魔王のいない世界に勇者は必要ないそうです

夢幻の翼

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2巻

2-2

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 ◇◇◇


「――ふう。予想以上にすさまじいスピードだったな」

 王都を出発して数時間でもう予定の半分の場所まで辿たどり着いた俺たちは、休憩スポットで茶を飲みながら身体を休ませていた。

「強化魔法をこんな使い方する人は初めて見たぞ。今までよく馬車が壊れなかったな」

 いや、待てよ。そういえば『ギルドの専用馬車が壊れたから同行させて欲しい』と言っていたな。これが原因じゃないのか?
 俺自身も身体強化魔法は使うので、このたぐいの魔法に理解はあるつもりだったが、馬を含めた馬車自体に魔法をかける者には初めて会った。しかし、いくら馬車自体に強化魔法をかけても、劣化する速度が速いなら、運用を考えた方がいいと思う。

「この走法を編み出したのは他でもない彼女、ガーネット君なのだよ。私が仕事の都合でどうしても間に合わないと言ったら、彼女は淡々と準備をしてすっ飛ばしていってくれたのさ。まあ、その時は自身に強化魔法をかけるなんて知らなかったから、目的地に着いた時には振動で足腰が立たなくなってしまった。で、結局は治療ちりょうに時間をとられて遅刻をしてしまったがな。まあ、いい経験だったよ。はっはっは」

 それは笑うポイントなのかと思ったが、本人が楽しそうだったのであえてツッコミは入れずに黙っておいた。

「では、そろそろ出発しましょうか」

 三十分ほど休憩した頃に、ガーネットが御者台に上がり俺たちにそう告げる。

「やれやれ、もう出発か。ガーネット君はせっかちだな。だがこのペースならば、もう二時間ほどで経由する村に辿り着けるだろうから、村でゆっくりした方が正解かもしれん」

 キースが彼女の言葉に反応してそう答えると、俺たちもゆっくりと馬車へ乗り込んだのだった。


「――キース様。前方にあやしい反応が」

 休憩スポットを出発して三十分もしないうちに、ガーネットが馬車の走行速度を極端に緩めてキースにそう報告をする。

「前方……?」

 俺はガーネットの言葉に探索魔法を前方に展開して様子を探ってみる。すると、確かに不自然な魔力の塊の存在を感じた。

「先を行く馬車が何者かにおそわれているようだな。助けた方がいいのか?」

 基本的に馬車の運行には専属の護衛がついていることが多く、何かトラブルがあった時はその護衛が対応するのが自然だ。ましてや、まだ探索魔法で気がついただけで実際に現場を目視したわけではない上に、助けをわれたわけでもない。仮にその馬車が被害に遭って全滅したとしても、こちらには何の責任もないことは明白であった。

「こちらとは無関係ですが、このまま進めば現場に遭遇することは避けては通れないでしょうね」

 馬車を完全には停めず、ゆっくりと進ませながら、ガーネットはキースの指示を待つことを選んだ。

「このタイミングでダクトに向かう予定があると報告していた奴はいたか?」
「わたくしの担当ではありませんが、アールド商会の馬車が近々ダクトへ向かう予定があったはずです」
「ああ、奴の馬車か。あまり気は進まないが、一応、商業ギルドと昔から取引がある商会だからな。仕方ない、対応してやってくれ」
「分かりました。では、このまま現場まで進みますね」

 キースの言葉にガーネットが頷き、馬車はまた加速し始める。

「あまり気のりがしないようだな」

 キースの態度に俺は少し興味を持って、そう尋ねてみる。

「彼の商会はなかなか大きくてね、取り扱う商品が多くてギルドとしては重宝ちょうほうしてはいるのだが、二代目のアールドという男は目に余る行為もちらほらと報告されているのだよ。たとえば、ウチの受付嬢に手を出そうとしたり、業績の伸びてきた商会の主力を引き抜いたりね」
「……引き抜きねぇ」
「先代が残した莫大な資金を有しているからな。気に入った人材は金にものを言わせて引き抜くのだよ。まあ、引き抜いたら終わりってわけじゃなくて、高給のままちゃんと面倒をみていることだけは評価するが……。そうでなければ既にギルドとして厳しい対処をしているさ。まあ、私個人としてはあまり好きではない人物だ」

 俺に事情を話しながら、キースは露骨に嫌な表情を見せる。

「馬車が見えてきました! どうやら相手は猿の魔物――キラーエイプの群れのようです!」

 ものの数分ほどで襲撃現場を目視出来る距離まで詰めた俺たち。ガーネットの言葉を聞いて、先の行動指針を決める。

「あまり近づくとこちらの馬車にも被害が飛び火するかもしれないから、俺だけ加勢するってことでいいか?」

 俺の提案に、キースが驚いた様子で問い返してくる。

「いいのか? 君には全く関係のない商人の馬車だが?」
「どうせ排除しなければ先に進めないからな。こっちの護衛はガーネットさんだけになるが大丈夫か?」

 俺が彼女を見ると、ガーネットは問題ないとばかりに頷いて肯定する。

「ならば、すまないが頼む。ああ、助けた後の報酬は、俺がしっかりと取り立ててやるから心配するな」

 キースはそう言って俺を現場に送り出してくれた。


「そっちに行ったぞ! 絶対に馬車には近づけるな!」
「くそっ! 数が多すぎる! なんでこんな所にこれだけのキラーエイプが出てくるんだ!?」

 馬車から飛び降りた俺が襲撃されている馬車に向かって走り出すと、護衛たちの怒号が聞こえてくる。

「おい、お前たち! さっさと猿どもを片付けんか! 早くしないと報酬を減らすぞ!」

 さらに近づくと、馬車の窓から顔を出して、護衛に対して怒鳴り散らすハゲ頭が見えた。

石礫弾ストーンバレット

 ギギィ! キー!
 俺の放った魔法が一匹のキラーエイプに刺さり、悲鳴を上げてドサリと倒れる。

「状況は!?」

 いきなり飛び込んできた俺に護衛たちは一瞬驚きはしたが、キラーエイプを仕留めたことで援軍と判断したようで、すぐに敵へと意識を集中してくれた。

「分かっているのはキラーエイプがあと五匹! ただ、姿は見せないがそれを指揮しているビッグエイプがいるようだ。あんたは魔道士か? そうならば遠巻きにしているキラーエイプを牽制けんせいしてくれたら助かる!」

 声をかけたのがどうやらリーダーだったようで、すぐに欲しい情報が聞けたのはラッキーだった。

「ビッグエイプか、あんたは奴に勝てるのか?」

 俺は指示通りに魔法を放ち、こちらを遠巻きにしているキラーエイプを牽制しながらリーダーの男に問いかける。

「正直、一人では無理だ! メンバー全員でかかって勝てるかどうかといったところだろう。何か策でもあるのか?」
「いや、策は特にないが、あんたらで無理なら俺が倒してしまってもいいか?」
「本気で言っているのか!? ビッグエイプだぞ!」
「まあ、任せておけ。キラーエイプも二匹ばかし減らしておいてやるから後はよろしくな」

 俺はそう叫ぶと地面に手を置いてから魔法を唱える。

岩針弾ロックニードル

 ギギッ。
 ギャッ。
 キラーエイプが木から地面に降りた瞬間に、死角となる地面から鋭くとがった岩が飛び出し、キラーエイプを串刺くしざしにする。奴らは何が起きたか理解する間もなくその命を終えた。

「すげぇ」

 護衛のリーダーは驚きながらそう呟くが、すぐに気を取り直すようにして仲間に向かって叫ぶ。

「その男は助人すけっとだ! ビッグエイプを仕留めにいったからそっちは任せて、残りのキラーエイプに集中するんだ!」

 俺はその言葉を聞いてから探索魔法を使い、より強そうな気配の元へと向かう。
 ギギギギィー。
 木々の間から叫び声が聞こえたかと思うと、引っこ抜いたであろう太い木がこちらに向かって飛んでくるのが見える。

「たいした歓迎ぶりだが、力まかせの攻撃じゃあ俺には届かないぞ」

 俺がそう口にしながらその攻撃をかわしたところで、ビッグエイプが木々の中から姿を現した。
 手下のキラーエイプをられた怒りからか酷く興奮しており、こちらに対して強い殺意を持って向かってくる。

「森の中では木が邪魔で魔法は使いにくいかもしれないな。仕方ない、久しぶりに剣で相手をしてやろう」

 俺は人の目がないことを確認して、収納魔法から一振りの長剣を取り出し、右手に持ち攻撃に備える。

「さあ、どこからでもかかってきな!」

 ビッグエイプは木の枝を渡りながら、その巨体に似合わないスピードで俺の周りを一定の距離をたもちながら移動し続ける。

「素早い動きで獲物を翻弄ほんろうして死角から襲うつもりなんだろうが、全くの無駄だぜ」

 俺は目を閉じてビッグエイプの気配を辿りながら、飛び込んでくるのを待った。


 ギッ!
 やはり獣の習性か、ビッグエイプは襲うタイミングで小さく叫び声を上げてしまう。集中するまでもなかったな。

「ここだ」

 俺は飛び込んできたビッグエイプの爪をスッと躱すと、長剣を奴の額へと突き立てた。
 ギギギギ!?
 次の瞬間には、止まりきれなかったビッグエイプの額に深々と長剣が刺さり、後頭部まで突き抜けていた。

「凶暴化していなければこんなものか。やはり魔王がいなくなったことで凶暴化する獣も少なくなって、比較的安全に討伐出来るようになったようだな」

 俺は深々と刺さった長剣を引き抜いて、血を布でぬぐうと異空間収納魔法の中へと仕舞い込む。
 ちなみに、異空間収納魔法というのは俺にしか使えない特別な魔法で、物を劣化させず無尽蔵むじんぞうに保管することが出来る。ただ、人に知られると面倒なことになりそうなので、普段何かを取り出す時は、魔法鞄から出しているように見せかけていた。
 それから意識を護衛たちの場所へ向けると、まだ戦闘は続いているみたいだった。

「右へ行ったぞ! しっかり足止めをしてからトドメを刺すんだ!」

 どうやら三匹のうち二匹は仕留めたらしい。最後の一匹をメンバーで囲んで、トドメを刺すタイミングをはかっていた。
 ギギー。
 キラーエイプは仲間が全て殺られたのを理解したようだ。逃げの一手で囲みから脱出しようと、一番弱そうな者を飛び越そうと高く飛んだ。

「うわっ!」

 高い跳躍に護衛の一人が思わず声を上げて転び、その隙にキラーエイプが囲みから脱出して真っ直ぐに森へと走り出す。その直線上にはガーネットたちの馬車があった。

「あぶない! 逃げるんだ!!」

 護衛たちが声を揃えて叫ぶが、ガーネットは全くひるむ様子がない。魔法を唱え、目の前へと打ち出した。

氷の矢アイスアロー

 ギュワ!?
 ガーネットの目の前に氷の矢が複数出現し、飛び込んできたキラーエイプの厚い胸板へ深く突き刺さる。そのままその身体は大きく後ろに倒れたのであった。

「少々やりすぎましたか」

 身体に複数の穴を空けて絶命したキラーエイプを見て、ガーネットはそう呟いたのだった。


「凄いな。魔法の威力もだが、キラーエイプが飛びかかってくる緊張感の中で、冷静に素早く魔法を発動させる胆力たんりょくも持っているようだ。どうして商業ギルドの受付嬢兼護衛なんかやっているんだ?」

 馬車に戻ってきた俺は、倒れているキラーエイプの死体を見ながら、ガーネットにそう問いかけた。ただ、その直後に最後のキラーエイプを討伐した護衛のリーダーの声が響いてきたので、彼の方へ意識を向ける。

「――ふう、助かった。おーい、そっちは大丈夫だったか!?」

 そう叫びながら走ってくる彼に、俺は軽く手を上げて合図をしながら頷く。

「あんたのおかげで、怪我人だけで死人は出ずに済んだよ。それでビッグエイプはどうした?」
「ちゃんと仕留めてきたから心配するな。勝手が出来ないから放置してあるので、必要ならば処理しておいてくれ」

 助人として戦闘に加わった俺が、ビッグエイプの死体を勝手に処分したりするわけにはいかない。獲物によっては素材となったり、討伐依頼による報酬が発生したりするからだ。

「そっちで処分しておいてくれて構わなかったのだがな。だが、一応雇い主に確認をとってから対応しておくよ。後で何か言われてもお互い気まずいからな。あ、俺は護衛のリーダーでロウという者だ。じゃあ少しだけ待っていてくれ」

 ロウはそう告げると依頼主の乗る馬車へと走っていく。俺は面倒ごとにならなければいいがと考えながら、彼が戻ってくるのを待つことに。
 数分後にはロウが戻り「こちらで処分しておくので大丈夫だ」と告げて、護衛メンバーに指示を出す。それから俺に頼みがあると言い出した。

「実は今の戦いの話を聞いて、俺たちの依頼主が直接お礼をしたいと言っているんだ。一緒に来てもらえるだろうか?」
「直接礼をだって? 俺も護衛依頼中の身だ、勝手は出来ないから確認する時間をくれないか?」

 俺はそう言うとキースの乗る馬車へと戻り、彼に指示を仰ぐ。キースは少し口角を緩めてから指示をくれた。

「彼と一緒にその依頼主に会ってくるといい。その間に、私たちはその依頼主がいる場所までゆっくりと馬車を進めておくから。君は彼の話を聞いて素直な反応をしたらいい」

 そう言ってキースは俺に行くように促した。

「悪趣味ですね」

 俺がロウと歩き出した後でぼそっと呟くガーネットの声が聞こえたが、今は聞こえないふりをして歩を進めたのだった。

「助力頂いた冒険者の方をお連れしました」

 俺はロウに連れられて彼の依頼主――商人アールドの馬車へと来ていた。

「おお、お前がビッグエイプを一人で倒したという者か。いやいや、なかなかの腕であるな。ランクはいくつなのだ?」
「冒険者ランクならばBランクだが、それが何か?」
「なに? Bランクなのか。ビッグエイプを単独で倒したからには少なくともAランクかと思っとったが、こいつは掘り出し物かもしれんな」

 アールドはハゲ頭をさすりながら何やらブツブツと独り言を言いつつ、笑顔を向けてきた。

「それはギルド職員の見る目がないのではないかな? ワシがギルド職員であればもっと上のランクをつけてやれるのだが」

 彼はそう言うと「ううむ。そうだな」と思わせぶりな言葉を発したかと思うと、ポンと手を叩き俺に提案を持ちかけてきた。

「今、お前はいくらで雇われておるのだ? 今からワシの護衛に鞍替くらがえするならば、相手への違約金いやくきんともらっている報酬の倍出すとしよう。どうだ? 悪い話ではないだろう。どこの馬の骨か分からん弱小商人にお前のような高ランクの護衛はもったいないからな」
「――ほう、どこの馬の骨とは私のことかな? アールド殿」

 いつの間にか隣に横付けした馬車から顔を出してそう言ったのはキースだ。アールドは顔を引きつらせて叫ぶ。

「キースギルドマスター!? どうしてこちらに?」
「公務でダクトに向かう途中だ。それにしても、私が直接雇った冒険者を依頼の完了前に無理矢理に引き抜こうとするとは、ずいぶんな度胸の持ち主だね」

 キースは馬車の後方から降りると、彼の馬車の前で仁王立におうだちして話を続けた。

「その上、様子を見るに、馬車を通常より早く進ませておいて、そのくせ護衛の者はそれに併せて走らせていたようですが、一体どういうつもりなのかな? どう考えても疲弊ひへいして満足に護衛業務が出来ないと思うのだがねぇ。そういった行為がギルド規約に抵触ていしょくすることは、当然ご存知ですよね?」

 口元は笑っているが、目が全然笑っていない顔でキースはアールドにそう告げた。

「い、いえ、確かに少々スピードは速かったかもしれませんが、十分な休憩はとっていましたので問題はないと認識しております」

 冷や汗を流しながら必死に弁明するアールドに、目を細めながらキースは続ける。

「それならばいいのですが、そういった行為が発覚した時に護衛の方々が負傷されていた場合は、罰金がされることをお忘れなく。ああ、それと私の雇っている冒険者がそちらの馬車の救援をしたことについては、後ほど報酬を請求しますのでよろしくお願いしますね」
「ぐっ。わ、分かりました。ダクトのギルドに納めるようにいたします」

 アールドは王都の商業ギルドマスターの言い分には反論出来ず、しぶしぶではあるが了承して頷いた。

「では、私どもは先に進ませてもらうから、この場の処理と後ほど報告もお願いしますよ。ガーネット君、出発しましょう」

 キースはそう言うと、アールドに「では、また」と軽く会釈をして馬車に乗り込んだのだった。


「強いのですね」

 今夜の目的地であるラウの村に到着するまで時間的な余裕が出来た俺たちの馬車は、高速走行をやめて通常のペースにて進んでいた。
 それで少し余裕が出てきたマリーが、隣に座るガーネットに話しかけたのだ。

「わたくしは護衛の任務も兼務していますので、このくらいは普通だと思いますよ」

 特に表情を変えずに答える彼女に、マリーは「私には戦える力がないからうらやましいです」と言って苦笑いを返した。

「過去に何かあったのでしょうか?」

 マリーの様子にガーネットが興味を抱いたのかそう問いかける。マリーは先日起こった盗賊団との出来事をつまんでガーネットに話し始めた。

「それは仕方ないのではないですか? マリーさんは戦闘の訓練を受けたことのない普通の商人ですよね? 力がないからこそ護衛を雇うのですし、逆にそこまで強い人が商人をやっているのを聞いたことがありませんので……」

 どうやらマリーは自分に力がなかったせいでトラブルに巻き込まれたと考えていたようで、強いガーネットの姿を見て憧れたみたいだ。

「マリー。君が強くなってしまったら俺は立場がなくなってしまうぞ」

 マリーの言葉が聞こえた俺は、少し意地悪な言い方をしてみる。

「い、いえ。そんなことはないです。ただ、私も少しでいいのでアルフさんの力になれればと思っただけです」

 そう言って慌てて否定するマリーに、俺は「冗談だ」と言って優しく笑いかけたのだった。



  3


「――そろそろ村が見えてくる頃ですのでお伝えしておきますが、村には宿屋は一軒しかありません。なので、アールド殿も同じ宿に泊まることになるはずです。こちらから話しかけることはありませんが、絡んでくる可能性がありますので、穏便な対応をお願いします」

 俺よりもキースやガーネットの方が事を荒立てる可能性は高いように思ったが、黙って了承の意味を込めて頷いておいた。

「村が見えてきました。宿などの手配はわたくしが行いますが、馬車を預ける必要がありますので、先に中に入られたらホールでお待ちください」

 ガーネットはそう告げると馬車を操り、村の門をくぐった。


「――これはキース殿、ようこそおいでくださいました。本日は公務でお泊まりでしょうか?」

 村に到着した俺たちが宿に入ると、宿屋の主人がキースに気がついて話しかけてくる。

「はい、公務での移動中です。二人部屋を二つお願い出来ますでしょうか?」

 宿屋の主人の言葉にキースが返事をする前に、馬車を預け終えたガーネットが答えていた。

「ああ、ガーネットさんも同行されてましたか。後ろのお二人もお連れ様で?」
「はい。実はギルドの馬車が壊れまして、急ぎだったために商人である彼女たちの馬車に同乗させて頂いているのです」
「それは、それは。馬車が壊れるとは不便ですね。分かりました。では、二人部屋を二部屋準備させて頂きますね」

 宿屋の主人はそう答えると、部屋の鍵を二つ持ってきてガーネットに手渡しながら、部屋の説明をしてくれる。

「部屋は三階の端から二つになります。間取りは同じなので、どちらを使われても問題ありません」
「ありがとうございます。ではこの鍵はあなたに……」

 ガーネットは宿屋の主人から預かった部屋の鍵のうち、片方を俺に渡す。

「わたくしどもは突き当たりの部屋を使いますので、あなた方は隣の部屋でお休みください」

 ガーネットは俺たちにそう告げると、キースと共に荷物を置きに部屋に向かおうとする。

「部屋割りはこれでいいのか?」

 キースとガーネットが相部屋だと思わなかったため思わずこぼれた言葉に、ガーネットは表情も変えずに淡々と答える。

「公務ですので、わたくしはキース様の護衛として安全面を考慮して同室を選択しているのですが、お二人は別部屋がよろしかったでしょうか?」

 以前あったハプニング以降は全て別部屋をとっていた。ただ、今回はギルドの依頼条件のひとつにあった『道中の宿泊費はギルドが負担する』に当たる。依頼報酬と別にギルドが支払うものなので、俺たちのために二部屋取らせるのは悪い気もする。

「マリーはどうだ? やはり別々に部屋を取ってもらうか?」

 今回は部屋が空いていないわけではないので、無理を言えば別に部屋を取ることは出来るだろうから、ここはマリーの意見を尊重しようと聞いてみることにした。

「問題ありません。ここの宿泊費もギルドの負担と聞いていますので、最小限に留めた方がいいですよね。それに、同室宿泊は以前にもありましたから大丈夫ですよ」

 あの時とは状況が違うが、マリーも同意しているので無理を通すのは控えよう。なに、俺はマリーの保護者兼護衛だ。しっかりとその役目を全うするだけだ。

「分かった。それで問題ない」

 俺の返事を聞いたキースは、先に階段を上りながらこの後の予定を話してくれる。

「部屋に荷物を置いたら先に食事を済ませておこうか。明日は朝食後すぐに出発するので、今晩の酒は控えてくれると助かるよ」
「キース様。自分が公務で飲めないからって、彼にそれを押し付けるのは感心しませんよ?」
「そう言うな。公務でなければ、晩酌ばんしゃくの一杯を楽しめるところを我慢しているのだ。目の前で美味うまそうに飲まれてはせっかくの飯も不味まずくなるからな」

 意外と真面目なところもあるのだなと思ったが……彼も相当に酒が好きなようで、他人が飲むのは見たくないというのが真意らしい。駄々だだみたいな態度をとる彼に、俺は親近感を抱いたのだった。

「大丈夫だ。どちらにしても今日は飲むつもりはなかったからな」
「本当にすみません。キース様は仕事ぶりは優秀なのですけど、お酒が入るとポンコツになるところがありまして……」
「誰がポンコツだ。私にそんなことを言うのは君くらいのものだよ」
「そうですか? 本当のことを言っているだけなのですけどね」

 ガーネットは苦笑してそう言いながら、キースに続いて軽快に階段を上り始めたのだった。

「なんだか、ガーネットさんって凄い人ですね」

 二人のやりとりを見ていたマリーがそんな感想を話す。

「そうだな。なんとなくだが、彼女は事実上、ギルドマスターより権限を持っていそうな感じだよな」
「確かにそんな感じもしますね」
「まあ、どちらにしてもギルドの内部のことだから、俺たちがあれこれ詮索せんさくしたところで仕方ないぞ。それより俺たちも部屋を見にいっておくとしようか」
「そうですね。このあと食事も摂らないといけませんからね」

 傍から見れば夫婦めおと漫才まんざいを見せられているかのようだったが、詮索すると藪蛇やぶへびになりそうだったので、この話はこれで終わることにしたのだった。


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