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背中の黒子

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全ての日程を無事に終え、ソファーに座り足を投げ出す三人の前にシャンパングラスが置かれた。
ふと見上げるとハーベンとレナードが立っていた。
ハーベンが口を開く。

「ご苦労さん。ホントに頑張ったよね。大成功って言えるんじゃないの?」

レナードが続ける。

「いやぁ皇帝陛下の仕切りっぷりには感動しましたよ。ティナロア嬢とアーレント皇子の事を自国だけでなく他国にも一気に承認させるとは・・・もしかしてそっちが陛下のメインだったりして?」

五人は笑いながら乾杯した。
ハーベストは疲れた顔でレナードの冗談を受けた。

「もしかしてって?当たり前だろう。そっちが本命だ」

「やっぱり・・・」

全員がため息を吐く。

「まあこれからが正念場だがな。ところでベルツ王国はどこに本部を建設するつもりなのだろう。連合軍も常駐するとなると訓練場も必要だろう?」

ハーベストが疑問を口にした。
キリウスが頷きながら続ける。

「ああ、当然王都ではないだろう。演習を考えると辺境地域が良いが・・・土地はベルツ王国の貸与となるか、機構側で購入するか・・・指導者はどうするか・・・課題が多いな」

くぴっと一口シャンパンを呑み下し、ティナが言った。

「恐らくですがシルバー辺境伯の元領地が当てられるのではないでしょうか。あそこの長男が聖女を攫うという事件があって、当主だったシルバー辺境伯が爵位と領地を国家に返納されましたから」

「シルバー辺境伯って・・・あの爺さんか?彼が居るから国境を守ってきたと言えるほどの強者だが。子供の教育は失敗したか」

「そうですね。でも跡継ぎはクズでしたが、そのお母様と奥様は凄い方々でした」

「でした?過去形か?」

「ええ、嫡男の罪を償うために自らお命を・・・」

「おいおい!それは・・・」

「シルバー辺境伯も後を追おうとされましたが、ハロッズ侯爵が仕事で償えと説得されました。近隣諸国を回り、丁寧に不可侵条約の重要性を説いて回られたのは辺境伯です」

ティナが胸の前で手を握り祈りを捧げる。

「もしかして仕事が終わった彼は死を賜りたいとか言ってるのか?」

「ええ、そう聞いています」

「勿体ないな・・・」

全員が沈痛な顔をした。
レナードがポンと手を打った。

「そんなに凄い軍人なら連合軍の指導者に任命してはどうですか?要するに死ぬ暇を与えないって感じ?それと同じように各国からもすぐれた力量を持ちつつ引退した軍人達を派遣してもらうとか」

キリウスが驚いた顔でレーベンを見た。

「お前の頭の中には筋肉しかないと思っていたが・・・脳みそがあったか」

「酷いなぁ・・・レディティナ!慰めてください」

レナードがティナに手を伸ばす。
その手がティナに届く前に鋭くハーベストによって鋭くたたき落とされた。

「触るな!減る!」

次の日からも、休む間もなく準備は進められていく。
ティナの予想通りシルバー辺境伯の住居であった城が機構本部とされ、改修工事が進められることになった。

同時進行で進んでいた治山工事もダム工事もほぼ完了し、ベルツ王国から派遣されていた技術者たちが帰国していく。
後は植林作業とダムの維持管理業務だが、これらはずっと継続しておこなうべき案件のため、植林はアルベッシュ帝国が、ダムの維持管理はベルツ王国が責任をもつ事となった。

毎日が余裕なく過ぎていく中でも、アーレントはすくすくと育っていく。
最近ではリリベルでは抱き上げることができないほど大きくなってきた。

「お顔もお色立ちも体格も、全てハーベスト皇帝そのものですわね」

紅茶のカップを置きながらリリアンがティナに言った。

「本当に・・・ハーベスト様のミニチュア版ですわ」

「でもねティナ。あなたは気づいているかしら?アーレント皇子の背中にある黒子、あなたも同じ位置にあるのよ?」

ティナはハッと息をのみ頬を染めた。
その背中の黒子は毎夜ハーベストが執拗なまでに舐めるだ。

「そ・・・そうでしたかしら・・・背中はちょっと分からなくて・・・」

「まあ!そうなの?私はてっきり皇帝から教えてもらっていると思っていたわ。それにあの黒子はね、私にもあるの。でもこれは皇帝には秘密よ?気分を害されちゃうから。ふふふ」

「リリアン様にも?」

「ええ、血は確かに受け継がれているわ」

「血・・・そうですわね。なんだか不思議です」

二人は向かいのソファーで侍女と一緒に子供向けの本を読み、大人しているアーレントを見た。
ティナは静かに立ち上がりアーレントの口の周りについているジャムをそっと拭った。
そのまま窓辺に移動して空を見上げたティナは、もう会うこともない母や弟の事を思った。

(ジュリアの泣き黒子は私にもあるわ。そして母さんを置き去りにした父親にもあった。この泣き黒子を見るたびに捨てられた日を思い出してよく殴られたわね・・・そしてジュリアの目はゼロアにそっくり。面白いわ、どこの馬の骨とも判らない男の特徴と堕ちたとはいえ立派な聖職者だった男の特徴が、女の腹を経て同居するなんて・・・私は母さんには似てなかったからきっと父親似なのね。まあその体も土に還っちゃったけど)

「かあしゃま?」

感慨に耽っていたティナのドレスにアーレントがしがみついた。

「どうしたの?アーレント。ご本は?飽きちゃったの?」

リリアンがそっとティナの横に立った。

「違うわよ。あなたが心配になったのだと思うわ。子供って親のことには本当に敏感なのよ。母親が不安になればなぜか子供も不安になるし、母親が嬉しいと子供も嬉しいの」

「そうね・・・」

「だから私もあなたが嬉しと嬉しいし、悲しいと悲しいわ。私はあなたを産んだだけで育ててはいないのに。血って怖いわね」

リリアンはそう言ってティナの手をぎゅっと握った。

「ティナ、今度はどちらかしらね?」

「どちらでも構いませんわ。男の子でも女の子でもハーベスト様のお子であり、リリアン様のお孫であることに変わりはありません」

「そうね、そして母親はあなた。ああ早く二人目の孫に会いたいわ」

「あと半年で会えますわ」

ティナはハーベストの第二子を身ごもっていた。
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