エスとオー

KAZUNAKA2020

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ガードレールにKISS

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「安い中古車って、どこで買えばええんですか?」
オレは会社の先輩、もじゃもじゃ頭の森さんに聞いた。

先輩といっても、二十歳年上だったので、オレから見れば、普通のおじさんだ。

短いパーマ頭で、痘痕あばた顔、容姿はちょっと怖いけど、仕事は丁寧ていねいに教えてくれる優しい人だった。

「おまえ、車が欲しいのか? 中古車屋なら近くにたくさんあるからオレが教えたるで」
と、森さんは言った。
「でも、ちゃんと見極みきわめやな、とんでもないものをつかまされんど」

「そりゃあ怖いですねぇ。 突然ぶっ壊れたら大変やし。 でも、ほんまに安いやつしか無理なんですよ。どんな車がええのか分からなくて」

「そうか、じゃあオレがいろいろアドバイスしたるわ」
と、森さんは親身になって聞いてくれた。

横で聞いていた鈴木さんは、
「中村くん、車を買うの? じゃあ、いつかドライブに連れて行ってねん」
と、いつものように、色気を発散させて言った。

森さんは妻子持ちだけど、スポーツタイプの車、トヨタ・セリカXXダブルエックスに乗っていた。

オートマチック車なんかには絶対乗らない、硬派こうはの人だった。

「オートマなんて乗るなよ。あれは女の子用やからな。」

森さんは、けっこう車にはくわしかったので、オレはいろいろと相談した。

「あまり金がないんやったら、最初は軽にしておけ」
と、森さんが言うと、
「なんや、軽自動車なの?それはちょっとつまらんねぇ」
と、鈴木さんが横から言った。


少ない資金で車を買うというのは、少し不安もあったけど、軽自動車なら何とか買えそうだった。

「どうせぶつけるやろから、最初はボロいやつでええやろう、ハッハッハ」
森さんは、笑いながらそう言った。

「ボロですか、まぁそうですねぇ」

どうせぶつけるやろから・・・。

森さんの予想はズバリ的中していた。

オレはマイカー、スズキ・アルトを手に入れた翌日に、ガードレールに突っ込んだのだった。




休日、森さんのセリカに乗せてもらい、近くの中古車店に行ってみた。

高価な車を横目で見ながら、自分でも買えそうな安い軽自動車を見て回った。

その中で、比較的新しく、そして綺麗な赤いボディをした一台に目が止まった。

森さんは、
「うん、これはけっこうええタマかもしれんな」
と言って、赤い軽自動車のドアを開けて中に乗り込んだ。

そして、
「まあ、あちこちに小さな傷はあるけど、これ、わりとええんとちゃうか? そんなにボロくもないし」
と言い、クラッチを踏んでギアを入れてみた。

「うん、悪うない。 どうや? おまえ赤は嫌いか?」
と森さんはオレに聞いた。

値段も手頃だし、赤いボディも気にいった。

数分後、オレは契約書を書いていた。





「おまえもとうとう車持ちか」
王崎は笑いながらドアを閉めた。

前日にアルトを納車のうしゃして、これから王崎を乗せて軽くドライブするところだ。

普段、トラックに乗っていたので、運転にはまったく不安はない。

オレはギアを入れ、走り出した。
「ほな、行くで!」

ただ、軽自動車とはいえ、車体が軽いので、トラックよりも加速は良かった。

「おぉ、けっこう速いやん!」
オレはギアを上げ、爽快に飛ばした。

窓から入ってくる風が、とても心地ここち良かった。

アルトは、オレの手となり足となった。

これなら、どこまでも行ける。

そう、この車は、オレの思いのままだった。

「中村、この車、ちっちゃいけど、けっこう良く走るよな」
古い軽自動車なんて、ほとんど乗ったことのない王崎には驚きの体験だった。


これはオレの車なんや。

王崎の車を借りて運転しているのではない。

マイカーなら、誰に気兼きがねする必要があるんや。

オレは細い道から、広い幹線かんせん道路に出た。

そして、さらに加速した。

「ハハハ、おまえ大丈夫か? ちょっと調子に乗り過ぎやで」

オレは完全に調子に乗っていた。

自分の車を持てたことと、トラックとは違うスピードに酔っていたのだ。

オレは広い交差点をかなりのスピードで左折した。

トラックとは違い、車体の軽い車はハンドルがとてもクイックだった。

軽自動車の細いタイヤでは、オーバースピードをえるだけのねばりはなく、悲鳴を上げながら、ズルズルとすべっていった。

オレは必死でハンドルを戻そうとした。

しかし、気づいた時には、オレの車は内側のガードレールに突っ込んでいた。





そのあとは、あまり良く覚えていないけど、フロントがぐちゃぐちゃになったアルトを見ながら、オレは茫然ぼうぜんとしていたと思う。

そして、なぜだか笑っていた。

決して、可笑おかしくて笑っていたのではない。



幸い怪我けが人はいなかったけど、広い交差点での事故だったので、大騒動になった。

何台もパトカーが来て、事故の処理をした。

ガードレールに突っ込んだ車を、道行く人に見られ、オレはすごく恥ずかしかった。

フロントはぐちゃぐちゃだったけど、エンジンや足回りは問題なかったので、警察の実況検分が終わると、オレはそのまま運転して帰ってきた。

「まぁ、誰も怪我をしなかったし、前面だけのダメージなんで、良かったんやないか?」
と、王崎は言った。

オレは笑っていたけど、内心はかなりのショックを受けていた。

「あぁ、そうやな。怪我人がいなくてほんま良かった。でも、ここんとこオレはついてないな」
と、ため息まじりにそう言った。

「また、そのうちきっといいことがあるやろ」
王崎はオレに同情するように言った。


カーステレオからは、KISS  の「 SHANDI シャンディ」が流れていた。

ポップなメロディが、オレのショックをやわらげてくれた。

こうして、オレたちの十代が終わろうとしていた。


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