運命なんて残酷なだけ

緋川真望

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28 運命の二人の物語(3)

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 一度目は、周囲の言うように何かの間違いだったんだと思うようにした。体調が悪かったのかもしれないし、今まで遊んだΩの体液が服か持ち物に付着していたせいかもしれないと。

 でも、二度目はもう否定しようがなかった。甘く、芳しく、切ないくらいに胸が苦しくなる香り。今までに触れたどのΩよりも、強烈に魅かれるフェロモンの香り。間違いなどではない。確実にここに自分を狂わせるΩがいる……。


 警備員に両腕をつかまれて門から追い出された金田拓真は、しばらくの間、呆然とそこに佇んでいた。
 模試ではいつも全国10位以内に入っていた。試験を受けることさえできれば合格間違いなしと家庭教師にも言われていたのに……今年も受験できずに終わってしまった。

 なぜ自分ばかりがこんな目に合うのか。
 受験会場へ近づくにつれ、体が熱くなり汗が吹き出し鼓動が速くなった。下半身が疼いて、外から見て分かるほどに勃起してしまった。そのまま我慢して試験に向き合うことなど出来るはずがなかった。
 厳粛な試験会場内で明らかに発情している拓真に対して、まわりのαもβも軽蔑した顔を向けてくる。拓真に出来たのは試験官に大声で抗議することだけだった。

「くそ、なんで……」

 ぎりりと唇を噛んで門の方を振り返ると、2名の警備員が威嚇するように肩をそびやかして拓真を睨んでくる。拓真が確実にここを離れるまで、見張っているつもりらしかった。


 拓真は帰るふりをしてその場を離れ、広大なキャンパスの外周をぐるりと回って、反対側の門から学生にまぎれて侵入した。

 一年前と同じ結果のままにするつもりはなかった。元凶のΩを捕まえて、大学の責任者に突き出してやろうと思った。そしてこの一年間、拓真が受け続けた嘲笑と屈辱の分をきっちりと謝罪させてやるのだ。


 追跡は、拍子抜けするくらいに簡単だった。拓真がその匂いで発情してしまったように、相手も拓真の匂いで発情したようで、かなり強い匂いを発している。拓真は広大な敷地の中をまったく迷うことなく進むことが出来た。

 だが、Ωの匂いは近づいたかと思うと遠くなる。追えば追うほど逃げていく。途中で何人もαとすれ違ったが、誰もΩの匂いに気付いていないようだった。

 拓真だけに分かる香りをたどって、確実に距離を縮めていく。近づくほどに拓真の体は熱くなっていき、逃げるΩも同じ状態になっていることを確信した。Ωはまるで誘うようにどんどん人気のない方へと進んでいく。苦しいほどに興奮しながら拓真は追いかけていく。

 そしてとうとう古い研究棟の奥にあるトイレで、隠れるようにうずくまっているΩを見つけ出した。

「お前……すごいな……なんて香りだよ」

 感嘆のあまり、拓真の声はうわずっていた。
 Ωがハッと顔を上げる。
 潤んで輝く大きな瞳と目が合った。
 その瞬間に分かった。
 拓真もそのΩも、すでに抗えないほどに発情しきっている……。

「ど……して……」

 ほっそりとした男性Ωが涙を流し、ぶるぶると震えながら聞いてくる。
 どうしてと聞きたいのは拓真の方だった。

「どうしてお前は俺を誘惑するんだ……」
「ゆ……わく……してな……」
「その甘い香りでここまで発情させておいて、よくそんなことが言えるな」

 拓真はΩの腕をつかんだ。
 頭の中では殴ってやろうと思っているのに体は勝手に動き出し、拓真はそのΩを強く抱きしめていた。
 華奢で柔らかなΩの体が、腕の中でびくんと震える。

「あ……」

 甘い匂いが脳まで侵すように拓真の中に充満する。
 ぷつりと何かの糸が切れた。
 拓真はΩの唇に吸い付き、乱暴に下半身をまさぐった。

「ん……んんっ……」

 Ωは拓真のすることに抵抗はしなかった。いや、抵抗できなかったというのが正しいだろう。ベルトをはずしてズボンを下げると「やめて」とかすれた声で言ったが、下着の中はみっともないくらいに濡れてひくついていた。

「黙ってろ」

 低く唸るように言い、Ωの下着を取って放り投げる。拓真はコートを脱ぎもせずにズボンのファスナーを下ろし、Ωの片足を持ち上げていきなり奥まで突っ込んだ。

「ああっ!」

 Ωは歓喜の声を上げてしがみついて来た。拓真はΩのもう片方の足も持ち上げ、背中を壁に押し付けさせるようにして、何度も何度も突き上げ始める。

「ああっ、ああっ!」

 そのたびに喘ぎ声を上げるΩの口をキスでふさぎ、拓真は抽挿を繰り返した。
 無我夢中だった。
 今までに経験したセックスがすべて偽物だったかのように、体中に快感と喜びが溢れてたまらなかった。

 Ωの体は拓真を受け入れ、悦楽の中で悶え始める。

「あ……あ……すごい……体が溶けちゃう……!」

 それ以外何も考えられないというように、Ωは拓真に抱きついて乱れていく。
 拓真は確信した。

―――― これは俺のΩだ。俺だけのΩだ。

 古く寒いトイレの中で、拓真とそのΩは外の世界を忘れて獣のように交じり合った。試験日だから学生が少なかったのか、そこが今は使われていない研究棟だったのか、それともα学生の多い環境の中で見て見ぬふりをする習慣でもあるのか、外が暗くなるまで二人に邪魔は入らなかった。


 気付けば数時間が経っていて、そのΩは拓真の腕の中で恍惚とした表情で宙を見つめていた。



 スマホで車を持っている取り巻きを呼びつけ、東王大学の裏門の前で待たせた。朦朧としているΩにコートを羽織らせ、抱きかかえるようにしてトイレから連れ出し車に押し込んだ。

「おいおい、マジかよ。拓真すげぇな。試験当日にナンパかよ?」
「沼っち、騒いでないですぐホテルに行けって」
「はいはい、運転手はつらいよーっと。……あれ? なにそいつ男じゃん」

 バックミラー越しに聞かれて、拓真は苦笑する。

「ああ、男のΩだ」
「おー、Ωか! まじもんの発情セックス! いーなー、俺らにもやらせろよ」
「飽きたらな」
「アハハ、拓真はいっつもすぐ飽きるじゃん。お下がり待ってるぜぇ」
「分かった分かった。いいから前見て運転しろ」


 高校生の頃、αでイケメン、成績も運動能力もトップクラス、生徒会長で金持ちの拓真には、校内だけでなく他校からもβの女やΩが寄って来ていた。どいつもこいつも同じような顔で媚びてくるからほとんど区別がつかない。だからいつも適当に付き合って、飽きたら別れた。しつこくつきまとってくるような女は、取り巻きのたむろする廃倉庫に連れて行って、奴らの玩具にさせた。
 そうやって捨てた女の幼馴染とかいう男が抗議してきたこともあったが、拓真が取り巻きと一緒になっていじめ抜いたら、いつの間にかいなくなっていて、後から自殺したと聞かされた。

 そんなことがあっても、誰も拓真を責めなかった。拓真は学園の王様だった。
 順風満帆な人生だったはずなのに、このΩのせいで受験に失敗した。
 それ以来、女もΩも寄って来ない。
 両親でさえ拓真を見限り、βの弟の方へと愛情と期待が移っていった。
 拓真に残されたのは、孫に甘い爺さんと拓真の金に寄生するような取り巻き達だけ。

「ふ……」

 拓真の口から、薄暗い笑いが漏れた。
 拓真のコートにくるまれて、Ωは満足そうに眠っている。大人しそうな顔をしてものすごい淫乱なΩだった。あのトイレの中では拓真以上に積極的で、こちらの精を搾り尽くす勢いで求めてきた。

「まぁ……セックスの味は悪くなかったよな」

 大学の責任者に突き出すよりも、飽きるまで抱き潰してやろうと思った。飽きたら取り巻きに払い下げ、それでもすがってきたら売りでもさせてやればいい。拓真の人生をおかしくさせた張本人だ。拓真はこのΩを一生解放してやるつもりはなかった。


 ホテルに着くと、拓真はΩをベッドに投げるように放り出した。
 鼻歌まじりに気分良くシャワーを浴びて戻ると、Ωはそこから姿を消していた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「桜井唯月か……ゆづき……ゆづきね……」

 口の中であのΩの名前を呟いてみる。
 悪くない響きだった。
 学生かと思っていたら、教授の秘書をしているらしい。
 簡単な略歴が書かれた紙を手に、拓真はその写真を眺めていた。
 あの日はこんな無表情じゃなかった。もっと情熱的にうっとりした目で拓真を求めてきて……。

「このΩがどうかしたのですか」

 病院の応接室で、拓真の祖父の秘書が冷たい顔で拓真を見ていた。

「ああ。こいつが犯人だから」
「犯人?」
「そうだよ、誰も信じてくれなかったけど、試験会場のそばにほんとにΩがいたんだ! こいつのフェロモンのせいで俺は……!」
「何を言い出すのかと思ったら、またそのように有り得ない妄言を」
「は? 有り得ない? なんでだ?」

 秘書は軽蔑の目で拓真を見てくる。

「字も読めなくなったのですか。そこに書いてあるでしょう。このΩにはとっくに番がいるのです」
「んなわけねぇだろ! 番がいるのにあんなすごい香りがするわけが」
「だから有り得ないと言っているのです。番がいるΩは番以外にはフェロモンの匂いすら感じさせなくなる。現にあの会場にいたほかのαは全員、Ωの匂いなどしなかったと証言しました。責任者に問い合わせたら、『番の印』の写真まで送って来ましたよ!」

 秘書がバシンと一枚の写真をテーブルに置いた。斜め後ろから唯月を映したもので、その首元にくっきりと『番の印』が見える。

「いくら試験がうまく出来なかったからといって去年に引き続き今年も騒ぎを起こすなど、本当に呆れ果てるほどの愚か者ですね」
「な……! おま……誰にそんな口を……!」
「妄想もいい加減にしてください! こんな無関係のΩまで調べさせていったい何がしたいんですか。拓真さん、お爺様だっていつまでも甘い顔はしてくれませんよ」

 捨て台詞のように言って、秘書が応接室を出て行く。

 拓真は愕然としたまま、手の中の紙切れを長い時間見つめていた。

 唯月に番がいるなんて、いったいどういう冗談だろうか。
 あれは拓真のΩだ。
 拓真のためにあるΩだ。
 その首を、ほかのαに噛ませたのか……?


 拓真はテーブルの上から写真を取り、手の中の紙切れと一緒に胸ポケットにしまった。
 そこには唯月の年齢も血液型も電話番号も現住所も必要な情報は全部記されていた。





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