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6 ヒニア法国の第二王女
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「おい、 何故止まるのだ?」
ギガナの里への道すがら、唐突に止まった馬車に嫌な予感を覚えた。
部下の一人が身を乗り出して前方の馬車を確認する。
「どうやら帝国兵のようです。馬車の中を改めています」
「凌げそうか?」
「いえ、どうやら略奪派のようですね。連中が若い女を放っておく可能性は低いかと」
「くそ、こんな所で」
略奪派。帝国兵の中でも特に悪質な者達を呼ぶ際の別称。奴らは帝国の威光を振りかざし盗賊顔負けの略奪を繰り返す鬼畜共で、その非道な行いで大陸中を震え上がらせている。
「よりにもよってこんな時に。正統派の連中ならなんとか凌げただろうに」
帝国はクズだが、その兵も全員クズという訳ではない。最早極小数となってはいるが、帝国の中にも人道や法を重んじる者がいて、私達がしている商人への偽装もそういう者達にこそ効力を発揮した。
「……考えてみれば、真面目な兵士の方が扱いやすいというのは皮肉な話ではあるな」
「クレーリア様? どうかされましたか?」
「あ、いや、何でもない。……シルラ様、可能であれば穏便に済ませますが、略奪派が相手な以上、恐らく戦闘になると思われます。もしもの際はご自身の安全を最優先でお願いします」
馬車の奥に声をかけると、輝くような銀髪が微かに揺れた。
「ふふん。この大天才に心配は不要よ。クレーリアは余計なこと考えずに自分の仕事をしなさいな」
銀髪銀眼。恐ろしいほどに整った容姿は、まるで神々の手によって彫られた人形のような完全さを放っていた。
「シルラ様、私は真面目に申し上げているのです。お願いですからいつものような無茶はお控えください」
「あら、何を言っているのかしら。最前線に行く人間に無茶するなって方が無茶じゃない?」
「それは……そうかも知れませんが、シルラ様はヒニア法国の第二王女、言わばこの大陸の希望です。シルラ様に何かあればそのダメージは計り知れません」
大陸最大の権勢を誇るヒニア法国の第二王女でありながら、S級魔術師『銀』としても広く名を知られるシルラ様は身分に反した大胆不敵な行動で今まで幾つもの戦果を上げている。だが、だからこそ不安だった。
(今回ばかりはいつものように行くかどうか)
シルラ様の存在は戦力的には頼もしいとはいえ、出来るなら今回の任務には同行してほしくなかった。
「これからギガナの里へ救援に行こうというのに、負けた時のことばかり口にするなんて、貴女らしくないんじゃないかしら?」
「ドロシー」
肩が大きく露出した扇情的な黒いワンピースの背後で紫色の髪が揺れる。魔術師であり私の相棒であるドロシーは、シルラ様の横で頭に被っているつばがグルリと一周しているちょっと大きめな帽子をいじった。
「……そうだな。すまない。あの情報のせいで神経質になっているようだ」
「セブン……ね。ナンバーズの中でもその残虐性で知られた獣を差し向けてくるなんて、いよいよ帝国も本気というわけね」
「ああ、だがこちらにはA級の騎士と魔術師が六人にS級のシルラ様がいらっしゃる。ナンバーズが相手でもギガナの民を逃がすことは十分に可能だろう」
大陸の北部に位置するギガナ山脈に住まうギガナの民は数こそ多くはないが、大自然の要塞と生まれ持った高い身体能力を二柱に、これまで幾度となく帝国の侵略をはね除けてきた。だが、それももう限界なのだ。
「……ギガナ山脈が帝国の手に堕ちれば、いよいよ自由都市も危なくなるな」
自由都市『ウイング』。生まれや身分に関係なく全ての者に平等にチャンスが与えられるべきだを謳い文句に、如何なる国にも属さないこの独立都市は中央大陸の丁度中心に位置しており、西のグンジ帝国の進行を長いこと押し止めてくれている。
「南からのルートは既に地図の中央線をかなり侵略されているものね。これで北の防衛の要であったギガナ山脈が帝国のものになれば、ウイングは三方向を帝国に囲まれ、補給も難しくなってくるわ」
今は内部に多くのレジスタンスを抱えて進軍の足を緩めている帝国ではあるが、それでも確実に我らがヒニア法国へと迫っている。そしてギガナ山脈が堕ちればその歩みは確実に勢いを増すだろう。
パン! パン! と掌を打つ音が馬車の中に響いた。
「シルラ様?」
「貴方達、空気が暗くなるから余計な心配は止めなさい。それに忘れたの? この大天才シルラ様がギガナの民を連れてウイング入りするのよ? ギガナ山脈が奪われるくらい、丁度いいハンデでしょう」
「シルラ様……」
(だがナンバーズの前ではS級でさえ)
世界に二十人程だったS級の実力者達は、ナンバーズという未曾有の怪物達の前に一人、また一人と敗れていき、今ではもう十人といない。シルラ様は確かに天才と呼ぶに相応しい実力者ではあるが、ナンバーズを相手に勝てるかと聞かれれば……。
(いや、止めよう。シルラ様の自由都市入りは散々話し合われたことだ。私は私の任務を果たすだけだ)
着ているロープの下に隠し持っている仕込み刃を確認する。戦闘に使用するにはあまりにも心もとない薄い刃ではあるが、軽い検査くらいなら難なく隠し通せる代物だ。
場所の外から帝国兵の足音が聞こえてきた。
「覚悟はいいわね、貴方達。飢えた獣共がくるわよ。女はフードで顔を隠して、ドロシーは魔術で姿を消しなさい」
馬車に乗っている全員が身に付けている薄汚れたロープ。そのフードを皆が深く被り、ドロシーが魔術で周囲の風景に完璧に溶け込む。
(あの魔術をシルラ様にも掛けることが出来たら良かったのだが)
常に術を展開し続ける繊細さと、元々得意な系統の魔術でないことから、ドロシーは擬態の魔術を自分以外に使用することが出来ない。
「おい、出てこい! 中を改める」
ガンッ! ガンッ! と、乱暴に馬車がノックされた。
「これは帝国の兵士様、一体どのようなご用件でしょうか?」
私たちが馬車を降りる間、部下の一人が兵士の相手をする。
「用件がなければ中を見てはいけないのか?」
「いえいえ、そのようなことは。どうぞ存分に改めください」
「貴様に言われるまでもない。ん? 貴様ら女だな? おい、フードを取れ。偉大なる帝国の兵士である私を前に無礼だろうが」
予想していたことではあったが私達を見るなり男達は馬車の中よりもこちらに興味を移してきた。
(またこのパターンか。まったく男というのは……)
向けられる欲望に辟易しながらも、私と部下の一人が顔を隠していたフードを取る。
「ほう、これはこれは」
指揮官と思わしき腹の出た脂ぎった男が、私の顎に指を当てると、お世辞にも整っているとは言えない顔を見せつけてきた。周りにいる兵士達が下卑た顔でニヤニヤしているのが酷く不快だ。
「中々良質な荷物じゃないか。これは没収だな」
好きでもない男に唇を親指の腹で撫でられて、全身に鳥肌が立った。
(何が荷物だ! ……殺るか?)
しかし複数の兵が消えれば捜索が行われるだろう。まして今はギガナ山脈に帝国兵が集まり出している状況だ。出来ればギリギリまで目立ちたくはなかった。
「兵士様、彼女達は荷物ではございません。それにもっと素晴らしいものがございますよ。どうかこちらをご覧ください」
部下の一人が初老に差し掛かった顔に愛想の良い笑みを浮かべて、 なんとか兵士の気を引こうとしてくれるが、最早兵士達の食指は完全に私達へと固定されていた。
「ほう、それは興味深いな。何があるのかは知らんが、それも当然頂く。そしてこの女達もな」
腰に回った手が尻を撫でてくるので、殺意を堪えるのに苦労した。
(敵兵の数は八。馬での移動中たまたま私達を見つけたのか?)
こちらは馬車が三つでそれぞれぞれに八人乗っていて、計二十四人で全員が精鋭中の精鋭だ。こいつらだけなら問題ないのだが……。
(何故先行しているはずの斥候から連絡がなかった?)
山道では不意を打たれやすいので、何人か腕利きの斥候を放って何かあれば事前に報告がくるようになっていた。だか馬車を止められるまで連絡が入ることはなかった。
(直ぐに行動を起こすのは危険か?)
「あの、兵士様。お金を差し上げますので、どうか私達のことは」
「なんだ、女。この私に指図する気か? ん?」
帝国兵士は私のお尻に回している手に力を入れると、私の体を強く抱き寄せた。
「い、いえ、そんなつもりは、あっ!?」
悪臭に顔を剃らしていると、無理やりキスをされた。口内に舌が入ってくる。容姿とは裏腹にずいぶん手慣れた感じだ。きっとこんな風に何人もの女性を毒牙にかけてきたのだろう。
(こ、この……調子にのって)
私がゲロを吐きそうなのを堪えながら横目で周囲を確認しているとーー
「隊長ばっかずるいですよ」
「それじゃあ俺はこっちの女な」
「男は邪魔だし殺していいよな?」
兵士達がまさに略奪派と呼ばれるに相応しい事を口走りながら部下達に手を伸ばす。無論その先にはシルラ様もいらっしゃるわけでーー
(やはり穏便に済ますことはできないか)
覚悟を決めると私は左手を上げた。そして魔力で発光させて全員に合図を出す。それと同時にーー
「むぎゃああああ!?」
私の唇に吸い付いていた兵士が絶叫を上げて離れていった。私は噛みちぎった男の舌をペッと地面に吐き捨てた。
「おぎゃ!? んんんぎゅ!?」
口を押さえる手を真っ赤にしながら、男は地面を転がり回る。私は口元を腕で拭うと、そんな男に向けて足を振り上げた。
「ま、まぁぎぇええ!!」
「おや? どうやらこの荷は腐敗しているようだ。廃棄だな」
グシャリ! と底に鉄を仕込んである靴がゲス男の頭を踏み砕いた。
辺りを見回せば、部下達の迅速な行動で全ての帝国兵は物言わぬ屍となっていた。
「クレーリア、今のはもっと早く動いて良かったわよ?」
「シルラ様の仰る通りよ。あんな汚物に触られて、とんだ災難ね。はい、お水」
姿を表したドロシーが水筒を手渡してくれるので、私はそれを口に含むと地面に向かって吐き出した。
「商人の擬装はここまでね。装備を出しなさいな。他のチームとの合流時間に遅れそうだから、死体を隠したら急いで出発するわよ。それと誰か斥候の様子を見てきなさい」
シルラ様のご命令に我々が無言で行動を開始しようとした、その時だーー
「いけね~な~。いけね~よな~。商人のくせに帝国兵を殺しておいて何事もなかったかのように隠蔽を企てるなんて、それじゃあまるでレジスタンスじゃねぇか」
「ッ!? 何者だ!?」
一体いつからそこにいたのか、馬車の上に男が立っていた。
黒いコートを着たヒョロリとしたその姿を見るなり、部下達が動揺を露わにする。いや、動じているのは私も同じか。
「獣人……だと」
ギガナ山脈に入るなり出くわしてしまった最悪の敵を前に、背筋に嫌なものが走った。
「ちょっと、そこの貴方。どんな権利があって、この私を見下ろしているのかしら? ニヤニヤと嫌らしい笑み浮かべてないで、降りてきなさいな」
(シ、シルラ様)
こうなったら戦うしかないとはいえ、自分から標的になるような発言をするシルラ様に肝が冷える。
「威勢のいいお嬢ちゃんだね~。でも喧嘩を売る相手は選んだ方がいいよぉ~? ほら、この腕章が見えないのかい~?」
「見えてはいるけれど、そんなダサイ腕章が一体何だと言うのかしら?」
「あ、あれは!?」
「ん? クレーリアはあのダサイ腕章を知っているのかしら?」
「は、はい。あのダサイのはナンバーズの片腕である証明、従僕の腕章です」
「……ナンバーズの従僕。話には聞いていたけれど、どうやら噂ばかりが大きくなった典型例のようね。ホント、良かったわ。従僕が貴方のようなザコで」
「ふふ。いいね~。気に入ったよお嬢ちゃん。今日からお嬢ちゃんは私のペットにしてあげようねぇ~。お嬢ちゃんのような生意気な子が怯えた子犬のようになって、私の足を舐める姿が、私はね、とって~も大好きなんだよぉ~」
シルラ様に向けられる下卑た笑み。私の中に怒りと嫌悪が同時に沸き起こってくる。
「それならさっさと降りてきなさいな。本来なら貴方のようなザコの相手をこの大天才がすることはないけれど、今日は特別よ?」
「そりゃ嬉しいですね~。なら私も特別なおもてなしをしましょうか~」
従僕が空に向かって魔術を放つ。
(攻撃? いや、光ってるだけで威力はない。……信号弾? マズイ!!)
想像以上に切迫した現状に気が付いた時には既に全てが手遅れだった。部下が叫ぶ。
「シルラ様! 獣人の部隊がやって来ます」
「こちらからもです。挟まれました」
前後からやってくる獣人の部隊。その数はーー
(多すぎる。中隊規模、それも全て帝国の生物兵器だと!?)
脳裏にこれまで見てきた帝国兵達に凌辱され尽くされた女達の姿が浮かんだ。
「安心してくれよ~。お嬢ちゃん達のような美人さん達は殺さないからね~」
「そう、私は貴方達を殺すけどね」
そう言って不敵に笑うシルラ様。しかしシルラ様のお側に控えている私は気づいてしまった。人形のような美貌に伝う汗に。
(この方だけは守ってみせる)
そうして絶望的な戦いが幕を開けた。
ギガナの里への道すがら、唐突に止まった馬車に嫌な予感を覚えた。
部下の一人が身を乗り出して前方の馬車を確認する。
「どうやら帝国兵のようです。馬車の中を改めています」
「凌げそうか?」
「いえ、どうやら略奪派のようですね。連中が若い女を放っておく可能性は低いかと」
「くそ、こんな所で」
略奪派。帝国兵の中でも特に悪質な者達を呼ぶ際の別称。奴らは帝国の威光を振りかざし盗賊顔負けの略奪を繰り返す鬼畜共で、その非道な行いで大陸中を震え上がらせている。
「よりにもよってこんな時に。正統派の連中ならなんとか凌げただろうに」
帝国はクズだが、その兵も全員クズという訳ではない。最早極小数となってはいるが、帝国の中にも人道や法を重んじる者がいて、私達がしている商人への偽装もそういう者達にこそ効力を発揮した。
「……考えてみれば、真面目な兵士の方が扱いやすいというのは皮肉な話ではあるな」
「クレーリア様? どうかされましたか?」
「あ、いや、何でもない。……シルラ様、可能であれば穏便に済ませますが、略奪派が相手な以上、恐らく戦闘になると思われます。もしもの際はご自身の安全を最優先でお願いします」
馬車の奥に声をかけると、輝くような銀髪が微かに揺れた。
「ふふん。この大天才に心配は不要よ。クレーリアは余計なこと考えずに自分の仕事をしなさいな」
銀髪銀眼。恐ろしいほどに整った容姿は、まるで神々の手によって彫られた人形のような完全さを放っていた。
「シルラ様、私は真面目に申し上げているのです。お願いですからいつものような無茶はお控えください」
「あら、何を言っているのかしら。最前線に行く人間に無茶するなって方が無茶じゃない?」
「それは……そうかも知れませんが、シルラ様はヒニア法国の第二王女、言わばこの大陸の希望です。シルラ様に何かあればそのダメージは計り知れません」
大陸最大の権勢を誇るヒニア法国の第二王女でありながら、S級魔術師『銀』としても広く名を知られるシルラ様は身分に反した大胆不敵な行動で今まで幾つもの戦果を上げている。だが、だからこそ不安だった。
(今回ばかりはいつものように行くかどうか)
シルラ様の存在は戦力的には頼もしいとはいえ、出来るなら今回の任務には同行してほしくなかった。
「これからギガナの里へ救援に行こうというのに、負けた時のことばかり口にするなんて、貴女らしくないんじゃないかしら?」
「ドロシー」
肩が大きく露出した扇情的な黒いワンピースの背後で紫色の髪が揺れる。魔術師であり私の相棒であるドロシーは、シルラ様の横で頭に被っているつばがグルリと一周しているちょっと大きめな帽子をいじった。
「……そうだな。すまない。あの情報のせいで神経質になっているようだ」
「セブン……ね。ナンバーズの中でもその残虐性で知られた獣を差し向けてくるなんて、いよいよ帝国も本気というわけね」
「ああ、だがこちらにはA級の騎士と魔術師が六人にS級のシルラ様がいらっしゃる。ナンバーズが相手でもギガナの民を逃がすことは十分に可能だろう」
大陸の北部に位置するギガナ山脈に住まうギガナの民は数こそ多くはないが、大自然の要塞と生まれ持った高い身体能力を二柱に、これまで幾度となく帝国の侵略をはね除けてきた。だが、それももう限界なのだ。
「……ギガナ山脈が帝国の手に堕ちれば、いよいよ自由都市も危なくなるな」
自由都市『ウイング』。生まれや身分に関係なく全ての者に平等にチャンスが与えられるべきだを謳い文句に、如何なる国にも属さないこの独立都市は中央大陸の丁度中心に位置しており、西のグンジ帝国の進行を長いこと押し止めてくれている。
「南からのルートは既に地図の中央線をかなり侵略されているものね。これで北の防衛の要であったギガナ山脈が帝国のものになれば、ウイングは三方向を帝国に囲まれ、補給も難しくなってくるわ」
今は内部に多くのレジスタンスを抱えて進軍の足を緩めている帝国ではあるが、それでも確実に我らがヒニア法国へと迫っている。そしてギガナ山脈が堕ちればその歩みは確実に勢いを増すだろう。
パン! パン! と掌を打つ音が馬車の中に響いた。
「シルラ様?」
「貴方達、空気が暗くなるから余計な心配は止めなさい。それに忘れたの? この大天才シルラ様がギガナの民を連れてウイング入りするのよ? ギガナ山脈が奪われるくらい、丁度いいハンデでしょう」
「シルラ様……」
(だがナンバーズの前ではS級でさえ)
世界に二十人程だったS級の実力者達は、ナンバーズという未曾有の怪物達の前に一人、また一人と敗れていき、今ではもう十人といない。シルラ様は確かに天才と呼ぶに相応しい実力者ではあるが、ナンバーズを相手に勝てるかと聞かれれば……。
(いや、止めよう。シルラ様の自由都市入りは散々話し合われたことだ。私は私の任務を果たすだけだ)
着ているロープの下に隠し持っている仕込み刃を確認する。戦闘に使用するにはあまりにも心もとない薄い刃ではあるが、軽い検査くらいなら難なく隠し通せる代物だ。
場所の外から帝国兵の足音が聞こえてきた。
「覚悟はいいわね、貴方達。飢えた獣共がくるわよ。女はフードで顔を隠して、ドロシーは魔術で姿を消しなさい」
馬車に乗っている全員が身に付けている薄汚れたロープ。そのフードを皆が深く被り、ドロシーが魔術で周囲の風景に完璧に溶け込む。
(あの魔術をシルラ様にも掛けることが出来たら良かったのだが)
常に術を展開し続ける繊細さと、元々得意な系統の魔術でないことから、ドロシーは擬態の魔術を自分以外に使用することが出来ない。
「おい、出てこい! 中を改める」
ガンッ! ガンッ! と、乱暴に馬車がノックされた。
「これは帝国の兵士様、一体どのようなご用件でしょうか?」
私たちが馬車を降りる間、部下の一人が兵士の相手をする。
「用件がなければ中を見てはいけないのか?」
「いえいえ、そのようなことは。どうぞ存分に改めください」
「貴様に言われるまでもない。ん? 貴様ら女だな? おい、フードを取れ。偉大なる帝国の兵士である私を前に無礼だろうが」
予想していたことではあったが私達を見るなり男達は馬車の中よりもこちらに興味を移してきた。
(またこのパターンか。まったく男というのは……)
向けられる欲望に辟易しながらも、私と部下の一人が顔を隠していたフードを取る。
「ほう、これはこれは」
指揮官と思わしき腹の出た脂ぎった男が、私の顎に指を当てると、お世辞にも整っているとは言えない顔を見せつけてきた。周りにいる兵士達が下卑た顔でニヤニヤしているのが酷く不快だ。
「中々良質な荷物じゃないか。これは没収だな」
好きでもない男に唇を親指の腹で撫でられて、全身に鳥肌が立った。
(何が荷物だ! ……殺るか?)
しかし複数の兵が消えれば捜索が行われるだろう。まして今はギガナ山脈に帝国兵が集まり出している状況だ。出来ればギリギリまで目立ちたくはなかった。
「兵士様、彼女達は荷物ではございません。それにもっと素晴らしいものがございますよ。どうかこちらをご覧ください」
部下の一人が初老に差し掛かった顔に愛想の良い笑みを浮かべて、 なんとか兵士の気を引こうとしてくれるが、最早兵士達の食指は完全に私達へと固定されていた。
「ほう、それは興味深いな。何があるのかは知らんが、それも当然頂く。そしてこの女達もな」
腰に回った手が尻を撫でてくるので、殺意を堪えるのに苦労した。
(敵兵の数は八。馬での移動中たまたま私達を見つけたのか?)
こちらは馬車が三つでそれぞれぞれに八人乗っていて、計二十四人で全員が精鋭中の精鋭だ。こいつらだけなら問題ないのだが……。
(何故先行しているはずの斥候から連絡がなかった?)
山道では不意を打たれやすいので、何人か腕利きの斥候を放って何かあれば事前に報告がくるようになっていた。だか馬車を止められるまで連絡が入ることはなかった。
(直ぐに行動を起こすのは危険か?)
「あの、兵士様。お金を差し上げますので、どうか私達のことは」
「なんだ、女。この私に指図する気か? ん?」
帝国兵士は私のお尻に回している手に力を入れると、私の体を強く抱き寄せた。
「い、いえ、そんなつもりは、あっ!?」
悪臭に顔を剃らしていると、無理やりキスをされた。口内に舌が入ってくる。容姿とは裏腹にずいぶん手慣れた感じだ。きっとこんな風に何人もの女性を毒牙にかけてきたのだろう。
(こ、この……調子にのって)
私がゲロを吐きそうなのを堪えながら横目で周囲を確認しているとーー
「隊長ばっかずるいですよ」
「それじゃあ俺はこっちの女な」
「男は邪魔だし殺していいよな?」
兵士達がまさに略奪派と呼ばれるに相応しい事を口走りながら部下達に手を伸ばす。無論その先にはシルラ様もいらっしゃるわけでーー
(やはり穏便に済ますことはできないか)
覚悟を決めると私は左手を上げた。そして魔力で発光させて全員に合図を出す。それと同時にーー
「むぎゃああああ!?」
私の唇に吸い付いていた兵士が絶叫を上げて離れていった。私は噛みちぎった男の舌をペッと地面に吐き捨てた。
「おぎゃ!? んんんぎゅ!?」
口を押さえる手を真っ赤にしながら、男は地面を転がり回る。私は口元を腕で拭うと、そんな男に向けて足を振り上げた。
「ま、まぁぎぇええ!!」
「おや? どうやらこの荷は腐敗しているようだ。廃棄だな」
グシャリ! と底に鉄を仕込んである靴がゲス男の頭を踏み砕いた。
辺りを見回せば、部下達の迅速な行動で全ての帝国兵は物言わぬ屍となっていた。
「クレーリア、今のはもっと早く動いて良かったわよ?」
「シルラ様の仰る通りよ。あんな汚物に触られて、とんだ災難ね。はい、お水」
姿を表したドロシーが水筒を手渡してくれるので、私はそれを口に含むと地面に向かって吐き出した。
「商人の擬装はここまでね。装備を出しなさいな。他のチームとの合流時間に遅れそうだから、死体を隠したら急いで出発するわよ。それと誰か斥候の様子を見てきなさい」
シルラ様のご命令に我々が無言で行動を開始しようとした、その時だーー
「いけね~な~。いけね~よな~。商人のくせに帝国兵を殺しておいて何事もなかったかのように隠蔽を企てるなんて、それじゃあまるでレジスタンスじゃねぇか」
「ッ!? 何者だ!?」
一体いつからそこにいたのか、馬車の上に男が立っていた。
黒いコートを着たヒョロリとしたその姿を見るなり、部下達が動揺を露わにする。いや、動じているのは私も同じか。
「獣人……だと」
ギガナ山脈に入るなり出くわしてしまった最悪の敵を前に、背筋に嫌なものが走った。
「ちょっと、そこの貴方。どんな権利があって、この私を見下ろしているのかしら? ニヤニヤと嫌らしい笑み浮かべてないで、降りてきなさいな」
(シ、シルラ様)
こうなったら戦うしかないとはいえ、自分から標的になるような発言をするシルラ様に肝が冷える。
「威勢のいいお嬢ちゃんだね~。でも喧嘩を売る相手は選んだ方がいいよぉ~? ほら、この腕章が見えないのかい~?」
「見えてはいるけれど、そんなダサイ腕章が一体何だと言うのかしら?」
「あ、あれは!?」
「ん? クレーリアはあのダサイ腕章を知っているのかしら?」
「は、はい。あのダサイのはナンバーズの片腕である証明、従僕の腕章です」
「……ナンバーズの従僕。話には聞いていたけれど、どうやら噂ばかりが大きくなった典型例のようね。ホント、良かったわ。従僕が貴方のようなザコで」
「ふふ。いいね~。気に入ったよお嬢ちゃん。今日からお嬢ちゃんは私のペットにしてあげようねぇ~。お嬢ちゃんのような生意気な子が怯えた子犬のようになって、私の足を舐める姿が、私はね、とって~も大好きなんだよぉ~」
シルラ様に向けられる下卑た笑み。私の中に怒りと嫌悪が同時に沸き起こってくる。
「それならさっさと降りてきなさいな。本来なら貴方のようなザコの相手をこの大天才がすることはないけれど、今日は特別よ?」
「そりゃ嬉しいですね~。なら私も特別なおもてなしをしましょうか~」
従僕が空に向かって魔術を放つ。
(攻撃? いや、光ってるだけで威力はない。……信号弾? マズイ!!)
想像以上に切迫した現状に気が付いた時には既に全てが手遅れだった。部下が叫ぶ。
「シルラ様! 獣人の部隊がやって来ます」
「こちらからもです。挟まれました」
前後からやってくる獣人の部隊。その数はーー
(多すぎる。中隊規模、それも全て帝国の生物兵器だと!?)
脳裏にこれまで見てきた帝国兵達に凌辱され尽くされた女達の姿が浮かんだ。
「安心してくれよ~。お嬢ちゃん達のような美人さん達は殺さないからね~」
「そう、私は貴方達を殺すけどね」
そう言って不敵に笑うシルラ様。しかしシルラ様のお側に控えている私は気づいてしまった。人形のような美貌に伝う汗に。
(この方だけは守ってみせる)
そうして絶望的な戦いが幕を開けた。
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国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
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