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12 葛藤と選択
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銀髪が休憩の為に選んだ崖の上。俺は月を見上げるのを止めると、拳を握りしめた。
「……見つけた」
『吸血と支配』で操っていた黒コートからの反応が途絶えた。最後に奴から送られてきた情報には、鍛えられた裸身を晒して、酷く残忍な笑みを浮かべた赤い髪の獣人の姿があった。
「見つけたぞ」
怒りが魔力となって全身を駆け巡り、足元から焦げ臭い匂いが立ち昇る。
(今すぐ殺しに行くか?)
セブンがいるのは山の反対側だ。人間なら数日は掛かる距離だろうが、俺ならそう時も掛けずに行けるだろう。
(行かない理由があるか?)
この時をずっと待っていたのだ。あの日、何もかも燃え尽きた王城で、自分の無力さに慟哭した日から、ずっとこの時だけを。
「……殺してやる」
両足に力を込め、俺は崖下へと跳躍すーー
「ロマっち、なにしてーーって、ぬぎゃあああ!? あ、あついっス」
背中から抱きついてきたテレステアが、俺が纏っていた熱量に跳び跳ねた。
「…………何してるんだ?」
これからって時に邪魔されて、思わず瞼が半分程降りる。
「それはこっちの台詞っス。お月見するなら何でお姉ちゃんを誘わないんスか?」
「別に月見をしてたわけじゃない。奴を、セブンを見つけたんだ」
「セブン? ああ、以前言ってたロマっちの殺したい奴っスね。こんなに早く見つけ出すなんて、相変わらず引きがいいっスね。……それで? 勝てそうっスか?」
「当然だろ。今すぐ引き裂いてきてやる」
「あれ? 今から行く気なんスか? 相手は軍隊を持ってるって話だったと思うんスけど」
「どいつもこいつもザコばかりだ。多少の人数差なんて関係ない」
「でもロマっちのお母さんって、結構強かったんスよね?」
「……関係あるか?」
怪訝に思いつつも、母さんの話とあっては無視できない。そんな俺にテレステアがいつもの調子で肩を組んでくる。
「いやいや、そりゃあるっスよ。相手はその強いお母さんを倒した奴なんスよ? まぁ、ロマっちの過大評価でお母さんが実は弱かったってんなら話は別っスけどね」
「おい、ふざけるなよ。俺の母さんは最強だった」
「敵はそんな強いお母さんを倒した上に、複数いるんスよね? 闇雲に突っ込むだなんて、毎回そんなリスクの高いことやる気なんスか? それで百パー勝てんるスか? それとも負けるのも込みなんスか?」
テレステアの指が俺の頬をツンツンとつつく。
「…………」
「そうそう、そういえばロマッち覚えているっスか? エマ様が修行の時に作った元となる一体を倒さないと無限に増殖する式。ロマっち、一体一体が弱いからって正面から突っ込んだあげくーー」
「もういい! お前の言いたいことはよく分かった」
俺は大きく息を吐いて頭を冷す。
(確かに冷静ではなかったが、ここでの攻撃は闇雲……というほど悪い手ではないはずだ)
むしろ少数で目標が動いている今は絶好の好機。ただ懸念はそれなりの数がいるらしい本隊が別にちゃんといるということだ。
「ロマッち、血が出てるっスよ?」
「ん? ああ、思ったよりも拳に力が入っていたようだ……って、何してるんだ?」
テレステアは赤く濡れた俺の手をそっと取ると、自分の方に引き寄せた。
「お腹すいたんで、夜食に血飲んでい良いっスか?」
「……好きにしろよ」
「わーい。いただきっス。ペロペロ……うーん。ロマっちは血も最高っすね。流石私の弟っスよ」
「おい、何かくすぐったいぞ。変な舐め方すんなよ」
「え~? そんな舐め方してないっスよ。まさかロマっち感じちゃってるんスか?」
「アホか」
とはいえテレステアの舌先が掌を走る度に奇妙な気分なのは確かだ。
(まさかこれが性衝動と言うやつか? それとも単にくすぐったいだけか? ……分からん)
十歳の時に吸血鬼になっていこう、吸血鬼としての体で生きてきた俺は今一つその手の欲求が理解できないでいた。
「知りたくなったらいつでもお姉ちゃんが教えてあげるっスよ」
「……心を読むなよ」
「お姉ちゃんは弟のことを何でも理解してるもんなんスよ」
これで最後とばかりにテレステアは大きく舌を出すと、俺の掌に唾液を塗りたぐった。
「んっ、美味しかったわ」
「……下品だぞ」
「あはは。私も本当はもっと味わって飲みたかったんスけど……」
そこでテレステアが俺から視線を切った。紅い瞳が新たに向く方向には一つの人影。
「取り込み中だったかしら?」
女が首を傾げれば、月光に輝く銀髪が微かに揺れた。左右が完全に均一であるかのようなその美貌は、まるで人ならざる者の手で作られた人形のように、大陸に戻ってきて目にした、どんな人間よりも完璧だった。
「弟と仲良くお月見してただけっス。お姫様は私達に何か用っスか?」
「そう邪険にしないでくださいな。今後の打ち合わせがてら、少しお話をしようとしただけよ。もっとも、強い魔力の反応に何事かと思ったのもあるのだけれどもね」
銀髪の視線が俺の足元で焦げた大地へと向けられる。
(さて、どうするか)
セブンを今すぐ殺しにいく。やはりこの一点は変える気にはならない。だがテレステアが言うように、数の力を軽視するのは危険だ。
(問題はセブンが本隊と合流しようとするかどうかだが……。奴のことだ。あのまま獲物を逃がすとは思えない)
黒コートの映像にあった、セブンに襲われていた奴らのことを思い出す。
「……ギガナの民は褐色肌で間違いないか?」
「え? ……ええ。その通りよ。男性は上半身裸で、女性は下着のような薄着に布を纏った格好が多いわね」
「セブンを見つけた。奴は今、ギガナとヒニアの兵を追って、少人数で山頂にある里に向かっている。恐らくこのまま一人で里を落とすつもりだろう」
わざと相手に優位な状況を作り、勝てると思わせてから、向かってくる敵の心身を蹂躙する。あのゲスらしい行動だ。
「それはどうやって入手した情報なのかしら?」
「俺の式だ。性能は見ただろう」
「なるほど。一応確認しておくけれど、この情報はただの親切なのかしら?」
「今からセブンを始末しに行くんだが、戦いの最中に獣人の本隊に邪魔されると面倒だ。そこで連中の足止めを頼みたい」
銀髪の目的はギガナの民を自由都市に逃がすことらしいが、セブンが単独故の移動速度を発揮した時点で、その目的を果たすのはかなり難しくなっている。だが、だからこそ俺達の利害は一致するはずだ。
「…………今までナンバーズを倒そうと多くの国家が様々な手段を用いてきたわ。でも誰も奴らを倒すことは出来なかった」
「それももう終わる。お前らが奴の部隊を足止めさえしてくれたら、俺がセブンを殺す」
「足止めは可能よ。でも獣人部隊を全滅させるだけの兵力はこちらにはないわ。つまり貴方が負ければ、私達は手負いのセブンに背後から攻撃され、簡単に全滅するでしょうね」
「決めるのはお前だ。お前がどちらを選択しようが、俺はここからセブンを生かして帰すつもりはない」
「自信があるのね? 人類史上、最強の生物兵器『ナンバーズ』を相手にして、勝てる自信が」
「ああ、俺は負けない」
答えると、今までこの手の交渉では微笑を浮かべて殆ど表情を変えることのなかった銀髪が、葛藤にその完璧な美貌を分かりやすく歪めた。
「…………いいわ。どのみちナンバーズは帝国打倒には避けては通れない敵。貴方に賭けます。ただし、もし出来るなら一つだけ条件を聞いてくださいな」
「……なんだ?」
「戦いが終わってからでいいわ。貴方のことを教えてくれないかしら? 最強の貴族令嬢シーニア・バルトクライが帝国に殺されてから、貴方は今日まで何をして、どこでそれほどの力を手に入れたのかを」
「それは……」
明らかに吸血鬼であることを打ち明けなければ成立しない条件だった。
(どうする? 適当な嘘を並べるか?)
だが母さんは契約や約束事には案外厳しく(自分は破るけど)、俺にもよく約束は守る男になれと言っていた。何よりも命を賭けさせる以上、ここでその場凌ぎの適当な事は言いたくない。
「なんだ、シルラちゃんは私達のことが知りたいんスか? それなら私が教えてあげるっスよ」
テレステアが先程俺にそうしたように、銀髪の肩へ腕を回した。するとキスされたのがトラウマにでもなったのか、銀髪はそんなテレステアからちょっぴり身を引いた。
「え? い、いや、それは嬉しいのだけど、できればロマに聞きたいわね。うん」
「遠慮しなくていいっスよ。私が手取り足取り色んなことを教えてあげるっス」
「い、いや、ほら。作戦内容を変えたことを皆に説明する必要があるし、その話はまた今度にしましょうか、ね? ねっ?」
銀髪が助けを求めるような視線をこちらに向けてくる。
「……テレステア、お前はこっちで大人しくしてろ」
「はーい。もう、ロマっちもシルラちゃんも欲がないっスね。こんな美人なお姉さんが色々教えてあげるって言ったら普通喜ぶっスよ?」
残念そうな顔で俺にしな垂れかかってくるテレステア。こちらを真っすぐに見つめてくる銀色の瞳と目が合った。
「それじゃあ、その……もう、行くのね?」
「ああ。恐らく戦闘開始は明け方くらいになるだろう。もしもすぐに片がつくようなら、そっちを手伝いにいく」
「あら、頼もしいわね。こちらは今から分散している兵に作戦変更を伝えて、直接足止めポイントで他の兵と合流するわ。ただ急いでも明け方までに防衛網を構築するのは難しいわね」
「問題ない。セブンが少数で先行しているだけで、本隊はまだかなり下にいるようだ。戦いが始まってもセブンが負けると思ってない奴らはしばらくはのんびりしているだろう」
「貴方なら先に連絡係を潰せるんじゃないの?」
「いや、軍隊なら感知能力に優れた者がいるだろうから、どのみち意味がないだろう」
「ギガナの里は山の頂上よ? いくら感知能力に優れた者でも山の中腹辺りから気付くかしら?」
「気付かれない程度の力しかセブンが持っていないのなら、何の問題もないな」
「……そう、少なくとも貴方にはその力があるというわけね」
銀髪はため息を一つ吐くと、こちらに向けて手を伸ばした。
「武運を。あっ、もう折っちゃ嫌よ?」
「お前もな。それとその節は本当に申し訳なかった」
華奢なその手を壊さないよう、そっと握りしめる。銀髪は微笑むと俺に背中を向けた。
「クレーリア、居るんでしょ。皆を集めなさい。すぐに出発するわよ」
近くに止めてあった馬車の陰から女騎士と魔術師が姿を現した。女騎士は銀髪……シルラに慌ててついて行くが、魔術師はこちらをジッと見つめた後、深々と頭を下げてきた。
テレステアがそんな魔術師へと大きく手を振った。
「ん~。シルラちゃんに、クレーリアちゃんに、ドロシーちゃん。より取り見取りでいいっすね」
「……あいつらに変なことするなよ」
「心配しなくとも、無理矢理とかはないから安心するっス」
(それは安心していいのか?)
しかし合意の上でなら確かに俺が口を出す問題でもないだろう。
(と、そんなこと考えている場合じゃないな)
俺は再び両足に力を籠める。すると未だに魔術師に手を振っているテレステアと目が合った。
「……付いてくるか?」
「当然っスよ。ロマっちが行くところならどこにだってついて行くっす。なんたって私、お姉ちゃんっスからね」
「こっちに来た時、いい迷惑だとか言ってなかったか?」
「嬉しい癖に、素直じゃないんスから」
憎まれ口を叩く俺にテレステアが微笑み、俺もつられて少し笑った。
(頭は完全に冷えた。大丈夫だ。俺なら殺れる)
「行くぞ」
「了解っス」
そうして復讐対象、その最初の一人を殺すべく、俺は夜の闇で満ちた崖下へと身を躍らせた。
「……見つけた」
『吸血と支配』で操っていた黒コートからの反応が途絶えた。最後に奴から送られてきた情報には、鍛えられた裸身を晒して、酷く残忍な笑みを浮かべた赤い髪の獣人の姿があった。
「見つけたぞ」
怒りが魔力となって全身を駆け巡り、足元から焦げ臭い匂いが立ち昇る。
(今すぐ殺しに行くか?)
セブンがいるのは山の反対側だ。人間なら数日は掛かる距離だろうが、俺ならそう時も掛けずに行けるだろう。
(行かない理由があるか?)
この時をずっと待っていたのだ。あの日、何もかも燃え尽きた王城で、自分の無力さに慟哭した日から、ずっとこの時だけを。
「……殺してやる」
両足に力を込め、俺は崖下へと跳躍すーー
「ロマっち、なにしてーーって、ぬぎゃあああ!? あ、あついっス」
背中から抱きついてきたテレステアが、俺が纏っていた熱量に跳び跳ねた。
「…………何してるんだ?」
これからって時に邪魔されて、思わず瞼が半分程降りる。
「それはこっちの台詞っス。お月見するなら何でお姉ちゃんを誘わないんスか?」
「別に月見をしてたわけじゃない。奴を、セブンを見つけたんだ」
「セブン? ああ、以前言ってたロマっちの殺したい奴っスね。こんなに早く見つけ出すなんて、相変わらず引きがいいっスね。……それで? 勝てそうっスか?」
「当然だろ。今すぐ引き裂いてきてやる」
「あれ? 今から行く気なんスか? 相手は軍隊を持ってるって話だったと思うんスけど」
「どいつもこいつもザコばかりだ。多少の人数差なんて関係ない」
「でもロマっちのお母さんって、結構強かったんスよね?」
「……関係あるか?」
怪訝に思いつつも、母さんの話とあっては無視できない。そんな俺にテレステアがいつもの調子で肩を組んでくる。
「いやいや、そりゃあるっスよ。相手はその強いお母さんを倒した奴なんスよ? まぁ、ロマっちの過大評価でお母さんが実は弱かったってんなら話は別っスけどね」
「おい、ふざけるなよ。俺の母さんは最強だった」
「敵はそんな強いお母さんを倒した上に、複数いるんスよね? 闇雲に突っ込むだなんて、毎回そんなリスクの高いことやる気なんスか? それで百パー勝てんるスか? それとも負けるのも込みなんスか?」
テレステアの指が俺の頬をツンツンとつつく。
「…………」
「そうそう、そういえばロマッち覚えているっスか? エマ様が修行の時に作った元となる一体を倒さないと無限に増殖する式。ロマっち、一体一体が弱いからって正面から突っ込んだあげくーー」
「もういい! お前の言いたいことはよく分かった」
俺は大きく息を吐いて頭を冷す。
(確かに冷静ではなかったが、ここでの攻撃は闇雲……というほど悪い手ではないはずだ)
むしろ少数で目標が動いている今は絶好の好機。ただ懸念はそれなりの数がいるらしい本隊が別にちゃんといるということだ。
「ロマッち、血が出てるっスよ?」
「ん? ああ、思ったよりも拳に力が入っていたようだ……って、何してるんだ?」
テレステアは赤く濡れた俺の手をそっと取ると、自分の方に引き寄せた。
「お腹すいたんで、夜食に血飲んでい良いっスか?」
「……好きにしろよ」
「わーい。いただきっス。ペロペロ……うーん。ロマっちは血も最高っすね。流石私の弟っスよ」
「おい、何かくすぐったいぞ。変な舐め方すんなよ」
「え~? そんな舐め方してないっスよ。まさかロマっち感じちゃってるんスか?」
「アホか」
とはいえテレステアの舌先が掌を走る度に奇妙な気分なのは確かだ。
(まさかこれが性衝動と言うやつか? それとも単にくすぐったいだけか? ……分からん)
十歳の時に吸血鬼になっていこう、吸血鬼としての体で生きてきた俺は今一つその手の欲求が理解できないでいた。
「知りたくなったらいつでもお姉ちゃんが教えてあげるっスよ」
「……心を読むなよ」
「お姉ちゃんは弟のことを何でも理解してるもんなんスよ」
これで最後とばかりにテレステアは大きく舌を出すと、俺の掌に唾液を塗りたぐった。
「んっ、美味しかったわ」
「……下品だぞ」
「あはは。私も本当はもっと味わって飲みたかったんスけど……」
そこでテレステアが俺から視線を切った。紅い瞳が新たに向く方向には一つの人影。
「取り込み中だったかしら?」
女が首を傾げれば、月光に輝く銀髪が微かに揺れた。左右が完全に均一であるかのようなその美貌は、まるで人ならざる者の手で作られた人形のように、大陸に戻ってきて目にした、どんな人間よりも完璧だった。
「弟と仲良くお月見してただけっス。お姫様は私達に何か用っスか?」
「そう邪険にしないでくださいな。今後の打ち合わせがてら、少しお話をしようとしただけよ。もっとも、強い魔力の反応に何事かと思ったのもあるのだけれどもね」
銀髪の視線が俺の足元で焦げた大地へと向けられる。
(さて、どうするか)
セブンを今すぐ殺しにいく。やはりこの一点は変える気にはならない。だがテレステアが言うように、数の力を軽視するのは危険だ。
(問題はセブンが本隊と合流しようとするかどうかだが……。奴のことだ。あのまま獲物を逃がすとは思えない)
黒コートの映像にあった、セブンに襲われていた奴らのことを思い出す。
「……ギガナの民は褐色肌で間違いないか?」
「え? ……ええ。その通りよ。男性は上半身裸で、女性は下着のような薄着に布を纏った格好が多いわね」
「セブンを見つけた。奴は今、ギガナとヒニアの兵を追って、少人数で山頂にある里に向かっている。恐らくこのまま一人で里を落とすつもりだろう」
わざと相手に優位な状況を作り、勝てると思わせてから、向かってくる敵の心身を蹂躙する。あのゲスらしい行動だ。
「それはどうやって入手した情報なのかしら?」
「俺の式だ。性能は見ただろう」
「なるほど。一応確認しておくけれど、この情報はただの親切なのかしら?」
「今からセブンを始末しに行くんだが、戦いの最中に獣人の本隊に邪魔されると面倒だ。そこで連中の足止めを頼みたい」
銀髪の目的はギガナの民を自由都市に逃がすことらしいが、セブンが単独故の移動速度を発揮した時点で、その目的を果たすのはかなり難しくなっている。だが、だからこそ俺達の利害は一致するはずだ。
「…………今までナンバーズを倒そうと多くの国家が様々な手段を用いてきたわ。でも誰も奴らを倒すことは出来なかった」
「それももう終わる。お前らが奴の部隊を足止めさえしてくれたら、俺がセブンを殺す」
「足止めは可能よ。でも獣人部隊を全滅させるだけの兵力はこちらにはないわ。つまり貴方が負ければ、私達は手負いのセブンに背後から攻撃され、簡単に全滅するでしょうね」
「決めるのはお前だ。お前がどちらを選択しようが、俺はここからセブンを生かして帰すつもりはない」
「自信があるのね? 人類史上、最強の生物兵器『ナンバーズ』を相手にして、勝てる自信が」
「ああ、俺は負けない」
答えると、今までこの手の交渉では微笑を浮かべて殆ど表情を変えることのなかった銀髪が、葛藤にその完璧な美貌を分かりやすく歪めた。
「…………いいわ。どのみちナンバーズは帝国打倒には避けては通れない敵。貴方に賭けます。ただし、もし出来るなら一つだけ条件を聞いてくださいな」
「……なんだ?」
「戦いが終わってからでいいわ。貴方のことを教えてくれないかしら? 最強の貴族令嬢シーニア・バルトクライが帝国に殺されてから、貴方は今日まで何をして、どこでそれほどの力を手に入れたのかを」
「それは……」
明らかに吸血鬼であることを打ち明けなければ成立しない条件だった。
(どうする? 適当な嘘を並べるか?)
だが母さんは契約や約束事には案外厳しく(自分は破るけど)、俺にもよく約束は守る男になれと言っていた。何よりも命を賭けさせる以上、ここでその場凌ぎの適当な事は言いたくない。
「なんだ、シルラちゃんは私達のことが知りたいんスか? それなら私が教えてあげるっスよ」
テレステアが先程俺にそうしたように、銀髪の肩へ腕を回した。するとキスされたのがトラウマにでもなったのか、銀髪はそんなテレステアからちょっぴり身を引いた。
「え? い、いや、それは嬉しいのだけど、できればロマに聞きたいわね。うん」
「遠慮しなくていいっスよ。私が手取り足取り色んなことを教えてあげるっス」
「い、いや、ほら。作戦内容を変えたことを皆に説明する必要があるし、その話はまた今度にしましょうか、ね? ねっ?」
銀髪が助けを求めるような視線をこちらに向けてくる。
「……テレステア、お前はこっちで大人しくしてろ」
「はーい。もう、ロマっちもシルラちゃんも欲がないっスね。こんな美人なお姉さんが色々教えてあげるって言ったら普通喜ぶっスよ?」
残念そうな顔で俺にしな垂れかかってくるテレステア。こちらを真っすぐに見つめてくる銀色の瞳と目が合った。
「それじゃあ、その……もう、行くのね?」
「ああ。恐らく戦闘開始は明け方くらいになるだろう。もしもすぐに片がつくようなら、そっちを手伝いにいく」
「あら、頼もしいわね。こちらは今から分散している兵に作戦変更を伝えて、直接足止めポイントで他の兵と合流するわ。ただ急いでも明け方までに防衛網を構築するのは難しいわね」
「問題ない。セブンが少数で先行しているだけで、本隊はまだかなり下にいるようだ。戦いが始まってもセブンが負けると思ってない奴らはしばらくはのんびりしているだろう」
「貴方なら先に連絡係を潰せるんじゃないの?」
「いや、軍隊なら感知能力に優れた者がいるだろうから、どのみち意味がないだろう」
「ギガナの里は山の頂上よ? いくら感知能力に優れた者でも山の中腹辺りから気付くかしら?」
「気付かれない程度の力しかセブンが持っていないのなら、何の問題もないな」
「……そう、少なくとも貴方にはその力があるというわけね」
銀髪はため息を一つ吐くと、こちらに向けて手を伸ばした。
「武運を。あっ、もう折っちゃ嫌よ?」
「お前もな。それとその節は本当に申し訳なかった」
華奢なその手を壊さないよう、そっと握りしめる。銀髪は微笑むと俺に背中を向けた。
「クレーリア、居るんでしょ。皆を集めなさい。すぐに出発するわよ」
近くに止めてあった馬車の陰から女騎士と魔術師が姿を現した。女騎士は銀髪……シルラに慌ててついて行くが、魔術師はこちらをジッと見つめた後、深々と頭を下げてきた。
テレステアがそんな魔術師へと大きく手を振った。
「ん~。シルラちゃんに、クレーリアちゃんに、ドロシーちゃん。より取り見取りでいいっすね」
「……あいつらに変なことするなよ」
「心配しなくとも、無理矢理とかはないから安心するっス」
(それは安心していいのか?)
しかし合意の上でなら確かに俺が口を出す問題でもないだろう。
(と、そんなこと考えている場合じゃないな)
俺は再び両足に力を籠める。すると未だに魔術師に手を振っているテレステアと目が合った。
「……付いてくるか?」
「当然っスよ。ロマっちが行くところならどこにだってついて行くっす。なんたって私、お姉ちゃんっスからね」
「こっちに来た時、いい迷惑だとか言ってなかったか?」
「嬉しい癖に、素直じゃないんスから」
憎まれ口を叩く俺にテレステアが微笑み、俺もつられて少し笑った。
(頭は完全に冷えた。大丈夫だ。俺なら殺れる)
「行くぞ」
「了解っス」
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