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第61話【元勇者、勘違いで襲われる】

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「娘が森へ薬草摘みに行っているのです。早くに夫が病気で他界してから女手ひとつで育ててきましたが私もこのところ足が思うように利かなくなってしまい今まで私がやっていた薬草摘みを娘に頼むようになったのです」

「なるほど、畑を荒らしに出てくるボアはもちろん森で薬草摘みをする娘さんの安全のためにも出来るだけ多く狩って欲しいという事だな」

「は、はい。そのとおりです」

「内容は分かったが期間が3日とのことだから夜は庭にテントを張らせてもらうがいいか?」

「そんな! 夜は部屋を用意しますので家の中で休まれてください」

「いやいや、ボアはもともと夜行性の獣だから畑を荒らすのも夜。そんなときに呑気に家の中で寝るなんて依頼を放棄しているのと同じだ。だから見張りも兼ねて庭にテントを張って隠れて見張ろうと思っているんだ」

 俺の説明に彼女は申し訳なさそうな表情をするが最後には納得してくれたのでさっそく裏の畑を見せてもらうことにした。

「すみません。今日は特に足の調子が良くなくてついて行くことが難しいようです。畑は玄関から出て右手の小道を壁沿いにまわってもらえればわかると思います」

 彼女はそう言って申し訳なさそうに頭をさげる。

(満足に歩けないほど悪いのか……。依頼にない事をすると後で怒られるかもしれんが知ってしまったからな)

「もし、良かったらその足をみせてもらえるか? 多少だが治癒魔法の心得もある」

「え? この足を治せるのですか?」

「やってみないと分からないがおそらく今よりはマシになるとは思う。もっとも別の依頼で来た俺がこんな事を言っても怪しいだけかもしれんがなんとなく見ていられなくてな」

「本当に治せるならばお願いしたいのですがボア退治の依頼を出したばかりなので治癒魔法のお代分を支払うだけの余裕はないのです」

「まあ、そのへんはうまく誤魔化しておけるから大丈夫だ。たとえばボアと遭遇した時に怪我をして治療したとかな」

「……本当にすみません。ではよろしくお願いします」

 そう言って彼女がロングスカートの裾を捲くって膝を露わにした時、ドアの開く音がして誰かが叫びながら飛び込んで来た。

「母さんに何してるのよ! この変態!!」

 俺が声のする方向へ振り向いた瞬間、俺の頭目掛けて木の棒が振り下ろされてきた。

「うおっ!?」

 俺は反射的にその棒を手の甲で弾くと襲いかかってきた人影の腕を掴み足を払って床に組み伏せていた。

「は、離せこの変態!」

 組み伏せられた人物はそう罵声を浴びせながら必死に逃げようとする。

「おいおい、いきなり襲いかかってきておいて変態呼ばわりは心外だぞ」

 俺がそう言って組み伏せた相手をみるとショートカットのまだ成人はしていないであろう年齢の少女だった。

「レミ!」

 俺の後ろから依頼主の女性が叫ぶ。

「あー、もしかしてこのお嬢さんがあなたの娘さんかな?」

 俺はレミと呼ばれた娘を組み伏せたまま首だけ依頼主の女性に向いてそう確認をするとオロオロした表情で「はい」と言ってうなずいた。

 ◇◇◇

「――ごめんなさい!」

 俺がレミを解放して母親がスカートを捲くっていた訳を話すと深々と頭をさげて謝ってきた。

「まあ、確かにあの場面をいきなり見せられたらそうなるのも仕方ないかもしれんが俺じゃなかったら頭割れてたぞ」

「本当にごめんなさい!」

 何度も謝るレミにため息をついて「もういいよ」と許してやる。

「誤解がとけたならお母さんの足の治療をしてもいいな?」

 俺は治療が途中だったことを思い出してレミにそう告げる。

「え? お兄さん治癒魔法師なの?」

「いいや、俺は冒険者だ。今回だって庭を荒らすボア退治に来ただけだ。だが、レミのお母さんの足が悪いと聞いてちょっとだけ手助けをしようと思っただけだよ」

「本当!? お母さんの足が治るの?」

「それはやってみないと分からないけど、今より悪くなることはないと保証するよ」

 俺はレミにそう言って母親の方に向き直り彼女の前に片膝をつくと悪いとされる右足の膝に手をあてて魔法を唱えた。

「ヒール」

 俺が魔法を唱えると母親の膝のあたりが淡く光りすぐに膝に吸い込まれるように消えた。

「治ったの?」

 レミが後ろから心配そうにそう尋ねる。

「魔法は発動したから大丈夫だと思うけど……どうだ?」

 俺は母親にそう問いかける。

「……痛みがなくなっています」

 母親はそう言って椅子の背もたれに手をかけてそっと立ち上がると驚がくの表情をする。

「立ち上がっても痛くないです」

 母親はそう言っておそるおそる足を進めて歩きだしてみる。

「歩ける……もう何ヶ月も痛みで歩けなかったのに。薬では気休めにしかならなかった足が……ううっ」

「お母さん! 良かった!」

 レミが思わず立って歩く母親に飛びついて泣きじゃくる。

 ◇◇◇

「ありがとうお兄さん!」

「本当にありがとうございます」

「うん。ちゃんと治って良かったよ。それじゃあ俺は依頼のボア狩りの準備をするから行くよ。じゃあまた後で、レミちゃんとそのお母さん」

 俺がそう言って出て行こうとするとレミの母親が思い出したように告げる。

「あ、すみません。まだ名乗ってませんでしたね。私はケールといいます。足を治療してくださり本当にありがとうございました」

「その件に関しては他言無用で頼むよ。勝手した事がバレると面倒くさいことになるからな」

 俺はそう行って後手に手を上げると玄関のドアから出て裏の畑に向かった。
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