志しておりまして。冒険者になったのもそのための足掛かりに過ぎません。なのでその可能性はないかと」
「残念ですが、そのようですわね。ですが彼はまだ学生の身。これから考えがどう変わるかなんて誰にも分かりませんわ」
「そうですね。本当に、その通りです」

 ニッコリと笑みを交わし合うメルルさんとイリーナさん。き、気のせいかな? ちょっと空気が重いような……

「あ、あの。イリーナさんはここで何してたんですか?」
「そうでしたわ。さぁ、お二人ともこちらへ。そこでは見つかってしまうかもしれませんわ」

 そう言って街路樹の後ろへと身を隠すイリーナさん。私達は一度顔を見合わせると、それに続いた。

「えっと、どういうことなんですか?」
「あれですわ。あれ」

 イリーナさんの指差す先には、手を繋いだ二人の女性ーー

「アリリアナとアマギさん!?」
「シー。声が大きい。気付かれてしまいますわ」
「気付かれるって、ひょっとして後を付けてるんですか?」

 それは人としてどうかと思うんだけど。

「違いますわ。たまたま街で見かけたので挨拶しようとして、しかしタイミングが掴めないだけですわ」
「ええっ!?」

 幾らなんでもその言い訳は苦しいと思う。

「あれが噂のアマギさんなのね。一見すると真面目そうな人だけど」
「見掛けに騙されてはいけませんわ。美形であれば男女問わず手を出す魔性の女として、一部の人には有名な方なのですから」
「友達として凄く心配。でもアリリアナちゃん、それ分かってて付き合ってるみたいだし」

 メルルさんまで街路樹から顔をひょっこりと出しちゃった。

「ねぇ、二人とも。友達を尾行するなんてよくないよ」
「そうね。ドロシーさんの言う通りだわ。私としたことが……って、嘘!? こんな所で?」
「ハレンチですわ。物凄くハレンチですわ」 
「え? ど、どうしたの? 何が起こってるの?」
「アマギさんの手がアリリアナちゃんの腰に回ったの。これは臨戦態勢よ! アマギさんはやる気なのよ」
「臨戦態勢!? やる気って、な、何を?」
「キッスですわ。キッスする気なんですわ」
「キッス!?」

 私は街路樹から顔をひょっこりと覗かせた。そしてーー

「「「きゃあああ!!」」」

「……いや、何してる感じなわけ?」

 呆れ顔のアリリアナに見つかった私達は、アマギさんのご好意でナオさんの喫茶店でコーヒーをご馳走になった。
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