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第57話【元勇者、ダクトの町へ到着する】

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「それではダクトへ向けて出発しますね」

 次の日の早朝、早めに食事を準備してもらい夜が明けてすぐに宿を出て馬車を走らせはじめた。

「ラウからの距離だとこの時間に出発しないと野営を挟まなくてはなりませんからね。スピードも前回同様に5割増で進みますので索敵はしっかりとお願いしますね」

 御者台で馬の手綱を器用に操りながら隣に座る俺の顔を見て何か言いたそうな表情をする。

「どうかしたか?」

 索敵魔法を展開しながら俺はガーネットの様子が変だと思い、大丈夫なのかと声をかけてみた。

「いえ、昨日の魔法といいアルフさんはかなりの手練れなのですね。あのような繊細な魔法は初めて見ましたので少し驚いたのです」

「ああ、奴の口に酒を押し込んだ魔法のことか。あれはそれほど高度なものじゃないんだが確かに魔力制御は必要かも知れないな」

 俺はそう言ってただの水で水球を作って指先でクルクルと回した。

「それ! どうやってるのですか!?」

「ん? ああ、この水自体は魔法で出したものじゃなくてどこにでもある普通の水なんだが魔力の膜で包み込むことで水球を作り出すことが出来る。そうなれば後は魔力制御で物質を思う方向に移動させてやればいいんだ」

 俺はそう言うとクルクル回していた水球を道の横に立っている木に目掛けて打ち出した。

 バシュ

 木に当たった水球はその衝撃で弾け飛び水は霧となって霧散した。

「こんな感じだな」

 俺がちょっとだけ得意げに言うとガーネットは真剣な眼差しで「次の休憩時に教えてください」とお願いをしてきた。

 ◇◇◇

「――なるほど、操作する指向に魔力の流れを持っていく事で複雑な操作を可能にしているのですね。こんなやり方は初めて知りました」

 もともと魔法の扱いは上級レベルであろうガーネットは俺が教えたコツをすぐに掴み文字通り休憩時間中にほぼ習得してしまっていた。

「いやいや、ガーネットさん優秀過ぎやしないか? 俺もコイツが出来るようになるまでには少なくとも1週間はかかったぞ」

 俺の言葉にガーネットは少し照れた表情で言う。

「教え方が良かったのだと推測しますわ。そもそも、あれだけ分かりやすく教えて貰えれば誰でも直ぐに習得出来るはずです」

 そんなはずは無いのは明白だったがガーネットがそう言い切ったので俺も諦めて称賛を受け入れることにした。

(まあ、美人さんに褒められるのは正直嬉しいことだからな)

 そんな事を挟みながらも馬車は予定通りに運行されいつしかもうすぐダクトの町に着く所まで差し掛かっていた。

「もうすぐダクトに到着しますが、アルフさんはどういった目的でダクトに来られたのでしょうか?」

「この辺りを主とする冒険者の憧れである大森林の遺跡目的に来たんだ。ダクトからなら一日程度で辿り着ける距離だからな」

「なるほど、大森林の遺跡ですか。あそこはまだ完全攻略されてませんので未知の魔道具などが度々発見されているようで高ランクの冒険者たちの間では人気のスポットですから分かる気がしますがアルフさんはソロ活動をされているのですよね?」

「ああ、そうだな。昔は臨時でパーティーを組んでいた事もあったが5年くらい前からはずっとソロ活動をしていたな」

(本当に勇者だからってひとりで魔王討伐に向かわせるなんて無茶にも程があるよな。やはりあの国王にはもう少し恥ずかしい目にあわせておくべきだったか?)

「5年間も!? よく今まで生き残れましたね。理由があったにしろ危険な事には代わりありませんから遺跡探索をされるのであれば何処かのパーティーに臨時で加入すべきでしょう」

 ガーネットが本気で俺の心配をしてくれているのは分かっていたのでその場では直ぐに否定はせず俺は「考えておくよ」とだけ言ってはぐらかした。

「私が一緒に行けたら良かったのですけど公務がありますから……いえ、いっそギルドを退職すれば」

 俺の態度に不安を感じたのかガーネットがとんでもない事を言い出したのを聞き逃さなかったリッツが馬車の窓から俺に釘を差しにきた。

「おいおい、君の任務はこの馬車を無事にダクトの町まで護衛をする事であってウチの職員をたらしこんで引き抜くのは依頼内容には入ってないぞ?」

「と、当然だろう。そんな事はこれっぽっちも考えてないから安心してくれ」

 俺はリッツの指摘に虚をつかれたように慌てて否定をした。

「そうですよね。私の実力では足手まといになるでしょうから無理は言わないでおきます。ですが、また王都を訪れた時にはギルドに顔を見せてください」

 ガーネットがそう言って微笑んだ時、ダクトの町並みが見えてきた。

「ふむ、予定どおりの到着のようだ。私の公務は3日程だがこのまま君が抜ければ帰りはガーネットとふたりきりになってしまうがどうだ? 帰りも護衛任務に付きたくなっただろう?」

 リッツは俺の目的を知っているにもかかわらずそう言ってニヤリと笑う。

「大変迷うところだが丁重にお断りされていただくよ。今現在、俺の目的はこの町にあるからな」

「ははは、まあ冗談だ。せいぜい気をつけて遺跡探索をしてくれたまえ、それでもしマジックバックの良いものが見付かったなら是非とも王都商業ギルドへ持ち込んでくれ。そうすればガーネット嬢とのデートをする事を認めてやろう。どうだ? やる気になっただろう?」

「ギルドマスター。そのような冗談は自らの身を滅ぼす事になりますので謹んで頂きたいと思います」

 俺が隣を見ると顔を赤らめたガーネットが先ほど覚えたばかりの水球制御をリッツの顔の前で破裂させていた。
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