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33 絶望的な状況2

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「サーラ! 私から離れるんじゃないわよ!」
「分かってます! ティナこそ敵を通さないでくださいよ」

 王国騎士、傭兵問わず火王国の精鋭達が魔獣の海の中をその技量で掻き分けていく中、聖王国の少女達もまた、その技量を持って荒波を超えんとしていた。

「生命の狩人。正しき悪よ。全ての行いに報いあれ。『聖暗術式奥義•大術殺•キャットデス』」

 ティナの剣によって魔獣の牙から守られているサーラ。そんな彼女の影から巨大な猫が現れる。

 日常ならば非現実的なサイズの猫ではあれど、殺戮に支配された場所において不思議と見る者に違和感を抱かせなかった。

 黒き巨大な猫の口が開く。

「ニャアアアアー!!!」

 その絶叫、悲鳴、あるいは歓声の凄まじさが、殺戮に支配された世界をほんの一瞬だけ支配する。そしてーー

 ゴキ!

 ボキ!

 グキ!

 崩壊が始まった。

「ギャン!?」

 猫の形をした『何か』の首が捻れ、腕が捻れ、胴体が捻れ飛ぶ。そんな悲惨な自己崩壊がまるでウイルスのように魔獣達に伝播していく。その範囲、術者サーラを中心に半径三十メートル。その中に入る全ての魔獣が自他の死を分つことができずに散っていく。

 その様はまるで死とは誰かの模倣でしかないのだと言わんばかりで、野獣の暴力が規律されたほうのもと、一時その暴虐範囲を限定される。

「サーラ、すごいけど、もっと範囲広げらえれない?」
「ハァハァ……す、すみません。これ以上広げると制御が……。み、味方まで巻き込んでしまいます」

 頬を伝う汗の量が術者の疲労を訴えていた。いかに強力な魔術といえども、これだけで押し寄せる魔獣全てを払うには至らない。

 しかしそれはサーラだけならばの話である。

「火炎術式『フィフスイフリート』」
「気炎流剣術『大炎陣』」
「「「うおおおおお!!」」」

 サーラの作った時間すきを使って、精鋭達がここぞとばかりに大技を繰り出した。大量の闘気と魔力が込められたそれらは、かつて海を割ったという聖者のごとく魔獣の海を切り裂いた。

「通路までの道が開いたぞ、進め!!」
「サーラ、ほら、私の肩に腕を回して。早く」
「ス、スミマセン。ハァハァ……魔術はもう少し維持できます」
「こわ!? ねぇ、あれすごい格好でついて来るんだけど?」
「ティナ、今はそんなことよりも脱出を」
「わ、分かってるわよ」

 寄り添い走る二人の少女の後を、自己崩壊を続ける巨大な猫が追っていく。

 もう少しでこの広い空間を出て、侵入人数が限定される通路へと駆け込める。誰もがそれを実行できると期待したまさにその時、通路の向こうからそれは現れた。

 二メートルを優に超える巨体。頭に生えた角に異形の相貌。膨れ上がった筋肉うでの先には持ち主の巨体を大きく上回る巨大な剣が握られていた。

「お、鬼」

 誰かがそう呟いた。そう、それはまごう事なき鬼の姿していた。そしてその姿を見たとき誰もが戦慄し、そして理解したのだ。

 これは無理だ。

 魔獣の群は確かに強力だ。だが精鋭達の力を合わせれば突破できないわけではなかった。そして突破できる壁は壁にあらず。故に彼らは信じていた。自分達ならばこの状況くなんを乗り越えられると。

 その確信が打ち砕かれた。真のかべの登場によって。

 溢れんばかりだった戦意を挫かれた戦士達の前で、鬼がその手に持つ巨大な、巨大すぎる剣を振り上げた。

 死神が微笑んだ。

「全員よけろぉおおおお!!」

 救助隊のリーダー、その叫びに全員が反射的に動いた。その直後ーー


 世界が切断された。


「サーラァアアアア!!」

 ティナは全身を気によって強化すると、幼馴染みの体を抱きしめる。二人の身体が地面を激しく転がった。

「ぐぅっ!?」
「ティナ? ティナ!?」

 サーラが慌てて体を起こせば、地面が衝撃波で大きく砕かれ土煙が煙幕のように上がっていた。ティナの脇腹から少なくない血が流れて戦場を肥やしていく。

「ゴホッゴホッ」
「今止血します」
「そ、そんな暇ないでしょ。悔しいけど……ハァハァ……ゲームオーバーよ。ア、アンタだけでも逃げなさい」
「そんなこと私がすると思いますか? さ、立ってください。アロスさんの所に帰りますよ」

 ティナの腕を自らの肩に回して、サーラは立ち上がった。術者の近くで死を量産していた黒い猫の姿はもう何処にもない。

「無理よ、ゲホッ!? ハァハァ……身体に力が、はいらない。悪いけどさ。アイツに、か、帰るの遅くなるって、言っといてくれない?」 
「何言ってるんですか。私達はずっと三人一緒だったじゃないですか。これからも、ずっと、ずっと一緒です」

 力なく己に寄り掛かるティナの体を支えて移動するサーラではあったが、その歩みは亀の如く遅く、移動するたび地面がの血で赤く染まっていった。

「サーラ、アンタ……」
「さぁ、泣き言は……ゴホッゴホッ……終わりです。帰りますよ」
「……そうね。帰りましょう。あの馬鹿、ゴホッ! わ、私達が勝手したことで……ハァハァ……きっと、拗ねてるわよ」
「ふふ。謝らないと、い、いけませんね」

 傷つき疲弊した身体をそれでも一歩、また一歩と進める二人。そんな二人を獣達が取り囲む。

「ハァハァ……なによ、アンタ達。どきなさいよ」
「私達の……ゴホッゴホッ……邪魔をすると、酷いですよ?」

 二人は精一杯の虚勢を張るがそれは獣達の狩猟本能を欺くには至らなかった。

「グァアアアア!!」

 背後から飛び掛かる獣に対して咄嗟にティナがサーラを突き飛ばす。

「この……」

 傷付き弱り切った身体で振るった剣は、しかし間に合うことはなかった。

「あっ!?」

 腕に牙を突き立てられ、地面に押し倒されるティナ。魔獣がそんな彼女に群がった。

「くっ、やめ……いやっ! あっ!? あっ、あああああ!!」

 乙女の身体に次々と獣の牙が突き刺さる。

「ティナ!」

 幼馴染みに駆け寄ろうとするサーラ。しかしその行動はあまりにも迂闊だった。獣が隙を見せた魔術師の両足に喰らい付いたのだ。

「えっ!? きゃ!!」

 転倒した非力な少女を前にすかさず魔獣が群がる。

「止めなさい! やめっ……いたっ!? あ、い、いや! イヤォアアアア!!」

 二人の見目麗しい乙女達は獣達の手にかかり、あっという間に血と肉のオブジェと化した。

(って、グロいわ!)

 その光景を黒猫の姿に変化したティナが見て叫ぶ。

(シー。心を乱さないでください。この魔術は繊細なのですぐに解けてしまいます)

 空間魔術の応用で作り出した、外見が猫型の魔術空間の中からサーラが警告する。

(ごめん。でもアンタが影で作った私たちの身代わり、わざわざ悲鳴を上げる必要ある?)
(声もあげない身代わりなんてすぐ気づかれるだけですよ。それよりも急いでください。もう同じことはできません)
(分かってるわよ。事前に影を身体に仕込んでないと入れ替われないんでしょ? でもそれって今すぐもう一度できないの?)
(無理です。この魔術すごく魔力を使うんです。油断すると今すぐにでも解けてしまいそうです)

 ティナとサーラが入っている、傍目猫な空間にノイズが走る。

(頑張ってよね。これが解けたら私達詰むわよ)
(分かってます。それより傷は平気ですか?)
(小さくなってるせいか、さっきよりなんかマシね)
(実際にはティナが小さくなってるわけでは……。いえ、とにかく急ぎましょう)
(賛成。ここにいたら踏まれそうだわ)

 既に何匹もの魔獣達が猫となった(ように見える)ティナとサーラの上を跨いでいた。血に飢えた獣達は食事せんとうに忙しく、小さな猫などには見向きもしない。

「きゃあああ!?」
「ティカ!? クソ! どけ! どけ! クソ野郎どもが!!」

 悲鳴と怒号が飛び交う戦場で見知った顔が見えた気がして、ティナの足が止まる。

(ティナ、残念ですが今の私たちには何もできません)
(……分かってるわよ。今私達が出ていったってあーなるだけよね)

 二人の視線の先では身代わりとなった影が魔獣の牙によってバラバラに引き裂かれた。

(なんなの? あの無駄なクオリティ。グロすぎなんだけど)
(そのおかげで助かってるんですから文句言わないでください。……ああ。でも、あれだけ精巧だと果たして本当に私達がオリジナルなのかちょっとだけ心配になりません?)
(アンタの魔術でしょうが! 怖いこと言うのは止めなさいよね。ほら、早くにげーー)

「ティナ! サーラ!? う、うそだぁああああ!!」

(ん?)
(え?)

 降り注ぐ光が魔獣を消し去っていく。天井を打ち破り、地面に大きな亀裂を入れて、それは現れた。

(ちょっと!? あの鎧ってまさか!?)
(聖王武装……に見えますね)
(じゃ、じゃああれが第三王子!? なんでこんなところに!?)

 猫になっている二人が固唾を飲んで見守る中、第三王子は獣達によって引き裂かれた二人の死骸かげへと近付いた。

「ああっ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だこ、こんなの嘘だぁあああ!! ハァハァ……だ、大丈夫だよ、ぼ、ぼくなら治せるから、ぼくなら、こ、こんな、こんなのぉおおおお!!」

 第三王子は輝くような銀の鎧が真っ赤に染まることも厭わず、地面に四肢をつくとバラバラになった二人の肉片からだを一心不乱に掻き集める。

(え? な、なんか凄い心配されてるんだけど)
(そうですね。王子に避けられてると思ったのは私達の早合点だったのでしょうか? いえ、そもそもあの王子……)
(あっ、やっぱアンタもそう思う?)
(ということはティナもですか?)

 顔を見合わせる二匹の猫。その身体が人のものへと戻っていく。

 見目麗しい少女の外見を取り戻した二人は、半狂乱となって自分達の分身を集める王子へと問いかけた。

「「アロス(さん)?」」
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