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22話 聖女の力

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 見渡す限り、一面が真っ白な世界。
 空も無く、大地も無く、上下左右全てが眩しい光に包まれたように一面、白いのです。
 わたしの体はとても軽い。
 身体がまるで存在しないみたい。
 今なら、自由にどこにでも行けそうな錯覚を覚えます。

 不思議なのはそれでも、五感はしっかりと働いています。
 どういうことなのでしょう?

 そして、気付きました。
 美味しい匂いがどこからか、してくることに……。
 匂いを辿っていくとそこには一際、眩く輝く、温かな光の球があります。

「美味しそう……」

 無我夢中で食べ続け――


 差し込む朝日による緩やかな刺激がわたしの頭をゆっくりと覚醒させていきます。
 アーヤの手を握ったまま、いつの間にか、寝ていたみたい。
 昨夜と何も変わった様子が見られないアーヤの部屋。
 ただ、あんなにも顔色が悪く、魘されていたアーヤが今は安らかな寝息を立てています。

 では、あれは夢だったのでしょうか?
 現実に起きたとは思えないとても、不思議な体験でした。
 一体、何だったのでしょう。

 確かめる術はありません。
 ただ、一つだけ確かなことがあります。
 アーヤの命が救われた。
 これだけは間違いないのですから……。



「アーヤ、良かった……。元気になったのね」

 何が起きたのかは分かりません。
 彼女はもう大丈夫という謎めいた確信がわたしの中にあるのです。
 アーヤの手を握り直すと、彼女が不意に目を覚ましました。

「お姉ちゃん?」
「おはよう、アーヤ」
「お姉ちゃーん!」

 アーヤが泣きながら、抱きついてきました。
 彼女は幼いながら、一人で戦っていたのです。
 とても不安でいっぱいだったのでしょう。
 優しく彼女の髪を撫でてあげました。
 しばらくすると落ち着いたようで、恥ずかしそうにはにかみます。
 本当に可愛らしい子です。

「ごめんなさい、お姉ちゃん……」
「いいのよ。辛かったでしょう? だから、もっと甘えてもいいのよ」
「うん……ありがとう」

 アーニャは昨日の今日ですから。
 まだ、体力が完全に戻っていません。
 少々、ぐずるアーヤでしたが、おとなしく部屋で過ごすことになりました。



 不思議な夢とアーヤの病について、イブン老ならもっと詳しいことが分かるはずです。
 容体が安定したアーヤをサラさんに任せ、彼のところに向かうことにしました。

「あら? カーミルさんもいらっしゃったんですね?」

 イブン老の家に着いたわたしを待っていたのは予想しない人物でした。
 カーミルさんが先客として、既にいたのです。

「これはまた珍しい組み合わせじゃのう」

 イブン老は長い顎髭をいじりながら、どこか楽しそうに薄っすらと笑みを浮かべています。
 ベネディクト翁もたまにあのような表情を浮かべていたことがありました。
 あれはいつのことだったでしょう。
 そうです。
 思い出しました。
 学園に通うことになり、トビーと再会出来ると知った時のことでした。
 どういう意味合いだったのでしょう?

「どうして、あなたがいらっしゃるのですか?」
「それは……だな。つまり……」
「そりゃあ、わしはこやつの師匠じゃからのう。わしにとって、こやつは孫みたいなもんじゃし、こやつにとってはわしが親みたいなもんじゃからのう」

 説明しようとでも言わんばかりに言葉を遮られたカーミルさんは戸惑いの表情を浮かべながら、ダークグリーンの瞳で刺すような鋭い視線をイブン老に送っています。
 イブン老は動じた様子も無く、相変わらず顎髭をいじっています。
 そこには信頼と愛情という二人の強い絆が感じられ、わたしには微笑ましく思えました。

「聖女様が知りたいこともこやつがおる方が分かりやすいじゃろうて」

 そして、イブン老が明かしてくれた『砂漠の民』の秘密とアーヤの病の謎にわたしはさらなる衝撃を受けるのでした。
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