悪役令嬢として処刑された英雄の息子、最強真祖の眷属となって復讐する

名無しの夜

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16 奥の手

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(身体能力は少なくみても元の数十倍。対象の体をまったく考慮してない無茶な強化。恐らくそんなに持続力のあるスキルじゃないな)

『火繭』を破った獣人の全身は焼け焦げており、中には肉体の一部を消失している者もいる。

(肉体的なダメージでは怯む気配も正気に戻る様子もなしか)

『火繭』の天井部分に穴を開けると、襲いかかってくる獣人の攻撃を俺は跳んでかわした。そしてすぐさまーー

「閉じろ」

 ドーム状に広がっている『火繭』を閉じて中の獣人を焼却する。殺れたのは精々五体と言ったところだろうか。

「チッ、面倒な」

『火繭』に入らなかった獣人が空中まで追ってきたので、『ミスト・イート』を主軸に置いた体術で撃退する。だが地面に降りたら降りたで、また別の獣人が襲い掛かってきた。

(確実に仕留めなければ止まらないか。クソ! たかが二十にも満たない兵力が、まるで千の軍団のように感じるぜ)

 意思なき故に怖れず、操られているからこそ完璧な連携を取って見せる狂戦士に四方八方から襲いかかってこられ、俺の体はあっという間に傷だらけとなった。

「いいぞ、よく踊るじゃねぇか! だがいいのか? 時間をかければ俺の部下がやってくるぜ」

 こちらの動揺でも誘う気か、セブンがニタニタ笑いながら話しかけてくる。

(回復に専念するつもりか、奴が動く気配はないな。だが本隊の方は確かに問題だ)

 この山に来ているらしい獣人部隊の本隊。どの程度の人数なのかは知らないが、流石に百人以下ということはないだろう。

(シルラが足止めをしてくれているはずだが、どれくらい時を稼げるのか分からない。……出し惜しみしてる場合じゃないな)

 『ミスト・イート』の内部を霧で満たして巨大化させると、それで周囲に群がる獣人を全て殴り飛ばした。

「簡単に飛ばされてんじゃねぇぞ! 休ますな」 

 セブンの一喝で飛び起きた狂戦士達が向かってくる前に、俺は地面に膝をつくと自身の影に手を触れた。

「貪り喰らえ『シャドードック』」

 そうして俺の影から飛び出した数十の猛犬達が狂戦士へと襲いかかる。

「おいおいおい。何だ? その魔術は? いや……そもそもそれ、本当に魔術か?」
「知りたければ俺の足でも舐めろ。そしたら喜んでお前の頭を踏みつけてやる」

 セブンへと向けて一直線に駆ける。

(奴の四肢は未だに『炎天』を破った際の反動でろくに動かないはず)

 俺もセブンの打撃のダメージが治りきってないが、互いのダメージを比較すれば俺の方が有利なのは明らかだ。

(接近戦で無力化する。魔術だと殺してしまうかもしれないからな)

 奴の処刑方法は既に決めている。だがそれを実行するためにはセブンの余力を全て奪う必要があった。

(リスクは上がるが今のセブンにならーー)

「今の俺になら近接戦闘で勝てる、とでも思ったか? ああん!?」

 セブンの口角が獰猛に吊り上がる。奴は俺の攻撃を左手に持つ斧で防ぐと、右手を気で何度か光らせた。途端ーー

 ズブリ! と、奴の握る斧から生えた針がセブンの右手を貫いた。……猛烈に嫌な予感がした。

「俺にこいつを使わせるとはな。褒めてやるぜ、クソヤロウ」

 セブンの全身の血管が浮き出たかと思えば。白い肌を無惨に覆っていた火傷の後が瞬く間に消えていく。限界を越えた反動で弱っていた奴の四肢が筋肉で膨れ上がった。

「ちぃ!」
「逃がすかよ」

 距離を取ろうとする俺を、しかしセブンは逃がさない。かわしてもかわしても繰りだされる斧は、今までで最速の攻撃だった。

「どうした? オラ、オラ、オラ、オラ」
「くっ、その異常な回復と運動能力の上昇。皇妃の薬物か」

 ナンバーズを造り出した元凶。これ程の効果の薬物は始元島でも目にすることはなかった。全力展開の『シールド』がなければとっくに首を跳ねられているところだ。

「カッカッカ! コイツを打つとな、サイコーの気分になれんだぜ。まあ、その分次の日がヤバイんだけど……なっ!」
「ぐっ!?」

 斧にばかり気を取られていた俺の腹を、セブンの肥大化した足が蹴りつける。

 馬鹿げた脚力に数十メートル吹き飛んだ。何とか体勢を整えて顔を上げたときには、もうセブンは目の前で斧を構えていた。

「今度は逃がさねぇ」

 影に逃げられた時の反省を生かした横振りの一撃。左側から迫る斧には右手の『ミスト・イート』では対応しずらく、崩れた体勢では回避もままならない。だからーー

「刻印起動『絶対防御』」

 俺の体に浮かび出た紋様が赤く輝くのと同時に、空間が断絶して大斧の進行を阻んだ。

「ンだと!?」
「刻印起動『変幻自在ニードル』」

 千の針となった風がセブンに襲いかかる。

「ぬおおおおお!?」

 セブンは先ほど蹴り飛ばされた俺以上の勢いで吹っ飛んで行った。

(背中がきしむ。やはり痛んだ体で刻印魔術は無理があったか)

 刻印魔術。あらかじめ魔力で満たした特別な液体で体に術式を直接彫り込んでおくことで、触媒と同じように小さな魔力で大きな現象を起こしたり、あるいは他の魔術師に刻印を彫ってもらうことで、自分が使えない魔術を行使することができる。

(触媒より便利な面が多々あるが、自分の肉体を媒介にするため諸刃の剣となりやすいのが刻印魔術の欠点だな)

 だがそれも吸血鬼の肉体なら克服できる。俺の体には百近い刻印が刻まれていた。

(セブンのあの速度、ここから先は触媒魔術では遅れをとりかねない。刻印魔術をベースに攻めるか)

 頭の中で戦術を組み立てているとーー

「クックック。なるほど、なるほどなぁ~!!」

 薬でハイになっている影響か、再び全身血だらけとなったセブンは立ち上がるなり、酷く上機嫌な様子で声を大に笑い出した。

「そうか、そういうことだったのか。『絶対防御』に『変幻自在ニードル』のコンボ、懐かしい。懐かしいじゃねぇか!!」

 可笑しくて堪らないと言わんばかりに激しく揺れていたセブンの体がピタリと止まった。

「テメェ……ロマだな?」
「今になってようやくか。あの日の出来事は、母さんを殺したことは、お前にとってそんな小さなことでしかなかったのか?」
「おいおいおい。勘違いすんじゃねーよ。俺にとってもシーニアは特別な女だった。何せ初めてあったときからずっと思っていたんだぜ? この能天気な女を百億回陵辱してやりてーってな」
「なら俺はお前を千億の肉片に引き裂いてやろう」
「ハッ、ガキが調子に乗ってんじゃねぇ」

 バキィ。とセブンは左手に持っていた斧を自らへし折った。

(何だ?)

 不穏な気配に攻撃を仕掛けようとしていた足が止まる。折れた斧の持ち手の所から脈打つ肉片が出てきた。

(あれは……なんだ?)

 全身が強張る。本能が最大限の警鐘を鳴らしている。下手をするとあの肉片はセブンよりもーー

「一丁前にこいつのヤバさが分かんのか。つくづく可愛いげのないクソガキだな」
「……それはなんだ?」
「気になるか? そりゃそうだよな。いいぜ、教えてやる。こいつはな、龍の心臓、その一欠片だ」
「龍!?」
「ああ、そうだ。言っとくが俺達のように造られた人外じゃねぇぞ。モノホンの怪物。その中でも暴虐において右に出るものがいない龍、その心臓をな、こうして喰うと」

 セブンは脈打つ肉片を口の中へと放り込んだ。

「がぁ!? ぐぅ、う、う……GAAAAAAA!!」

 膨れ上がる。セブンの気がどこまでも果てしなく。最早それは気の爆発などではありえない、一つの気象とさえ言える猛威。まさしくーー

「龍の力……か」

 セブンが勝ち誇った笑みを浮かべた。

「クッハッハッ! どうだ、ロマァアアア!! これが俺様の……ナンバーズの奥の手だぁあああ!!」

 直後、龍の力を宿した獣が吸血鬼おれへと襲い掛かってきた。
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