悪役令嬢として処刑された英雄の息子、最強真祖の眷属となって復讐する

名無しの夜

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15 死闘

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 高まる気は有象無象の獣人共とは比較にもならず、吸血鬼おれをして驚異的と言わざるを得ない力を秘めていた。

(お陰で少し頭が冷えたぜ)

 セブンの顔を見るなり理性が軽く飛んだが、生物の持つ死を回避しようとする本能が、怒りを押し退けて俺に思考力を戻してくれた。

「行くぜオラァ! 精々良い声で鳴けや」
「お前こそ、クズに相応しい悲鳴を上げろ」

 直後、セブンの姿が一瞬ぶれた。

(速いな)

 俺としたことがあまりの急激な加速に一瞬セブンを見失いかけたのだ。

「展開しろ『シールド』」
「ンな、初歩的なモンで止まるかボケェエエ!!」

 魔力により反発力を発生させて攻撃を防ぐ基本魔術にして魔術師にとっての盾でもある『シールド』。確かに初歩魔術ではあるが、初歩魔術であるからこそ使い手によってその威力が大きく変わる。

(やはり簡単に突破するか)

 俺の『シールド』は大型の獣の突進ですら止めることができるが、セブンは展開された反発力をものともせずに突っ込んでくる。

「だが、僅かでも速度が落ちれば十分だ」

 先程より数倍速くなったセブンの大斧を、俺は先程と同じようにかわす。

「ハッ! 一撃かわしたからって、得意気な顔してんじゃねぇ!!」

 次々と振るわれる大斧。その激しさはまるで空に渦を巻く風のようで、本気の俺の動きと互角、いや僅かに上回ってさえいた。

(だがこれくらいなら『シールド』を張り続けていればかわすことは出来るな)

 先程は『シールド』をより強力にする為に四角形の壁として正面に展開したが、自分を中心にドーム型に張り巡らせれば、どの角度の攻撃にも対応できる。無論全方位に展開すれば多少反発の威力は落ちるが、その代わりこれでセブンの攻撃は全て『シールド』による減速を免れない。

(そして僅かでも減速するならそれで十分だ)

 俺はセブンが作り出す大斧の嵐を全て紙一重でかわしていく。

「ハッ! 小賢しい魔術師が。これじゃあ振り出しじゃねぇか。テメェ、まさかこの俺と体力勝負でもする気か? いいぞ、いいぞぉおおお!! テメェみたいなヤりがいのある男とならな、何日だってヤり続けてやるよぉ!!」
「お前ごときを殺すのに、そこまでの時間など必要ない。『影ノ中』」
「あん? なんだ?」

 セブンの攻撃をかわしつつ、俺は掌に出来た影を使って幾つかの小瓶を取り出した。

「ちぃ! 触媒か。させるかよ!」

 二本の大斧を持つセブンの腕の筋肉が膨れ上がる。恐らくセブン自身ですら長時間は維持できない無理矢理な力。だが、だからこそ、その攻撃は驚異的な速度をもった。

 頬が、肩が、腹が、かわしきれなかった斧で出血する……頃には、俺は影から出した全ての小瓶をセブンの周囲に投げ終わっていた

「ちぃいい!! このクソやーー」
「天へと爆ぜよ。『炎天』」

 カッ! と瓶から激しい光が放たれ、直後に天へと伸びる火柱が上がった。

「ぐぉおおおお!? て、てめぇええええ!?」
「どうだ? 純度百%の火種を触媒にした魔術だ。流石にきくだろう、このクズ。ほら、追加だ」

 俺は次々に影から火種の入った小瓶を取り出すと、それを火柱の中へと放り込んだ。

 触媒。通常魔術師は魔術を使うための手段として、詠唱、触媒、刻印のどれかを用いる。詠唱は一種の自己暗示であり、準備する物が不要な点は便利ではあるものの、術に必要なエネルギーを魔術師がその場で全て用意する必要があるので消耗が激しく、詠唱で実践レベルの魔術を日に五回以上扱えれば一流とさえ言われている。それに対して触媒は小さな魔力を触媒自体が何倍にも増幅してくれる利点があり、基本的に実戦で魔術師が魔術を行使する際は触媒を介するのが基本だ。

(純度百%の火種。『炎天』で空に向かって指向性を持たせていなかったら辺り一帯が火の海になっていたな)

 火種は魔力に反応して発火する砂で、その威力は砂に含まれている火種の純度によって変わる。そこいらの魔術師がもっている火種の純度は精々十%くらいで、母さんですら六十%前後の火種しか保有していなかった。

(師匠、感謝します)

 城を建てられるほど高価な触媒を幾つも譲ってくれた師に心の中で礼を言いつつ、俺は影から更に火種を取り出した。

「火加減はどうだ? この火はまだまだ続くぞ。何せテメーみたいなゴミクズは焼却に限るからな。ほら、死んだか? いや、やはりまだ死ぬなよ。ほら、苦しめ。ほら、ほら、ほら」

 火に薪をくべるように、俺は手持ちの火種を次々と炎の中に放り込んでいく。天へと渦を巻きながら伸びる炎はその熱量をもって相手を内部へと拘束する力があり、これほどの熱量に長時間晒されればいかにセブンと言えどもーー

「なめんじゃねぇええええ!!」
「なっ!?」

 突然『炎天』の拘束力を打ち破って、中から怒れる獣が飛び出してきた。

(速い。クソ! かわせない)

 セブンの四肢は通常の数十倍にも膨れ上がっており、その異形が生み出す速度は一瞬の気のゆるみを作ってしまった俺の反応速度を明らかに上回っていた。

「腕貰ったぞぉおお!!」
「くっ。『影ノ中』」

 躱すのは無理でも咄嗟に手甲で斧を受けることには成功した。激しい衝撃。通常ならこのまま手甲を押されて、肩に斧が突き刺さっていただろう。無論、むざむざ奴の好きにはさせないが。

「なぁ!?」

 セブンの驚愕の声が頭上から聞こえてくる。俺の体がセブンの斧に押されるままに足元の影に潜ったからだ。

(殺れる)

 大ダメージを負った後に思いもよらぬ方法で攻撃を躱されたせいか、セブンの動揺が目に見えて大きい。俺はセブンの影を利用して奴の背後に飛び出した。

 手甲内に霧を発生。『ミスト・イート』の先端を刃へと変える。

(ここで、ここで刃を振るえば……)

 首を跳ねることができる。その確信があった。

(いや、ちょっと待て。そんな楽な殺し方でいいのか?)

 意図せず表れたそんな思考ひらめきに肉体が一瞬硬直する。直後、巨大化しているセブンの腕が放った裏拳が空中にいる俺の胴を捉えた。

「がぁ!?」

 バキィ、ボギィイイ!! 

 異音。アバラがバラバラに砕ける音を聞きながら、身体が大地に叩きつけられ、しかしあまりの威力に一度では止まれずに何度も大地を跳ねた。

「そ、そんな!?」
「い、いやぁあああ!?」

 何か知らないが周囲から悲鳴が上がる。だが今はとても周りを気にしていられる状況ではなかった。

(攻撃に……備えなければ)

 衝撃の余韻で回る視界の中、掌に伝わる大地を頼りに体を起こす。アバラどころか背骨にまで影響が出たのか、立ち上がるのに一苦労だった。

(アバラはともかく背骨はすぐにでも治さないとマズい」

 体幹が崩れた状態でセブンを相手に戦闘行為を行うのはあまりにも致命的だった。だがいかに吸血鬼の再生能力をもってしても、このダメージを一瞬で完治とはいかない。俺は魔術をもって追撃を仕掛けてくるセブンを迎撃しようとしたのだがーー

「ゴホッ。……良い様だな」
「ハァハァ……っけ、口の減らねぇ野郎だ。地べたを這いまわるテメェの姿が……ゴホゴホ……今から楽しみだぜ」

 過剰な筋肉の肥大化に俺の魔術によるダメージ。流石のナンバーズも追撃の余力はなかったようだ。何よりも本来なら対軍用である純度百%の火種を触媒にした魔術を食らったセブンの姿は無残で、戦場においてあまりにも軽装だった衣服は全て燃え尽きており、露出している白い肌は全身くまなく大火傷。二本の斧を握る手の皮膚は溶けて、自らの武器と結合していた。

 俺は回復を急ぎつつも、再び影の中から火種の入った触媒を取り出した。

「ちぃ、その火種。並みの純度じゃねぇだろう。そんなモン一体幾つ持ってやがる」
「お前はそんなこと気にする必要はない。ただ俺に焼かれる度、惨めに助けてくれと懇願すればいいんだよ。そしたら俺は笑って更に激しい炎でお前を焼いてやる」

 ドカン! と、大斧が大地を割った。

「テメー。その勝ち誇った顔……ふさけんじゃねぇ、ふざけんじゃねぇぞ! この俺様を舐める奴はなぁ、誰だろうが許さねぇ。許さねぇんだよ! GUAAAAAAA!!」

(何だ?)

 今のはただ怒りのままに叫んだのではない、何か特殊な力のようなものを感じた。

「っは。俺様に舐めた口を利いたことを後悔しやがれ」

 そう言って笑うセブンはしかし一向に攻めてくる気配がない。その代わりに現れたのはーー

(獣人? セブンが連れて来ていた奴らか)

 恐らく砦内のどこかにいたのだろう。二十近い数の獣人が妙にフラフラとした足取りで様々な方向から俺の方へと歩いてくる。

(囲まれたか、だがこの程度の連中が二十程度なら問題ない)

 そう判断する俺を嘲笑うようにセブンの口角がニヤリと吊り上がった。

「テメェら、やっちまいな」
「「「「GUAAAAA!!」」」

 一斉に上がる咆哮。そこに秘められた、ただならぬ力に俺は咄嗟に持っていた触媒を頭上に放り投げた。

『炎の守りよ顕現せよ『火繭』」

 頭上の触媒が割れ、俺を包むように炎がドームを形作る。それは触れた者を焼き尽くす攻防一体の魔術。どのような強者であろうが決して近づこうとはしない火力を前に、しかし獣の群は一直線に突っ込んできた。

(速い!? それに異常に膨れ上がった筋肉にあの眼。これはまさか……)

「これが俺様の生物特性スキル。『獣王の咆哮』だ。俺様に渇を入れられた全ての獣人は死を恐れぬ無敵の兵士と化す。クックック。安心しろや。殺しはしねぇ。ただ手足を引き千切らすだけだ」
「セブン!」

 直後、己の身を省みぬ狂戦士バーサーカーの群れが炎の守りを突破した。
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