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31 神様の天秤
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金田拓真は廃倉庫にいた。
手に持った注射器をLEDランタンにかざしてみる。
その中には語学留学という名目で暮らしていたアメリカで手に入れた『スイート』という名のドラッグに、抑制剤を混ぜてあるものが入っている。
適当な割合で混ぜたから致死率とかは分からない。
どっちに転んでも別にいいと、拓真は捨て鉢に思っていた。
「神様の天秤、か」
唯月はよく『神様の天秤』という言葉を使った。
毒を飲んで九死に一生を得た時にも、拓真の取り巻きが事故で死んだ時にも、ニュースで大きな事故の映像が流れた時にも、そんなことを口にしていた。
子供の頃、両親と一緒に乗っていた車が事故に遭い唯月だけが生き残った時、担当した刑事がそんな言葉を使ったらしい。
『神様の天秤が生きる方に傾いたんですね。神様はあなたに生きろと言っているんですよ』と。
そいつは両親を失った唯月を慰めるつもりだったのかもしれないが、唯月は人の生き死にを決めるのは神様の役割だと考えるようになったらしい。
さらに、10歳の頃に起こった火事でも唯月は生き残り、ますます神様の天秤を信じるようになる。火事の直前、もう夜中だというのに『つまみを買って来い』と家を追い出された唯月だけが、まったくの無傷だったからだ。
唯月は自分で自分の生き死にを決めてはいけないと思っている。だから毒を飲む時も、致死量ギリギリしか飲まなかった。唯月がその毒で生きるか死ぬかを、最終的には神様の天秤に決めてもらうつもりだったらしい。
拓真はふっと笑いを漏らす。
拓真は神様の天秤なんて信じていないが、唯月にならってそうすることにした。
この薬を使って、生きるか死ぬかは神様の天秤次第……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
唯月と拓真は何度も発情期を共に過ごしてきた。二人でベッドでくつろぎながら、共にいろんな話をしてきた。だが、それをはっきり覚えているのは拓真だけで、唯月にとっては夢うつつの中の出来事だと気付いたのはかなり後になってからだった。
愛し合うように肌と肌を合わせて睦言に優しい言葉を交わしても、次に会いに行くとこわばった顔で拒絶される。発情期の唯月は、夢の中でずっと違う男の面影を見続けている。何度逢瀬を重ねても、積み重なるのは拓真の方の想いだけだった……。
唯月が一途に想い続ける墨谷春哉という男は、調べれば調べるほど薄情な男だと分かって来た。
大学内での噂では、墨谷らのαのグループに唯月は性的なペットとして弄ばれていたということらしかった。しかも、墨谷は自分から珀山の家に取り入って婿に収まろうとしていて、番にした唯月の存在を秘密にしているのだ。
唯月の目を覚まさせようと、墨谷が婚約者と一緒にホテルに行くところを見せてやったが、それでも唯月は盲目的に墨谷を信じ切っている。
拓真は墨谷が許せなかった。でも、墨谷に直接危害を加えれば、また唯月が毒を飲むかもしれない。だから、拓真は墨谷の婚約者を狙った。バカげた婚約なんて破棄させてやるために、そのΩを汚してやるつもりだった。
拓真の取り巻きはみんなβで、今まで拓真が飽きた女をお下がりで与えてきた。奴らは拓真がΩと遊んでいると聞きつけて、そろそろこっちにまわせとうるさくなってきていた頃だった。
だが、拓真は一向に唯月に飽きない。この先もきっと飽きることは無い。
墨谷の婚約者は、唯月の代わりにちょうど良かった。あいつらをΩと遊ばせてやるいい機会だと思った。
送迎の車を襲ってΩを攫い、強制発情剤で発情させて奴らの玩具にさせた。だが、奴らが発情Ωだと喜んだのは最初だけで、たった数時間で疲れて音を上げ始めた。
Ωは正気を失って、ずっと婚約者を求め続けている。拓真はその頃すでに唯月以外に興味は無かったのだが、味見程度に抱いてみるかと思ったのが間違いだった。そのΩは身長も体格も声質も唯月とよく似ていた。その可愛い声で、唯月と同じように何度も『シュンヤさん』と呼んでいたのだ。
攫ってきたΩを犯しながら、拓真はいつの間にか唯月を抱いているような気持ちになっていた。発情したΩの甘いフェロモンの香りと『シュンヤさん』と呼びかける細い声、そして白い首が目に入った。
「唯月、唯月、お前は俺のものだ、俺のΩだ……」
気付いた時には、拓真はそのΩの首に噛みついてしまっていた。
Ωはガクガクと震えて悶え、口から泡を吹いていた。
四人がかりで乱暴にしすぎたせいで、顔色が真っ青になっていて、しかも何か所か骨も折れているらしかった。
拓真は慌てて取り巻きに指示して、病院の前にΩを捨てさせた。
そして、祖父に泣き付いたのだった。
海外に追いやられて、三年間も唯月に会えなかった。
会えない間に、やっとはっきりと自覚した。
拓真は本気で唯月を愛しているのだと。
そして日本に戻ってすぐに唯月にプロポーズした。
「なぁ、唯月……。俺が結婚してやるから一緒に来いよ。もういい加減に二股なんかかけていないで、俺を選べって。俺なら唯月を幸せにしてやれるからさ。なんてったって俺こそが唯月の『運命の番』なんだから」
唯月は眉をひそめた。
「結婚……? 何を、言っているんですか……?」
唯月の表情を、最初は途惑いだと思っていた。でも、それはまったく違っていた。
「何って、まぁ、だいぶ待たせちゃったけど、俺も覚悟を決めたっていうか」
「は……?」
「だから、唯月を俺の嫁さんにしてやるって言ってんだろ」
唯月はポカンと口を開けた。驚いているだけかと思ったら、それもまったく違っていた。
「あなたは頭でもおかしくなったんですか? 今までさんざんレイプしておいて、嫁にしてやる?」
「なんだよ、俺はレイプなんてしてないだろ? いっつも唯月は俺に抱かれてめちゃくちゃ喜んでいるくせに」
唯月の顔がかぁっと赤くなった。照れているのかと思ったら、それもまったく違っていた。
「一度だって喜んだことはありません。私はいつも嫌だと言っているでしょう? 毎回毎回、もう来ないで、もう解放してと言っているでしょう? あれは何だと思っていたんですか?」
「いや、口では何を言っても結局アンアン喘ぐじゃないか。なんつうか、ツンデレ? そうそう、いわゆるツンデレだろ?」
「……本気で言っているんですか? 本気でそう思っていたんですか?」
唯月の声が震えていた。
それは怒りのように見えて、拓真はやっとなんだかおかしいと気付き始めた。
「え、だって、そうだろ? 俺と唯月は『運命の番』なんだからさ」
唯月は寒気がするようにぶるっと震えて、自分の肩をさすった。
「本当に、何も分かっていなかったんですね。あなたのフェロモンは……『運命の番』のフェロモンは、私にとって強制発情剤と同じです。私の意志に関わらず、むりやり発情されられてしまう恐ろしいものです。私は毎回、強制発情剤と同じもので、あなたにレイプされてきたんです」
唯月は両手の拳をぎゅっと握っていた。
「レイプなんて、そんなわけ……」
「私がお願いだからやめてと叫んでも、あなたは一度だって聞いてくれなかったじゃないですか……! 嫌で嫌でしょうがなかったのに、いつもむりやり私を……」
くるりと踵を返して、唯月が部屋の奥へと走っていく。
「お、おい、唯月」
拓真が追いかけると、唯月はいくつものガラスの小瓶を抱えていた。
「これを全部あなたにあげます」
「え……なにこれ」
思わず両手で受け取ってしまった小瓶の中には色とりどりの粉が入っていた。
「これはスズランの実、これは夾竹桃の茎、これはトリカブトの根……。すりつぶして粉にして、あなたが私を犯すたびに、今度こそこれを飲ませてやろう、今度こそ殺してやろうって、毎回、毎回、そう思って……」
苦しくなったように唯月は顔を覆った。
「ゆ、唯月」
「ずっとずっと殺意を持つほど憎んでいたのに、結婚してやる? 私がそれを望んでいるとでも?」
「で、でも……お前の番は結婚してくれないんだろ? 俺だったら唯月を幸せに……」
「ふざけるな!」
唯月が叫んだ。
真っ赤に充血した目で拓真を睨みつけ、噛みつくように唯月が叫んだ。
「お前と一緒にいて幸せだったことなんて一瞬も無い! ずっとずっと死ねばいいと思ってきたんだ! お前なんか死んでしまえ! お前なんか死んでしまえ!」
半狂乱になって叫び続ける唯月から、拓真は逃げるようにしてその場から去った。
唯月が怒るのを初めて見た。
唯月の殺意を初めて感じた。
出会ってから今まで、自分が勘違いの中にいたことを、やっと拓真は知ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「俺、どこから間違ってたんだろ……」
廃倉庫の中で、拓真は呟いた。
間違えたのは、きっと最初からだ。
最初から、本気で向き合えば良かった。
最初から、全力で愛を囁けばよかった。
拓真は『運命の番』なんだから、真剣に求愛し続ければ、振り向いてもらえたかもしれないのに。
完全に、最初からやり方を間違えてしまった。
「そういや俺、まだ一度も好きだって言ってないし……」
おかしくて笑いが込み上げてきた。
笑っている内に、涙が出てきた。
唯月にもらった毒の小瓶は全部始末しておいた。
あの毒で死んだら唯月に疑いがかかってしまう。
「あーあ、俺の人生って、ほんと……」
注射器を手に持って、まじまじと見る。
本当に、拓真の人生はバカな人生だった。
やっと、自分の気持ちに気付いた時にはもう、死んでやることぐらいしか出来なくなっていたなんて。
でも。
でも、もしも。
もしも、この薬を注射しても神様の天秤が生きる方に傾いたなら、まずは唯月に会いに行こうと思う。今までのことを全部謝って、好きだって真剣に伝えよう。今までしてきた悪事を全部清算して、ちゃんとまともに人生を生き直して、唯月にふさわしい男になって、あんな不実な番から今度こそ唯月を奪い取るんだ。そして、絶対、絶対、一生唯月を幸せにする。浮気はしない。一生唯月だけを愛する。本気で愛する。残りの人生のすべてをかけて、唯月だけを大切にする。
もしも、神様の天秤が生きる方に傾いたなら。
手に持った注射器をLEDランタンにかざしてみる。
その中には語学留学という名目で暮らしていたアメリカで手に入れた『スイート』という名のドラッグに、抑制剤を混ぜてあるものが入っている。
適当な割合で混ぜたから致死率とかは分からない。
どっちに転んでも別にいいと、拓真は捨て鉢に思っていた。
「神様の天秤、か」
唯月はよく『神様の天秤』という言葉を使った。
毒を飲んで九死に一生を得た時にも、拓真の取り巻きが事故で死んだ時にも、ニュースで大きな事故の映像が流れた時にも、そんなことを口にしていた。
子供の頃、両親と一緒に乗っていた車が事故に遭い唯月だけが生き残った時、担当した刑事がそんな言葉を使ったらしい。
『神様の天秤が生きる方に傾いたんですね。神様はあなたに生きろと言っているんですよ』と。
そいつは両親を失った唯月を慰めるつもりだったのかもしれないが、唯月は人の生き死にを決めるのは神様の役割だと考えるようになったらしい。
さらに、10歳の頃に起こった火事でも唯月は生き残り、ますます神様の天秤を信じるようになる。火事の直前、もう夜中だというのに『つまみを買って来い』と家を追い出された唯月だけが、まったくの無傷だったからだ。
唯月は自分で自分の生き死にを決めてはいけないと思っている。だから毒を飲む時も、致死量ギリギリしか飲まなかった。唯月がその毒で生きるか死ぬかを、最終的には神様の天秤に決めてもらうつもりだったらしい。
拓真はふっと笑いを漏らす。
拓真は神様の天秤なんて信じていないが、唯月にならってそうすることにした。
この薬を使って、生きるか死ぬかは神様の天秤次第……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
唯月と拓真は何度も発情期を共に過ごしてきた。二人でベッドでくつろぎながら、共にいろんな話をしてきた。だが、それをはっきり覚えているのは拓真だけで、唯月にとっては夢うつつの中の出来事だと気付いたのはかなり後になってからだった。
愛し合うように肌と肌を合わせて睦言に優しい言葉を交わしても、次に会いに行くとこわばった顔で拒絶される。発情期の唯月は、夢の中でずっと違う男の面影を見続けている。何度逢瀬を重ねても、積み重なるのは拓真の方の想いだけだった……。
唯月が一途に想い続ける墨谷春哉という男は、調べれば調べるほど薄情な男だと分かって来た。
大学内での噂では、墨谷らのαのグループに唯月は性的なペットとして弄ばれていたということらしかった。しかも、墨谷は自分から珀山の家に取り入って婿に収まろうとしていて、番にした唯月の存在を秘密にしているのだ。
唯月の目を覚まさせようと、墨谷が婚約者と一緒にホテルに行くところを見せてやったが、それでも唯月は盲目的に墨谷を信じ切っている。
拓真は墨谷が許せなかった。でも、墨谷に直接危害を加えれば、また唯月が毒を飲むかもしれない。だから、拓真は墨谷の婚約者を狙った。バカげた婚約なんて破棄させてやるために、そのΩを汚してやるつもりだった。
拓真の取り巻きはみんなβで、今まで拓真が飽きた女をお下がりで与えてきた。奴らは拓真がΩと遊んでいると聞きつけて、そろそろこっちにまわせとうるさくなってきていた頃だった。
だが、拓真は一向に唯月に飽きない。この先もきっと飽きることは無い。
墨谷の婚約者は、唯月の代わりにちょうど良かった。あいつらをΩと遊ばせてやるいい機会だと思った。
送迎の車を襲ってΩを攫い、強制発情剤で発情させて奴らの玩具にさせた。だが、奴らが発情Ωだと喜んだのは最初だけで、たった数時間で疲れて音を上げ始めた。
Ωは正気を失って、ずっと婚約者を求め続けている。拓真はその頃すでに唯月以外に興味は無かったのだが、味見程度に抱いてみるかと思ったのが間違いだった。そのΩは身長も体格も声質も唯月とよく似ていた。その可愛い声で、唯月と同じように何度も『シュンヤさん』と呼んでいたのだ。
攫ってきたΩを犯しながら、拓真はいつの間にか唯月を抱いているような気持ちになっていた。発情したΩの甘いフェロモンの香りと『シュンヤさん』と呼びかける細い声、そして白い首が目に入った。
「唯月、唯月、お前は俺のものだ、俺のΩだ……」
気付いた時には、拓真はそのΩの首に噛みついてしまっていた。
Ωはガクガクと震えて悶え、口から泡を吹いていた。
四人がかりで乱暴にしすぎたせいで、顔色が真っ青になっていて、しかも何か所か骨も折れているらしかった。
拓真は慌てて取り巻きに指示して、病院の前にΩを捨てさせた。
そして、祖父に泣き付いたのだった。
海外に追いやられて、三年間も唯月に会えなかった。
会えない間に、やっとはっきりと自覚した。
拓真は本気で唯月を愛しているのだと。
そして日本に戻ってすぐに唯月にプロポーズした。
「なぁ、唯月……。俺が結婚してやるから一緒に来いよ。もういい加減に二股なんかかけていないで、俺を選べって。俺なら唯月を幸せにしてやれるからさ。なんてったって俺こそが唯月の『運命の番』なんだから」
唯月は眉をひそめた。
「結婚……? 何を、言っているんですか……?」
唯月の表情を、最初は途惑いだと思っていた。でも、それはまったく違っていた。
「何って、まぁ、だいぶ待たせちゃったけど、俺も覚悟を決めたっていうか」
「は……?」
「だから、唯月を俺の嫁さんにしてやるって言ってんだろ」
唯月はポカンと口を開けた。驚いているだけかと思ったら、それもまったく違っていた。
「あなたは頭でもおかしくなったんですか? 今までさんざんレイプしておいて、嫁にしてやる?」
「なんだよ、俺はレイプなんてしてないだろ? いっつも唯月は俺に抱かれてめちゃくちゃ喜んでいるくせに」
唯月の顔がかぁっと赤くなった。照れているのかと思ったら、それもまったく違っていた。
「一度だって喜んだことはありません。私はいつも嫌だと言っているでしょう? 毎回毎回、もう来ないで、もう解放してと言っているでしょう? あれは何だと思っていたんですか?」
「いや、口では何を言っても結局アンアン喘ぐじゃないか。なんつうか、ツンデレ? そうそう、いわゆるツンデレだろ?」
「……本気で言っているんですか? 本気でそう思っていたんですか?」
唯月の声が震えていた。
それは怒りのように見えて、拓真はやっとなんだかおかしいと気付き始めた。
「え、だって、そうだろ? 俺と唯月は『運命の番』なんだからさ」
唯月は寒気がするようにぶるっと震えて、自分の肩をさすった。
「本当に、何も分かっていなかったんですね。あなたのフェロモンは……『運命の番』のフェロモンは、私にとって強制発情剤と同じです。私の意志に関わらず、むりやり発情されられてしまう恐ろしいものです。私は毎回、強制発情剤と同じもので、あなたにレイプされてきたんです」
唯月は両手の拳をぎゅっと握っていた。
「レイプなんて、そんなわけ……」
「私がお願いだからやめてと叫んでも、あなたは一度だって聞いてくれなかったじゃないですか……! 嫌で嫌でしょうがなかったのに、いつもむりやり私を……」
くるりと踵を返して、唯月が部屋の奥へと走っていく。
「お、おい、唯月」
拓真が追いかけると、唯月はいくつものガラスの小瓶を抱えていた。
「これを全部あなたにあげます」
「え……なにこれ」
思わず両手で受け取ってしまった小瓶の中には色とりどりの粉が入っていた。
「これはスズランの実、これは夾竹桃の茎、これはトリカブトの根……。すりつぶして粉にして、あなたが私を犯すたびに、今度こそこれを飲ませてやろう、今度こそ殺してやろうって、毎回、毎回、そう思って……」
苦しくなったように唯月は顔を覆った。
「ゆ、唯月」
「ずっとずっと殺意を持つほど憎んでいたのに、結婚してやる? 私がそれを望んでいるとでも?」
「で、でも……お前の番は結婚してくれないんだろ? 俺だったら唯月を幸せに……」
「ふざけるな!」
唯月が叫んだ。
真っ赤に充血した目で拓真を睨みつけ、噛みつくように唯月が叫んだ。
「お前と一緒にいて幸せだったことなんて一瞬も無い! ずっとずっと死ねばいいと思ってきたんだ! お前なんか死んでしまえ! お前なんか死んでしまえ!」
半狂乱になって叫び続ける唯月から、拓真は逃げるようにしてその場から去った。
唯月が怒るのを初めて見た。
唯月の殺意を初めて感じた。
出会ってから今まで、自分が勘違いの中にいたことを、やっと拓真は知ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「俺、どこから間違ってたんだろ……」
廃倉庫の中で、拓真は呟いた。
間違えたのは、きっと最初からだ。
最初から、本気で向き合えば良かった。
最初から、全力で愛を囁けばよかった。
拓真は『運命の番』なんだから、真剣に求愛し続ければ、振り向いてもらえたかもしれないのに。
完全に、最初からやり方を間違えてしまった。
「そういや俺、まだ一度も好きだって言ってないし……」
おかしくて笑いが込み上げてきた。
笑っている内に、涙が出てきた。
唯月にもらった毒の小瓶は全部始末しておいた。
あの毒で死んだら唯月に疑いがかかってしまう。
「あーあ、俺の人生って、ほんと……」
注射器を手に持って、まじまじと見る。
本当に、拓真の人生はバカな人生だった。
やっと、自分の気持ちに気付いた時にはもう、死んでやることぐらいしか出来なくなっていたなんて。
でも。
でも、もしも。
もしも、この薬を注射しても神様の天秤が生きる方に傾いたなら、まずは唯月に会いに行こうと思う。今までのことを全部謝って、好きだって真剣に伝えよう。今までしてきた悪事を全部清算して、ちゃんとまともに人生を生き直して、唯月にふさわしい男になって、あんな不実な番から今度こそ唯月を奪い取るんだ。そして、絶対、絶対、一生唯月を幸せにする。浮気はしない。一生唯月だけを愛する。本気で愛する。残りの人生のすべてをかけて、唯月だけを大切にする。
もしも、神様の天秤が生きる方に傾いたなら。
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