17 / 49
2巻
2-1
しおりを挟む1
その日、俺――アルフとマリーは、リリエルの見送りを受けた後、大森林の遺跡近くにあるダクトの町へ向かう準備をするために冒険者ギルドを訪れていた。
「――ああ、アルフさん。よかった、やっぱりまだ出発されていなかったのですね」
ギルドに入ると、受付の女性が俺の姿を見つけ、ホッとした表情で呼びかけてくる。何か急ぎの伝言でもあったのだろうか。
「昨日は急に馬車への乗車をキャンセルしてすまなかったな」
彼女の話も気になるが、まずは昨日の直前キャンセルについて謝罪の言葉を伝えた。
「いえ、当日のキャンセルは前金の没収だけで、他のペナルティーは規定にありませんのでお気になさらずに。ですが、一応理由を伺ってもよろしいですか?」
俺の隣にマリーがいるので大方の理由は推測出来ているだろうが、確認のためにそう問いかけてくる。
「彼女の所有する馬車が使えるようになったから、遺跡へはその馬車で向かおうと思ってな。だから乗合馬車を断ることにした」
マリーとの経緯は個人的なことだったので、詳細なことまで説明する義務がないと考えた俺はそう言って話を切った。
「分かりました。代替の移動手段が確保出来たので不要になったと報告しておきますね。ああ、そうだ――」
彼女はキャンセルした件についてそれ以上のことは言わずに、俺に声をかけた理由を話し出す。
「実は、先ほどギルドマスターが戻られまして、アルフさんが盗賊たちを捕らえた件の報奨金額が決まったそうなのです」
言われてみれば、捕まえた盗賊――『闇夜の宴』のメンバーには、懸賞金が懸けられていると言っていたような気がする。すっかり忘れていたが……。
「それで、今からギルドマスターと面会して頂けませんか?」
「ギルドマスターと? 今からか?」
正直言って面会は面倒だったが、懸賞金をもらえるとなれば断る理由もない。それに、あの古の魔道具を持っていた『闇夜の宴』の男から聞き出した情報が欲しかった俺は、彼女の話に頷いた。
「では、応接室へお願いします。お連れの方はどうされますか?」
マリーは事件に巻き込まれただけだが、巷を騒がせている盗賊団の動向は聞いておいて損はないだろう。マリーも同席することを伝える。
受付嬢はそれを了承すると、俺たちを部屋に案内し、ギルドマスターを呼びに向かったのだった。
「――お待たせしました。ギルドマスターが来られました」
応接室のソファで待つこと五分。ノックの音がして先ほどの受付嬢の声が部屋の前方から聞こえたかと思うと、リッツが部屋に現れた。そのまま目の前に座ると話し始める。その顔を見るに機嫌はいいようだ。
「アルフ君、先日は大手柄だったね。あれだけの人数を全て不殺で捕らえているとは思ってなかったよ。特にあの大男は『闇夜の宴』盗賊団では幹部とされる一人だったので、有益な情報を確保出来そうなのは非常に好ましい状況だ。口を割らせるのには苦労しているがな」
リッツは口元を緩めながらそう話すと、自らの前に置かれた香茶――香り高いことからそう呼ばれている――に手を伸ばす。
「そういえば、アルフ君は以前エンダーラにいたと言っていたね。今回の盗賊との一件も冒険者ギルドの依頼を遂行している途中にあったことだと聞いている。その辺りのことも是非とも君の口から聞いてみたいと思うのだが、話してくれるかね?」
正直、俺は面倒だなと思いながらも、何から話そうかと頭の中で過去の出来事を整理する。
俺はマリーの護衛依頼を受ける前は、国から勅命を受けた勇者だった。世の中を恐怖のどん底に陥れる魔王を倒すべく各国が派遣した仲間たちと共に、その使命を果たしたのだ。だが、権力欲の強い国王の一言により、少額の報酬のみ手渡され武器を奪われ、勇者を解雇された。俺はその態度に落胆し、国を出ることを決意。その際にせめてもの報復として国王の髪と髭を永久脱毛してやった。プライドの高い国王のことだ、今頃はどなり散らしながらも表には顔を出せないでいることだろう。
「ふふっ」
不意につるつる頭の国王の姿が頭に浮かび、思わず笑いが込み上げてきた。その様子にリッツは不思議そうな表情で「どうした?」と問いかけてくる。
「いや、何でもない。少し昔のことを思い出しただけだ」
今回の話でマリーの護衛依頼を受ける以前のことを話す必要はないだろう。俺はマリーとの出会い以降のことを思い起こしながら話す。
「今回の件は、エンダーラ王国キロトンの町で彼女――マリーから引き受けた護衛依頼中に発生したことだ」
マリーとは、俺が王国から出ようと旅する途中で立ち寄ったキロトンで出会った。
彼女は若くして両親を亡くし、唯一の肉親である叔母リリエルを頼って、今俺たちがいるマイルーンに向かおうとしていた。俺はその護衛を引き受けることにし、行商人だった父の遺した馬車の積み荷を売りながら旅する彼女と共に、いろいろな土地を巡っていった。
「彼女の目的地がマイルーンの首都だったからな、ポンドール国を通過してマイルーンとの国境砦に行き、そこから首都へ向かったんだが……その途中にあった旅人向けの宿泊施設で問題が起こった」
俺は、自らのミスでマリーが攫われたことを思い出して苦い顔をするが、話さないわけにもいかずそのまま話を続けた。
「その宿泊施設はギルドの管理下にあったはずだが、奴ら――『闇夜の宴』の手に落ちていて、旅人を獲物としていたようだ」
「そのことは、報告を受けている」
「俺も迂闊だったが、ギルドの関係者だと油断した俺の隙をついて、彼女を誘拐されちまった。気がついてすぐに救出へ向かったところ、そこが『闇夜の宴』のアジトのひとつだったってわけだ。その後は奴らと一悶着を起こして全員捕らえたのさ。ただ、あの水龍を発生させた古の魔道具は脅威だった。あれを使いこなす者が現れたら、並大抵の実力では太刀打ち出来ない。絶対に出所を掴む必要があると思うぞ」
「ああ、それは我々も承知している。全力で対処するつもりだ」
「そうしてもらえると助かる。しかし、俺が聞きたかったのは正にその部分なんだが、詳細はこれからのようだな」
「ああ。いくつかの情報は聞き出すことが出来た。ただ、古の魔道具に関しては口が堅いのか本当に知らないのか分からないが、情報が掴めないな。だが、盗賊団を捕らえた君には、分かっている限りのことだけでも知る権利があるだろう。裏付けが済んでいないもので申し訳ないが、現時点の情報を話そうと思う。ところで、この話は隣にいる彼女にも聞かせて問題ないかね?」
「ああ。彼女も当事者の一人だし、しばらくの間は俺と行動を共にするつもりだから、何かあった時のために情報を共有しておいて問題はないと思っている」
「そうか。そう考えているなら問題はないだろう。だが、念を押しておくが、この情報はまだ裏付けが取れていないものだ。全てを鵜呑みにするのは危険だと理解しておいてくれたまえ」
リッツの言葉に俺が頷くと、彼は順番に話してくれた。
「今回、君が捕まえた『闇夜の宴』盗賊団の幹部とされる男を尋問したところ、奴がこの辺りの元締めであることが判明した。奴の証言では、現存する盗賊団は各国に散らばっており、それぞれに幹部が存在し、まとめ役として幅を利かせているようだ」
「それで、奴らの本拠地は聞き出せたのか?」
「それを喋れば用済みだと殺されると思ってか、一切その手の質問には応じるつもりがないようだ」
「そうか。やはり詳しいことはこれからのようだな。いずれにしても、俺個人がやれることなどほとんどないからな。奴らのことはギルドに任せるよ」
俺の言葉に頷いたリッツは、職員に持ってこさせた報奨金の入った袋を机に置いて、説明し始める。
「何か情報が掴めたらギルド経由で分かるようにしておく。そして、これが今回の懸賞金だ。頭を痛めていた盗賊団の幹部を生きたまま捕らえたことと、ギルドの管理している宿泊施設を奴らから取り戻してくれたことに対する報酬だ」
俺の前に置かれた袋は外からは金額が分からないが、少なくとも王城でもらった金額の数倍以上はありそうだった。
「まあ、不殺が出来たのは偶然だったが、情報が得られたのはよかったと思う。また同じような場面に出くわしたら、出来る限りギルドに協力するさ」
報酬が予想以上に多かったので、俺の頭の中では『盗賊は殺さずに突き出せば金になる』の方式が完全に出来上がっていた。
「――この後はどうするんだ? キャンセルしたとは聞いたが、もともと馬車の予約をしていたんだろう?」
「ああ。大森林の遺跡に行ってみようかと思ってるよ」
盗賊団を倒した後、俺はマリーを叔母リリエルの元に送り届けた。そのまま、かねてから行きたいと思っていた大森林の遺跡に向かおうとしたのだが……追いかけてきたマリーに呼び止められた。マリーは行商人になりたいという夢のため、俺との旅を続けたいと申し出てきたのだ。
俺はそれを受け入れ、共に遺跡に向かうことにしたというわけだった。
「大森林の遺跡だと? まあ、Bランクの君なら問題なく入れるとは思うが、隣にいるお嬢さんが一緒に行ける場所ではないぞ。それとも、彼女は実は相当な実力者だったりするのか?」
「それはありません。私は普通の商人ですので」
リッツの問いに、マリーは控えめだが、はっきりとした声で返事する。以前は引っ込み思案で、質問にもなかなか答えられなかったはずだが、成長したものだと俺は感心する。
「大森林の遺跡へ向かうならば――ダクトの町経由だな」
報酬の件が終わったタイミングで、突然リッツがそう話し始めた。
「まあ、そうなるな」
「ならば、ついでに依頼をひとつ受けていかないか?」
依頼? ギルマスが直接依頼するものだと、難易度が高いか守秘義務があるかだが、果たして……。
「どんな依頼だ?」
多額の報酬を得たばかりの俺は、彼の話し方に嫌な予感を感じた。だが、内容も聞かずに断るのは不義理だと思い、依頼内容を確認することにした。
「おい、アールド商会の護衛依頼の書類を持ってきてくれないか?」
リッツは傍に控えていた女性にそう告げると、俺に向かって簡易的に説明をする。
「詳細は依頼書を持ってくるが、これからこの町の大手商会の会頭がダクトに向かう予定がある。もちろん大手の商会だから専属の護衛はいるのだが、Cランクのパーティーなのだよ。普段ならそれでも問題ないが、最近はそれこそ盗賊の目撃情報もあるくらいだから、Bランクの君が同行するなら安心出来ると思ってな」
「その商会馬車に、こちらの馬車で随行するということか?」
「ああ、そうなるな。護衛料は……」
彼は持ってきてもらった書類を確認してからその報酬額を言おうとするが、俺はそれを聞く前に断りの返事を告げた。
「すまないが、断らせてもらうよ。急ぐ旅でもないし、マリーにも気を使わせることになる。金銭面もそれほど切迫しているわけではないからな」
「そうか。いや、無理を言ってすまなかった。相手が少々大手の商会なので、ギルドとしてもBランクの護衛を紹介出来ればと考えただけだ。気にしないでくれたまえ」
「分かった。ではこれで失礼するよ」
俺はそう言って立ち上がると彼に礼を伝え、マリーと共に応接室を後にしたのだった。
「――大森林の遺跡に関する情報はあるか?」
応接室からホールに戻った俺たちは、目的地である遺跡の情報を確認するために、受付嬢に話しかける。
「遺跡の情報に関しましては、ダクトのギルドで確認された方がより正確な情報が手に入りますのでそちらを推奨しますが、概要でよろしければこちらをご覧になってください」
受付嬢はそう言って一枚の紙を渡してくれた。
その紙には遺跡の場所と、浅層階についての簡易な情報が記載されていたが、最後には『詳細はダクト冒険者ギルドにて有料販売しております』と書き添えられていた。
「なるほど。要は現地で最新情報を買えというわけだな」
俺はその内容に納得すると、受付嬢に礼を言ってから冒険者ギルドを出ることにした。
「冒険者ギルドで得られる情報はこれくらいだろうから、次は商業ギルドにも顔を出しておくとしよう。マリーもこれから自分の名前を背負って商売をするつもりなら、名義を亡くなったお父さんから自分に登録変更しなければならないだろ。今回がいい機会だと思うがどうだ?」
「え? いいのですか?」
俺の提案にマリーが驚いた表情で問い返してくる。
「確かに、俺の旅に同行しながら商人の勉強を、とは言ったが、機会があれば実際に商売してみて経験を積むことは大切だ。そうでなければ商人としての成長は望めないだろう。それに、マリー自身が商人の資格を有していれば、町への出入りや滞在にも理由が出来る。面倒なトラブルを避けられるかもしれない」
これまでマリーは、亡くなった父親の積み荷を売ることで路銀を稼いでいた。しかし、マリー自身が商人の資格を持っているわけではなく、あくまで父親の代行のような立場だった。
正式な資格がないと商売出来ないというわけではないが、名義変更しておけば、信頼度が増すはずだ。
「ありがとうございます」
マリーは俺の顔を見てそう言うと、嬉しそうに笑ってくれた。
◇◇◇
――リンリン。
冒険者ギルドを出て、向こう正面にある商業ギルドのドアを開けると鈴の音が鳴り、冒険者ギルドと同じく、すぐに用件伺いの女性職員が歩み寄ってくる。
「本日のご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」
「彼女の商人登録をしたいのだが」
「新規でしょうか?」
「彼女の父が登録をしていたが、先日亡くなったため彼女がそれを引き継ぎたいと言っている。だが、どうすればいいか分からなくてな」
「ああ、登録の継承ですね。では、お父様が持っていた商業証明証の提示をお願いします」
女性職員はテキパキと受け答えしてくれる。手順についても分かりやすい説明があって、マリーは滞りなく手続きを終えた。マニュアル通りなのだろうが、効率的かつ丁寧で、とてもいい対応だ。
「はい。これで手続きは完了となります。こちらがあなたの商業証明書になります」
「ありがとうございます!」
女性職員が更新された証明書を嬉しそうな表情のマリーに手渡す。
「これからどちらへ?」
世間話に近いだろう質問に、マリーがすぐに答える。
「ダクトの町に。大森林の遺跡にも興味がありますので、しばらくは留まることになるかもしれません」
「――君たちはダクトに向かうのか?」
マリーの声に突然、男性の声が重なった。
「キースギルドマスター」
女性職員が声の主を見てそう叫ぶ。いきなり話に入ってきた上司にびっくりしたようだ。
「一応、その予定ですが、何かあるのでしょうか?」
マリーがキースと呼ばれた男性にそう問いかけると、彼は頷いてから話を続けた。
「実は、これから私も公務でダクトに向かわなければならないのだが、準備していた馬車が破損してしまってね。修理していては到底間に合わないから、ダクトに向かう馬車があれば便乗させてもらおうと考えていたところだったのだよ」
「それならば、冒険者ギルドに頼めば馬車くらい貸してくれると思うが……」
キースの言葉に俺が疑問を投げかけると、彼は露骨に嫌そうな表情を浮かべて説明してくれた。
「まあ、町によるかもしれないが、私と冒険者ギルドマスターのリッツは同期のライバルでね。お互いに借りを作るのを非常に嫌うのだよ。おーい、ガーネット君。アレを頼むよ」
キースはリッツとの関係について話すと、別の職員を呼んだ。
「はいはい。こちらですね。交渉はご自分で出来ますか?」
ガーネットと呼ばれたのは三十路ほどに見える女性で、青みのある長い髪を綺麗に結い上げた、落ち着いた雰囲気が印象的な人だった。他の受付嬢が着ているのとは色違いの制服を身に着けている。
「ああ、ありがとう」
ガーネットから書類を受け取ったキースは、俺とマリーを見ると迷いなくマリーに書類を手渡して、説明し始める。
「君が馬車の所有者で合っているな?」
「は、はい」
いきなりそう聞かれたマリーは反射的にそう答える。
「横の彼は?」
「ア、アルフさんは……。えっと」
マリーとは外部に俺との関係をどう説明するか話し合っていなかったので、彼女は言い淀んでしまう。
「保護者兼護衛だ」
マリーが俺の顔を見たので代わりにキースにそう答えると、彼は頷いてから俺に向き直る。
「商人である彼女が主人で君はその護衛だと思っていたが、保護者の役割も担っているならば話は別だ。アルフ君だったかな? 彼女と直接交渉してもいいが、こちらも急いでいるのでな。この内容で依頼を引き受けてはくれないか?」
キースはマリーに渡した紙を俺にも見せるように伝えて、俺の返事を待った。
「ちょっと見せてくれ」
俺はマリーから依頼書を受け取り、その内容を確認して驚く。
「本当にこんな条件でいいのか?」
そこに書かれていたのは普通ではありえない好条件で、逆を言えば商業ギルドマスターの権限をフルに発揮したような内容だった。
「どうかね? そちらに不利な条件ではないと思うが」
確かに内容だけ見れば俺たちに不利益となる条件はなく、逆にメリットばかり。相手がギルドマスターでなければ、まず詐欺を疑うレベルとも言えた。
それに、商業ギルドマスターに顔を売れたら、マリーの今後にとってもいいのではないだろうか。
「マリー、この依頼を引き受けてもいいか?」
俺が決める旅とはいえ、使うのはマリーの所有する馬車である。全てを俺の勝手にするつもりはないので、当然マリーにも意見を求めることにしたのだ。
「私は構いませんが、本当に可能なのでしょうか?」
「向こうが出来ると判断しての依頼だからな。何かあれば補償もするとあるし、相手は王都商業ギルドのトップだ。下手な嘘はつかないだろう」
俺はマリーとそう話し合った後で彼に告げた。
「依頼を引き受けることにするが、本当に大丈夫なんだろうな?」
「もちろんだ。御者もこちらで用意するので、準備が出来るまで一時間ほど待ってくれ」
大げさに喜ぶギルドマスターにため息をついてから、俺はマリーと共にギルドに併設されている食堂で飲み物を注文して、彼らの準備が整うのを待ったのだった。
2
「――待たせたな」
ちょうど一時間ほど経過した頃、キースはガーネットと二人で現れた。
「乗るのは二人だけか?」
「君たちの馬車を見せてもらったが、荷物を片付けても二人が限界だろう? こちらも頼んだ手前、無茶な要求はしないつもりだよ」
キースはそう言うと「さあ、出発しようか」と続けて、ギルド傍の施設に停めてあるマリーの馬車へと歩き出した。
「わたくしが御者を務めますのでどうぞ後ろにお乗りください。なお、馬と馬車に強化魔法を使って通常よりも速く走りますので、馬車の揺れに弱い方はご自分にも強化魔法を施された方がいいでしょう」
馬車の傍まで来るとガーネットが突然そう言って、おもむろに馬車全体に強化魔法をかけていく。
「これほどの範囲の強化魔法を展開出来るとは。彼女、かなりの手練れだな」
俺はガーネットの魔法に感心しながら、キースにそう感想を話した。
「あ、わたくしのことはガーネットとお呼びくださって結構ですよ。ええと、そちらの女性はマリー様といいましたね? あなたはわたくしの横にお乗りください。わたくしの強化魔法の範囲内ならば負荷は軽減されますので」
ガーネットの言葉に首を傾げたマリー。しかし、そう言われて断るのも変だと、留守番をしていた猫の姿の俺の使い獣魔、コトラを抱いたまま、御者の補助席へと腰を下ろした。
「荷物に壊れやすいものは?」
キースがそう聞いてくるが、もともと破損リスクの高い品物は俺の収納魔法に入れていたので「大丈夫だ」と答えて、大きめの荷物に身体を預けた。
「移動時はかなり揺れますのでご注意ください。また、獣などの障害が現れた場合は、停止して排除にあたる場合がありますのでご了承ください」
「ちょっと待て、獣の対応は君がするのか?」
ガーネットの言葉に驚いた俺は、思わずそう問い返す。
「当然です。それが御者護衛の役目ですよね? ああ、あまりにも排除対象が多い場合はアルフ様にもご助力頂くことになるかもしれませんので、その場合はよろしくお願いしますね」
それが普通のことのように話すガーネット。俺が思わずキースを見ると、彼は黙って頷いているだけだった。
「本気かよ」
俺がそう呟いた時、ガーネットの声が響いた。
「では、出発いたします」
いきなり猛スピードで走ると思いきや、予想に反して馬車はゆっくりと進み出す。
「街中はゆっくりと進みますが、街道に出たらスピードを上げますので、振動で舌を噛まないように気をつけてください」
ガーネットの不穏なセリフの通り、ダクト方面の門を抜けた馬車はいきなり急加速し始める。
――ゴゴゴゴゴゴゴ。
「は、は、速い!?」
普通の馬車が進む速度の二倍は速く感じられるスピードだ。整備されているとはいえ、舗装されているわけではない道を高速移動すれば、当然馬車の揺れは数倍となる。
「きゃああああ!?」
加速してすぐに御者台からマリーの悲鳴が聞こえ、続いて「大丈夫ですよ」と冷静なガーネットの声が聞こえてくる。
「お、おい。いくらなんでも飛ばしすぎなんじゃないか?」
俺は目の前で涼しい顔をしているキースにそう叫ぶ。
「はっはっは。まだまだ、このくらいなら問題ないぞ。彼女が本気を出したらこんなもんじゃ済まないからな」
とてもではないが、歩きの護衛が同行していては出せないスピードに驚きながら、俺は依頼を受けたことを既に後悔し始めていたのだった。
22
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
