魔王のいない世界に勇者は必要ないそうです

夢幻の翼

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1巻

1-3

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「まあ、Dランクといっても暫く旅に出ていて、昇級試験しょうきゅうしけんを受ける機会がなかったからな。Dランク程度じゃあ単独では護衛依頼なんかは受けられないだろうし、近いうちに昇級試験を受けてみようとは考えてるよ」
「そうか。それなら私が推薦状すいせんじょうを書いてあげよう。それを持っていけば待たされることはないはずだ。実戦形式じっせんけいしきの昇級試験ではあるが、魔物化した狼を倒せる実力があるならば、問題なく合格出来るだろう」

 へスカルはそう話すと従業員に紙とペンを持ってこさせ、その場でスラスラと推薦状を書いてくれた。

「それと、これは娘の護衛代金だ。もっとも護衛代金とは名ばかりで娘を助けてくれたお礼だな。そう多くはないが、受け取って欲しい」

 へスカルはそう言って貨幣かへいの入った袋をテーブルの上に置くと、俺の方へ押し出す。

「護衛のお礼にしてはかなり多いような気がするが?」
「たかが金貨二十枚だ。娘の命に比べたらタダみたいなものだが、他の護衛とのね合いもあるのでそれで了承りょうしょうしてくれると助かる。それと今日は妻が経営している宿に泊まっていくといいだろう。この後で娘に案内をさせるので、ゆっくり休むといい」

 へスカルはそう言うと、隣に座っているエルザに「後は頼む」と伝えてから書斎へと戻っていった。

「では宿に案内しますね」

 へスカルが部屋を出た後、エルザは俺を宿へと案内するためにソファから立ち上がった。
 案内された宿は商会のちょうど裏手うらてにあり、本来ならば表からぐるりと回り道をして行くそうなのだが、今回は関係者専用の直通の廊下から入らせてもらえるんだそう。

「この宿はキロトンでは高級宿として豪商や貴族様、上位冒険者の御用達ごようたしになっているくらい知名度ちめいどがあるのですよ。特に温泉が有名ですわ」

 エルザは自慢げな表情でそう教えてくれる。

「それは楽しみだな」

 勇者をやっていた時はとにかく時間との戦いで、支給される金もそう多くなかった。高級宿でゆっくり温泉に、なんて夢のまた夢だったので、自ずと期待をしてしまう。
 宿に入ると、受付の若い女性がエルザを見てお辞儀をしてくる。

「お帰りなさいませ、エルザお嬢様。奥様がお部屋でお待ちになっていますので、お客様とご一緒に向かわれてください」
「ありがとう、セチ。すぐに行ってみるわね」

 エルザはそう言って、こちらをちらりと見てから俺の前を歩いて案内をしてくれた。

「お母様、エルザです」

 重厚じゅうこうそうな扉の前に辿り着くと、エルザがドアをノックして部屋の中に声をかける。

「お入りなさい」

 中から声がかかり、エルザがドアを開けて先に部屋へと入る。
 続けて俺も部屋の中へ入ると、美しい女性が机の上の書類しょるいの整理を行っていた。

「お母様、お客様をお連れしましたわ」
「ええ、ありがとう。話はヘスカルから聞いているわ。私はエルザの母親で、マーレと申します。アルフさんだったかしら、娘を助けてくれたそうで、本当にありがとうございます」

 マーレは仕事の手を止めて椅子から立ち上がり、お辞儀をしながらお礼を言う。

「なに、たまたま通りかかったので助太刀すけだちをさせてもらっただけだ。護衛の者と協力しなければ討伐することは出来なかっただろう」

 俺はグラムたち護衛の功績を横取りしないように配慮はいりょしながら説明をする。彼らが命を張ってエルザを守ろうとしていたのは確かなのだから。

「あら、少々報告を受けた内容と違うようですね。娘や護衛隊長からは、護衛の者だけでは到底討伐しきれない危険な状態だったと報告を受けていますよ」
「何のことだか分からないな」
「ふふふ。これ以上聞くのは野暮というものでしょうか。ともかく、お疲れでしょうから好きなだけこの宿に泊まっていってくださいね」

 マーレは微笑みながら宿泊をすすめてくれた。

「すまない。では、お言葉に甘えてキロトンに滞在たいざいする数日間は世話になるよ」

 俺はマーレ夫人にお礼を言って頭を下げた。


「――では、本日はこちらの三階の角部屋かどべやをお使いください。お食事は部屋にお持ちします。温泉は一階の受付横から奥に入ったところにありますが、受付に声をかけてからのご利用をお願いしますね」

 マーレ夫人から指示を受けたセチが部屋へと案内をしながら説明してくれる。

「ありがとう。食事の前にさっそく温泉に入らせてもらうよ」

 部屋の場所を確認した俺は、そのままセチに案内をしてもらいながら温泉へと向かう。

「アルフ様は温泉に入られるのは初めてですか?」
「そうだな。温泉宿の本格的ほんかくてきな温泉に入るのは初めてだな」
「え? 本格的でない温泉があるのですか?」
「ははは。まあ、あれを温泉と言っていいか分からないが、火山地帯には湧き水が温泉になっている場所が所々にある。そういったところには休める場所なんて他になくてな。入って疲れをとることもあったわけだ」
「なるほど。自然の温泉なのですね。景色がよくて気持ちよさそうです」
「まあ、そうなんだが、気をつけないとさるが服を持って逃げようとするんだ。案外、気は抜けなかったよ」
「そ、それは困りますね。でもアルフ様は多くの地域に行かれているのですね。私はこの町で生まれてこの歳まで外へ出たことがないので羨ましいです」
「いやいや、定職ていしょくについてないフリーの冒険者なんて皆そんなものだと思うぞ。それに君みたいに若い頃からしっかりと働いているのは凄いと思う」
「そう言ってもらえると嬉しいです。あ、ここから奥が男性用の大浴場だいよくじょうになりますので、私はここで失礼しますね。上がられたら受付に食事をとりたいむねを伝えてください。お部屋にお食事をお持ちしますので……ごゆっくりどうぞ」

 セチはそう言うとお辞儀をしてから受付の方へと戻っていった。

「従業員がよく教育されている宿だな。キロトンでも有数の高級宿だと聞いていたが、そのあたりも支持される所以ゆえんなんだろうな」

 俺はおしとやかに歩くセチの背中を見送ってから、男性用の大浴場へと足を踏み入れた。
 入口で男性用と書かれた看板かんばんを確認してから中へ。脱衣所だついじょで服を脱いだ俺は、湯気ゆげの立ち込める浴室よくしつに入った。
 カラカラ。このあたりでは珍しい横引き戸を開けると、目の前にはもうもうと湯気が立ち込める温泉の湯船ゆぶねが広がっていた。

「おお! 凄い施設しせつだな。熱気が凄くて既に体が温かくなってきたぞ」

 俺があたりを見回すと、湯気が立ち込める浴槽よくそうと水がめてある浴槽があり、その間にはまだお湯のっていない大きめのからの浴槽があるのが目に入る。
 利用者が少ない時間帯だから大きい浴槽はお湯を張っていないのだろうか。まあ、小さい方の浴槽でも十分広いから別に気にならないが。
 そう思いながら、フツフツといている湯船の傍に行き、おけを使って身体にお湯をかけてみる。

「うおっ? 思ったよりも熱めの湯加減ゆかげんだな。だが、火山風呂ほどではないからえられないことはないか……」

 熱い湯をざぶりと頭からかぶると、湯船に入り、ゆっくりと湯に身体をしずめていく。

「かぁっ! なかなかに身体にわたる熱さだ。この温泉の泊まり客はかなり我慢強い奴らばかりなのか?」

 百度近くあるのではないかと思える温度に、数分もするとさすがにゆでダコになりそうだと思い、湯船から上がる。そして隣の冷水を桶ですくって頭からかぶった。

「ああ、冷たくて気持ちがいいな。体を冷水で冷ましてからもう一度熱い湯船に入るといいのかもしれない」

 俺がそんなことを呟いていると、カラカラと入り口の扉が開く音がして筋肉きんにくムキムキの男たちが入ってくるのが見えた。このあたりの冒険者たちだろうか?
 俺は彼らがあの熱い温泉にどのくらい耐えられるのか興味が湧く。ちらちらと観察していたが、その男たちはこちらの熱い温泉には入らずに、浴槽の傍にあるなぞ金具かなぐを動かし始める。
 ガコン、ザザーと何かの仕掛しかけが作動する音がすると、熱い湯の入った浴槽から湯が水路を通っていき、空だった浴槽へと流れ込んでいった。
 なんだ? あの空の浴槽へはこちらの浴槽からお湯を流すような仕掛けがあったのか?
 その後も黙ってながめていると、男たちはもう一つの冷水の入った浴槽に取り付けられた金具を操作して、今度は冷水を大浴槽へと流し入れていく。

「ああ、そんなことをしたらせっかくの熱いお湯が冷めてしまうだろ?」

 俺は彼らの行動を疑問ぎもんに思っていたので、思わずそう声をかけてしまう。

「ん? 初めて見る顔だな。この宿は初めてか? ここの温泉は少しばかり特殊とくしゅでな、客が自分たちで湯加減を調節ちょうせつ出来るのが特徴とくちょうなんだ。だから、客の中でも一番風呂の奴がコイツを操作して自分好みの湯加減にするんだが、初めて入ったのならば分からなくても仕方ないな。だが、そこの湯船のお湯は源泉げんせんだから熱くて入れたものではなかっただろう?」

 目の前で装置を操作しながら、冒険者風の男が俺にそう教えてくれる。

「ああ、それでかなり熱めの温度だったんだな。さすがに熱すぎて数分ほどで断念だんねんしたところだったぞ」
「なんだって? この源泉にそのまま入ったのか?」
「ああ、だからこの宿の泊まり客は熱い湯が好きなんだと思っていたところだ」
「かぁ、マジかよ。この源泉の湯船に直接入れる奴なんて見たことないぞ」

 男性はあきれた顔で俺を見て笑う。そうしているうちに大浴槽のお湯がちょうどいい湯加減となったようで、待っていた皆が身体に湯をかけてからゆっくりと入り、肩までとっぷりとかった。

「ふう。いいお湯だ」

 男がそう言って満足そうな表情でこちらを見て声をかけてくる。

「あんたも入ったらどうだ? 源泉の湯船と比べたら熱くはないが、なかなかにいい湯だぜ」
「そうか、ならば遠慮えんりょなく入らせてもらおうか」

 俺はそう言って男の隣に入り、ゆっくりと肩まで浸かった。

「おお、確かになかなかいい温度だ。先ほどのようなピリピリするような感覚はないが、じっくりと入るにはこのくらいがいいのかもしれないな」

 俺が満足そうな顔をすると隣の男が興味深そうに話しかけてきた。

「この風呂のことを知らないところを見ると、あんたはこのあたりの者じゃないよな? どこから来たか聞いてもいいか? おっと、すまねぇ。俺はこの町のギルドに所属しょぞくしている冒険者でコネンという」

 コネンと名乗る冒険者に俺は答える。

「俺は各地を旅している冒険者のアルフだ。今日、王都からこの町に来たばかりだが、野暮用を済ませたら次は隣国にでも行ってみようかと思っている」

 俺の言葉にコネンは興味を持ったらしく、次々と質問を投げかけてくる。

「野暮用か。どんなものか聞いてもいいか?」
「いや、昔の知り合いがこの町に住んでいると聞いて、会おうと思ってな」
「昔の知り合いに会いにいく……か。女か?」
「何を考えているか知らないが、孤児院のシスターだぞ。しかも俺が世話になった子供の時に、既に三十は超えていたからな。元気でやっているといいが」
「なんだよ、おもしれえ話になると思ったのによ!」
「それは残念だったな。そう言うからにはお前には面白い話があるのか?」
「俺か? そうだな。いい女は知っている」
「おっ! なかなかノリがいいじゃねぇか。それで? どんな女だ?」

 正直、女の話にそれほど興味があるわけではなかったが、このノリのいいコネンという冒険者に興味が湧いて話を合わせることにしたのだ。

「その女はな……」
「ああ」
「最強の女だ」
「はあ? 最高の女じゃなくて最強の女?」
「ああ、あのりんとした勇姿ゆうしを見たら、その辺の女は視界に入らなくなるだろうよ」
「それは少し興味があるな。是非とも見てみたいが、どこにいるんだ?」
「それは……教えてやらねぇ」
「ちっ、なんだよ。それは」
「ははは。まあ、そう言うな。誰にだって人に言いたくないことの一つや二つあるだろ?」

 コネンはそう言ってにやりと笑うと、話を切り上げて別の話題に変えた。

「しかし、キロトンは俺たちみたいな冒険者にも住みよい町だから、暫く腰を落ち着けてみるのも悪くないと思うぞ」
「ほう、どんなところがだ?」
「思ったよりも依頼の報酬がいい。冒険者ギルドのマスターが冒険者上がりなおかげで、俺たちみたいな冒険者に対して嫌味いやみな態度を見せることがないんだよ。貴族がコネでギルマスになることも多いから、こういう例は珍しいんだぜ。それに住人たちの目も温かい。たまにはこんな高級宿の温泉にだって入れるわけだしよ。国によっては冒険者なんて危険で不安定なものは、まともな仕事につけない者がやる仕事だと決めつけられることもあるくらいだ。まあ、どこの国とは言わないが……」
「それはひど偏見へんけんだな。そんな国には行きたくねぇな」
「まあ、この周辺の国ではそこまでの話は聞かないから大丈夫なはずだ。はははは」

 俺はそう言って豪快ごうかいに笑うコネンと、久しぶりに楽しい話をしながら温泉を堪能たんのうすることが出来たのだった。


「ふぅ。いい温泉だったぜ」

 温泉をしっかりと堪能した俺は、宿の食堂で飲み物を注文していた。

「お待たせしました。お先にジョッキエールと突き出しになります。おかわりが必要な時は声をかけてくださいね」

 店員は元気にそう言って、エールの入ったジョッキをテーブルにドンと置く。
 勇者をやっていた時にはゆったり出来る時間などなく、食事中にエールなどとても飲めたものではなかったが、今はそんなことを気にせずに飲める。それが嬉しくて、他にも種類がたくさんある中で俺は、気づけばエールを頼んでしまっていた。思い切りぐいっとエールをあおる。
 ああ、美味い。自由っていいものだな。だけどこのエール、もっと冷えていたらさらに美味いんだろうな……あ、そうか、自分で冷やせばいいのか。
 俺はジョッキを他の人から見えないようにテーブルの下に隠す。その上で氷の魔法でエールがこお寸前すんぜんまで温度を下げてから、ぐいっと一気にのどの奥へ流し込んだ。

「くー、これだよ。頭にキンキンくるのが最高だ!」

 俺が満面の笑みを浮かべながらエールをあおっていると、後ろから声がかかる。

「お、アルフじゃないか。やっぱり温泉あがりはジョッキエールが最高だろう……ってお前のジョッキ、なんでそんなに水滴すいてきがついているんだ?」

 声をかけてきたのは温泉で一緒になった冒険者のコネンだった。冷やしたことで結露したジョッキを見て不思議に思ったようだ。

「気のせいじゃないか?」

 俺はとっさに苦しい言い訳を返すが、コネンがそれで納得してくれるわけはなく、「ちょっと貸してみろ」と有無うむを言わせずに俺の飲みかけのジョッキをうばう。そして残りのエールをいきなりゴクゴクと飲みした。

「お、おい。いくらなんでも人の飲みかけを勝手に飲むのは非常識ひじょうしきじゃないか?」

 俺がコネンに文句を言うと、彼はそれには答えずにいきなり俺の目の前の椅子にどかっと座って店員を呼び、ジョッキエールを追加で二つ注文した。

「お待たせしました。ジョッキエールをお二つですね」

 コネンが注文をしてから数分ほどで店員がジョッキエールを持ってくると、コネンと俺の前に置いていく。

「勝手に飲んだびだ。一杯おごってやるから俺のも同じように冷やしてくれ」

 なんとも勝手なことを言う奴だなと思いながらも、俺は仕方なく彼の前にあるジョッキをテーブルの下に隠しながら魔法を唱え、キンキンに冷やして彼に渡した。
 コネンは勢いよくエールをあおった。

「くー、こいつだよ。なるほどな、エールは冷やすとこんなに美味くなるのか」


 一応、コネンは周りに聞こえないような大きさの声で感想を言う。

「冷やしたエールを売る商売とか出来そうじゃねぇか?」

 コネンが、俺を見ながらそう続けた。それに対して俺は首を横に振る。

「エールを冷やすだけの仕事をする奴なんていないと思うぞ。俺にしたって、自分のためだけに好きでやっていることだからな」
「確かにな。貴重きちょうな氷魔法をたかだかエールを冷やすのに使っていたら宝のぐされになるわな。そのためだけに店に雇われる魔道士もいないだろうし、そもそも報酬額が合わねぇだろうしな。あんたは簡単にやっていたが、かなり高度な技術がるんだろ?」

 残りのエールを美味そうに流し込んだコネンは、近くの店員に追加のジョッキエールを頼むと、そう問いかけてくる。

「氷魔法に適性があれば出来るはずだ。ただ、細かい温度調整は魔力の消費量しょうひりょうが大きいから、魔力量が少ないとすぐに魔力切れを起こしてしまうだろうな」
「ま、そりゃそうだな。誰でも簡単に出来たら、世の中に魔道士がごろごろ存在することになるもんな。おっと追加のエールが来たようだ。すまないが、また頼むよ」

 無駄話をしながらどんどんジョッキエールを追加しては、無遠慮ぶえんりょにエールを冷やすよう頼んでくるコネン。俺はため息をついてみせながらも、内心悪くはない気分で自分のジョッキに残ったエールを口に運んだ。

「――ところでアルフの冒険者ランクはいくつなんだ?」

 コネンが唐突とうとつにそう尋ねてきた。隠す必要もないので正直に答えてやる。

「俺か? 今はDランクだが、暫く昇級試験を受けていなかったから、近々受けてみるつもりだ」
「そうか、上手くいくといいな。まあ、貴重な氷魔法を簡単に使えるところを見ると心配はいらない気もするが」

 コネンはそう話しながら近くを通る店員につまみを注文する。

「コネンはこの町を拠点きょてんとしている冒険者だったよな? 最近、仕事はどうだ? 依頼は十分にあるのか?」

 俺は自分のこれからのことを考えてそう聞いてみる。

「ん? そうだな、まあでかい町だから他の町に比べれば多いのかもしれないな。だがこの先はどうなるか分からない」

 コネンは俺の質問に苦笑いをしながらそう答え、届いたばかりのつまみに手をのばす。

「やはり、魔王が倒されたからか?」
「ああ。勇者様が魔王を倒してくれたおかげで各地の魔物が減ってるからな。それに、いたとしても弱体化した魔物や少量の魔素に当てられて野生やせいの獣が少しばかり興奮状態こうふんじょうたいになっている程度で、上位の冒険者たちの実力に見合うほどの仕事はなくなっている」

 魔物は魔王が生み出す魔素によって狂暴化した獣。そりゃ自ずと数も減るか。

「そうだよな。魔物がいなくなるということは、魔物狩りで報酬を得ていた冒険者の仕事がなくなることでもあるわけだ。しかし、そいつは困ったな」

 俺は本気で心配するが、コネンは笑いながら首を横に振る。

「いや、そうでもないぞ。いくら魔物が減ったとしても街道に獣はまだ出るし、その代わりに盗賊が増えているようだからな。最近は国をまたいで商隊を襲う盗賊集団『闇夜やみようたげ』とかいう奴らが勢力せいりょくを広げているらしいから、結局のところは旅や商隊には俺たちみたいに戦える護衛が必要なのさ。おっとエールがなくなったようだ、もう一杯だけ飲んでいくか」

 コネンはそう言うとニヤリと笑って、エールの追加を注文したのだった。


「――ふう。久々にあんな美味い酒が飲めたぜ、ありがとな。その礼に今日のエールは俺が奢ってやるよ」

 結局、あれから追加で何杯もエールを頼んだコネンは、自分が満足するまで飲むと俺の飲み代も一緒に払うと言ってテーブルに金貨を置いた。

「すまないな」

 俺もコネンに付き合ってそれなりの量を飲んだが、エールを冷やした労賃ろうちんとしてありがたく奢られることにした。

「ちょっとれ馴れしいが、面白い奴だったな。コネンか、覚えておこう」

 コネンが席を立った後。最後にジョッキの半分ほど残ったエールを一気にあおった俺は、満足した気持ちで部屋に戻ったのだった。


 ――コンコン。

「アルフ様。今よろしいでしょうか?」

 部屋に帰り、ベッドに寝転がってギルドの昇級試験のことを考えていると、ドアをノックする音に続いて女性の声が聞こえてきた。

「何か用か?」

 俺は宿の中であることもあり、それほど警戒けいかいせずにベッドから起き上がると、ドアを開けて声の主を確認する。
 そこには従業員の女性が立っており、お辞儀をしてから用件を話してくる。

「すみません。エルザお嬢様からの伝言なのですが、お伝えしたいことがあるのでお部屋か食堂の個室かでお会いしたいそうなのですが……」
「エルザさんが? そうだな、さすがに成人せいじんした――十八を超えた男が夜に一人で女性の部屋に行くのは不味まずいだろう。食堂で頼む」
「分かりました。では、先に個室に案内をさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぞ」

 返事をした俺に女性は深くお辞儀をすると、一階の食堂の個室へと案内してくれた。

「すぐにお飲み物をお持ちしますので、こちらでお待ちください。エルザお嬢様もすぐに来られると思います」

 女性はそう言うと、再びお辞儀をしてから部屋を出ていった。


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