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17.到着

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「ようやく到着したね」

 フラウダ一行が幻想脈に入って八日。山を下ってそう遠くない場所に村を見つけた。

「予想以上の危険地帯でビックリニャ。でも二魔の体力が思った以上で予定より早く着いたニャ」
「そうだね。二魔ともよく頑張ったよ」

 フラウダが隣にいるクローナの頭を優しく撫でれば、ニアが母親の腕の中で嬉しそうに笑った。

「偉い? ニア偉い?」
「ニアは世界一偉いよ」

 姉とは違い道中の半分程を母親の腕の中で過ごしているのだが、フラウダはそんなこと構わずに片腕で抱っこしている娘へと頬擦りする。

「キャハハ。ママ、擽ったい~」
「それでフラウダ様、これからどうするニャ?」
「一先ず辺境に派遣されてる魔王軍の子と会ってみるよ。流石にここまでは手配書も回ってないでしょ。……回ってないよね?」
「大丈夫と思うニャ。手配書の為にわざわざあんな危険地帯を通る奴はいないニャ。魔術通信も幻想山の影響で通らないし、まず間違いなく相手はフラウダ様が軍を抜けたことを知らないニャ」
「それならしばらくは元の立場を利用して贅沢三昧といこう」
「いこう」

 母親が何を言っているのか理解しないまま、その言葉を真似るニア。ネココが呆れたような半目をフラウダにむける。

「……まぁ、別にそれくらいなら構わないニャけど、そんなことするぐらいなら本当に戻ってくればいいニャ」
「それとこれとは話が別……ん?」

 辺境の村へと真っ直ぐ向かっていたフラウダの足が止まる。

「どうかしたニャ?」
「いや、魔族の村に人間の反応が幾つもあるんだけど」
「捕虜じゃないかニャ?」
「ううん。いる場所もバラバラだし、普通に生活してる感じだね。これはまさか噂が本当だったかな?」
「人魔が協力しているっていう例の奴ニャ? いくら強力な幻獣がいるからってその可能性は低いと思うニャ」
「まぁ、答えは三魔に聞けばいいよ」

 どこから飛び降りてきたのか、金髪の獣人が一魔、フラウダ達の前に跪く。

「あっ、別のニャンコちゃんさんだ」

 フラウダに抱っこされたニアが嬉しそうに両手を伸ばせば、金色の獣人は微笑んで軽く手を振った。

「やけに戻りが早いニャ。どうかしたニャ?」
「それが一魔、物凄い腕利きがいるのよニャ。あれ以上侵入してたら気付かれていたから引き返してきたのよニャ」
「三魔がそんなこと言うなんてよっぽどニャ。フラウダ様?」
「う~ん。……あっ、確かにいるね。一魔と一人、かなり強い気配だよ」
「一人ニャ? じゃあやっぱり……」

 ネココの視線がチラリと部下を見る。

「そうよニャ。中では当たり前のように人間が生活してるわニャ。しかも会話を聞くに、こことは別に人魔が生活してる村があるようなのニャ」
「まさかとは思ったけど、本当にそんなことがあるニャ」
「どうするのニャ?」
「どうするも何もこれは魔王軍に対する重大な背信行為ニャ。直ぐに軍に伝えて反逆者達をーー」
「こら」
「ニャァアアアア!? フ、フラウダ様チョップは止めるニャ。フラウダ様の攻撃はメチャクチャひびくニャ」

 ネココは頭を抑えるとその場に踞った。

「僕達がこれから生活していく予定の村を軍に売ったら怒るからね」
「からね」
「ニア、会話の邪魔しないの」
「……ごめんなさい」
「でもこれは明らかな背信行為ニャ」
「だから? 僕は脱走兵だよ。それにここなら軍を抜けたこと隠す必要なさそうで都合がいいし」
「いや、そんな開き直られても困るんだけど……ハァ、分かったニャ。一先ず調査が終わるまでは報告しないニャ。でも魔王軍の害になると判明したらすぐに報告するニャよ?」
「ありがとう。だから僕はネココが好きなんだよ」
「ふん。そんなこと言われてもちっとも嬉しくないニャ」
「リーダー、尻尾が犬のようニャ」

 ネココの臀部から生えている黒い尻尾がこれでもかと動くのを見て、金髪の獣人が呆れたような半目になる。

 ニアがフラウダの服を引いた。

「ねぇ、ママ。お腹すいた」
「ん? ちょっと待っててね。せっかく目的地に着いたんだから、辺境の料理を食べてみようよ」
「ケーキは? ケーキある?」
「さぁ、どうなんだろ。甘いものくらいあるとは思うんだけど……。まぁ、無かったらママが出してあげるから、もうちょっと我慢してね」

 フラウダの腕の中で小さく頷くニア。そんな娘に頬擦りすると、元四天王はもう一人の娘へと視線を向けた。

「クローナもそれでいい?」
「はい。あの、それよりも……」

 幼い相貌が警戒心に満ちた瞳で左右の森を見つめる。いつの間にか金髪の獣人は姿を消していた。

「へぇ、僕から見ても結構上手く隠れてるけど、クローナは本当に鋭いね」
「将来有望ニャ」

 フラウダとネココが得意げな顔をしていると、辺境の村へと続く道、それを左右から挟んだみどりの中から何魔かの獣人が現れた。

「止まれ! お前達は何者だ? 何の用で幻想山を越えてきた?」
「おい、このお方が誰か分かっててそんな口聞いてるのかニャ?」

 魔王軍でもトップクラスのアサシン、その鋭い眼光を浴びて武器を帯びた獣人達の体がビクリと震えた。

「ちょっとネココは黙っててよ。え~と、一先ず君達の代表に合わせてくれないかな?」
「わ、我々の代表は魔王軍の軍団長だぞ」
「軍団長……」

 万を超える兵を率い、個人の実力としても一騎当千を誇る魔王軍の中核を成す者達。本で読んだことしかない地位じんぶつの登場に、クローナは思わず息を飲んだ。

(魔族は実力主義な分、人よりも上下関係を重んじるところがある。……大丈夫なの?)

 幼い娘が心配そうに自称ママを見上げる中、フラウダは嬉しそうに手を打った。

「なら話が早くて助かるよ。その子、今すぐ呼んできてくれないかな? 実は一身上の都合で魔王軍を抜けちゃって、悪いんだけど暫く住まわせて欲しいんだよね」

 気安さと傲慢さを兼ね備えた花のような微笑み。それを前に辺境の獣人達は呆気に取られたように動きを止めた。
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