悪役令嬢として処刑された英雄の息子、最強真祖の眷属となって復讐する

名無しの夜

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8風の魔術

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「ひ、一人でこの人数の獣人と戦う気か?」
「む、無茶は止めなさい。ここは、……ハァハァ……私をおいて、逃げるのよ」

 後ろで女騎士と魔術師が何か言っているが、もう相手にする必要はないだろう。

(残りは七十くらいか? 結構倒してるな)

 二十と少しの兵で帝国の生物兵器を相手にここまで戦えるとは……。この兵士達が精鋭なのは間違いないが、この戦果の最も大きな要因はやはりーー

「貴方、中々面白いわね。いいわ、その無茶、この大天才も乗ったわ」

 俺の隣に並んだ銀髪が大きくもない胸を張った。

「ふふん。何処を見てるのかしら? 私が美しすぎるからって、今は見とれていい時間ではないわよ? あら、何かしら? その呆れたような目は」
「……お前も下がってていいぞ」
「騎士としての誇りがあるのね。それとも男としてのかしら? いいわ、この状況を脱することができたなら、一度だけデートしてあげる。ふふ。特別よ? って……ちょ!? な、なにを?」

 銀髪が何か言ってるが話が長そうなので無視して魔力を練った。

 風が渦を巻き、その激しさに近くにいた女騎士と魔術師が後退していくのが分かった。

「な、何よこの魔力は? 貴方、あれだけの速さで動けて騎士じゃないの?」

 視界の隅で足を踏ん張っている銀髪が目を見開く。その反応を見ていると、やはり当初の予定通りに騎士として通すのも良かったかもとは思うのだがーー

(考えてみればスキルを使ってる時点で魔術師というのを隠すのは意味がないんだよな)

 隊商での交渉の最中、爺さんがシャドードックを魔術と表現するのを聞いて、自分の迂闊さに気が付いた。

(そりゃそうだよな。この大陸には吸血鬼はいないんだから、普通魔術と思うよな。いや、吸血鬼と見破られなかっただけましか)

 騎士のふりして油断させてみる作戦は早くも頓挫したが、お陰で自身の最大のアドバンテージを改めて自覚できた。

(俺にとっては身近な存在になりすぎて最早ピンとこないが、この大陸では吸血鬼は伝説の存在。殆どの奴が実在を信じていないんだよな)

 ならば吸血鬼の特異性を上手く隠していれば、ナンバーズとの戦いで良いアドバンテージになるだろう。

 高まる魔力に合わせて強まる風が近くの馬車を激しく揺らした。

「ま、まだ上がるの!? この馬鹿げた魔力、まさか私を……越えている!? 貴方は一体!?」
「な、何をじでるんだずがぁー!? はやぐ、はやぐぞいづをごろじなざい!!」

 顔面を血だらけにして起き上がった黒コートが命じれば、呆然とつっ立っていた獣人共が再びケダモノと化して襲い掛かってきた。

「お、驚いたけど、ここはこの大天才の出番ね。魔術を完成させる時間を稼いであげーー」
「契約の時は来た。風よ、怒りをもって切り刻め『風刃・嵐』」

 巻き起こる風が刃となって獣人達を切り刻む。真っ赤な噴水がそこいらで上がった。

(魔術に対する特別な守りはなしか。まぁ、こんなザコ共ではあまり参考にならないがな)

 自身の魔術の成果を確認していると、呆然と目を見開いている銀髪と目があった。

「ん? ああ、すまない。さっき何か言ったか?」
「……………………な、中々やるわね。ま、まぁでも、この大天才ほどではない……かな?」

(これくらいの魔術なら自分も出来ると言いたいのか? ……ハッタリか? いや、この女の実力は本物だ。一応警戒しておくか)

 手持ちの魔術の中でも殺傷能力が高い『風刃・嵐』を見て、この反応。敵対する気はないが、一応不意を打たれないように気を付けておいた方がいいだろう。

「とにかく貴方のお陰でかなり人数がへったわ。これなら私だけでも殲滅は可能ね」

 宙に浮かぶ銀の球体が無数の針を放てば、全身を貫かれて獣人達が次々と死んでいく。新たな血が大地に流れるのを見て、俺の魔術の威力に呆然自失となっていた獣人達がハッとなる。

「うっ……バ、バケモノ」
「バ、バケモノだぁあああ!?」
「うわぁあああああ!!」

 蜘蛛の子をちらすように逃げていく獣人共を前に、銀髪が顔をしかめた。

「この大天才ともあろう者が背後を狙うなんて美しくはないけれど、削れる時に削らせてもらうわよ」

 銀の球体が逃げる獣人達を追って飛んでいき、空から無数の針を放つ。だがただの人間ならともかく相手は生物兵器。さしもの銀髪も対処しきれない様子だ。

「くっ、そりゃ散らばって逃げるわよね。……ごめんなさいな。助けてもらっておいて頼める立場ではないけれど、敵の殲滅に手をかしてくれないかしら? 報酬は弾むわよ?」
「……心配しなくても手は打ってる。俺の許可なしに誰もここから生きては出られない」
「え? それはどういうーー」
「ぎゃああああ!?」
「な、なに?」

 そこいらで響き渡る断末魔。待機させていたシャドードックが獣人共に襲い掛かったのだ。

「黒い狼? ううん……まさか式?」
「警戒しなくていい、アレは俺の魔術だ」
「は? ………………あ、ああ。俺の仲間の魔術ね。凄いわね、貴方のお仲間。まるで生きてるような見事な操作だわ。でも生物型をあの数操るのは見事だけれど、無駄が多いんじゃないかしら。操作や形成が簡単な武器型にすれば、もっと強力な魔術展開が可能になると思うわよ?」

 銀髪の周囲に浮かぶ銀の球体が自己主張するかのように蠢いた。

「あれは操作してるんじゃない、自律型だ。それと俺に仲間はいない。あれは俺の力だ」

 銀の球体の蠢きがピタリと止まり、変わりに銀髪が何を言っているんだろう? と言った感じに目を瞬いた。

「自律型? 貴方の力? つまりあの式全てが貴方の……魔術?」
「……そうだ」
「う、嘘でしょう!? 貴方、あれだけ高度な式を展開した状態で、あれほどの規模の風の魔術を行使したというの!?」

(いや、流石にそれは無理だ)

 そもそもシャドーは魔術で生物の動きを再現しているのではなく、吸血鬼のスキルであり、言わば俺の細胞いちぶだ。だから形を与えた影はその形に応じた生体反応、つまり自律性を勝手に持つ。仮に魔術でシャドーの自己判断能力を全て再現しようとしたら、金属性の魔術に特化した天才がその魔術にのみ全てを捧げて一体分のシャドードックを作れるかどうかというところだろう。

(そしてこの女が得意としている魔術属性は間違いなく金だろう。驚くのも無理はないな)

 母さんと同じく才気溢れる魔術師の自信を無駄に壊したくはないのだが、これも復讐の成功率を上げるためだ。

(悪いがこの設定でいかせてもらうぞ)

「別にこれくらい大したことではない。お前は出来ないのか?」
「そ、そんな!? 私、私は……た、ただの天才だった?」

 ガクリと肩を落とす銀髪。予想通り気落ちしたが、自分を天才だと言えているし、なんか大丈夫そうだ。

(今はこの女よりも……)

 俺は顔の血も拭わずに立ち尽くしている黒コートへと近付いた。

「どうした? お前は逃げないのか?」
「ひっ!? ひぃいいい!? な、なんですかぁああ、その力は? 魔術? い、いや違う! 違うぞ! なんだおまえ!? なんなんだぁ!?」

 破れかぶれでも挑んでくるかと思えば、黒コートは無様に尻餅をついて、そのまま後ずさった。

「俺が誰かなんて今から死ぬお前には関係ないだろう?」
「ま、まって!? まってください! わ、私を殺すよりも、仲間になりませんか? 貴方ほどの方が帝国にくれば何でも思いのままですよ? そこにいる女だって玩具にできますし、どんな行為も帝国は肯定してくれますよ!?」
「どんな行為も……か」
「そ、そうです。どうですか? 絶対に、絶対に楽しいですよ~!?」
「ザコでクズな上に最後は見苦しい。ほんと、救いようのない奴ね」

 銀髪が黒コートに魔力の籠った掌を向けたので、俺はその腕を掴んで止めた。

「あら、何かしらこの手は? デートの約束にはまだ早いと思うのだけど?」
「そいつに用ができた。攻撃はするな」
「……どういうことかしら? もう少し詳しく説明してもらえると嬉しいのだけど」

 銀髪が警戒するように眼を細め、黒コートが期待に濁った瞳を輝かせる。

「そ、そうです! 私を殺さないのが正解です。絶対に後悔はさせません。私はね、こう見えてもセブン様直属の配下なんですよ。セブン様もきっと貴方を気に入ります。だから、どうか、どうかぁ~!!」
「…………セブンはここに来ているのか?」
「き、来ています。今はギガナ山脈を封鎖しつつギガナの里を目指していますよ。ギガナ山脈は大きいですから兵も分散してますが、私なら直ぐに会わせてあげられますよぉ~!!」
「いいだろう。お前はセブンのとこに帰してやる」
「なっ!? 何を言っているの?」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」

 額を地面に擦りつける黒コート、銀髪が腕を掴んだいる俺の手を振り払った。

「確認しておきたいのだけど、貴方、帝国に付くということでいいのかしら?」

 銀の球体がそれとなく俺を取り囲む。

「聞いているのかしら? 答えなさいな!」
「セブンの元に返す前に一つやってもらうことがある」
「な、なんですかね? 何でも言ってください」
「まぁ、待て」

(流石に見られるのはまずいか。近くにいるシャドーを霧に変えて……)

「何? 霧? くっ」

 俺の元にやってくる黒い霧を見て、銀髪が慌てて俺から距離を取った。

 俺と黒コートはあっという間に黒い霧に包まれた。

「へ? あの、こ、これは?」

 外界の視線から遮断された霧の中で、黒コートが怯えた顔を向けてくる。

「お前にやってもらうことだがな」
「あっ、はい。な、なんでしょうかね?」
「死んでくれ」
「へ?」

 俺は黒コートの首に牙を突き立てた。
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